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本編
15、世迷い言を貫くには③
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硬直したオルグレンを前に、リリヤはどう勘違いしたのか。両手を膝に、固く目を閉じた。
ベッドの上で緊張に震えている。
傲慢な貴族に遊び目的で買われた、処女喪失前の乙女のように悲壮な様相に、オルグレンは言葉がない。そもそも、とんでもない申し出をしていることに、リリヤはまるで気付いていなかった。
「……本気か?」
「魔女に二言はありません。オルグレン様のご迷惑になるようなことは一切致しませんので」
恐怖に勝る強い意思で。震えながらもきっぱりと言い切ったリリヤの赤い瞳が。もう早く終わらせてくれと訴えていた。
「貴女の言う責任の取り方が。俺にはいまいち理解できないのだが……」
「──!?」
ここまで言ってまだ分かってもらえないのかと。元来の真面目な気質がひょっこりと顔を出す。オルグレンの言う大人の責任の取り方とやらに固執しすぎて、リリヤは言ってはいけないことを口にしていた。
「で、ですから! 別のやり方で延命する方法を探しだすことができなかったときは責任とって婿にします! 先程からそう申し上げているでは……ありません、か……」
頑なに拒み続けていたそれを。やってしまったとばかりに口元を押さえるも。出た言葉は取り返しようがない。
「それは、楽しみだな……」
オルグレンは常に冷静だ。
「もちろん正妃になりたいとも側室に納まりたいとも私は望んでいるわけでは……」
平静そのもので答えたオルグレンに。そういう意味ではない。言葉の綾だと。リリヤはオルグレンの底知れぬ思考の危うさに、悪寒が走るのを感じて慌てて訂正したが、
「それは必要に応じて処理していいと貴女は先程言ったばかりだが?」
「は、い……ですが……」
何者にも恐れを抱いていないように聞こえる、オルグレンの堂々とした低く穏やかな声は。オルグレンの挑発に乗って青ざめているリリヤの耳にも不思議と優しく響いていた。
◇◇◇◇
王城の一角──伝統ある装飾様式の豪奢な部屋、その壁にドンッと拳を叩き付けているのは。先刻まで完璧な少年公子の姿を保っていたオルグレンだった。
「くそ、追い詰めすぎた……」
壁際に備え付けられた燭台に振動が伝わり、灯る炎がゆらゆらと揺れるのを横目に。壁を背にした重鎧姿の男、オルグレンの従者で専任守備隊長のキエロが、何事もなかったかのように荒れる主人に声をかけた。
「そうですか? 概ね成功だったようにお見受けしましたが」
「……初対面で泣かせた。相当に怒らせてそのうえ酷く怯えさせたんだぞ? 気にするなという方が無理がある」
相手の感情を読み取ってしまうリリヤには、直接あまり触れることができない。リリヤと繋いだ方の手を握りしめ、オルグレンが顔を顰めていると、
「訂正ですが。オルグレン様は赤子のときに白の魔女と会っているので正確には初対面ではなく二度目の対面となります」
「キエロ……今はそんなことはどうだっていいだが……」
「乱心している主人には冷静な解答が必要かと思いまして。ああ、そのうえ白の魔女に手まで出されておられましたね」
「…………」
壁に叩きつけた手をそのままに、抑揚のない疲れた主人の言動を嗜めるでもなく。他人事のように意見する従者をオルグレンは軽く睨み付けたが。やがて諦めたように嘆息をもらすと、オルグレンは手近のカウチソファーにゆっくりと腰を掛けた。
「結局何も彼女は教えてくれなかったな……それにしても、まさか自分の体を延命の道具として差し出すとまで言われるとは……」
魔力を使い果たすまで力を行使しようとした、リリヤの唇を無理矢理奪って止めたのは後悔していない。だが、自身を粗末に扱い過小に評価する、リリヤの捨て身の言葉を容認することはできない。
「俺が欲する答えはけして彼女を貶めるようなものではなかったはずだ……」
あんな形で了承させるつもりはなかった。そう、自身への怒りと不甲斐なさを言葉の端々に滲ませて、心痛を吐露する主人にもキエロは淡白だ。
「オルグレン様がそこまで他人を気にするなんて珍しいですね」
だからといって人間関係に無関心というわけではない。舞踏会や晩餐会、狩りや観劇に至るまで。社交界と名が付くものを、オルグレンは嫌がる素振りも見せずに、淡々とこなしている。
話もするし普通に友人、知人と呼べる間柄の者もいる。必要とあらば好かない相手との交流も自ら進んで行う。
普通の大人以上に大人過ぎる対応力を見せる、何事においても優秀すぎるオルグレンが。今回のように表立って、特定の誰かに執着するような行動を。キエロは今までただの一度も見たことがなかった。
そうして普段からあまり感情の起伏を見せない、オルグレンの変化を具に観察しながら。メイドが持ってきた湯気立つ薬湯の置かれたテーブルから、ティーカップを受け皿ごと丁寧に手に取ると。キエロは再び壁際まで戻って優雅に一口、二口含んだ。
キエロは元傭兵だが、貴族社会に浸かってそこそこ洗練されたらしい。
武骨な手にそぐわないそれと、ソファーに座る主人の落ち込みを眺めながら。いかがですか? とぶっきらぼうに勧められて。オルグレンもまた、それを口にした。
ベッドの上で緊張に震えている。
傲慢な貴族に遊び目的で買われた、処女喪失前の乙女のように悲壮な様相に、オルグレンは言葉がない。そもそも、とんでもない申し出をしていることに、リリヤはまるで気付いていなかった。
「……本気か?」
「魔女に二言はありません。オルグレン様のご迷惑になるようなことは一切致しませんので」
恐怖に勝る強い意思で。震えながらもきっぱりと言い切ったリリヤの赤い瞳が。もう早く終わらせてくれと訴えていた。
「貴女の言う責任の取り方が。俺にはいまいち理解できないのだが……」
「──!?」
ここまで言ってまだ分かってもらえないのかと。元来の真面目な気質がひょっこりと顔を出す。オルグレンの言う大人の責任の取り方とやらに固執しすぎて、リリヤは言ってはいけないことを口にしていた。
「で、ですから! 別のやり方で延命する方法を探しだすことができなかったときは責任とって婿にします! 先程からそう申し上げているでは……ありません、か……」
頑なに拒み続けていたそれを。やってしまったとばかりに口元を押さえるも。出た言葉は取り返しようがない。
「それは、楽しみだな……」
オルグレンは常に冷静だ。
「もちろん正妃になりたいとも側室に納まりたいとも私は望んでいるわけでは……」
平静そのもので答えたオルグレンに。そういう意味ではない。言葉の綾だと。リリヤはオルグレンの底知れぬ思考の危うさに、悪寒が走るのを感じて慌てて訂正したが、
「それは必要に応じて処理していいと貴女は先程言ったばかりだが?」
「は、い……ですが……」
何者にも恐れを抱いていないように聞こえる、オルグレンの堂々とした低く穏やかな声は。オルグレンの挑発に乗って青ざめているリリヤの耳にも不思議と優しく響いていた。
◇◇◇◇
王城の一角──伝統ある装飾様式の豪奢な部屋、その壁にドンッと拳を叩き付けているのは。先刻まで完璧な少年公子の姿を保っていたオルグレンだった。
「くそ、追い詰めすぎた……」
壁際に備え付けられた燭台に振動が伝わり、灯る炎がゆらゆらと揺れるのを横目に。壁を背にした重鎧姿の男、オルグレンの従者で専任守備隊長のキエロが、何事もなかったかのように荒れる主人に声をかけた。
「そうですか? 概ね成功だったようにお見受けしましたが」
「……初対面で泣かせた。相当に怒らせてそのうえ酷く怯えさせたんだぞ? 気にするなという方が無理がある」
相手の感情を読み取ってしまうリリヤには、直接あまり触れることができない。リリヤと繋いだ方の手を握りしめ、オルグレンが顔を顰めていると、
「訂正ですが。オルグレン様は赤子のときに白の魔女と会っているので正確には初対面ではなく二度目の対面となります」
「キエロ……今はそんなことはどうだっていいだが……」
「乱心している主人には冷静な解答が必要かと思いまして。ああ、そのうえ白の魔女に手まで出されておられましたね」
「…………」
壁に叩きつけた手をそのままに、抑揚のない疲れた主人の言動を嗜めるでもなく。他人事のように意見する従者をオルグレンは軽く睨み付けたが。やがて諦めたように嘆息をもらすと、オルグレンは手近のカウチソファーにゆっくりと腰を掛けた。
「結局何も彼女は教えてくれなかったな……それにしても、まさか自分の体を延命の道具として差し出すとまで言われるとは……」
魔力を使い果たすまで力を行使しようとした、リリヤの唇を無理矢理奪って止めたのは後悔していない。だが、自身を粗末に扱い過小に評価する、リリヤの捨て身の言葉を容認することはできない。
「俺が欲する答えはけして彼女を貶めるようなものではなかったはずだ……」
あんな形で了承させるつもりはなかった。そう、自身への怒りと不甲斐なさを言葉の端々に滲ませて、心痛を吐露する主人にもキエロは淡白だ。
「オルグレン様がそこまで他人を気にするなんて珍しいですね」
だからといって人間関係に無関心というわけではない。舞踏会や晩餐会、狩りや観劇に至るまで。社交界と名が付くものを、オルグレンは嫌がる素振りも見せずに、淡々とこなしている。
話もするし普通に友人、知人と呼べる間柄の者もいる。必要とあらば好かない相手との交流も自ら進んで行う。
普通の大人以上に大人過ぎる対応力を見せる、何事においても優秀すぎるオルグレンが。今回のように表立って、特定の誰かに執着するような行動を。キエロは今までただの一度も見たことがなかった。
そうして普段からあまり感情の起伏を見せない、オルグレンの変化を具に観察しながら。メイドが持ってきた湯気立つ薬湯の置かれたテーブルから、ティーカップを受け皿ごと丁寧に手に取ると。キエロは再び壁際まで戻って優雅に一口、二口含んだ。
キエロは元傭兵だが、貴族社会に浸かってそこそこ洗練されたらしい。
武骨な手にそぐわないそれと、ソファーに座る主人の落ち込みを眺めながら。いかがですか? とぶっきらぼうに勧められて。オルグレンもまた、それを口にした。
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