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後日談的な何か
ハッピーエンドはお日様の匂い(後半)
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よく、釣った魚にエサやるタイプとか、やらないタイプとか聞くけどもっ。ラースは釣った魚にエサ(カエルとタコ)を与えまくるタイプらしい。
うーむ。カエルとタコか……
わたしは大好きなんだけど。何となく方向性が、一般的な夫婦の間柄と違うよーな感じがするのは、気のせいかしらー?
「ユイリー?」
セックスレスに悩んでいるのに。頭に浮かぶのはカエルとタコばかり。心配そうな声で、ラースに再三名前を呼ばれて。わたしはようやく返事をした。
「ごめんなさい。カエルとタコのエサについて、ちょっと思うところがあって」
あ、色々言い方間違えたけど、まあいっか。
「餌って……カエルを飼いたいとか?」
……………………え? え──っ!?
難色を示すラースに、なんて誤解の仕方をしてくれるんだと、急いで首を横にぷるぷる振って否定する。はうぅっやっぱり全然よくなかったー。ガックシ。
「それともまさか、釣りでも始めるつもり?」
ち、違う! 違うのよぉ~~っ!
警戒を強くしたラースに、もう一度首を横にぷるぷる振って、全力で否定したら。わたしの腕の中で、いつものようにジッと大人しくしていたシャルが、その長い睫毛を不思議そうにパチパチさせて見つめてきた。
その上、わたしの服を掴んで「んーんー」と唸りながら引っ張っている。どうやら、さっきからぷるぷるしている母親の挙動が、えらく気になってしまったらしい。
ええっ!? 可愛いっ!! じゃなくて、ラースに続いて今度はこっちっ!?
あわわっ!? ど、どうしましょ~~っ。
大人の女の鏡として。お手本となる言動を取らなければならないのに。何をすればいいか、分からないとは情けない。なら一層、大人の鏡とやらをハンマーでガンガンにかち割っ──キャー! ダメよダメっ! うわーん。やっぱりわたしって、母親になってもめちゃくちゃ情けない~~っ。
微動だにしない我が子の視線ほど、緊張するものはない。背中に汗をダラダラかきながら、わたしは必死に動揺を隠した。
ふふふっシャルは普段から無口で無表情だから、尚の事、何考えてるかさっぱり分からないのよねー…………。よ、よぉーし! ここは一つ。女として、母として、頑張るのよわたしっ!
「しゃ、シャルゥ~? 今度はどうしたのー?」
「…………」
母親から震える声で話し掛けられても、無口な我が子はやっぱり口を開かない。それも──ひゃぁぁぁぁぁぁぁあっ! めちゃくちゃ見られてるぅ~~っ! 綺麗な金のおめめをパッチリさせて、びっくりしたみたいにガン見されてるぅー。
三年一緒にいても、子育ては分からないことだらけで、毎日大パニックだ。散々悩んだ挙げ句、その柔らかい褐色のほっぺたにチュッとキスして。頬を擦り寄せたら。シャルが満足したように目を瞑った。
わたしのドキドキしている胸元で、眠ったように目を閉じたシャルを見下ろして。わたしはホッと息を吐いた。はぅー良かったぁー。何とか誤魔化せたぁー。
「……シャルは本当にユイリーが好きなんだな」
「え?」
わたし達を胸元に抱えながらも、すっかり外野で一連の流れを見ていたラースが。何故だか訳知り顔で、笑いを堪えて口元を押さえている。
「何でもないよ」
「そうなの……?」
さっきラースが言ってたような、カエル飼ったりとかタコ釣りを始めるとか。興味あるし、ちょっとやりたいけど……。
そんなことしたら、尾ひれはひれに羽まで生やして、トビウオのように元気に飛び回っていた──わたしに対する奇怪な噂と悪評が、ここ数年、ラースが愛妻家という良い流れを作ってくれたお陰で、やっと終息してきたっていうのに……。また変な噂立っちゃうわよねー。でもカエルの飼育とタコ釣りかぁー……楽しそうね…………
──ハッ! いけないいけない。カエルとタコとシャルに気をとられて、セックスレスという夫婦の最重要問題を忘れるところだったわー。
でも「ラースは釣った魚にカエルとタコをやるタイプなのね」なんていきなり切り出しても、意味が伝わらないだろーし。いきなり沢山エッチしてほしい……って言うのはハードル高すぎるわよね……。ということで、まずは小さなことからコツコツと始めましょっ。
「ラース、あの、お願いがあるの……」
「うん、何? やっぱりカエル飼いたいとか。タコ釣りたいとか。そういうこと?」
「ち、違うわよー!」
確かにやりたいけどもっ。
「そういうことじゃなくて、わたしはっ、その……」
「ユイリー……?」
……流石ねラース、わたしのことをよく熟知してるわ。強敵に挑む勇者のように、わたしはごくりと喉を鳴らした。
「む、……胸を揉んでくださ、い……お願いします……」
顔から火が出る思いで何とか耐えた。顔を真っ赤にしながら、お願い事をしている手前。どうにかペコリとお辞儀するまで頑張ったんだけど…………
あれ? ラースが固まっている……。もしかしてこれは……
肩揉みスタンスから胸揉みへシフトしてほしくて、ついつい言っちゃったけど。
わたし、やっちゃった? やっちゃったのね? やってしまったのね?
「──ごっごめんなさい~~っ! やっぱり今のなしでっ。揉まなくていいです! 揉むなら自分でちゃんと揉みます! 今日は大人しく寝ますので。お休みなさいっまた明日っ!」
きゃーん! はーずーかーしーいー。
早口言葉みたいに息継ぎなしで言い切って。シャルと一緒に毛布にくるまって丸くなる。シャルも一緒になって、茹でたエビみたいに丸まってくれた。なんて順応性のあるよい子なんだろう。ごめんなさい。ママは恥ずかしいので。このまま一生殻に、というか毛布に、閉じ籠って出たくないです。
わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! でもってシャルは子エビーっ!
うわーん。きっと明日になっても、恥ずかしすぎてラースの顔見れないー。もうお嫁に行けないー。行ったけどぉー。子供もいるけどー。でも無理ぃ~~っ。
悲惨な心境でいたら、ラースがノックをするように、毛布越しにトントン叩いてきた。
「ユイリー?」
それから返事もしないで。毛布の中に引きこもること数分が経過したけれど。ラースが諦める気配はない。きっとこのまま、ラースはベッドの上で辛抱強く、わたしが出てくるのを待ち続けるだろう。
あー、そういえばラースって、そうだった……仕方ない。今こそあれを実行するときだわ……! 心を決めて。わたしは被っていた毛布からシャルと一緒にそろっと顔を出した。
「あのね。シャルという立派な跡継ぎもできたわけだし。わたしはそろそろ隠居してもいいわよね? ねーシャルちゃん?」
「たぁー」
「ほらっシャルもいいって言ってる」
「ユイリー……ったく何言ってるんだか」
秘技、隠居(逃亡)する。を繰り出したわたしに。ラースは呆れて。何かある度、息子を引き合いに出されてはたまらないと、毛布をひっぺがし。ジェーンを呼び出して、シャルを連れて行かせてしまった。
手慣れたジェーンに抱えられて、連れて行かれるときも。シャルは大きな金の瞳に生える、くりんくりんの長い睫毛をパチパチさせて、不思議そうにわたしとラースを見つめていた。
「隠居なんて一人でさせないよ」
「…………」
「するなら一緒にするって約束しただろ?」
シャルの姿が見えなくなるまで、遠吠えするみたいに「シャルゥ~~」と息子の名を呼んでいたわたしに、ラースは毅然と言い放った。その少し怒りめの口調に、自然と肩が縮こまってしまう。
「……わたしが年上だから。ラースはもう……わたしに魅力を感じない?」
シャルと引き離され。味方を失い。心細くも二人きりになった寝室で。限界に本音が口をついて出てしまった。
「いったい……なんの話をしてるんだ?」
ラースが驚きに目を見開いている。
「昔みたいに……ラースがあんまり、エッチしてくれないから……すごく寂しいの……」
俯きがちにぽつりぽつりと呟いてたら、不安に目元が熱く潤んできた。
そこでようやくラースは合点がいったらしい。表情を陰らせ、こめかみを押さえて、ラースが深々とため息をついた。
「ごめん、寂しい思いさせて……最近様子がおかしかったのはそれが原因?」
「…………」
「ユイリー?」
言ってみてと優しく促されて顔を上げると、待っていたラースと目が合った。ラースは責めるでもなく。ただただ困ったように目を細めていた。
物凄く気恥ずかしいけど。甘えたい気持ちが上回って。ラースに触れるか触れないかの、ギリギリの距離感で寄り添ってみる。
「……欲求不満です」
「そっか……俺があまりユイリーに手を出さないようにしてたのは、ユイリーが疲れてるんじゃないかと思ったからだよ」
「疲れて?」
「よく日中もシャルと一緒に寝てるみたいだし、大好きな読書も中断してるみたいだってジェーン達から聞いてる」
「そ、それは……」
読書も好きだけど。シャルはもっと好きで。ついつい夢中になってしまったというか……シャルのお世話はみんながしてくれるから、負担はあまりないし。寧ろ自由にのびのびさせてもらっている。
将来有望な素材を愛でるのに夢中でしたと。素直にそう告げると。ラースは怒るどころか優しく極上の──ヨダレが出そうなくらい綺麗で、美味しそうな微笑みを浮かべてくれた。
「ユイリーに負担を掛けたくなかっただけで。魅力が無いなんて思ったこともないよ。それにユイリーは昔から可愛かったけど……益々綺麗に可愛くなっていくから。正直困ってる」
「困ってるって何で?」
「……甘やかしたくて仕方なくなるから」
苦笑するラースにしっとり唇を重ねられた。
「じゃあこれからはもっと沢山、エッチしてくれる?」
「それをユイリーが望んでくれるならいつでも」
まさか本当に労われていたなんて……それもカエルとタコの抱き枕を特注して、エッチ自粛してまで……。ラース本当はすごくエッチなのに……。
申し訳なさに胸が痛いのに。現実は角砂糖よりも甘ーいラースに、唇の次はおでことほっぺをキスされて、首筋に顔を埋められそこをキツく吸われた。もう心も体も蕩けそうだわー。やっぱりラースって甘すぎるぅー。
「……あのね。もう一度、お願いしたいことがあるの」
「お願い? 胸を揉んでほしいなら今からでもするけど?」
「違うわよー! そうじゃなくて……ギュッてしてほしいの」
言うと、からかい混じりに茶化しながらも、ラースは被っている毛布ごとわたしを抱き寄せてくれた。といっても、何故だかいつもより、抱き締める力がかなり弱めの設定で。ちょっと物足りない。
「こう?」
「…………」
「どうしたの? まだ欲求不満?」
何故なんだ。と、ムーっと眉間に皺を寄せていたら。ラースがクスクス笑いだしたのを見て。わざと緩めにされてたことに気が付いた。
「な、なんでそんな優しくなったり意地悪くなったりするのよぉ~~っ!」
もう甘えたりなんかしないぞーっ! と決意している間も。ラースが楽しそうに笑っているから。わたしはラースの襟首を掴んで自らの方にぐいぐい引き寄せた。
「もうっ! ちゃんと答えて!」
すると、ラースはわたしがしてほしいと思うくらいの、丁度いい力加減で抱き締め直して、おでことおでこをコツンとさせた。
「あえていうなら……大切だし愛してるから優しくもしたいけど、ユイリーが困る顔も見たいから。かな?」
「な、な、な、……何よそれぇ~~っ!?」
ラースってもしかして、好きな子はいじめたくなるタイプなのかしら?
恐らく、全く悪いと思っていないラースに、また優しく唇を重ねられて。わたしは少しだけ機嫌を直した。
「……まあいいわ。それよりもわたし、ラースに言わなきゃいけないことがあるの」
「何? 改まって」
コホンと咳払いして。わたしはラースの腕から出ると、ベッドの上にきちんと座り直した。
「あのね。実は来年にはもう二体、タコの銅像を加えてもらうことになりそうなの」
「それって……」
最近わたしの様子がおかしかったのには、セックスレス以外にもう一つ理由があった。
「三ヶ月だって。双子なの」
ということで、我が家の守り神、タコの銅像をシャルの分一体と双子ちゃんの分二体、合計三体追加でお願いします。
親ダコ二匹と子ダコ三匹の銅像が、玄関前に立ち並ぶのを想像するだけで……ふふふっ今からワクワクがとまらないわぁ~~っ。
そう言えば妊娠してるって知ったとき、セックスレスでも赤ちゃんできちゃうってスゴい。とか。まさか噂通り、目が合っただけで妊娠したのでは? とか。他人事のように思ってたっけ。
「わたし、ちゃんとラースを幸せにすることができてるかしら?」
「……俺はユイリーに一生頭が上がらない気がするよ……」
大きなため息をついたラースに、このときばかりは素直に甘えて抱きつくと。ラースはわたしの頭をポンポン撫でて、それからキツく抱き締め返してくれた。
ふんわりとラースの体からお日様の良い匂いがして。心が和む。すっかり幼い頃と同じ匂いに戻ったラースが愛しくて仕方ない。
「ラース大好き。すごく、すごぉーく。愛してるの」
「俺も……ユイリーを愛してる。心の底から愛してる」
──敵わないな。そうぼそりと呟きながらも、ラースは子供がまたできたことを喜んで。幸せそうに笑うから。
今なら言える。隠居しないで本当に良かったって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーfin
ご愛読ありがとうございました。
最後までお付き合い下さいましたこと、感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。
名残惜しいですし……
シャルは「たぁー」しか言ってませんが……。これでおしまい。のはず……
うーむ。カエルとタコか……
わたしは大好きなんだけど。何となく方向性が、一般的な夫婦の間柄と違うよーな感じがするのは、気のせいかしらー?
「ユイリー?」
セックスレスに悩んでいるのに。頭に浮かぶのはカエルとタコばかり。心配そうな声で、ラースに再三名前を呼ばれて。わたしはようやく返事をした。
「ごめんなさい。カエルとタコのエサについて、ちょっと思うところがあって」
あ、色々言い方間違えたけど、まあいっか。
「餌って……カエルを飼いたいとか?」
……………………え? え──っ!?
難色を示すラースに、なんて誤解の仕方をしてくれるんだと、急いで首を横にぷるぷる振って否定する。はうぅっやっぱり全然よくなかったー。ガックシ。
「それともまさか、釣りでも始めるつもり?」
ち、違う! 違うのよぉ~~っ!
警戒を強くしたラースに、もう一度首を横にぷるぷる振って、全力で否定したら。わたしの腕の中で、いつものようにジッと大人しくしていたシャルが、その長い睫毛を不思議そうにパチパチさせて見つめてきた。
その上、わたしの服を掴んで「んーんー」と唸りながら引っ張っている。どうやら、さっきからぷるぷるしている母親の挙動が、えらく気になってしまったらしい。
ええっ!? 可愛いっ!! じゃなくて、ラースに続いて今度はこっちっ!?
あわわっ!? ど、どうしましょ~~っ。
大人の女の鏡として。お手本となる言動を取らなければならないのに。何をすればいいか、分からないとは情けない。なら一層、大人の鏡とやらをハンマーでガンガンにかち割っ──キャー! ダメよダメっ! うわーん。やっぱりわたしって、母親になってもめちゃくちゃ情けない~~っ。
微動だにしない我が子の視線ほど、緊張するものはない。背中に汗をダラダラかきながら、わたしは必死に動揺を隠した。
ふふふっシャルは普段から無口で無表情だから、尚の事、何考えてるかさっぱり分からないのよねー…………。よ、よぉーし! ここは一つ。女として、母として、頑張るのよわたしっ!
「しゃ、シャルゥ~? 今度はどうしたのー?」
「…………」
母親から震える声で話し掛けられても、無口な我が子はやっぱり口を開かない。それも──ひゃぁぁぁぁぁぁぁあっ! めちゃくちゃ見られてるぅ~~っ! 綺麗な金のおめめをパッチリさせて、びっくりしたみたいにガン見されてるぅー。
三年一緒にいても、子育ては分からないことだらけで、毎日大パニックだ。散々悩んだ挙げ句、その柔らかい褐色のほっぺたにチュッとキスして。頬を擦り寄せたら。シャルが満足したように目を瞑った。
わたしのドキドキしている胸元で、眠ったように目を閉じたシャルを見下ろして。わたしはホッと息を吐いた。はぅー良かったぁー。何とか誤魔化せたぁー。
「……シャルは本当にユイリーが好きなんだな」
「え?」
わたし達を胸元に抱えながらも、すっかり外野で一連の流れを見ていたラースが。何故だか訳知り顔で、笑いを堪えて口元を押さえている。
「何でもないよ」
「そうなの……?」
さっきラースが言ってたような、カエル飼ったりとかタコ釣りを始めるとか。興味あるし、ちょっとやりたいけど……。
そんなことしたら、尾ひれはひれに羽まで生やして、トビウオのように元気に飛び回っていた──わたしに対する奇怪な噂と悪評が、ここ数年、ラースが愛妻家という良い流れを作ってくれたお陰で、やっと終息してきたっていうのに……。また変な噂立っちゃうわよねー。でもカエルの飼育とタコ釣りかぁー……楽しそうね…………
──ハッ! いけないいけない。カエルとタコとシャルに気をとられて、セックスレスという夫婦の最重要問題を忘れるところだったわー。
でも「ラースは釣った魚にカエルとタコをやるタイプなのね」なんていきなり切り出しても、意味が伝わらないだろーし。いきなり沢山エッチしてほしい……って言うのはハードル高すぎるわよね……。ということで、まずは小さなことからコツコツと始めましょっ。
「ラース、あの、お願いがあるの……」
「うん、何? やっぱりカエル飼いたいとか。タコ釣りたいとか。そういうこと?」
「ち、違うわよー!」
確かにやりたいけどもっ。
「そういうことじゃなくて、わたしはっ、その……」
「ユイリー……?」
……流石ねラース、わたしのことをよく熟知してるわ。強敵に挑む勇者のように、わたしはごくりと喉を鳴らした。
「む、……胸を揉んでくださ、い……お願いします……」
顔から火が出る思いで何とか耐えた。顔を真っ赤にしながら、お願い事をしている手前。どうにかペコリとお辞儀するまで頑張ったんだけど…………
あれ? ラースが固まっている……。もしかしてこれは……
肩揉みスタンスから胸揉みへシフトしてほしくて、ついつい言っちゃったけど。
わたし、やっちゃった? やっちゃったのね? やってしまったのね?
「──ごっごめんなさい~~っ! やっぱり今のなしでっ。揉まなくていいです! 揉むなら自分でちゃんと揉みます! 今日は大人しく寝ますので。お休みなさいっまた明日っ!」
きゃーん! はーずーかーしーいー。
早口言葉みたいに息継ぎなしで言い切って。シャルと一緒に毛布にくるまって丸くなる。シャルも一緒になって、茹でたエビみたいに丸まってくれた。なんて順応性のあるよい子なんだろう。ごめんなさい。ママは恥ずかしいので。このまま一生殻に、というか毛布に、閉じ籠って出たくないです。
わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! わたしはエビっ! でもってシャルは子エビーっ!
うわーん。きっと明日になっても、恥ずかしすぎてラースの顔見れないー。もうお嫁に行けないー。行ったけどぉー。子供もいるけどー。でも無理ぃ~~っ。
悲惨な心境でいたら、ラースがノックをするように、毛布越しにトントン叩いてきた。
「ユイリー?」
それから返事もしないで。毛布の中に引きこもること数分が経過したけれど。ラースが諦める気配はない。きっとこのまま、ラースはベッドの上で辛抱強く、わたしが出てくるのを待ち続けるだろう。
あー、そういえばラースって、そうだった……仕方ない。今こそあれを実行するときだわ……! 心を決めて。わたしは被っていた毛布からシャルと一緒にそろっと顔を出した。
「あのね。シャルという立派な跡継ぎもできたわけだし。わたしはそろそろ隠居してもいいわよね? ねーシャルちゃん?」
「たぁー」
「ほらっシャルもいいって言ってる」
「ユイリー……ったく何言ってるんだか」
秘技、隠居(逃亡)する。を繰り出したわたしに。ラースは呆れて。何かある度、息子を引き合いに出されてはたまらないと、毛布をひっぺがし。ジェーンを呼び出して、シャルを連れて行かせてしまった。
手慣れたジェーンに抱えられて、連れて行かれるときも。シャルは大きな金の瞳に生える、くりんくりんの長い睫毛をパチパチさせて、不思議そうにわたしとラースを見つめていた。
「隠居なんて一人でさせないよ」
「…………」
「するなら一緒にするって約束しただろ?」
シャルの姿が見えなくなるまで、遠吠えするみたいに「シャルゥ~~」と息子の名を呼んでいたわたしに、ラースは毅然と言い放った。その少し怒りめの口調に、自然と肩が縮こまってしまう。
「……わたしが年上だから。ラースはもう……わたしに魅力を感じない?」
シャルと引き離され。味方を失い。心細くも二人きりになった寝室で。限界に本音が口をついて出てしまった。
「いったい……なんの話をしてるんだ?」
ラースが驚きに目を見開いている。
「昔みたいに……ラースがあんまり、エッチしてくれないから……すごく寂しいの……」
俯きがちにぽつりぽつりと呟いてたら、不安に目元が熱く潤んできた。
そこでようやくラースは合点がいったらしい。表情を陰らせ、こめかみを押さえて、ラースが深々とため息をついた。
「ごめん、寂しい思いさせて……最近様子がおかしかったのはそれが原因?」
「…………」
「ユイリー?」
言ってみてと優しく促されて顔を上げると、待っていたラースと目が合った。ラースは責めるでもなく。ただただ困ったように目を細めていた。
物凄く気恥ずかしいけど。甘えたい気持ちが上回って。ラースに触れるか触れないかの、ギリギリの距離感で寄り添ってみる。
「……欲求不満です」
「そっか……俺があまりユイリーに手を出さないようにしてたのは、ユイリーが疲れてるんじゃないかと思ったからだよ」
「疲れて?」
「よく日中もシャルと一緒に寝てるみたいだし、大好きな読書も中断してるみたいだってジェーン達から聞いてる」
「そ、それは……」
読書も好きだけど。シャルはもっと好きで。ついつい夢中になってしまったというか……シャルのお世話はみんながしてくれるから、負担はあまりないし。寧ろ自由にのびのびさせてもらっている。
将来有望な素材を愛でるのに夢中でしたと。素直にそう告げると。ラースは怒るどころか優しく極上の──ヨダレが出そうなくらい綺麗で、美味しそうな微笑みを浮かべてくれた。
「ユイリーに負担を掛けたくなかっただけで。魅力が無いなんて思ったこともないよ。それにユイリーは昔から可愛かったけど……益々綺麗に可愛くなっていくから。正直困ってる」
「困ってるって何で?」
「……甘やかしたくて仕方なくなるから」
苦笑するラースにしっとり唇を重ねられた。
「じゃあこれからはもっと沢山、エッチしてくれる?」
「それをユイリーが望んでくれるならいつでも」
まさか本当に労われていたなんて……それもカエルとタコの抱き枕を特注して、エッチ自粛してまで……。ラース本当はすごくエッチなのに……。
申し訳なさに胸が痛いのに。現実は角砂糖よりも甘ーいラースに、唇の次はおでことほっぺをキスされて、首筋に顔を埋められそこをキツく吸われた。もう心も体も蕩けそうだわー。やっぱりラースって甘すぎるぅー。
「……あのね。もう一度、お願いしたいことがあるの」
「お願い? 胸を揉んでほしいなら今からでもするけど?」
「違うわよー! そうじゃなくて……ギュッてしてほしいの」
言うと、からかい混じりに茶化しながらも、ラースは被っている毛布ごとわたしを抱き寄せてくれた。といっても、何故だかいつもより、抱き締める力がかなり弱めの設定で。ちょっと物足りない。
「こう?」
「…………」
「どうしたの? まだ欲求不満?」
何故なんだ。と、ムーっと眉間に皺を寄せていたら。ラースがクスクス笑いだしたのを見て。わざと緩めにされてたことに気が付いた。
「な、なんでそんな優しくなったり意地悪くなったりするのよぉ~~っ!」
もう甘えたりなんかしないぞーっ! と決意している間も。ラースが楽しそうに笑っているから。わたしはラースの襟首を掴んで自らの方にぐいぐい引き寄せた。
「もうっ! ちゃんと答えて!」
すると、ラースはわたしがしてほしいと思うくらいの、丁度いい力加減で抱き締め直して、おでことおでこをコツンとさせた。
「あえていうなら……大切だし愛してるから優しくもしたいけど、ユイリーが困る顔も見たいから。かな?」
「な、な、な、……何よそれぇ~~っ!?」
ラースってもしかして、好きな子はいじめたくなるタイプなのかしら?
恐らく、全く悪いと思っていないラースに、また優しく唇を重ねられて。わたしは少しだけ機嫌を直した。
「……まあいいわ。それよりもわたし、ラースに言わなきゃいけないことがあるの」
「何? 改まって」
コホンと咳払いして。わたしはラースの腕から出ると、ベッドの上にきちんと座り直した。
「あのね。実は来年にはもう二体、タコの銅像を加えてもらうことになりそうなの」
「それって……」
最近わたしの様子がおかしかったのには、セックスレス以外にもう一つ理由があった。
「三ヶ月だって。双子なの」
ということで、我が家の守り神、タコの銅像をシャルの分一体と双子ちゃんの分二体、合計三体追加でお願いします。
親ダコ二匹と子ダコ三匹の銅像が、玄関前に立ち並ぶのを想像するだけで……ふふふっ今からワクワクがとまらないわぁ~~っ。
そう言えば妊娠してるって知ったとき、セックスレスでも赤ちゃんできちゃうってスゴい。とか。まさか噂通り、目が合っただけで妊娠したのでは? とか。他人事のように思ってたっけ。
「わたし、ちゃんとラースを幸せにすることができてるかしら?」
「……俺はユイリーに一生頭が上がらない気がするよ……」
大きなため息をついたラースに、このときばかりは素直に甘えて抱きつくと。ラースはわたしの頭をポンポン撫でて、それからキツく抱き締め返してくれた。
ふんわりとラースの体からお日様の良い匂いがして。心が和む。すっかり幼い頃と同じ匂いに戻ったラースが愛しくて仕方ない。
「ラース大好き。すごく、すごぉーく。愛してるの」
「俺も……ユイリーを愛してる。心の底から愛してる」
──敵わないな。そうぼそりと呟きながらも、ラースは子供がまたできたことを喜んで。幸せそうに笑うから。
今なら言える。隠居しないで本当に良かったって。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーfin
ご愛読ありがとうございました。
最後までお付き合い下さいましたこと、感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。
名残惜しいですし……
シャルは「たぁー」しか言ってませんが……。これでおしまい。のはず……
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(147件)
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番外編あって嬉しい〜
これからも読みたいです!
双子の話も読んでみたい!!
わあっ!嬉しい感想&お買い上げいただきありがとうございます~(///∇///)♪
(番外編もご愛読ありがとうございます♪)
続きが読みたい…!
そう言っていただけるなんて光栄です!
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想像するだけでなんだかうずうずしてきました(*≧∀≦*)!
早速手に入れました( ̄▽ ̄)b
またユイリーちゃんとラースのラブラブを書籍で改めて読んでニヤニヤしてますwww
アルフレッドさんが想像以上に渋かった(///ω///)♪
わわっ嬉しい…!(*≧∀≦*)b
ご愛読いただきありがとうございます♪(///ω///)ワーイ
分かりますっ!私も初見で「アルフレッド渋い…めちゃめちゃカッコいい…」と眺めておりましたw
遅くなりましたが書籍化おめでとうございます(*´ω`*)
とても読み応えのある作品でしたので、もう書籍化しているものと勝手に思っていました、そういえばしていなかったのか!!
表紙の絵が素敵!!
わわっ嬉しいありがとうございます!(*゚ω゚*)
お陰様で6/15(月)に無事、書籍化いたしました…!完結からほぼ1年越しくらいになりますが…温かいお言葉ありがとうございます(。・ω・。)!
表紙のイラスト素敵ですよね♪美麗で思わず眺めてしまいます…