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本編

13 好きな色

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 歳が四つ違いってだけで、これだけ子供扱いされるのか……まぁいーけど。と、しゃがみこんだままうつむく。そうしてふて腐れていたら「だから子供だっていうのよ」と、麗子さんは立ち上がり、スカートのすそを整えながら話を切りやめた。
 代わりに何か投げて寄越してきた。でも今度投げられたのはお硬いフランスパンではなく……

「え、コレ……奥野白蛇おくのしろへび神社の縁結びのお守り……?」

 危なく取り落としそうになったそれは、神主さんからの預かりものだと三太から受け取った物。
 神主さんに後で返そうと思って……そういえば、親父に俺たちが付き合っていることを話したって言って麗子さんを怒らせてしまったとき、怒った麗子さんが買い物リストごと一緒に持って行ってしまったんだった。

「……今回は私も早とちりした。だからこれはそのおびの代わり。怒ってごめん」

 麗子さんは俺たちが付き合ってること、周りに知られるの嫌がってなかったっけ? 探るように彼女の目を見据みすえる。──が、「強一さんが知ってるなら今更でしょ」と言って麗子さんは視線をらす。

「本当にいいの? つけたら今度こそ確実に三太にもバレるよ? それにコレ、二つで一つになる仕様のおそろいだし」

 いつもの軽い様相ようそうを改め、真剣な顔して確認する。長い沈黙が彼女の答えだった。これ以上最後まで言わせるなというように、視線はらしたまま、地面にしゃがみこんでいる俺が立ち上がるのを待っている。
 最近は何かと喧嘩することが多くなった。これじゃあ逆身長差カップルというよりも喧嘩ップルだ。そう思っていたけど。

「そっか、……麗子さんありがとう」

 ようやく立ち上がる。何も言わずに俺を待っている麗子さんの隣に並んで、ゆっくり手を伸ばす。互いの手がつながって、やっと安心した心地になる。
 良かった。麗子さんは本当にもう怒っていない。
 彼女の細くて繊細な手に触れただけで、自然と守りたい保護欲が沸いた。

「麗子さんって、ホントいい女だよね」
「そういうこと、平気で言うな」
「ははっ」

 沢山喧嘩して、仲直りして、こうして一緒にいられる時間が何よりいとしいと感じる。

「ねぇ、はじめ君」
「ん、何ー?」

 彼女と一緒に並んで歩くとき、男の俺より身長が高い彼女の、目線が上であることに慣れた仕草しぐさ──話しながらもかがむようにこちらを見るのが、気遣われているようで好きだ。背が高い人は猫背になりやすいって聞いたことはあるけど、相手を思ってそうなるのかなと想像を巡らせていたら、麗子さんがポツリとつぶやいた。

「夏になったら……」

 彼女は途中言葉を詰まらせる。でもその先は──言わなくても分かった。

「花火見に行きたい?」
「うん」

 麗子さんがいつもより幾分いくぶんか大人しい。珍しく甘えられているのに気付いて彼女を見上げるが、照れくさいのか目を合わせてくれない。
 麗子さんは神社巡りとか、日本の風習や文化が結構好きで、お祭りも大好きだって俺は知ってる。まだまだ他にも知りたいことは沢山あるけど、一緒にいられるならもう、何でもいいやって思えるんだ。

「りょーかい」

 俺たちはたまにこうして、ポツリポツリと先の約束をする。

「何でも喜んで付き合うよ、麗子さんの行きたいところなら何でもね」
 
 一緒に行きたいところがあるってこんなに嬉しいんだ。つなげた手をキュッと握る。麗子さんはかすかに握り返してくれた。言葉数は少なくても、思いは伝わった。

「そういえば、麗子さんさー。最近あまり青い服着てこなくなったね」

 サラッと告げる。普通に言ってから麗子さんの顔色が明らかに変わった。
 何気なにげない一言が相手に衝撃を与えることもある。今の台詞せりふはまさにそれだった。歩みを止めた彼女の隣で、背の高い彼女の顔をのぞき込むように見上げる。

「麗子さん、青色好きだよね?」
「ええ……」
「何で青い服着ないの?」

 麗子さんは口は悪いけど根は至って真面目まじめで素直だから、不味いと思ったらしい。戸惑いに瞳をらす彼女に、でも俺は、思い切って言うことにしたんだ。

「何で着ないのとか意地悪な質問だね、ごめん。でもさ、着てよ。麗子さんが好きな色の服着たところ見たい。──あ、そだ。俺さー青い浴衣ゆかた着た麗子さんと一緒に並んで花火行きたいなぁー」

 俺の目の色を気にして、遠慮なんてしないでほしいんだ。

「……分かった」

 つないだ手を、今度は麗子さんの方からキュッと握ってくれた。

「青は、はじめ君の好きな色だものね」
「知ってたんだ?」
「うん、知ってる……」

 否定はしない。ゆっくりとまばたいて、当たり前のように返す彼女の眼差まなざしは常に前を向いていて、こちらには戻ってこないけれど、

「そっか……」
「うん……」

 染み入るようにつないだ手から互いの存在を確認する。
 間に流れる静かな空気に気まずさは少しも混じらない。互いの手はしっかりつながれたまま、やがてどちらからともなくのんびり歩き出す。

 こうして日常がゆっくり過ぎていくのを幸せに感じながら、俺たちは過ごしている。
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