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本編
12 彼女の顔色
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──起きなかったら急がなくていい。
いつも通り親父はそう言って、俺たちを見送った。
喫茶店「猫茶丸」のある波美出汁横町は閑静な住宅街で、元々スーパーだとか商業施設は少ない。普段から仕入れは別の業者でしているが、客の入りが少ない猫茶丸では、細々したものは地元で間に合わせることもあるのだ。
まず最初は猫茶丸から徒歩十五分のところにある一件の貴重なスーパーに行って、事務用品を購入してから、そのあと八百屋に頼まれたトマトとキュウリを買いにいく。あと肉や魚等のナマモノは最後にするとして……と、買い物ルートを決めるときは仕事だからときっちり線引きして、麗子さんは話をしてくれたんだが……
そろそろと後ろを見る。頼まれた買い物に出かけるときは麗子さんと二人、いつも並んで歩いているはずが──そこには、ツーンとそっぽを向いた麗子さんが、まだぷりぷり怒ってた。
「麗子さん、ごめん」
先を行くこちらから歩み寄るには、互いの心の距離がありすぎる。ゆっくりと立ち止まり、彼女のペースに合わせて返事を待った。
俺が麗子さんとトラブってるの知ってて、親父は気をきかせてくれたみたいだけど……
「何よ? 今さら謝ったって遅いんだから」
仲直りには辛抱がいる。こちらがミスしたときには特にだ。辛抱強く待つのは当然として、でも今のは言われて少し目眩を起こしたみたいにクラっとした。
眠たくはない。でも何だか疲れっぽいのはきっと、最近麗子さんと話をしてないからだ。
誤解だってどうすれば伝わるのか、人と話をするってこんなに難しいことだったっけか。体育座りするみたいにその場にしゃがみこむ。すると、慌てたみたいに麗子さんが中腰になった。
「はじめ君……?」
怪訝な顔に、怒ってるのと心配してるのが混じっている。
「麗子さん、面白い顔になってるよ?」
「…………」
誤魔化すみたいにからかうと、麗子さんが目を眇めた。騙されないぞって強い意思を感じる。
困ったな。嬉しいと思ってしまう現金な自分に苦笑する。
「そんなに私と仲直りしたいなら、花占いする以外にもっと他にすることあるでしょ?」
「……はは、そうだね。ホント、ごめん」
その通りだ。尻込みしてたのを見抜かれているのに、弁解するのは見苦しい。
素直に認めて平身低頭していると、こちらを見下ろしていた麗子さんまで地面にしゃがみこんだ。ゆっくり目線を合わせて、はあっと溜息ついでに頭をコツンとノックするみたいに叩かれる。
「それで、どうしてそうなったか当然話してくれるのよね?」
いきなり確信を突かれて。後はもう、なし崩しだった。
実は親父がこの店のオーナーになって直ぐ、俺の睡眠時間を詳細に記録するため、店内に設置されていた擬似の監視カメラを本物に取り替えていたこと。そして、店内で手を繋いでいるところがバッチリ映っていて親父にバレましたと、
話ながらも麗子さんはもう手を繋いでくれなくなるかもなぁ……って覚悟でいたら、「なるほどね……私も迂闊だったわ」と親父の親心を察して、あっさり許してくれた。それも「どうせ散々見られた後だし、もういいわ」だそうだ。
麗子さんは逆に踏ん切りがついてしまったらしい。手を繋ぐのをなしにされなくてホッとしたものの、実は俺、頭の片隅でチラッと思ってたんだ。親父ならそうするかもって、
「ごめん、俺のせいなんだ」
予測できたはずなのに。でも麗子さんとのやり取りに気をとられてすっかりその懸念を疎かにしてしまった。俺の落ち度だ。
「ホント馬鹿ね」
「え?」
「あんたのせい何かじゃないわよ」
「怒っては……」
「ないわ。というより寧ろ……安心した。私たちが付き合ってること何も知らない強一さんに、最初から話をしなければならないプレッシャーから解放されてスッキリしてるし。今のところ何も強一さんからお達しがないってことは、付き合ってることに反対してなさそうで安心した。まあそんなところかしらね」
「麗子さんが気にするのはそっちなの?」
「そうよ、悪い?」
「いえ……悪く、ないです」
ようやく溜飲を下げた彼女の口調が普通に戻ったことに安堵する。俺ってこんな他人に固執するヤツだったっけ? と思うくらい、彼女の顔色が気になるなんて、
「あのね。あんた私を何だと思ってるのよ? 私の方が年上で成人してるのよ? あんたがいくら大人ぶろうが、責任はこっちにあんの。寧ろこっちから先に言わなくて申し訳ございませんって、強一さんに頭下げたいくらいだわ」
「…………」
シレッと言われて、こちらの方が肩透かしを食らった気分になる。でもって今度は、それとは別の感情が吹き出した。
「……何よ?」
「いや、何だかんだで、麗子さん親父に甘いんだよなーと思っただけ」
「まさかあんた、自分の親に嫉妬してないわよね」
「…………」
勘が良いことこの上ない。何で彼女はことこういうことに限って、妙に勘が働くんだ?
いつも通り親父はそう言って、俺たちを見送った。
喫茶店「猫茶丸」のある波美出汁横町は閑静な住宅街で、元々スーパーだとか商業施設は少ない。普段から仕入れは別の業者でしているが、客の入りが少ない猫茶丸では、細々したものは地元で間に合わせることもあるのだ。
まず最初は猫茶丸から徒歩十五分のところにある一件の貴重なスーパーに行って、事務用品を購入してから、そのあと八百屋に頼まれたトマトとキュウリを買いにいく。あと肉や魚等のナマモノは最後にするとして……と、買い物ルートを決めるときは仕事だからときっちり線引きして、麗子さんは話をしてくれたんだが……
そろそろと後ろを見る。頼まれた買い物に出かけるときは麗子さんと二人、いつも並んで歩いているはずが──そこには、ツーンとそっぽを向いた麗子さんが、まだぷりぷり怒ってた。
「麗子さん、ごめん」
先を行くこちらから歩み寄るには、互いの心の距離がありすぎる。ゆっくりと立ち止まり、彼女のペースに合わせて返事を待った。
俺が麗子さんとトラブってるの知ってて、親父は気をきかせてくれたみたいだけど……
「何よ? 今さら謝ったって遅いんだから」
仲直りには辛抱がいる。こちらがミスしたときには特にだ。辛抱強く待つのは当然として、でも今のは言われて少し目眩を起こしたみたいにクラっとした。
眠たくはない。でも何だか疲れっぽいのはきっと、最近麗子さんと話をしてないからだ。
誤解だってどうすれば伝わるのか、人と話をするってこんなに難しいことだったっけか。体育座りするみたいにその場にしゃがみこむ。すると、慌てたみたいに麗子さんが中腰になった。
「はじめ君……?」
怪訝な顔に、怒ってるのと心配してるのが混じっている。
「麗子さん、面白い顔になってるよ?」
「…………」
誤魔化すみたいにからかうと、麗子さんが目を眇めた。騙されないぞって強い意思を感じる。
困ったな。嬉しいと思ってしまう現金な自分に苦笑する。
「そんなに私と仲直りしたいなら、花占いする以外にもっと他にすることあるでしょ?」
「……はは、そうだね。ホント、ごめん」
その通りだ。尻込みしてたのを見抜かれているのに、弁解するのは見苦しい。
素直に認めて平身低頭していると、こちらを見下ろしていた麗子さんまで地面にしゃがみこんだ。ゆっくり目線を合わせて、はあっと溜息ついでに頭をコツンとノックするみたいに叩かれる。
「それで、どうしてそうなったか当然話してくれるのよね?」
いきなり確信を突かれて。後はもう、なし崩しだった。
実は親父がこの店のオーナーになって直ぐ、俺の睡眠時間を詳細に記録するため、店内に設置されていた擬似の監視カメラを本物に取り替えていたこと。そして、店内で手を繋いでいるところがバッチリ映っていて親父にバレましたと、
話ながらも麗子さんはもう手を繋いでくれなくなるかもなぁ……って覚悟でいたら、「なるほどね……私も迂闊だったわ」と親父の親心を察して、あっさり許してくれた。それも「どうせ散々見られた後だし、もういいわ」だそうだ。
麗子さんは逆に踏ん切りがついてしまったらしい。手を繋ぐのをなしにされなくてホッとしたものの、実は俺、頭の片隅でチラッと思ってたんだ。親父ならそうするかもって、
「ごめん、俺のせいなんだ」
予測できたはずなのに。でも麗子さんとのやり取りに気をとられてすっかりその懸念を疎かにしてしまった。俺の落ち度だ。
「ホント馬鹿ね」
「え?」
「あんたのせい何かじゃないわよ」
「怒っては……」
「ないわ。というより寧ろ……安心した。私たちが付き合ってること何も知らない強一さんに、最初から話をしなければならないプレッシャーから解放されてスッキリしてるし。今のところ何も強一さんからお達しがないってことは、付き合ってることに反対してなさそうで安心した。まあそんなところかしらね」
「麗子さんが気にするのはそっちなの?」
「そうよ、悪い?」
「いえ……悪く、ないです」
ようやく溜飲を下げた彼女の口調が普通に戻ったことに安堵する。俺ってこんな他人に固執するヤツだったっけ? と思うくらい、彼女の顔色が気になるなんて、
「あのね。あんた私を何だと思ってるのよ? 私の方が年上で成人してるのよ? あんたがいくら大人ぶろうが、責任はこっちにあんの。寧ろこっちから先に言わなくて申し訳ございませんって、強一さんに頭下げたいくらいだわ」
「…………」
シレッと言われて、こちらの方が肩透かしを食らった気分になる。でもって今度は、それとは別の感情が吹き出した。
「……何よ?」
「いや、何だかんだで、麗子さん親父に甘いんだよなーと思っただけ」
「まさかあんた、自分の親に嫉妬してないわよね」
「…………」
勘が良いことこの上ない。何で彼女はことこういうことに限って、妙に勘が働くんだ?
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