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本編
09 鍛える彼女
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それから目が覚めたときは、喫茶店の休憩室にいた。
寝落ちすると、記憶がなくなったみたいに時間が飛ぶ。だから起きたらすぐ、時間を確認するのが癖になった。
ちなみに神社の帰り道の記憶がない。ということは──
「──おはよっはじめっち」
「……はよ」
あのまま神主さんの話を聞きながら、神社のベンチで寝落ちしたのか俺。
横になっている視界にうつる三太の私服姿。ということは、今は猫茶丸の閉店時刻の二十時を過ぎたところか、あー、やべ。っと、掛けてあったブランケットを脇に退けて、休憩室の畳からゆっくり上半身を起こす。
神社にいたのが十六時で、今が二十時ってことは、四時間寝てたのか。
寝ぼけ眼に、とりあえず三太に「おはよう」じゃなくて「こんばんは」だろと突っ込む。
「あ、そうだ、はじめっちコレ受け取って」
「は? 受け取れって……」
三太は丁度帰る所だったらしく、出入り口のドアの前から思い出したように、手にしていたもの投げて寄越した。空中で難なくキャッチする。
「何だよコレ?」
奥野白蛇神社限定のお土産用、白い小さな紙袋だった。
「それ、神主さんが車で送ってくれたときに預かったんですけど、はじめっちに渡してくれって」
「そっか、ありがとな」
神主さんに後でお礼言いにいかないとなー。何て思って開けたお土産用紙袋の中身は──縁結びのお守りだった。それも二つって……
「ったく、あの人は……」
ガックリ額を押さえる。くそっ、心なしか耳が熱い。
不意打ちに、愕然としながらも、何とか気を取り戻す。神主さん、どういう気の利かせ方ですかと、お礼ついでに釘でも刺して返しておくか。こんなん見たら、あからさますぎて麗子さんが固まるだろ。
「平気じゃないっスか?」
「何が?」
悩ましげに顔を上げると、三太がケロッと答えた。
「いえ、俺はただ、はじめっちの好きな相手ならきっと喜んでくれると思っただけっすよ」
コイツまさか、俺と麗子さんのこと気付いてる? 怪訝な表情をする俺に、三太は飽くまで知らん顔だ。一見すると単純そうなのに考えが読めない。バカではないってことか、
「三太お前、太陽みたいに明るい奴だな」
「あ~それが取り柄って、俺よく言われるんっすよ」
「ふーん。やっぱりな」
「はじめっちも明るいですよね。グータラな明るさ?」
「グータラは余計だよ」
「あーすみません。それと、車から下りたあとは麗子さんが担いで連れてきてくれたんっすよ~。ちゃんと後でお礼言っといてくださいね。はじめっち」
「そっか、麗子さんが担いでくれたのか」
はい、と頷く三太を視界の端に捉えながら、はたと動きが止まる。
「は? 麗子さんが俺を担い、……で……?」
「そ、はじめっちを担いできてくれたんっすよ~」
ギョッとする。いや、ちょっとまて、まさか、お姫様抱っこ……じゃないだろうな? 珍しく冷や汗をかく。麗子さんそんなに力持ちだったか? とか、変な心配をしながら一応確認したら、麗子さんは俺を背負って店の中に入ってきたみたいで安心した。
そういえば寝てる間、ふんわり良い匂いがしたのを感じたような、そんな気がしていた。
*
「──あのさ、もしかして俺のために体鍛えたりしてくれてる?」
退社で休憩室を出ていく三太と入れ違いに、麗子さんが俺の様子を見に入ってきた。
靴を脱いで畳の休憩室に上がり、近くに座った彼女は、俺の質問に一瞬ピクッとして、それから畳に寝転がる俺を面倒臭そうに見下ろした。合わせて俺もちゃんと話ができるよう、起き上がって胡座をかく。
「麗子さんさー。俺がいつ寝てもいいように、ジムでトレーニングとかして体鍛えてるでしょ? この間、麗子さんのバッグにジムの会員カード、入ってるの見えたんだけど」
「……あれは趣味よ」
「神社巡りと同じように? ジム通いも麗子さんの趣味なの?」
「だったらなんなのよ?」
うるさそうに眉を顰められた。でもハッキリ否定はしない。
ふーん、麗子さんは俺のために趣味増やすのか。そうか、そうなのか、そうなんだ。へぇー何だかそれって……
コトンと、麗子さんの背中にデコを乗せる。彼女に背負われて情けないとか、カッコ悪いとか、そんなんじゃなくて、
「麗子さん、ありがとう。それと、スゴく好きなんだけど」
俺のために鍛える彼女とかって、惚れ直すなって方が無理な話でしょ。俺の彼女、最高に格好いいなと思っていたら──
「知ってる」
「え?」
「そんなこと、あんたがあの、ねちっこいストーカーにイカ投げつけたときから分かってるわよ」
当然の告白に、恥ずかしがるでもなく、当たり前のように返された。疑う余地なく俺が麗子さん好きなの肯定って……麗子さんはやっぱりクールだった。でも目を合わせず明後日の方向を見てしまう辺り、詰めの甘さに余計好きな気持ちが増してしまうのはどうしたものか。
「ははっ……そっか」
ちなみに麗子さんの言うねちっこいストーカーとは、冒頭で俺がイカを投げつけた男のことだ。
そう、俺たちはあの、逆恨みクソッタレ野郎にイカを投げつけてやった「冷たい人」事件がきっかけで、付き合うようになった。
「それはともかく、はじめ君、さっき三太に何か渡されてたでしょ」
この流れで急所を衝くのか。彼女の鋭い観察眼に、一瞬動じそうになるがサラッとやり通す。
「見てたんだ。でもアレは麗子さんが気にするようなものじゃないよ?」
「…………へぇ、なら出せるわよね?」
何でもないみたいに軽く答えたのに、物凄い疑いの眼差しで見られた。なんつぅ迫力出すんだよ。くっそ、誤魔化しは利かないか。流石に分かる。
弁明も聞かず「ん、」と手を差し出された。形無しだなと、女の勘に舌を巻く。
はぁ、麗子さんの前だとカッコつけたくても、全部上手くいかなくなるんだからなぁー。
苦笑して、仕方なくそれの入った紙袋をポケットから取り出す。拍子に、一緒に入っていた買い物リストが落ちて、麗子さんに拾われる。
「そういえば強一さんの字も綺麗だけど、はじめ君も親子揃って字、綺麗よね」
麗子さんが買い物リストをしげしげと眺めている。
「あー、それは小さい頃に親父から習わされたんだよ。最初は面倒だと思ってたけど、やりだしたらなかなか楽しくてさ」
「日記とか豆にやるタイプ?」
「んー、どうだろ? 基本俺はズボラだから」
「あぁそうね」
「麗子さんさー、そこは訂正するところだろ。そうもあっさり肯定されると、何か引っ掛かるんだけど……」
目を眇め、複雑な顔をしている俺に、麗子さんは容赦ない。
「まんまその通りだもの、訂正する必要なんか全然ないわ」
「ひっでぇなー。……まあ、今は教えてもらって良かったと思ってるよ」
「どうして?」
「麗子さんに褒められたからかな」
「あんたどんだけ安上がりなのよ……」
いつも通りお気楽な調子で言う。それに対してもちろん麗子さんは皮肉を言うのも忘れないが、俺が持っている奥野白蛇神社限定のお土産用、白い小さな紙袋のことも忘れていなかった。話しながら紙袋を受け取り、彼女が中身を見ようとしたところで──
「あとさ、ごめん。俺、親父に麗子さんが恋人だって話しちゃった」
「はあ!?」
寝落ちすると、記憶がなくなったみたいに時間が飛ぶ。だから起きたらすぐ、時間を確認するのが癖になった。
ちなみに神社の帰り道の記憶がない。ということは──
「──おはよっはじめっち」
「……はよ」
あのまま神主さんの話を聞きながら、神社のベンチで寝落ちしたのか俺。
横になっている視界にうつる三太の私服姿。ということは、今は猫茶丸の閉店時刻の二十時を過ぎたところか、あー、やべ。っと、掛けてあったブランケットを脇に退けて、休憩室の畳からゆっくり上半身を起こす。
神社にいたのが十六時で、今が二十時ってことは、四時間寝てたのか。
寝ぼけ眼に、とりあえず三太に「おはよう」じゃなくて「こんばんは」だろと突っ込む。
「あ、そうだ、はじめっちコレ受け取って」
「は? 受け取れって……」
三太は丁度帰る所だったらしく、出入り口のドアの前から思い出したように、手にしていたもの投げて寄越した。空中で難なくキャッチする。
「何だよコレ?」
奥野白蛇神社限定のお土産用、白い小さな紙袋だった。
「それ、神主さんが車で送ってくれたときに預かったんですけど、はじめっちに渡してくれって」
「そっか、ありがとな」
神主さんに後でお礼言いにいかないとなー。何て思って開けたお土産用紙袋の中身は──縁結びのお守りだった。それも二つって……
「ったく、あの人は……」
ガックリ額を押さえる。くそっ、心なしか耳が熱い。
不意打ちに、愕然としながらも、何とか気を取り戻す。神主さん、どういう気の利かせ方ですかと、お礼ついでに釘でも刺して返しておくか。こんなん見たら、あからさますぎて麗子さんが固まるだろ。
「平気じゃないっスか?」
「何が?」
悩ましげに顔を上げると、三太がケロッと答えた。
「いえ、俺はただ、はじめっちの好きな相手ならきっと喜んでくれると思っただけっすよ」
コイツまさか、俺と麗子さんのこと気付いてる? 怪訝な表情をする俺に、三太は飽くまで知らん顔だ。一見すると単純そうなのに考えが読めない。バカではないってことか、
「三太お前、太陽みたいに明るい奴だな」
「あ~それが取り柄って、俺よく言われるんっすよ」
「ふーん。やっぱりな」
「はじめっちも明るいですよね。グータラな明るさ?」
「グータラは余計だよ」
「あーすみません。それと、車から下りたあとは麗子さんが担いで連れてきてくれたんっすよ~。ちゃんと後でお礼言っといてくださいね。はじめっち」
「そっか、麗子さんが担いでくれたのか」
はい、と頷く三太を視界の端に捉えながら、はたと動きが止まる。
「は? 麗子さんが俺を担い、……で……?」
「そ、はじめっちを担いできてくれたんっすよ~」
ギョッとする。いや、ちょっとまて、まさか、お姫様抱っこ……じゃないだろうな? 珍しく冷や汗をかく。麗子さんそんなに力持ちだったか? とか、変な心配をしながら一応確認したら、麗子さんは俺を背負って店の中に入ってきたみたいで安心した。
そういえば寝てる間、ふんわり良い匂いがしたのを感じたような、そんな気がしていた。
*
「──あのさ、もしかして俺のために体鍛えたりしてくれてる?」
退社で休憩室を出ていく三太と入れ違いに、麗子さんが俺の様子を見に入ってきた。
靴を脱いで畳の休憩室に上がり、近くに座った彼女は、俺の質問に一瞬ピクッとして、それから畳に寝転がる俺を面倒臭そうに見下ろした。合わせて俺もちゃんと話ができるよう、起き上がって胡座をかく。
「麗子さんさー。俺がいつ寝てもいいように、ジムでトレーニングとかして体鍛えてるでしょ? この間、麗子さんのバッグにジムの会員カード、入ってるの見えたんだけど」
「……あれは趣味よ」
「神社巡りと同じように? ジム通いも麗子さんの趣味なの?」
「だったらなんなのよ?」
うるさそうに眉を顰められた。でもハッキリ否定はしない。
ふーん、麗子さんは俺のために趣味増やすのか。そうか、そうなのか、そうなんだ。へぇー何だかそれって……
コトンと、麗子さんの背中にデコを乗せる。彼女に背負われて情けないとか、カッコ悪いとか、そんなんじゃなくて、
「麗子さん、ありがとう。それと、スゴく好きなんだけど」
俺のために鍛える彼女とかって、惚れ直すなって方が無理な話でしょ。俺の彼女、最高に格好いいなと思っていたら──
「知ってる」
「え?」
「そんなこと、あんたがあの、ねちっこいストーカーにイカ投げつけたときから分かってるわよ」
当然の告白に、恥ずかしがるでもなく、当たり前のように返された。疑う余地なく俺が麗子さん好きなの肯定って……麗子さんはやっぱりクールだった。でも目を合わせず明後日の方向を見てしまう辺り、詰めの甘さに余計好きな気持ちが増してしまうのはどうしたものか。
「ははっ……そっか」
ちなみに麗子さんの言うねちっこいストーカーとは、冒頭で俺がイカを投げつけた男のことだ。
そう、俺たちはあの、逆恨みクソッタレ野郎にイカを投げつけてやった「冷たい人」事件がきっかけで、付き合うようになった。
「それはともかく、はじめ君、さっき三太に何か渡されてたでしょ」
この流れで急所を衝くのか。彼女の鋭い観察眼に、一瞬動じそうになるがサラッとやり通す。
「見てたんだ。でもアレは麗子さんが気にするようなものじゃないよ?」
「…………へぇ、なら出せるわよね?」
何でもないみたいに軽く答えたのに、物凄い疑いの眼差しで見られた。なんつぅ迫力出すんだよ。くっそ、誤魔化しは利かないか。流石に分かる。
弁明も聞かず「ん、」と手を差し出された。形無しだなと、女の勘に舌を巻く。
はぁ、麗子さんの前だとカッコつけたくても、全部上手くいかなくなるんだからなぁー。
苦笑して、仕方なくそれの入った紙袋をポケットから取り出す。拍子に、一緒に入っていた買い物リストが落ちて、麗子さんに拾われる。
「そういえば強一さんの字も綺麗だけど、はじめ君も親子揃って字、綺麗よね」
麗子さんが買い物リストをしげしげと眺めている。
「あー、それは小さい頃に親父から習わされたんだよ。最初は面倒だと思ってたけど、やりだしたらなかなか楽しくてさ」
「日記とか豆にやるタイプ?」
「んー、どうだろ? 基本俺はズボラだから」
「あぁそうね」
「麗子さんさー、そこは訂正するところだろ。そうもあっさり肯定されると、何か引っ掛かるんだけど……」
目を眇め、複雑な顔をしている俺に、麗子さんは容赦ない。
「まんまその通りだもの、訂正する必要なんか全然ないわ」
「ひっでぇなー。……まあ、今は教えてもらって良かったと思ってるよ」
「どうして?」
「麗子さんに褒められたからかな」
「あんたどんだけ安上がりなのよ……」
いつも通りお気楽な調子で言う。それに対してもちろん麗子さんは皮肉を言うのも忘れないが、俺が持っている奥野白蛇神社限定のお土産用、白い小さな紙袋のことも忘れていなかった。話しながら紙袋を受け取り、彼女が中身を見ようとしたところで──
「あとさ、ごめん。俺、親父に麗子さんが恋人だって話しちゃった」
「はあ!?」
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