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本編
04 好きな人
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好きな相手には無性に構いたくなる。それって小学生の心理か、と今までたいして気にも留めてなかったのに、最近はそれが大人にも適用するって分かった。
確かに俺は、昔から世話好きだと言われていた。けど麗子さんに対しては度を越してるっていうか、自然と助けたくなっちゃうっていうか……
「大丈夫だよ。お客さんは当面来ないだろーし、親父は奥の厨房で料理の下ごしらえしてるから、暫くは出てこないしさ。まあ……別に俺はバレても構わないんだけど」
店のオーナーで料理担当もしている親父は、厨房に入るとなかなか出てこない。きっと下ごしらえついでに料理の研究でもしてるんだろう。仕事熱心な人だから。
二人きりの店内で「公認カップルでいいじゃん」そう言うと、麗子さんは反射で驚くような顔をした。喚くようにした彼女の整った唇が、ハッキリ分かるくらい動揺に戦慄いた。
「こ…………マセガキ」
顔をほんのり赤らめて、彼女は何やらガツンと言おうとしたらしい。口を開いたが、逡巡して最後はボソリと呟くにとどめたようだ。
にしても、マセガキか……四歳差だとそこまで子供に見えるのか……? って、ちょっと引っ掛かる。
「ガキじゃないよ。もうあと一年で成人だよ? 俺、麗子さんと同じお・と・な」
「はっ、中身はてんでガキじゃないのよ」
「言ったな?」
「言ったわよ」
「「…………」」
重い沈黙が走り、また睨めっこが始まってしまった。
そうか、そんなに嫌か、公認カップル。と、彼女のことをちゃんと知らなかったなら、僻みたくなる状況だが、
でも彼女の場合はちょっと事情が違う。何しろこんなに美人なのに、今まで一度も誰かと付き合ったことがないそうだ。だから今の彼女は、堂々と恋人の話を誰かにする余裕がない。ノロケるよりも、恥ずかしさの方が勝っているらしい。
それもはたから見たら今の俺、女の人に箒で叩かれそうになってる、仕事をサボるダメ男だなー。とか他人事のように思いながら彼女を眺める。
青い目の俺と違って、麗子さんの目は黒い。気の強い性格に合った、目尻が少しつり上がり気味の瞳──黒曜石みたいに綺麗で、思わず惹きつけられる。キツめの美人さん。その麗子さんの目を黙って静かに見つめ返す。──が、
やっぱりいくら睨んでも効き目がないと分かったようで、麗子さんはまた、ふんっと鼻を鳴らして箒を持つ手を動かし始めた。どうやら先輩風を吹かせるのに飽きたらしい。
まあ、麗子さんからしたら勝つ見込みのない、とんだ我慢比べだ。早々に撤退するに限る。
感覚的には分かってるみたいだけど……。でもハッキリ気付いてはいないんだろうなぁと、彼女の自覚のなさに、見られてないのをいいことにクスリと笑う。
「アンタ年下の癖に生意気よ」
「麗子さんは年上の癖に口悪いですよね」
後ろを向きながら、でもやっぱり無視できなくて文句を言ってくるとか、どれだけだ。男心を擽る彼女に乗せられて、つい言ってしまう。
「じゃあ、俺が大人だって証明してみせますよ。それこそきっちり利息分払うくらいにね」
「証明ってどういう……あ、エッチなのはだめだからね!」
「んなことしませんよ! 俺をいったい何だと思ってるんですかッ!」
ハッと気付いたようにされてはこちらの方がドン引きだ。
思わず狼狽して、「失礼なっ!」と言い返した矢先、
「あ、麗子さんの髪にてんとう虫が……」
止まった。それも七つ星のナナホシテントウ。幸せのジンクスとかあるヤツだ。
「きゃ────────────────ッ!?」
突然抱きつかれて、バランスを崩す。おっと、と支えたものの。互いにその場でしゃがみこんで中腰になりながら、彼女の背中をトントン叩いて苦笑する。普段から口悪いのにこういうところは妙に女っぽくて可愛い。頼られて嬉しいけど、さてどうするか……
二人して床に膝をつきながら、店内を見回す。手頃な捕獲器を探してみたが、手近で使えそうなものはなかった。直接手に取ってみると、てんとう虫は指先のてっぺんまでトコトコマイペースに歩いていって、早々に飛び立った。
季節はまだ三月の上旬。とはいえ、春先のポカポカとした柔らかい陽射しに誘われて、飛んでいるうちに店内へ迷い込んでしまったらしい。換気で開けていた木製のドアに当たりそうになりながら、どうにか外へ脱出するのを見送る。
そして麗子さんはあんまり怖がってて可哀想だったから、代わりに落ちてた葉っぱで誤魔化すことにした。
「あ、違った。ごめん麗子さん、ほらこれただの枯れ葉のくずでした。ただの葉っぱ」
涙目で見られて、更に苦笑する。わざと意地悪したくなる衝動をグッと抑え込んだ。とりあえず「ごめんね」と謝罪する。好きな子いじめて喜ぶのは小学生の発想だ。
「麗子さんって虫全般ダメですよね~」
「うっさい馬鹿」
「ははっ、ごめんって」
そう、自分でも分かってる。大切すぎて、彼女に何を言われても、怒られても、どんなに喧嘩しても、好きとしか思えないとか……。重症だ。
好きな人から無防備に抱きつかれる不意打ち。てんとう虫の恩恵を受けたのは、どうやら俺の方だったらしい。
確かに俺は、昔から世話好きだと言われていた。けど麗子さんに対しては度を越してるっていうか、自然と助けたくなっちゃうっていうか……
「大丈夫だよ。お客さんは当面来ないだろーし、親父は奥の厨房で料理の下ごしらえしてるから、暫くは出てこないしさ。まあ……別に俺はバレても構わないんだけど」
店のオーナーで料理担当もしている親父は、厨房に入るとなかなか出てこない。きっと下ごしらえついでに料理の研究でもしてるんだろう。仕事熱心な人だから。
二人きりの店内で「公認カップルでいいじゃん」そう言うと、麗子さんは反射で驚くような顔をした。喚くようにした彼女の整った唇が、ハッキリ分かるくらい動揺に戦慄いた。
「こ…………マセガキ」
顔をほんのり赤らめて、彼女は何やらガツンと言おうとしたらしい。口を開いたが、逡巡して最後はボソリと呟くにとどめたようだ。
にしても、マセガキか……四歳差だとそこまで子供に見えるのか……? って、ちょっと引っ掛かる。
「ガキじゃないよ。もうあと一年で成人だよ? 俺、麗子さんと同じお・と・な」
「はっ、中身はてんでガキじゃないのよ」
「言ったな?」
「言ったわよ」
「「…………」」
重い沈黙が走り、また睨めっこが始まってしまった。
そうか、そんなに嫌か、公認カップル。と、彼女のことをちゃんと知らなかったなら、僻みたくなる状況だが、
でも彼女の場合はちょっと事情が違う。何しろこんなに美人なのに、今まで一度も誰かと付き合ったことがないそうだ。だから今の彼女は、堂々と恋人の話を誰かにする余裕がない。ノロケるよりも、恥ずかしさの方が勝っているらしい。
それもはたから見たら今の俺、女の人に箒で叩かれそうになってる、仕事をサボるダメ男だなー。とか他人事のように思いながら彼女を眺める。
青い目の俺と違って、麗子さんの目は黒い。気の強い性格に合った、目尻が少しつり上がり気味の瞳──黒曜石みたいに綺麗で、思わず惹きつけられる。キツめの美人さん。その麗子さんの目を黙って静かに見つめ返す。──が、
やっぱりいくら睨んでも効き目がないと分かったようで、麗子さんはまた、ふんっと鼻を鳴らして箒を持つ手を動かし始めた。どうやら先輩風を吹かせるのに飽きたらしい。
まあ、麗子さんからしたら勝つ見込みのない、とんだ我慢比べだ。早々に撤退するに限る。
感覚的には分かってるみたいだけど……。でもハッキリ気付いてはいないんだろうなぁと、彼女の自覚のなさに、見られてないのをいいことにクスリと笑う。
「アンタ年下の癖に生意気よ」
「麗子さんは年上の癖に口悪いですよね」
後ろを向きながら、でもやっぱり無視できなくて文句を言ってくるとか、どれだけだ。男心を擽る彼女に乗せられて、つい言ってしまう。
「じゃあ、俺が大人だって証明してみせますよ。それこそきっちり利息分払うくらいにね」
「証明ってどういう……あ、エッチなのはだめだからね!」
「んなことしませんよ! 俺をいったい何だと思ってるんですかッ!」
ハッと気付いたようにされてはこちらの方がドン引きだ。
思わず狼狽して、「失礼なっ!」と言い返した矢先、
「あ、麗子さんの髪にてんとう虫が……」
止まった。それも七つ星のナナホシテントウ。幸せのジンクスとかあるヤツだ。
「きゃ────────────────ッ!?」
突然抱きつかれて、バランスを崩す。おっと、と支えたものの。互いにその場でしゃがみこんで中腰になりながら、彼女の背中をトントン叩いて苦笑する。普段から口悪いのにこういうところは妙に女っぽくて可愛い。頼られて嬉しいけど、さてどうするか……
二人して床に膝をつきながら、店内を見回す。手頃な捕獲器を探してみたが、手近で使えそうなものはなかった。直接手に取ってみると、てんとう虫は指先のてっぺんまでトコトコマイペースに歩いていって、早々に飛び立った。
季節はまだ三月の上旬。とはいえ、春先のポカポカとした柔らかい陽射しに誘われて、飛んでいるうちに店内へ迷い込んでしまったらしい。換気で開けていた木製のドアに当たりそうになりながら、どうにか外へ脱出するのを見送る。
そして麗子さんはあんまり怖がってて可哀想だったから、代わりに落ちてた葉っぱで誤魔化すことにした。
「あ、違った。ごめん麗子さん、ほらこれただの枯れ葉のくずでした。ただの葉っぱ」
涙目で見られて、更に苦笑する。わざと意地悪したくなる衝動をグッと抑え込んだ。とりあえず「ごめんね」と謝罪する。好きな子いじめて喜ぶのは小学生の発想だ。
「麗子さんって虫全般ダメですよね~」
「うっさい馬鹿」
「ははっ、ごめんって」
そう、自分でも分かってる。大切すぎて、彼女に何を言われても、怒られても、どんなに喧嘩しても、好きとしか思えないとか……。重症だ。
好きな人から無防備に抱きつかれる不意打ち。てんとう虫の恩恵を受けたのは、どうやら俺の方だったらしい。
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