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本編
05 恋人つなぎ
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普段がらんどうの猫茶丸でも、お昼の時間帯はそこそこ忙しい。そこで、十二時からはバイト君のヘルプが入る。のだが──カランカランと素朴なドアベルの音が鳴り、ヘルメットを被った男が、折りたたみ自転車を片手に店内に入ってきた。
「ちぃ~す。お疲れさん。はじめっちも麗子さんも相変わらず仲悪そうっすね~~」
この緩みっぱなしな挨拶をするのが、喫茶店「猫茶丸」の三人目の定員、日向野三太。
身長は麗子さんより少し高いくらいの、三月上旬でも日焼けした小麦色の肌が目立つ。見た目も中身も健康優良児な印象のコイツは、俺より一個年下の十八歳で、四月から大学生になる。全く偉ぶった感じがなくて明るい。とにかくいい奴って印象がある。
三月の間は本格的にうちでバイトをはじめる前のお試し期間で、四月から正式採用になる予定だ。
ちなみに店のオーナーをしている俺の親父、小樽強一の父方の従兄弟のそのまた従兄弟で……あー、つまり三太は俺の遠縁に当たる。
「おっ、三太おつかれー」
「…………お疲れ」
午後入りでやって来た三太にボソリと呟いて、麗子さんはそそくさと俺から離れる。そんなあからさまにっ……て、くらい距離を取られたので、何だか逆に追いかけたくなるんだが……。
むず痒いような感覚に、コレって真理だよなー。と、気持ちを抑えて眉を顰める。
とりあえず三太が着替えにバックヤードへ消えてったのを確認してから、麗子さんが嫌がらない程度に少し近付く。いつもの調子で、でも内容が内容だけに小声で話し掛ける。
「ほら、『仲悪そうっすね~』だって。全然バレてないから大丈夫ですよ」
「三太は特別鈍いのよ」
麗子さんが例によっていつもの悪態をつく──と、急にガチャッ! と裏口のドアが開いて、いなくなったはずの三太がそこからひょこっと顔を出した。音に反応して麗子さんがビクッと固まったのを横目に、「どったの?」と普通を装って三太に話し掛ける。
どうやら麗子さんは三太が苦手らしい。
「んー、渡すの忘れてたんすけど。これ、チャリ走らせてたら近くに咲いてたんで、持ってきたんすよ」
ほいっと見せてきたのは紫と黄色がメインの、幾つか種類の混じった野花だ。
自転車散歩が趣味であちこち足を伸ばしている三太は、よく自然のモノを土産に持ってきてくれる。それも、地元も通う大学もここなので、四月からは自転車散歩がてら、チャリ通で大学と喫茶店を行き来するつもりらしい。
「サンキュー、気が利くな」
「花瓶の花はいつも通り、はじめっちが引っこ抜いてると思って」
「ははっ悪い」
俺の行動を読めるくらいには、三太もこの店に慣れてきたみたいだ。「ここに置いとくっすね~」と、適当な場所に野花を残して、さっさとバックヤードに引っ込んでいった。
でもってこっちは「あ、」となった。そういえば、朝は色々麗子さんとドンパチやったから片付けるのをすっかり忘れていた。
引っこ抜いた花びらは、確かにちゃんと回収したけど…………クルリと後ろを振り返る。
丸坊主になったガクと茎だけのガーベラが、花瓶に挿さったまま奥のテーブルに飾られている。
一輪挿しって訳じゃないから、他に紛れているといいなと思ったけど……いや、一本だけ思いっきり飛び出てんじゃん。あの丸坊主のピンクガーベラ。
「あー、麗子さん? あの花瓶が置かれたテーブルって、確かさー」
「……親子連れの方が一組、早めの昼食取りに来てたわよね」
「「…………」」
てか、あの席に座った親子連れのお客さん、あの花見てどう思っただろうな……。
*
そうして忙しい時間が終わった後、時刻が十四時を回る頃には、店内にはいつもの静けさが戻っていた。といっても片付けモノはそこそこある。
卓上のお客が食べ終わった皿を回収しながら、同じく回収中の麗子さんに「あのさっ」と、チラッと思ったことを口にする。
「ところで麗子さん今日はどうして手、繋いでくれないの?」
「…………」
「麗子さん……?」
彼女は自分の手が冷たいことを気にしてあまり俺と手を繋ぎたがらない。でも、十九歳の誕生日プレゼントを聞かれて、「喫茶店の客がいない暇な時間に、コソッと恋人繋ぎしたりしてみたい」そうリクエストしてから、麗子さんはちゃんと手を繋いでくれるようになった。
だけど今日はしてくれない。何でだろ?
うーん。ま、仕方ないか。本当は恋人繋ぎしたいけど、麗子さんって物凄くシャイだからな……ビビって逃げられても嫌だし。嫌われたくない。大事にしないとだからな、うん。
恋人繋ぎとは、手の指と指とを交互に絡ませる繋ぎ方。やっぱりまだ、恥ずかしさが勝ってしまうのかもなー。と見たら、サッと手を隠された。何で!? まだ何もしてないのにっ!?
好きな人からどんだけ警戒されてんだと苦笑する。
はぁっと少し落ち込み気味に下を向くと、回収しているテーブルの脚で、チラチラ動く長い尻尾が目に入った。うちの看板猫で喫茶店と同じ名前の猫、猫茶丸だ。中腰に、テーブルの下を覗く。猫茶丸は前足を揃えてチョコンとお行儀よくしながら、こちらを見上げていた。
目が合って、その場にしゃがみ込む。猫茶丸のフワフワの前足を手に取ると、餌でも貰えると思ったのか、猫茶丸の目がキラキラ輝いた。
「あーあ、麗子さんに今日も振られちゃったよ。猫茶丸」
「にゃーん」
「そうなんだ。俺って魅力ないんだって」
「にゃーん」
「え、そこは否定してくれよ猫茶丸」
「にゃーん」
「あんたたち、いい加減にゃんにゃん言ってないで仕事しろ」
「ん? 麗子さん、俺はにゃんにゃん言ってないですよ」
「にゃーん」
猫茶丸にまで返事をされて、「何を真面目に答えてんのよ」と麗子さんが呆れ顔でいつも通りの悪態をついていると──カランカランとドアベルが鳴った。
「ちぃ~す。お疲れさん。はじめっちも麗子さんも相変わらず仲悪そうっすね~~」
この緩みっぱなしな挨拶をするのが、喫茶店「猫茶丸」の三人目の定員、日向野三太。
身長は麗子さんより少し高いくらいの、三月上旬でも日焼けした小麦色の肌が目立つ。見た目も中身も健康優良児な印象のコイツは、俺より一個年下の十八歳で、四月から大学生になる。全く偉ぶった感じがなくて明るい。とにかくいい奴って印象がある。
三月の間は本格的にうちでバイトをはじめる前のお試し期間で、四月から正式採用になる予定だ。
ちなみに店のオーナーをしている俺の親父、小樽強一の父方の従兄弟のそのまた従兄弟で……あー、つまり三太は俺の遠縁に当たる。
「おっ、三太おつかれー」
「…………お疲れ」
午後入りでやって来た三太にボソリと呟いて、麗子さんはそそくさと俺から離れる。そんなあからさまにっ……て、くらい距離を取られたので、何だか逆に追いかけたくなるんだが……。
むず痒いような感覚に、コレって真理だよなー。と、気持ちを抑えて眉を顰める。
とりあえず三太が着替えにバックヤードへ消えてったのを確認してから、麗子さんが嫌がらない程度に少し近付く。いつもの調子で、でも内容が内容だけに小声で話し掛ける。
「ほら、『仲悪そうっすね~』だって。全然バレてないから大丈夫ですよ」
「三太は特別鈍いのよ」
麗子さんが例によっていつもの悪態をつく──と、急にガチャッ! と裏口のドアが開いて、いなくなったはずの三太がそこからひょこっと顔を出した。音に反応して麗子さんがビクッと固まったのを横目に、「どったの?」と普通を装って三太に話し掛ける。
どうやら麗子さんは三太が苦手らしい。
「んー、渡すの忘れてたんすけど。これ、チャリ走らせてたら近くに咲いてたんで、持ってきたんすよ」
ほいっと見せてきたのは紫と黄色がメインの、幾つか種類の混じった野花だ。
自転車散歩が趣味であちこち足を伸ばしている三太は、よく自然のモノを土産に持ってきてくれる。それも、地元も通う大学もここなので、四月からは自転車散歩がてら、チャリ通で大学と喫茶店を行き来するつもりらしい。
「サンキュー、気が利くな」
「花瓶の花はいつも通り、はじめっちが引っこ抜いてると思って」
「ははっ悪い」
俺の行動を読めるくらいには、三太もこの店に慣れてきたみたいだ。「ここに置いとくっすね~」と、適当な場所に野花を残して、さっさとバックヤードに引っ込んでいった。
でもってこっちは「あ、」となった。そういえば、朝は色々麗子さんとドンパチやったから片付けるのをすっかり忘れていた。
引っこ抜いた花びらは、確かにちゃんと回収したけど…………クルリと後ろを振り返る。
丸坊主になったガクと茎だけのガーベラが、花瓶に挿さったまま奥のテーブルに飾られている。
一輪挿しって訳じゃないから、他に紛れているといいなと思ったけど……いや、一本だけ思いっきり飛び出てんじゃん。あの丸坊主のピンクガーベラ。
「あー、麗子さん? あの花瓶が置かれたテーブルって、確かさー」
「……親子連れの方が一組、早めの昼食取りに来てたわよね」
「「…………」」
てか、あの席に座った親子連れのお客さん、あの花見てどう思っただろうな……。
*
そうして忙しい時間が終わった後、時刻が十四時を回る頃には、店内にはいつもの静けさが戻っていた。といっても片付けモノはそこそこある。
卓上のお客が食べ終わった皿を回収しながら、同じく回収中の麗子さんに「あのさっ」と、チラッと思ったことを口にする。
「ところで麗子さん今日はどうして手、繋いでくれないの?」
「…………」
「麗子さん……?」
彼女は自分の手が冷たいことを気にしてあまり俺と手を繋ぎたがらない。でも、十九歳の誕生日プレゼントを聞かれて、「喫茶店の客がいない暇な時間に、コソッと恋人繋ぎしたりしてみたい」そうリクエストしてから、麗子さんはちゃんと手を繋いでくれるようになった。
だけど今日はしてくれない。何でだろ?
うーん。ま、仕方ないか。本当は恋人繋ぎしたいけど、麗子さんって物凄くシャイだからな……ビビって逃げられても嫌だし。嫌われたくない。大事にしないとだからな、うん。
恋人繋ぎとは、手の指と指とを交互に絡ませる繋ぎ方。やっぱりまだ、恥ずかしさが勝ってしまうのかもなー。と見たら、サッと手を隠された。何で!? まだ何もしてないのにっ!?
好きな人からどんだけ警戒されてんだと苦笑する。
はぁっと少し落ち込み気味に下を向くと、回収しているテーブルの脚で、チラチラ動く長い尻尾が目に入った。うちの看板猫で喫茶店と同じ名前の猫、猫茶丸だ。中腰に、テーブルの下を覗く。猫茶丸は前足を揃えてチョコンとお行儀よくしながら、こちらを見上げていた。
目が合って、その場にしゃがみ込む。猫茶丸のフワフワの前足を手に取ると、餌でも貰えると思ったのか、猫茶丸の目がキラキラ輝いた。
「あーあ、麗子さんに今日も振られちゃったよ。猫茶丸」
「にゃーん」
「そうなんだ。俺って魅力ないんだって」
「にゃーん」
「え、そこは否定してくれよ猫茶丸」
「にゃーん」
「あんたたち、いい加減にゃんにゃん言ってないで仕事しろ」
「ん? 麗子さん、俺はにゃんにゃん言ってないですよ」
「にゃーん」
猫茶丸にまで返事をされて、「何を真面目に答えてんのよ」と麗子さんが呆れ顔でいつも通りの悪態をついていると──カランカランとドアベルが鳴った。
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