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本編

24 花火大会

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「行ってこい。何かあったら連絡をくれればすぐ迎えに行く」

 腹ごしらえもすんで、すっかり紺色こんいろ浴衣ゆかたに着替えた俺の頭にポンッと手を置いた親父が、ふっと笑った。さては親父、気付いてるな? 俺が麗子さんの浴衣ゆかたの色、リクエストしたこと。

 最初はただ、親父と静かに残りの時間を過ごせる場所にいられれば、それでよかった。でも最近では俺が猫茶丸で働き続ける理由が彼女になってることも、親父はしっかり分かってるみたいだ。
 やっぱり親父にはかなわないなと苦笑して「行ってくるよ」と一言残して店を出る。

 ドアチャペルを鳴らして出た店先。そこには先に更衣室で着替えを済ませ、俺が以前リクエストした青い浴衣ゆかた姿の麗子さんが立っていた。
 朝顔柄あさがおがら浴衣ゆかたに長い黒髪を綺麗に結い上げた、あでやかなちに言葉もなく立ち尽くしていたら、麗子さんの方からこちらへ来ようとした。──が、彼女はき慣れない下駄げたに足をとられそうになった。

「──きゃっ!」
「っ!」

 ヨロケたところを即座に彼女の方へ歩み寄り、手を差し出す。
 咄嗟とっさに俺の腕につかまるようにした彼女の手を見ると、珍しく指にマニキュアをつけているのが目についた。青い浴衣ゆかたに合う涼やかな水色のそれと同じ色を、麗子さんは足の爪にもつけている。
 彼女は飲食店で働いているからと普段マニキュアをしないのに、意識してお洒落しゃれをしてくれていることが嬉しい。一瞬で気持ちがわくのを俺は辛うじておさえた。
 まさか彼女はここまで計算しているのだろうか。

「大丈夫?」
「ええ、ありがとう」

 綺麗にマニキュアの塗られた指を「可愛い」と褒めながら、その手のひらを見る。先日麗子さんの手に付いていた問題の青いインクは綺麗になくなっていた。

「インク、ちゃんと落ちたみたいだね」
「うん……」

 そっか、マニキュアを塗りたかったから、先日はあんなに気にしてたのかな? と彼女の格好を改めて見る。
 お化粧に髪もセットして、頭の天辺てっぺんから足の爪先まで……ここまでするのにどのくらい時間が掛かったんだろう。女の人って身支度みじたくするの大変だよなと、その美しく整えられた姿形の結果だけ見ているのが申し訳なるくらい、麗子さんは本当に綺麗だった。

「俺さ、今語彙力ごいりょく喪失してるから余裕ないんだけど」
「はじめ君……?」
「おかしいな、ボキャブラリーには多少自信があるつもりだったんだけど。実際目にするとどうにも言葉にならないっていうか……」
「それってどういうこと?」

 戸惑いを見せた俺の反応に、もしかして浴衣ゆかたが似合ってない? と、麗子さんが不安を顔に出したから「違うよ」と首を横に振る。

「スゴく綺麗ってこと」
「…………褒め殺してもなんにも出ないわよ」
「本当のこと言っただけだよ」

 素直に言うと麗子さんはとうとう黙ってしまった。美人は褒められ慣れてるってよく聞くけど、麗子さんは少し違うみたいだ。




 バッグの代わりに巾着きんちゃくを下げて、カランカランと下駄げたの音を鳴らしながら歩く。心地よい夜の澄んだ空気と涼やかな風が流れる通りを互いにゆっくりと歩きながら、俺たちは猫茶丸から数ブロック先の公園で開かれている縁日えんにち屋台やたいに辿り着いた。
 到着したのは十八時過ぎ。日の長い夏空はまだ少し明るさを残しているものの、大分だいぶ日が落ちて徐々に辺りが暗くなりはじめると、ガヤガヤとにぎわう人で辺りがお祭りムードに染まりだした。

 これからが本番の赤い提灯ちょうちんのぶら下がった屋台やたいに、公園の中央──奥には明るい照明に照らされた舞台が設置されている。そこから太鼓の音が鳴り出して盆踊りがはじまるのを横目に、さて、こちらもどうしよっかと向き直る。

「最初はまずどこから行く?」
「えっと……わたあめ食べたい」
「じゃあ行こっか」
「うん……」

 手を差し出すと、優しく手を重ねられた。
 浴衣ゆかたを着ると気持ちまでおしとやかになりやすいのだろうか? 麗子さんはいつもより幾分いくぶんか大人しくしながらも、しかし歩きはじめるとあちこちの屋台やたい露店ろてんに目を輝かせているのが見えて。麗子さんも俺と同じかとこっそり笑う。
 薄暗さのなかにある懐かしい雰囲気に、昔を思い出して子供みたいにはしゃぎたくなるのをおさえながら、まずは目的のわたあめ探しからはじめて、それから軽くあれこれつまむ感じで俺たちは移動することにした。
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