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番外編

⑦ウサちゃん!-Ⅳ

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 どうしてもエルフリーデの気持ちを理解出来なくて何度も聞いてくるジュードに、どうして分かってくれないのかとエルフリーデは瞳に涙を溜め込んだまま完全にねていた。
 
「……この格好、可愛くない?」
「リーは何時いつだって可愛いよ」
「触りたくない?」
「僕は何時もリーに触れたいって思ってる」
「ウサちゃん好きじゃない?」
「えっと、多分好きかな?」
「猫の方が好き?」
 
 ようやく固く閉ざされていた口を開いたと思ったら、まるで趣旨しゅしが分からない質問ばかりされてしまう。彼女が何を伝えたいのかさっぱり理解できない。
 
「リー? さっきから質問の意図が分からないんだけど。もしかしてペットでも飼いたいの?」
「ちっ、違うわよぉっ! ペットの話なんかしてないものっ!」
「えっと、じゃあぬいぐるみが欲しいとか?」
「ぬっぬいぐるみですってぇっ!? どうしてそうなるのよぅっ!!」

 子犬のようにキャンキャンわめいてエルフリーデがジュードの胸ぐらをつかんだ。ジュードの膝上で怒って迫ってくる姿は可愛い。が、前のめりに互いの鼻がかすめるくらい近くで怒られると、怖くはないがどうしてもその勢いに少しされてしまう。

「ご、ごめん」
「わたしもうそんな子供じゃないわよっ!」

 失礼ね! とジュードの鼻先でプリプリ怒っているエルフリーデにジュードは頭が上がらない。不味い。話せば話すだけ機嫌が悪くなって怒りの度合いが増していく。
 人をさばくことを得意とし、どんなに面倒な相手であっても軽くあしらえるジュードが、こんな子供のような反応に四苦八苦しくはっくして言い返せないでいる姿なんてきっと誰も想像できないだろう。

「どうしてリーはそんなに怒ってるの?」
「ジュードが全然分かってくれないからじゃない!」
「分かってない? えっと、でもリーはぬいぐるみ好きだよね? 小さい頃は部屋の中ぬいぐるみで一杯だったし……」
「それは小さい頃の話でしょ? 今はぬいぐるみ何てどうでもいいのっ!」
「じゃあいったい何の話をして……」
「もうっ! さっきからずうぅっっっっっっと誘ってるのにどうして気付かないのよぅっ! この格好に着替えたときからジュードしか見てないのに! もっと抱いて欲しいって思ってるのに! あんなに頑張って誘ってるのにどうして分かってくれな、ぃ……の……」

 ハッとしてエルフリーデが一瞬動きを止めた。顔を真っ赤にして口に手を当てて。エルフリーデは「言っちゃった……」とハッキリ読み取れるくらい動揺をあらわに自身の失態に打ちのめされていた。が、もう遅い。一度口に出した言葉は喉の奥には引っ込まない。
 そうしてとうとう本心を口にしたエルフリーデの言葉に、一方のジュードも驚いて目を丸くした。

「……僕に、抱いて欲しいの? だからそんな格好して来たの?」

 まさかアレ(バニーガール姿)が誘惑だとは思わなかった。てっきりまたズレたことをして楽しんでいる(失礼)ものだとばかり思っていたから、そちらの方に全く考えが及ばなかった(かなり失礼)。

「えっえっとぉ~あのっ! いっ、いまのなし!」
「今更無しって言われてもね……」
「と、とにかく! なしなの! なしでいいのっ!」

 よくない。いいわけないだろう。何故そうなるんだ? と、今度はジュードが頭を抱える番だった。好きな人からお誘いを受けたというのに、何故それを即効で無効にされなければならないのか。それこそ冗談じゃなかった。

「どうして教えてくれなかったの?」
「だってジュードさっき怖かったんだもの。何だか怒ってるみたいだったし……」
「怒ってないよ。リーが何を考えているのか分からなくていらついてはいたけどね」
「やっぱり怒っていたんじゃないの!」

 私は悪くないとエルフリーデはプイッと横を向いてしまう。

「リー、ごめんね」
「もう知らないっ!」
「ごめん、僕が悪かったよ」
 
 ひたすら謝罪して頭をなでなでしていたらエルフリーデは少しだけ機嫌を良くした。

「だって……恥ずかしいじゃない。女の方から抱いて欲しいなんて言うの。はしたないって思われそうで。それでジュードに女として見てもらえなくなったらって、嫌われたらって思うとなんか怖くて言えなかったの……」

 いや、それを言うよりもバニーガールになる方がよっぽど勇気がいることだと思う。そう心の中で思ったもののジュードは心の中だけに留めた。

「まったく、何度言えば分かってくれるのかな?」

 大きなため息を付いてジュードはエルフリーデの肩を抱いて強く引き寄せる。

「ジュード?」
「嫌いになれるわけがない。こんなに愛してるのに……」

 ひたむきな情熱の宿った目をジュードから向けられたエルフリーデはその目の前にあるジュードの唇をペロッとめた。キスをするでもなく。愛の告白をするでもなく。「えっ?」と驚きに目を見張るジュードを余所よそにただひたすらにジュードの唇に子犬のようにじゃれついてエルフリーデはペロペロと小さい舌を動かしている。

「くすぐったい……」

 片目をつぶって耐えながら思わず思ったことを口にした。どうしても耐えきれなくてジュードの唇を舐め続けるエルフリーデから身体を離そうとしたら「ダメっ!」っと怒られた。
 今日はよくエルフリーデに怒られる日だなとジュードはクスクス笑った。離れるのが駄目だというのならば、近づくしかないか。そう決断してジュードは唇に可愛らしい舌をわせてたわむれ続けるエルフリーデの細腰に手を回しそのまま抱えて席からスクッと立ち上がった。

 突然視界が高くなってエルフリーデが「えっ? えっ? なに?」とジュードの首筋に手を回して身体を支えながらあたふたしている間に、エルフリーデはあっという間にベッドに連れて行かれてしまった。

「あっ……! ジュード……?」
「抱いてもいい?」
「……う、うん」

 ゆっくりと壊れ物を扱うように身体をベッドの上に下ろされて、エルフリーデは横たわりながら自身の上に身体を重ねてくるジュードの腕をキュッと握った。容姿がどんなに綺麗でも今では夫となった人の身体がどのくらい強くて男の人なのかをエルフリーデはよく分かっている。

「あっ、あのね? ジュードいつも、その……している時、優しくしてくれるでしょ?」
「うん、だってリーが怖い思いするのは嫌だし。リーを絶対に傷付けたくないんだ」
「わたしね。その、……あのね? 始めのうちはそれで良かったんだけど……その、最近はもっと激しくしてほしいなって思うようになって……そのぉ~……」

 ひたすら顔を真っ赤に染め上げながら、エルフリーデはううっと気まずそうにジュードから目をらしている。

「リー?」
「……だって、ジュードいつも優しすぎてその……」
 
 ──足りないの。

 それを耳にした瞬間、とどめの一撃でもらったような衝撃にジュードは頭がクラクラして視界が一瞬らいだように感じていた。
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