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本編

34.ジュードの苦行

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 むつみ合い愛しい人の身体に身体を重ねている最中さなかに突如襲われた激しい痛みに、ジュードはうめき声を上げて腹部を押さえた。

「く……っ!」

 押さえた場所から感じる生暖かいヌルッとした感触。うずくまるようにして押さえている場所からはうっすら血がにじみ出ている。
  
「ジュード!?」
「ははっごめん、このままリーを抱くって、言いたいところだけど……やっぱりちょっと、……キツい、みたいだ……」

 話の途中でジュードはエルフリーデの身体の上にドサッと倒れ込むように覆い被さって苦痛に顔をゆがめた。どうやら無理が祟って傷口が開いてしまったらしい。痛みに力が入らない身体をエルフリーデの華奢な身体に乗せて苦しそうに息を吐き出すと、そのジュードの姿に慌てたエルフリーデが辛そうに丸められたジュードの背中を摩りながら身を起こそうとした。

「ジュード? ジュードっ!? やだっどうしよう!?」 
「大丈夫だよ……この位、たいしたことない……」
「だっ大丈夫じゃないわよ! 今お医者様呼んでくるからお願いジュードちょっとだけ身体動かしてっ! お願いジュード……っ!」

 全体重をかけられていてるからジュードの下からい出すことが出来ないエルフリーデは泣きそうな顔で必死に声を張り上げた。

「……平気だよ。呼ばなくていい、から……」
「でも血が出てる!」
「リー、本当に大丈夫だから、心配しないで。少し横になれば、平気だから……」
「なにいってるのよ! そんなのダメにきまってるでしょ!」
「うん、そうだね。……でも、いいんだ。まだ僕はリーと一緒にいたい」

 必死でジュードの身体を支えようとしているエルフリーデにそう言って強い目を向けると、観念したように茶色の大きな瞳に涙を溜めながら何も言わずにコクリと頷いた。
 ベッドの上に横たわるエルフリーデと入れ替わるように、今度はエルフリーデがジュードを見下ろす格好で横たわったジュードの隣に座り込む。枕を背に上体じょうたいを少し起こした格好で額に汗を流しながらジュードはその澄んだ海を思わせる青緑の瞳を細めた。ふぅっと一息ついて。それから額に手を当てると隣に座っているエルフリーデに顔を覗き込まれた。ジュードが心配で仕方が無いと言った様子に自然と口元に笑みが浮かぶ。

「……それにしても、本当に僕が怪我しててよかったよ」
「えっ? どういうこと……?」
「怪我でもしてなかったら止められなかったと思うからね。このままリーを無理矢理抱いて僕のものにしたいってそういう考えが普通に浮かぶくらい。僕はリーが欲しいんだよ」
「……あの……それは……」
「もしこのままするって言ったらリーは逃げる?」
「そんな身体で何言ってるのよ! そんなことできるわけな……」
「やっぱり逃げるの?」
「……ううん、ジュードに何されても傍にいる。離れたくない……」

 少しの間だけ回答に迷って。それからエルフリーデは緊張した様子でおずおずとジュードの手に手を重ねて自身の胸元に抱き寄せながら誘うような仕草しぐさで答えた。ジュードの傍から離れたくないとそう真剣に表現されてジュードは内心驚いていた。こんなにも色っぽい女の顔をするようになったことに。
 幼少期から知っている少女は、ちょっとおてんばで気が強くて泣き虫で。でも最終的には甘えん坊で。唯一無二のジュードを振り回す存在。年を重ね大人になっても子供で幼さの残る純真無垢な言動はいつもジュードの目に愛らしい守るべき者として映っていた。そんな勝ち気で男を知らなかった少女が今、自らジュードを誘っている。

「そっか、──でもね? いいよ逃げても。リーが僕から逃げたらその分あとが怖いってこと僕がちゃんと直にその身体に教え込んであげるから」

 ジュードが苦しそうに額に汗をかきながら深刻な顔をするエルフリーデの気を紛らわそうと、ふっと茶化すように意地悪をして笑ったら、エルフリーデが泣きそうな顔でジュードの身体にそっと抱きついてきた。

「……いいわよ。好きにしていい。ジュードにならされてもいい……」

 ジュードのいつになく挑発的な物言いに、エルフリーデならいつものようにカッとなって怒って言い返してくると思っていたら。しおらしく身体をジュードに預けてきた。それから上目遣いに物欲しそうな顔をして、ゆっくりと身を乗り出してくる。
 ジュードの首筋に手を回し、じゃれつくように抱きついて甘え始める婚約者の姿に、ジュードは極限に近い苦行を強いられているような気分になった。

「……まいったな。そこで素直になられると僕が困るって分かっててやってるの?」
「えっ? どうしてジュードが困るのよ?」

 と、ベッドの上にチョコンと座ってジュードの首筋に手を回しながら、エルフリーデが不思議そうに小首をかしげるからジュードは内心溜息を付く。男がどういう生き物なのかエルフリーデが理解するまでどうやらかなり時間が掛かりそうだ。
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