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本編
31.負傷の婚約者
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「ジュード? ジュード? 大丈夫? 痛いよね? ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぃ……」
ジュードは泣いて謝る婚約者の声で目が覚めた。頬にポタポタと落ちてきた温かい滴がエルフリーデのものだと分かってどう泣き止ませればいいのかと、起きて最初にそればかりを考えていた。自分の状態を確認することを怠って平気で後回しにしてしまうほどジュードはエルフリーデを愛していた。
「リー……?」
「ジュード? 目が覚めたの!? よかった今お医者様を呼んで……」
「いい、呼ばなくても大丈夫だから。それよりも、どうしてそんなに泣いてるの? 何か怖いことでもあったの?」
泣いているエルフリーデの頬に手を伸ばして涙を指先で拭うと、また新たにボロボロと涙を流し始めて困った。ジュードは止めどなく涙を流し続けているエルフリーデを最終的には引き寄せて胸元に抱き締めた。
「あっ……ダメっ! 怪我してるのに!」
「この位平気だよ。リーに触れない方が辛い」
「……うん」
確かに身体の至る所に包帯が巻かれているし全身の彼方此方がギシギシと痛みに悲鳴を上げていたけれど、そんなこと今はどうでもよかった。
腕の中で小さくしゃくりを上げている柔らかい存在。その震える華奢な作りの肩が軽すぎる重みが、そして暖かな日溜まりの匂いが。その存在自体、その全てが愛しくて守らなければならない大切で大事な人だった。
いつもは元気に眩しすぎるくらいに輝いている、その角度によって金にも見える大きな茶色の瞳が、今は心細げに悲しそうに涙を溜め込んで苦しそうな表情を浮かべている。俯きがちなその顔に手をやって優しくジュードの方を向かせると、どうしたらいいのか分からないというように力無く濡れた虚ろな眼差しでエルフリーデはずっと涙を流し続けている。
「リー? 大丈夫だよ。怖いことがあっても僕が守るから。だから泣かなくていいんだよ?」
「だっ、だって! だってジュードが沢山血を出してて、ひっく、顔真っ青にしてひっく、起き、なくて。死んじゃうかと思っ……ひっく……すごく、ひっく、こわかっ……う~っひっく、ごっ、ごめんなさい~~~~っ!」
「ああ、そっか。そうだったよね」
やっと思い出した。何があったのかを。
数週間後に行われる予定の祭事に使われる防具を大量に乗せた滑車。それに体当たりしてその下敷きになりかけていたエルフリーデをギリギリの所で何とか引き寄せて抱き留めた所までは覚えている。
「リーが泣いているのは僕のせいか」
コツンと額に額を当てて。くすりと笑うとエルフリーデが益々泣き出して、最終的にはギュウッと自らジュードに抱きついてきた。
「なっ、なんで怪我したのに笑ってるのよ~!」
「そんなに心配した?」
「…………」
「リー?」
「好きなの……」
「僕もリーが好きだよ」
「愛してるの……」
「僕の方がリーのこと愛してる」
「だからどこにも行かないで……そばにいて……」
「うん、どこにも行かない。リーの傍にずっといる。だからもう泣かなくていいんだよ?」
「…………」
「リー? そんなに僕が目を覚まさなかったことが怖かったの?」
違うとふるふると首を振って。エルフリーデはそっぽを向いてしまった。けれどもその否定と頑なな態度に反して、逸らされた大きな茶色の瞳は切なく涙を溜め込み続けている。ジュードの胸元をギュッとその華奢な両手で握り占めて。
そうして不安を露にしたエルフリーデの顎を掴んでジュードは潤んだ瞳を自分の方へと向けさせた。
「リー、隠さないで話して」
「いやっ! だってジュードあのときすごく怖かった。意地悪だった。だから絶対に話さないものっ」
ふて腐れた様子でプイッと顎を掴まれたままエルフリーデが横を向くと、ジュードがエルフリーデの頬に優しく口づけた。
「ジュード?」
思わず何? とエルフリーデはジュードに視線を戻してしまう。
「リーごめん。僕が悪かったよ。嫉妬したんだ。リーはあんなに男が苦手なのに彼奴とは普通に会話をしてて、それも目配せするくらい仲良くなっていたから焦って嫉妬したんだよ。情けないことにね。リーは男なら僕としか話さないと思っていたから正直驚いたよ……」
「……嫉妬、したの? ジュードが?」
「うん嫉妬した」
「そんな必要ないのに……」
「どうして?」
「わたしがジュード以外の人を好きになるなんて、そんなことあるわけないのに」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど。僕にはリーの気持ちが分からないんだ。というよりも分からない事だらけで正直いまも困ってる」
だから教えてくれる? とジュードに優しく瞳を覗き込まれてエルフリーデはついに観念して思いを打ち明けた。
ジュードは泣いて謝る婚約者の声で目が覚めた。頬にポタポタと落ちてきた温かい滴がエルフリーデのものだと分かってどう泣き止ませればいいのかと、起きて最初にそればかりを考えていた。自分の状態を確認することを怠って平気で後回しにしてしまうほどジュードはエルフリーデを愛していた。
「リー……?」
「ジュード? 目が覚めたの!? よかった今お医者様を呼んで……」
「いい、呼ばなくても大丈夫だから。それよりも、どうしてそんなに泣いてるの? 何か怖いことでもあったの?」
泣いているエルフリーデの頬に手を伸ばして涙を指先で拭うと、また新たにボロボロと涙を流し始めて困った。ジュードは止めどなく涙を流し続けているエルフリーデを最終的には引き寄せて胸元に抱き締めた。
「あっ……ダメっ! 怪我してるのに!」
「この位平気だよ。リーに触れない方が辛い」
「……うん」
確かに身体の至る所に包帯が巻かれているし全身の彼方此方がギシギシと痛みに悲鳴を上げていたけれど、そんなこと今はどうでもよかった。
腕の中で小さくしゃくりを上げている柔らかい存在。その震える華奢な作りの肩が軽すぎる重みが、そして暖かな日溜まりの匂いが。その存在自体、その全てが愛しくて守らなければならない大切で大事な人だった。
いつもは元気に眩しすぎるくらいに輝いている、その角度によって金にも見える大きな茶色の瞳が、今は心細げに悲しそうに涙を溜め込んで苦しそうな表情を浮かべている。俯きがちなその顔に手をやって優しくジュードの方を向かせると、どうしたらいいのか分からないというように力無く濡れた虚ろな眼差しでエルフリーデはずっと涙を流し続けている。
「リー? 大丈夫だよ。怖いことがあっても僕が守るから。だから泣かなくていいんだよ?」
「だっ、だって! だってジュードが沢山血を出してて、ひっく、顔真っ青にしてひっく、起き、なくて。死んじゃうかと思っ……ひっく……すごく、ひっく、こわかっ……う~っひっく、ごっ、ごめんなさい~~~~っ!」
「ああ、そっか。そうだったよね」
やっと思い出した。何があったのかを。
数週間後に行われる予定の祭事に使われる防具を大量に乗せた滑車。それに体当たりしてその下敷きになりかけていたエルフリーデをギリギリの所で何とか引き寄せて抱き留めた所までは覚えている。
「リーが泣いているのは僕のせいか」
コツンと額に額を当てて。くすりと笑うとエルフリーデが益々泣き出して、最終的にはギュウッと自らジュードに抱きついてきた。
「なっ、なんで怪我したのに笑ってるのよ~!」
「そんなに心配した?」
「…………」
「リー?」
「好きなの……」
「僕もリーが好きだよ」
「愛してるの……」
「僕の方がリーのこと愛してる」
「だからどこにも行かないで……そばにいて……」
「うん、どこにも行かない。リーの傍にずっといる。だからもう泣かなくていいんだよ?」
「…………」
「リー? そんなに僕が目を覚まさなかったことが怖かったの?」
違うとふるふると首を振って。エルフリーデはそっぽを向いてしまった。けれどもその否定と頑なな態度に反して、逸らされた大きな茶色の瞳は切なく涙を溜め込み続けている。ジュードの胸元をギュッとその華奢な両手で握り占めて。
そうして不安を露にしたエルフリーデの顎を掴んでジュードは潤んだ瞳を自分の方へと向けさせた。
「リー、隠さないで話して」
「いやっ! だってジュードあのときすごく怖かった。意地悪だった。だから絶対に話さないものっ」
ふて腐れた様子でプイッと顎を掴まれたままエルフリーデが横を向くと、ジュードがエルフリーデの頬に優しく口づけた。
「ジュード?」
思わず何? とエルフリーデはジュードに視線を戻してしまう。
「リーごめん。僕が悪かったよ。嫉妬したんだ。リーはあんなに男が苦手なのに彼奴とは普通に会話をしてて、それも目配せするくらい仲良くなっていたから焦って嫉妬したんだよ。情けないことにね。リーは男なら僕としか話さないと思っていたから正直驚いたよ……」
「……嫉妬、したの? ジュードが?」
「うん嫉妬した」
「そんな必要ないのに……」
「どうして?」
「わたしがジュード以外の人を好きになるなんて、そんなことあるわけないのに」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど。僕にはリーの気持ちが分からないんだ。というよりも分からない事だらけで正直いまも困ってる」
だから教えてくれる? とジュードに優しく瞳を覗き込まれてエルフリーデはついに観念して思いを打ち明けた。
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