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本編
25.優しい人を傷付けた
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──あの夜這いから一夜明けて、早朝にジュードが手配した馬車で屋敷に戻ってきたエルフリーデを嬉々として迎え入れたマリアに、エルフリーデはことの全容を打ち明けた。
夜這いが成功して事を成したと思い込んでいたマリアの喜び勇んだ顔色が一気に暗いモノへと変わり。話をしている間もずっとマリアは耳を傾けるためにじっと止まって、静かにエルフリーデの話を聞いていた。
そして全てを話し終えると、表情を曇らせたマリアは沈痛な面持ちでエルフリーデを気遣って温かい紅茶を入れてくれた。一息ついて落ち着きを取り戻したエルフリーデを前にしても、普段は明るいマリアが不自然なほど静かにしている。そしてやっとといった様子で頬に手を当てながらマリアはふぅっと溜息をついた。
「……それは、本当に大変でございましたね」
「うん……マリアはどう思う? どうしてジュードはあんなこと……」
「お嬢様、正直申し上げますとジュード様がお可哀想ですわ」
「かわいそう?」
「そうではありませんか。それでは生殺しも同然です。好きな方に夜這いされたのはジュード様の方なのにいざお嬢様の挑発に乗ってみたら怖がられて拒絶されて泣かれてそれでは手の出しようがないではありませんか。ジュード様は散々たる思いだったと思いますよ?」
うっ、たしかに……と、エルフリーデは息を詰まらせる。
「でもっわ、わたしは別にジュードを拒絶したわけじゃないのよ? ただちょっとあの時のジュードが怖かっただけで……」
「はい、お嬢様もとても怖い思いをなさったんですものね。それにお嬢様がジュード様を好きなことはわたくしも分かっておりますよ? お嬢様がジュード様のことを真剣に愛してらっしゃるのも。だからこそお嬢様はショックだったのですよね。好きな方の違う一面を見て戸惑われて、それでもお嬢様がジュード様を好きなことをマリアはちゃんと分かっていますよ? ですからそんなに悲しい顔をなさらないでくださいな。マリアも悲しくなりますし、お嬢様がとっても心配ですわ」
言葉通り本当に心配そうな声色で話すマリアの声に、エルフリーデはそれまで俯きがちにしていた顔を上げた。するとそこには肩を少しだけ落として眉尻を下げたマリアが困ったように首をちょっとだけ傾けてエルフリーデを見ていた。やっと顔を上げたエルフリーデにマリアは穏やかに笑うと、ポンポンと優しくエルフリーデの頭を撫でた。年下なのにエルフリーデよりしっかり者でお姉さんのような存在のマリアにエルフリーデはそれまで我慢していたものを吐き出すように、目からボロボロ涙を零して抱きついた。
「うわ~ん! マリア~」
「はいはい、お嬢様は気が強くていらっしゃるのに昔から泣き虫ですからね。でもそんなお嬢様がマリアもそしてジュード様も大好きなんですよ?」
泣いているエルフリーデの背中をよしよしとマリアが撫でた。エルフリーデ付きのメイドだけあって、それがどんなにエルフリーデを安心させるのかをマリアはよく知っていた。
「それが分かっていらっしゃるからこそ、ジュード様はお嬢様に強くは出てこられないのですわ」
あの時のジュードがいつもとあまりにも違くて、違い過ぎてどうしていいかエルフリーデは分からなかっただけだ。いつも優しいジュードが強引にキスをしてきてそれで……全然違う大人の男の人に見えて怖かった。
綺麗で優しい包容力の高い日溜まりの匂いがするジュードが、あの時は触ると火傷するんじゃないかと思うくらい鋭く暗い眼光で、雄の匂いを漂わせながらエルフリーデに覆い被さってきて。抵抗してもからめられた手はどうしても解けなくて、食べられるんじゃないかと思うくらい深いキスに身体が反応しておかしくされて。
どうして急にそんなことをするのか分からなくて。嫌われたのかと怖くなった。だからこんなに強引に乱暴に扱われてしまったのかと。
けれど少しして、ジュードに捕まって逃げ出せなくて怖がって泣き出してしまったエルフリーデを。それを見たジュードがいつになく慌てた様子で謝罪してきた。もとの優しい天使のようなジュードに戻った瞬間、エルフリーデは思ったのだ。
ジュードはひたすらにごめんと謝罪を繰り返した。見たことがない悲痛な表情を浮かべて。
──困らせた。そう思った。
あんなに優しい人を傷付けてしまったと。
夜這いが成功して事を成したと思い込んでいたマリアの喜び勇んだ顔色が一気に暗いモノへと変わり。話をしている間もずっとマリアは耳を傾けるためにじっと止まって、静かにエルフリーデの話を聞いていた。
そして全てを話し終えると、表情を曇らせたマリアは沈痛な面持ちでエルフリーデを気遣って温かい紅茶を入れてくれた。一息ついて落ち着きを取り戻したエルフリーデを前にしても、普段は明るいマリアが不自然なほど静かにしている。そしてやっとといった様子で頬に手を当てながらマリアはふぅっと溜息をついた。
「……それは、本当に大変でございましたね」
「うん……マリアはどう思う? どうしてジュードはあんなこと……」
「お嬢様、正直申し上げますとジュード様がお可哀想ですわ」
「かわいそう?」
「そうではありませんか。それでは生殺しも同然です。好きな方に夜這いされたのはジュード様の方なのにいざお嬢様の挑発に乗ってみたら怖がられて拒絶されて泣かれてそれでは手の出しようがないではありませんか。ジュード様は散々たる思いだったと思いますよ?」
うっ、たしかに……と、エルフリーデは息を詰まらせる。
「でもっわ、わたしは別にジュードを拒絶したわけじゃないのよ? ただちょっとあの時のジュードが怖かっただけで……」
「はい、お嬢様もとても怖い思いをなさったんですものね。それにお嬢様がジュード様を好きなことはわたくしも分かっておりますよ? お嬢様がジュード様のことを真剣に愛してらっしゃるのも。だからこそお嬢様はショックだったのですよね。好きな方の違う一面を見て戸惑われて、それでもお嬢様がジュード様を好きなことをマリアはちゃんと分かっていますよ? ですからそんなに悲しい顔をなさらないでくださいな。マリアも悲しくなりますし、お嬢様がとっても心配ですわ」
言葉通り本当に心配そうな声色で話すマリアの声に、エルフリーデはそれまで俯きがちにしていた顔を上げた。するとそこには肩を少しだけ落として眉尻を下げたマリアが困ったように首をちょっとだけ傾けてエルフリーデを見ていた。やっと顔を上げたエルフリーデにマリアは穏やかに笑うと、ポンポンと優しくエルフリーデの頭を撫でた。年下なのにエルフリーデよりしっかり者でお姉さんのような存在のマリアにエルフリーデはそれまで我慢していたものを吐き出すように、目からボロボロ涙を零して抱きついた。
「うわ~ん! マリア~」
「はいはい、お嬢様は気が強くていらっしゃるのに昔から泣き虫ですからね。でもそんなお嬢様がマリアもそしてジュード様も大好きなんですよ?」
泣いているエルフリーデの背中をよしよしとマリアが撫でた。エルフリーデ付きのメイドだけあって、それがどんなにエルフリーデを安心させるのかをマリアはよく知っていた。
「それが分かっていらっしゃるからこそ、ジュード様はお嬢様に強くは出てこられないのですわ」
あの時のジュードがいつもとあまりにも違くて、違い過ぎてどうしていいかエルフリーデは分からなかっただけだ。いつも優しいジュードが強引にキスをしてきてそれで……全然違う大人の男の人に見えて怖かった。
綺麗で優しい包容力の高い日溜まりの匂いがするジュードが、あの時は触ると火傷するんじゃないかと思うくらい鋭く暗い眼光で、雄の匂いを漂わせながらエルフリーデに覆い被さってきて。抵抗してもからめられた手はどうしても解けなくて、食べられるんじゃないかと思うくらい深いキスに身体が反応しておかしくされて。
どうして急にそんなことをするのか分からなくて。嫌われたのかと怖くなった。だからこんなに強引に乱暴に扱われてしまったのかと。
けれど少しして、ジュードに捕まって逃げ出せなくて怖がって泣き出してしまったエルフリーデを。それを見たジュードがいつになく慌てた様子で謝罪してきた。もとの優しい天使のようなジュードに戻った瞬間、エルフリーデは思ったのだ。
ジュードはひたすらにごめんと謝罪を繰り返した。見たことがない悲痛な表情を浮かべて。
──困らせた。そう思った。
あんなに優しい人を傷付けてしまったと。
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