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本編

15.手を焼く幼なじみ

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 不安で泣いている恋人をなるべく刺激しないようにジュードは話し掛けたつもりだった。が、それはとんでもない逆効果だった。エルフリーデは諦めるどころか自ら外套がいとうを脱ぎ捨ててジュードの上に覆い被さってきた。それからうれいを帯びた眼差まなざしを向けられ、またキスを求めてこうも熱く唇を重ねられては、ジュードにはもう逃げ場がない。けれどそのまま大人しくなすがままになっているわけにもいかず、ジュードはエルフリーデの両肩を掴んで力尽くで引き剥がした。
 すると引き剥がされたエルフリーデは真っ赤にしていた顔を更に赤くしてまた盛大に泣き出してしまった。

「ジュードのばかぁっ! 嫌いっ!」
「リー頼むから落ち着いて……」
「やぁっ! ばかぁっ! なによっわたしに興味がないならないって言えばいいじゃないっ!」

 ジュードから引き剥がされたことがショックでエルフリーデは泣いて大騒ぎしてポカポカとジュードの胸板を叩いて暴れ出したから、ジュードは仕方なくエルフリーデを胸元に抱え込んだ。そうしなければエルフリーデが興奮してジュードから逃げ出すために、このとんでもなく魅力的で官能的な姿のまま王城内を泣きながら走って逃げられそうな恐ろしい予感さえしたからなのだが。とりあえずエルフリーデはジュードの腕の中に戻れて少し安心したのか暴れるのを止めた。

「リー? 少しは落ち着いた?」
「……ん」

 大人しくジュードの胸の中に収まって小さく頷きはしたものの、相変わらず涙をボロボロと流して泣いているエルフリーデの背中をさすりながら、ジュードは心の中でどうしたものかと頭を巡らせていた。

 興味がないとはそれこそとんでもない勘違いだった。ジュードが今までエルフリーデに興味を持たない事なんて一度もなかったし。それどころか何をしでかすのかと心配で傍にいるとき以外にもどうしているのかと常に気にしていた。
 女性のまろやかで繊細な曲線が思いっきり強調された下着姿を目の前にさらされた時には理性のたががいよいよ外れそうになって、最大限の努力と忍耐で抑え込んでいたというのに、この幼なじみの少女はそれすらも興味がない冷めた目に見えてしまったらしい。
 下着姿というよりこれはもう裸同然だ。薄布一枚に慰め程度に刺繍がほどこされているだけで肌だってほとんど透けて見えている。エルフリーデの綺麗な陶器のように白い滑らかな肌が無防備にさらされて。大きな胸元に軽く引っかかっているだけのようにも見える薄布はジュードが力を入れれば軽く引き裂いてしまえるだろう。

「リー? 僕はリーのこと興味ないなんて思ってないよ?」
「…………」
「でもね、こんな姿で迫られたら僕だって困るんだよ」
「…………」

 ジュードは頭脳明晰ずのうめいせきで頭の回転が非常に早い。王城の学習院をトップの成績で卒業し、エルトリア公国、法定継承順位第1位の公子になり得たのもひとえにその知性を重んじるエルトリア公国の風習とその時代に合っていたと言われてしまえばそれまでだが。その時代の流れを読み取りそれに応えるだけの度量どりょうと風格をジュードは持ち合わせている。間違いなく最高ランクの王子様だった。
 それにジュードはとても周りから好かれていてほとんど争うことがない。と言うよりも、争うに発展するまでのジュードと同等のもしくはそれ以上のレベルの相手がいないというのが実情で、事実上の単独トップを行く孤高の王子様だ。その、ライバル視出来るだけの相手がいないくらいに逸脱いつだつした知性と能力をあわせ持つ文武両道のジュードが唯一手を焼く相手、それがエルフリーデ・クルツだった。
 
 エルフリーデはエルトリア公国で五指ごしの指に入るほどの名家であるクルツ家の一人娘。それも名のある公爵家のご令嬢でありながらまったくおしとやかとは無縁で。いつも好きなことを探して自由にのびのびと男の子のように野山を駆けまわり、花畑の中で過ごすのが好きな女の子はジュードの手を常に焼いた。
 少し目を離せば池に落ちたり木から落下したり、食べてはいけない毒の実を飲み込もうとしたり。とにかくやることなすこと危なっかしくてしょうがない。よくこれまで無事でいられたものだとジュードが別の意味で感心するくらいだった。

 ジュードは本来、何かに慌てたり興味を持ったりといった、感情の起伏きふくを元々あまり表に出さない。いつも淡々と口元に微笑みを浮かべながら物事をこなす。天才肌で隙がなく。何事においても余念がない。けれど隙がない部分を温厚な物腰でカバーして周りに敵を作らないから、自然と人が寄ってくる。完璧なのに親しみやすい笑顔を天使のような容貌ようぼうで浮かべられたら誰だって好感を持つ。だからジュードは周りからの信頼も厚く、常に沢山の人がジュードの周りには集まっていた。

 その最高ランクの王子様がエルフリーデという幼なじみに手を焼いている姿を誰も想像できないだろうとジュード自身でさえ思っているくらいだった。
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