思いがけず聖女になってしまったので、吸血鬼の義兄には黙っていようと思います

薄影メガネ

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本編

29 終わりの言葉

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 ──三時間後、
 松明たいまつともる地上と、暗闇くらやみおおわれたシンフォルースの空。そのどちらも焼き尽くさんと、時を待つ巨竜の動きをおさえていたセオドア様に、変化が起こっていた。

「コフッ……ゴホッ……ゴホッゴホッ」
「セオドア様!」

 吐血とけつして、倒れる寸前のところをセオドア様がスピアリング卿に支えられている。吸血鬼で、顔色何てモノに縁の無いはずのセオドア様の様相ようそうが、はたから見てもハッキリと分かるくらい悪い。
 セオドア様は限界にたっしていた。しかしセオドア様が抜ければ、竜玉りゅうぎょくの力だけで巨竜を抑え込むのは不可能だ。

 スピアリング卿の屋敷の正面門口かどぐちで、セオドア様を中心に周りを囲う兵士たち。シンフォルースの兵力のほとんどが、この場に集まって来ている。巨竜が放たれたら終わりだ。それをみんな感じ取っていた。
 町中で起こっているローツェルルツの民の皮をかぶった暴動の制圧にも、最早もはや人員をくことができないほど、シンフォルースは壊滅かいめつに追い込まれていた。シンフォルースを支える精神的支柱しちゅう──国王陛下が不在の今、目前の巨竜に国を焼き尽くされるのも時間の問題だった。
 そしてセオドア様が限界に到達する今になっても、国王陛下はついに現れなかった。き起こる人々の絶望。もう、もたない……
 誰の目にも明らかだった。けれど……

「……セオドア様、大丈夫ですよ」

 袖口そでぐちで口元の血をぬぐうセオドア様が、ハッとしたように目を見開く。のぞくアイスブルーの瞳が、一瞬不安にかげったのを、私は見逃さなかった。

「セオドア様、嘘ついてますね?」
「何の話です……」
「だって、人間のときの記憶が無かったなら、私の事なんて覚えていないはずです。なのにセオドア様は、私の事をこう言った。『貴女あなたのお気に入りの……人間のセオドアはもういないのですよ』と、それって私がセオドア様のことを愛しているのを知っている、人間のセオドア様でなければ知らない事ですよね?」
「…………」

 記憶が消えたように振る舞い、人間のセオドア様の存在を否定したのはきっと、この場所から私を遠ざけるため。セオドア様は、私に聖女の力を使わせないようにしようとしたのだ。

「セオドア様は十四年前も今も、変わらず私を守ろうとしているんですよね? だから冷たく突き放した。あのときも、今も……」

 ご自分一人が悪者になろうとしても、もうだまされませんよ? そう言って笑う。黙り込んでしまったセオドア様から、私はいでスピアリング卿に向き直った。

「スピアリング卿……仮に、孤児院のときのような爆発が起ったとして、このお屋敷はどのくらいもちそうですか?」

 少し考えるように目を細めて、それからスピアリング卿は淡々と答えた。

「仮にも貴族の屋敷だからな。庶民の建物と違い、あれほどの崩壊は起こらないだろうが……」
「それでは屋敷の奥へ、今すぐ皆さんと一緒に避難して下さい」
「……本気か?」

 コクリとうなずく。もうそれしか、手は残されていなかった。

「私が力を解放したら、きっとあのとき以上の衝撃が起こるでしょう」

 元々白い肌が更に青く、疲労困憊ひろうこんぱいの色が濃いセオドア様をチラッと見る。目を合わせてはくれないけれど、セオドア様の顔が最後に見れたのならそれでいい。

「私のことは気にせず、全力で屋敷の中へ避難してください。約束ですよ?」

 言うと、セオドア様を支えるスピアリング卿が片眉をピクリとさせた。少しは私との別れをしんでくれているようだ。

「…………承知しょうちした」
「セオドア様を頼みます。それと……アヒルちゃんを引き取って下さいませんでしょうか?」
「気にするな。俺が全て責任を持つ」

 私がいなくなった後のことを全て、申し訳ないがお願いするつもりなのを、スピアリング卿はみなまで言わずとも承諾しょうだくしてくれた。

「……ありがとうございます」

 巨竜の前で威嚇いかくのヒーローポーズをしているアヒルちゃんを、スピアリング卿が慣れた手つきでわきかかえた。アヒルちゃんは「ぐわ?」と、一瞬おめめをパチパチさせた後、
 気付いて物凄い形相ぎょうそうで、あの真っ白なプリプリの、美味しそうなお尻を一心不乱いっしんふらんに振り回した。スピアリング卿の腕から抜け出そうと踏ん張っている。

「アヒルちゃん、今までありがとう」
「…………」

 ピタリと動きを止めたアヒルちゃんは、うるうるどころか最早もはや返事もできないくらい、黒いつぶらなおめめから涙をルーと滝のように流している。
 アヒルちゃんの頭をよしよしとでながら、そしてようやく彼を振り返る。

「セオドア様、どうか幸せに……」

 言うと、やっと目を合わせてくれた。セオドア様を支えていたスピアリング卿が、気をかせて私たちから離れる。
 残されて、地面にひざをつき、こちらを見上げているセオドア様に合わせて私もひざを折る。吐血とけつして生気せいきのないセオドア様のほほを優しくでても、セオドア様はもう私を拒絶する気はないようだ。されるがままにしながら、私をジッと見つめている。
 良かった……嬉しい。最後にセオドア様に触れることができた……

 気持ちを整理する機会を与えてくれたことに、ホッとする。きっとこれが、最後になる。だから私はにっこり笑った。
 セオドア様のひたいに丁寧に口付ける。そうして彼から離れようとして──手を、つかまれた。

「あっ……セオドア様……離してください。もう行かないと……」
「僕は……記憶が戻った後、貴女あなたの体から聞こえてくるもう一つの心音・・・・・・・に動揺して、らしくもなく犠牲をいることを躊躇ためらってしまった……」
「え……?」

 驚いて、それからゆっくりと心の中で消化していく。ああ、だからセオドア様は記憶が戻った後も、人間の振りをして、私から離れようとはなさらなかったのだと。

「貴女の体には、僕との子供が宿っている。それを知っていて、貴女を行かせる訳にはいかない」
「セオドア、様……」
「僕は……記憶が戻った今でも、貴女を愛している」

 グッとつかまれた手に力を込められる。
 普段のセオドア様なら、簡単に私の行動を制限できる。けれど今のセオドア様は……もうその力すら、残されていなかった。
 簡単に振りほどくことができるくらい弱っているセオドア様の唇に、私からキスをする。しっとりと唇を重ねられて、驚くセオドア様の肩が、わずかにれた。それからギュッと抱き締めて──勢いよく、彼から離れた。

 放心ほうしんからめたセオドア様の、私の名前を呼ぶ声が聞こえて視界が涙でゆがんでも、私はもう、振り返らなかった。

 巨竜に唯一対抗できるついの竜──リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルース。
 シンフォルースをほろぼすのに一番邪魔な存在の国王陛下が不在の今、いで強い力を持つセオドアは限界にたっしている。だとしたら……
 この国の聖女は五人。今はアスベラ様以外、引退している。そして、癒しの力以外に攻撃性を持った力を持つ聖女は皆無だ──私をのぞけば。
 あれを止められるのはきっと私しかいない。
 みんなを守れるのはきっと、この力だけだ。

 ゆっくりと巨竜に近づく。するどい牙ののぞく口からは、竜の息と共に吐き出されたぜる火の粉が辺りに飛び散り、消えていく。
 火炎を放射するギリギリでセオドア様に止められている巨竜が、ギロリとこちらをにらみつけた。
 その竜の体に触れて、表面のうろこのゴツゴツとした手触りに、ゆっくりと意識を集中しようとして──バタバタと羽音が聞こえた。

「あっ!」

 アヒルちゃんが聖痕せいこんの光る私の胸元めがけて、バタバタと突撃してきたのだ。何とか上手くキャッチする。

「アヒルちゃん!?」

 すごい! ついに飛べるアヒルになったのね! と思ってよくよく後ろを見てみると、スピアリング卿が投げ入れてくれたらしい。もう知らんという顔をして、適当にヒラヒラと軽く手を振っている。
 スピアリング卿の足元には沢山の白い羽が散乱さんらんしている。どうやら、アヒルちゃんがあんまり暴れるもので、捕獲は諦めたらしい。竜の炎で焼き鳥になる前に、羽が無くなってハゲちょろになるのを危惧きぐしたのか、何にしても──

「ふふっ私と一緒に、てくれるの?」
「ぐわっ!」
「……ありがとう」

 最後は相棒と一緒だし……さびしくはないよね?
 心は酷く穏やかだった。あたたかいアヒルちゃんを、竜に触れていない方の手で、ギュッと胸元にめる。

 スピアリング卿に肩をおさえられているセオドア様に、ゆっくりと目を移す。
 なるほど、スピアリング卿は大暴れしているアヒルちゃんとセオドア様の両方をおさえるのは、流石さすがに無理だったのね。だからアヒルちゃんだけ投げ入れたのかと苦笑すると、スピアリング卿が片眉をひそめた。

 そしてセオドア様がアヒルちゃんと同じに、こちらへ来ようとしたことが、嬉しいと思ってしまった。
 記憶が戻った今も、私はセオドア様に愛されていることが確信できて、こんなに幸せなことはない。これでもう、思い残すことは…………あ、

「産んであげられなくてごめんね……」

 つぶやくように終わりの言葉を口にした瞬間、発生した白い光のうず。それからスピアリング卿に連れていかれるセオドア様と、周りを囲っていた兵士たちの避難が完了したのを見届けてから、私はゆっくりと巨竜に視線を移す。
 シンフォルースの神と見紛みまごう竜と共に、私とアヒルちゃんを中心に、辺り一帯の全てのモノが、白い閃光せんこうまれて消えていった。

*アヒルちゃんイラスト(@松田トキ様)が届きましたので、掲載させていただきました。
次回、おそらく最終話。を更新したときに、登場人物紹介へアップ致します。
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