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第三章~新妻扱編~
081 犬猿の仲
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そうして何だかんだで無断外出から始まったお家騒動(獣人化、妊娠等々)は事なきを得て終結し。騒動が落ち着いてきた矢先、結果的に私とフェルディナンの騒動に巻き込まれてしまったツェザーリが獣人の国へ帰る日が来た。
「――あれっ? そう言えば、……何だかとっても大切なことを忘れているような気がするのだけど……」
今私は王座の間の中央に設置された豪奢な椅子に悠然と腰掛けているフェルディナンの膝上に乗せられていた。ツェザーリ達が少し距離を置いた場所から膝をついてこちらへ頭を下げているにもかかわらず、フェルディナンがラブラブっぷりを隠そうとしない。
そして私達の後方に控えているイリヤやレイン、外野に徹しているバートランドが私達のいちゃつきを見て見ぬ振りしているのは何時もの事として。
一方の私も被っていた猫をすっかり取り払って普段の調子で話していた。ツェザーリには獣人化騒動の時に色々と見られすぎていて何だか今更感があり、逆に猫を被る方が恥ずかしいくらいだったからだ。
そして人目も気にせず眼前でいちゃつかれているツェザーリは特に気にした風も見せない。
「忘れていることか?」
「う~んとね。……あっ!」
<解消はされましたが、当時は陛下の婚約者であり恋人としても有名だったようですよ? と言ってももう25年も前の事ですが>
以前謁見した折、ツェザーリの隣に控えていたある人のことを、そうツェザーリが言っていたことを思い出した。
今は姿の見えないその人が今回の騒動が本格化した一番始めのきっかけだったように思える。そしてフェルディナンの許可が下りて面を上げたツェザーリがムーッと機嫌を悪くしている私の視線に気が付いた。
「……陛下、まさかとは思いますが。まだお話になっていらっしゃらないんですか?」
「エレン・テオドールとの関係についてはまだ説明出来ていなくてな……」
「あれだけ日がな一日ご一緒されているのにですか?」
「機を逃がした」
「それは……聡明な陛下にしては随分とらしからぬお答えですね」
ツェザーリのからかうような口調にふんっと鼻を鳴らしてフェルディナンはそっぽを向いた。
「貴殿も噂で聞いているだろう? 彼女は私の妻になる以前から色々と事件を起こすのが得意でな。自由奔放で見ていて飽きないのはいいんだが、……彼女にはかなり手を焼いている」
「ええ、存じております。それに実際は噂以上に可愛らしい方だと言うことも」
噂ってどんな噂……?
何にしても絶対に騙されないんだから!
と、私が疑わしい表情を浮かべながら半眼でジーッと二人のやり取りを見つめているのを横目に、フェルディナンはやれやれといった様子で肘掛けに身体を預けながら私の頭をポンポンと優しく叩いた。
すると益々表情を硬くして唇をへの字に曲げてしまった私を見て観念したのか。フェルディナンは私を膝上に乗せたままどうでもよさそうな態度で背もたれに寄り掛かり。私の頭をなでなでしながら眠そうな顔で口を開いた。
「有名だったんだ。仲が悪くて」
「――へっ?」
いったい何の話ですか?
想像していた回答とは全く別のものがフェルディナンから返ってきて一瞬思考が停止する。
「私とエレンは互いを毛嫌いしていてな。互いの視界に入るのを嫌がるくらいに嫌い合っていた」
「……嘘、だよね?」
思わず首を傾げてフェルディナンを見ると、「いいや」と首を横に振ってそれからフェルディナンは深いため息を付いた。生気の無い目でボーッと床の節目を眺めている。
そして何やら話を掛けづらい雰囲気に包まれて黙り込んでしまったフェルディナンの代わりに、私が知りたかったことをツェザーリが答えてくれた。
「月瑠様、それは本当の話ですよ。私の父エレンと陛下は確かに婚約しておりましたが、それは家同士で決められた婚約です。けして思い合ってのことではありません」
「でも! 恋人だったんでしょ? 嫌いだったらなんで……」
「それはあまりに互いを毛嫌いしているのを見かねた両家の両親が、仮の恋人でいいから試しに付き合うようにと強制されただけのようでして……私も父からそれ以上詳しいことは聞いていないのですが……」
言葉を濁してツェザーリがフェルディナンの様子を窺っている。それ以上は本人の口から語るべきだろうと判断したツェザーリの意を汲み取って、それまで床を眺めていたフェルディナンがようやく顔を上げた。
「……週に一度は必ず会うように言われていたが実際に会ったことはない」
「えっと、じゃあ。恋人として会ったことは一度もないってこと?」
「ああ、一度も無い」
それからフェルディナンは淡々と事務作業のような話し方で説明してくれた。
エレンとは何かしらの集まりがあったときは別にして、両親に強制されて会わされた初日(つまりはお見合い)以外では特に会った事もないそうだ。二人きりで会ったのはその一日だけ。その一度しか会っていない段階でそこまで互いに毛嫌いするとはいったい初日に何があったのか知りたくなって逆に好奇心が疼いてしまう。
「それも仮の恋人に強制されたお陰で、当人達は恋人どころか更に関係が悪化したようですね」
「……えっとぉ~それってつまりは二人とも恋人で婚約者なのに周りからもハッキリと分かるくらいに仲悪すぎて有名だったってこと?」
「そうだな」
「それもご両親から恋人の証にとそれぞれに渡された指輪を、その日のうちにお二方とも廃棄されたと父に聞きましたが。……本当なのですか?」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
廃棄ってつまりは捨てたってこと!? 何なのそれ!? 下手な愛憎ドラマよりよっぽど怖いんですけど。
「そ、そうだったの……」
……何でわたしは夫の元恋人の話でこんなに気まずいことになってるの?
それもよくある過去の恋人に嫉妬するような甘い関係のものとは何か違う。あんなに嫉妬してフェルディナンに冷たく接した私が馬鹿みたいだ。
「あの、フェルディナン……あの、もしかして……」
「ん?」
「もしかして、どっちも攻めだったの?」
「……は?」
エッチする時にどちらも挿入したい方だったから仲悪かったのかなぁと単純に思って聞いてみただけだったのだが。フェルディナンは紫混じった青い瞳を見開いて唖然とした顔で見返すばかりだ。
そんな珍し過ぎる表情を見られたことをレアだなぁと内心喜びながら、この乙女ゲーム世界は基本的にBLの世界だし、それはありうることだと私は至って真面目に考えていた。とても真面目な顔付きで話しているというのに、何故だかフェルディナンは固まって動かなくなる。
「いえ、だからそのね。フェルディナンもエレン様もどっちもその……したい方だったのかなぁって思って。だから二人は仲悪かったんじゃないかと思ったの。だってフェルディナンが受けって考えられないし。ならエレン様もそうなのかなぁ~って思っただけなんだけど……フェルディナン?」
初日に。それも一日だけしか二人っきりで会っていないのにそこまで仲が悪くなる何て、私にはもうそのくらいしか思いつかなかった。といっても初日にエッチしようなんてなかなかチャレンジャーだよね。と、思いつつも天然タラシのフェルディナンとあの綺麗な容姿のエレンならばそういう事もあるかもしれないと無理やり納得させて。
だからそういう不一致なら恋人を強制されて嫌がるのも仕方がないよね。そう思ってうんうんと頷いたところで、少し周りがざわついた様に感じて周囲を見渡してみると、何故かそれまで無関心を装っていたイリヤにレイン、そしてバートランドが肩を震わせ、必死の形相で両の拳を握って耐えていた。更にツェザーリまでもが口に手を当てて肩を震わせているのだからびっくりした。ようするに皆して必死に笑いを堪えていた。
「あのぉ~……もしかしてわたし、何か変なこと言った?」
「…………」
顔に影を落としているフェルディナンの表情が見えなくて何だかちょっぴり怖い。
「フェルディナン? どうしたの?」
「……君のそのとんでもない発想は毎回何処から出て来るのかと考えていた」
「えっと、あの、やっぱりわたし何かやっちゃったんだよね? ……ごめんなさい。色々と。その、何だかよく分からないんだけど。ごめんなさい……」
今こうして一緒にいるというのにやけに遠くの方を見ているような目をしているフェルディナンに、ひたすら謝っていたら最後は諦めたような顔をされてまたポンポンと頭を叩かれた。もう気にするなと優しく瞳を細められて、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
「……あっ! あの、そういえば、エレン様は?」
今更ながらにこの場にエレンがいないことを不思議に思って、丁度いいからこれを機に話題を変えようとツェザーリを振り返ると、ツェザーリはとても涼しい顔をしていた。先程まで耐えていた笑いを綺麗に飲み込んで、尾を引かずに何時も通りの落ち着いた物腰で答えてくるのだから流石だ。
「父は先に国へ帰しました。前回同様お二人の仲をこじれさせてはいけませんから」
つまりは私達に気を遣ってエレンは先に帰還したというわけだ。そしてそれ以外にある最大の理由はきっと、どれだけ年月が経とうとも二人が犬猿の仲であることに変わりはないことを、改めて対面させてみてツェザーリ自身が感じ取ったからだろう。ツェザーリ達はこの国へ友好を築きに来たのに逆効果では意味が無い。お互いに面倒事を増やさなくて済むのならそうした方が得策だった。
「何だかすみません……」
思わず謝ると、ツェザーリが「いいえ」と首を横に振った。
「それに、獣人たちに国王の交代を急ぎ知らせる必要がありましたので」
「――え?」
そういえばフェルディナンも私の妊娠が発覚する前に妙なことを言っていた。
――他国の、それも仮にも国王だった者に惚れられては困る。
国宝級マタタビと妊娠に気を取られてすっかり忘れていたけれど確かそんなことをフェルディナンは言っていた。
「……古くから伝わる風習です。欲しいものは力で奪い取る――それが、獣の血を色濃く身に宿した我ら獣人達の掟であり神髄です。そしてそれを超越した究極のものが王位の争奪になります」
「王位の争奪……?」
「国王たるもの何者にも負けは許されず、常に最強であらねばならない。獣人達は人間と違い最終的には力で決定を下すことが多いのです。無論、女、子供は別にしてですが……陛下はマタタビを手に入れる為に私と戦い打ち勝った。名目はどうあれ私は陛下に王位を譲渡しなければなりません」
「わたしがマタタビを欲しがったせいでそんな大変なことになったんですか!?」
何いつもこう事が大事になるのっ!?
思わずフェルディナンを振り返る。興奮して取り乱している私を落ち着かせようとフェルディナンが優しく肩を抱いてその強靱な筋肉に覆われた分厚い胸元に引き寄せた。
「フェルディナン……わたし、またやっちゃったの……?」
また事件起こしちゃった? と、フェルディナンの胸元に抱き締められながら、ふにゃ~んと泣き出しそうな顔をして落ち込んでいたら。フェルディナンが私の長い黒髪を梳きながらおでこにチュッと唇を押し当てた。そうして何度も頬や鼻先に慰めるようにキスを繰り返されてやっと少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「大丈夫だ。そんな大した問題ではない」
いやいやいや、大した問題でしょう!? そう言いたいのに当人達は至って冷静だ。
「獣人の国も神の国も元は1つの民でした。それが種族の違いで二分されていたのは歴史上ではほんの僅かな期間でしかありません。元の形に戻るだけのこと。それに、私を下した陛下の統治になることを誰も反対はしないでしょう。我々獣人は力のある者に従います」
「元の形に戻るだけって……」
そう言われてもですね。そんな簡単なことじゃないことぐらい私にだって分かる。
「”貴方はただ私のすることを眺めていればいい”そう言った身としてはマタタビと月瑠様を取引材料にするのは少々心苦しかったのですが。利用できるものは最大限に生かすということを私は信条としておりますもので」
「そのようだな。人を動かして事なきを得る辺り、貴殿はよく父親に似ている」
「それが父との折り合いが付かなかった理由でしょうか?」
「……まあな」
「真っ向から勝負を仕掛けるのを信条とする貴方には、人を利用するような小手先のやり方を得意とする者達のやり方は気にくわないのでしょう? ですが誰も彼もが正面から勝負を仕掛けられるほど強くは出来ていないのですよ。戦い方は人それぞれにある」
「それを否定する気は毛頭にないが、確かに貴殿が申す通り虫が好かないと思っているのは事実だな」
――そうしてあっさりと気にくわないと互いの感情を口にして、フェルディナンとツェザーリは二国間の大きな問題から私的な話題へと話を切り替えて好戦的なやり取りを続けている。
この二人をこうして傍観していてよく分かった。
エレンとの仲を口にするだけでフェルディナンが不機嫌を露骨に顔に出すのは、攻めや受けといった性的なことではなく。単に初日から犬猿の仲になる位、性格的に合わないというだけのことだったらしい。それも父親同様、ツェザーリもどうやらフェルディナンとは反りが合わないようだ。
好戦的なやり取りを続けている二人を尻目に私は小さく溜息を付いた。
「――あれっ? そう言えば、……何だかとっても大切なことを忘れているような気がするのだけど……」
今私は王座の間の中央に設置された豪奢な椅子に悠然と腰掛けているフェルディナンの膝上に乗せられていた。ツェザーリ達が少し距離を置いた場所から膝をついてこちらへ頭を下げているにもかかわらず、フェルディナンがラブラブっぷりを隠そうとしない。
そして私達の後方に控えているイリヤやレイン、外野に徹しているバートランドが私達のいちゃつきを見て見ぬ振りしているのは何時もの事として。
一方の私も被っていた猫をすっかり取り払って普段の調子で話していた。ツェザーリには獣人化騒動の時に色々と見られすぎていて何だか今更感があり、逆に猫を被る方が恥ずかしいくらいだったからだ。
そして人目も気にせず眼前でいちゃつかれているツェザーリは特に気にした風も見せない。
「忘れていることか?」
「う~んとね。……あっ!」
<解消はされましたが、当時は陛下の婚約者であり恋人としても有名だったようですよ? と言ってももう25年も前の事ですが>
以前謁見した折、ツェザーリの隣に控えていたある人のことを、そうツェザーリが言っていたことを思い出した。
今は姿の見えないその人が今回の騒動が本格化した一番始めのきっかけだったように思える。そしてフェルディナンの許可が下りて面を上げたツェザーリがムーッと機嫌を悪くしている私の視線に気が付いた。
「……陛下、まさかとは思いますが。まだお話になっていらっしゃらないんですか?」
「エレン・テオドールとの関係についてはまだ説明出来ていなくてな……」
「あれだけ日がな一日ご一緒されているのにですか?」
「機を逃がした」
「それは……聡明な陛下にしては随分とらしからぬお答えですね」
ツェザーリのからかうような口調にふんっと鼻を鳴らしてフェルディナンはそっぽを向いた。
「貴殿も噂で聞いているだろう? 彼女は私の妻になる以前から色々と事件を起こすのが得意でな。自由奔放で見ていて飽きないのはいいんだが、……彼女にはかなり手を焼いている」
「ええ、存じております。それに実際は噂以上に可愛らしい方だと言うことも」
噂ってどんな噂……?
何にしても絶対に騙されないんだから!
と、私が疑わしい表情を浮かべながら半眼でジーッと二人のやり取りを見つめているのを横目に、フェルディナンはやれやれといった様子で肘掛けに身体を預けながら私の頭をポンポンと優しく叩いた。
すると益々表情を硬くして唇をへの字に曲げてしまった私を見て観念したのか。フェルディナンは私を膝上に乗せたままどうでもよさそうな態度で背もたれに寄り掛かり。私の頭をなでなでしながら眠そうな顔で口を開いた。
「有名だったんだ。仲が悪くて」
「――へっ?」
いったい何の話ですか?
想像していた回答とは全く別のものがフェルディナンから返ってきて一瞬思考が停止する。
「私とエレンは互いを毛嫌いしていてな。互いの視界に入るのを嫌がるくらいに嫌い合っていた」
「……嘘、だよね?」
思わず首を傾げてフェルディナンを見ると、「いいや」と首を横に振ってそれからフェルディナンは深いため息を付いた。生気の無い目でボーッと床の節目を眺めている。
そして何やら話を掛けづらい雰囲気に包まれて黙り込んでしまったフェルディナンの代わりに、私が知りたかったことをツェザーリが答えてくれた。
「月瑠様、それは本当の話ですよ。私の父エレンと陛下は確かに婚約しておりましたが、それは家同士で決められた婚約です。けして思い合ってのことではありません」
「でも! 恋人だったんでしょ? 嫌いだったらなんで……」
「それはあまりに互いを毛嫌いしているのを見かねた両家の両親が、仮の恋人でいいから試しに付き合うようにと強制されただけのようでして……私も父からそれ以上詳しいことは聞いていないのですが……」
言葉を濁してツェザーリがフェルディナンの様子を窺っている。それ以上は本人の口から語るべきだろうと判断したツェザーリの意を汲み取って、それまで床を眺めていたフェルディナンがようやく顔を上げた。
「……週に一度は必ず会うように言われていたが実際に会ったことはない」
「えっと、じゃあ。恋人として会ったことは一度もないってこと?」
「ああ、一度も無い」
それからフェルディナンは淡々と事務作業のような話し方で説明してくれた。
エレンとは何かしらの集まりがあったときは別にして、両親に強制されて会わされた初日(つまりはお見合い)以外では特に会った事もないそうだ。二人きりで会ったのはその一日だけ。その一度しか会っていない段階でそこまで互いに毛嫌いするとはいったい初日に何があったのか知りたくなって逆に好奇心が疼いてしまう。
「それも仮の恋人に強制されたお陰で、当人達は恋人どころか更に関係が悪化したようですね」
「……えっとぉ~それってつまりは二人とも恋人で婚約者なのに周りからもハッキリと分かるくらいに仲悪すぎて有名だったってこと?」
「そうだな」
「それもご両親から恋人の証にとそれぞれに渡された指輪を、その日のうちにお二方とも廃棄されたと父に聞きましたが。……本当なのですか?」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
廃棄ってつまりは捨てたってこと!? 何なのそれ!? 下手な愛憎ドラマよりよっぽど怖いんですけど。
「そ、そうだったの……」
……何でわたしは夫の元恋人の話でこんなに気まずいことになってるの?
それもよくある過去の恋人に嫉妬するような甘い関係のものとは何か違う。あんなに嫉妬してフェルディナンに冷たく接した私が馬鹿みたいだ。
「あの、フェルディナン……あの、もしかして……」
「ん?」
「もしかして、どっちも攻めだったの?」
「……は?」
エッチする時にどちらも挿入したい方だったから仲悪かったのかなぁと単純に思って聞いてみただけだったのだが。フェルディナンは紫混じった青い瞳を見開いて唖然とした顔で見返すばかりだ。
そんな珍し過ぎる表情を見られたことをレアだなぁと内心喜びながら、この乙女ゲーム世界は基本的にBLの世界だし、それはありうることだと私は至って真面目に考えていた。とても真面目な顔付きで話しているというのに、何故だかフェルディナンは固まって動かなくなる。
「いえ、だからそのね。フェルディナンもエレン様もどっちもその……したい方だったのかなぁって思って。だから二人は仲悪かったんじゃないかと思ったの。だってフェルディナンが受けって考えられないし。ならエレン様もそうなのかなぁ~って思っただけなんだけど……フェルディナン?」
初日に。それも一日だけしか二人っきりで会っていないのにそこまで仲が悪くなる何て、私にはもうそのくらいしか思いつかなかった。といっても初日にエッチしようなんてなかなかチャレンジャーだよね。と、思いつつも天然タラシのフェルディナンとあの綺麗な容姿のエレンならばそういう事もあるかもしれないと無理やり納得させて。
だからそういう不一致なら恋人を強制されて嫌がるのも仕方がないよね。そう思ってうんうんと頷いたところで、少し周りがざわついた様に感じて周囲を見渡してみると、何故かそれまで無関心を装っていたイリヤにレイン、そしてバートランドが肩を震わせ、必死の形相で両の拳を握って耐えていた。更にツェザーリまでもが口に手を当てて肩を震わせているのだからびっくりした。ようするに皆して必死に笑いを堪えていた。
「あのぉ~……もしかしてわたし、何か変なこと言った?」
「…………」
顔に影を落としているフェルディナンの表情が見えなくて何だかちょっぴり怖い。
「フェルディナン? どうしたの?」
「……君のそのとんでもない発想は毎回何処から出て来るのかと考えていた」
「えっと、あの、やっぱりわたし何かやっちゃったんだよね? ……ごめんなさい。色々と。その、何だかよく分からないんだけど。ごめんなさい……」
今こうして一緒にいるというのにやけに遠くの方を見ているような目をしているフェルディナンに、ひたすら謝っていたら最後は諦めたような顔をされてまたポンポンと頭を叩かれた。もう気にするなと優しく瞳を細められて、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
「……あっ! あの、そういえば、エレン様は?」
今更ながらにこの場にエレンがいないことを不思議に思って、丁度いいからこれを機に話題を変えようとツェザーリを振り返ると、ツェザーリはとても涼しい顔をしていた。先程まで耐えていた笑いを綺麗に飲み込んで、尾を引かずに何時も通りの落ち着いた物腰で答えてくるのだから流石だ。
「父は先に国へ帰しました。前回同様お二人の仲をこじれさせてはいけませんから」
つまりは私達に気を遣ってエレンは先に帰還したというわけだ。そしてそれ以外にある最大の理由はきっと、どれだけ年月が経とうとも二人が犬猿の仲であることに変わりはないことを、改めて対面させてみてツェザーリ自身が感じ取ったからだろう。ツェザーリ達はこの国へ友好を築きに来たのに逆効果では意味が無い。お互いに面倒事を増やさなくて済むのならそうした方が得策だった。
「何だかすみません……」
思わず謝ると、ツェザーリが「いいえ」と首を横に振った。
「それに、獣人たちに国王の交代を急ぎ知らせる必要がありましたので」
「――え?」
そういえばフェルディナンも私の妊娠が発覚する前に妙なことを言っていた。
――他国の、それも仮にも国王だった者に惚れられては困る。
国宝級マタタビと妊娠に気を取られてすっかり忘れていたけれど確かそんなことをフェルディナンは言っていた。
「……古くから伝わる風習です。欲しいものは力で奪い取る――それが、獣の血を色濃く身に宿した我ら獣人達の掟であり神髄です。そしてそれを超越した究極のものが王位の争奪になります」
「王位の争奪……?」
「国王たるもの何者にも負けは許されず、常に最強であらねばならない。獣人達は人間と違い最終的には力で決定を下すことが多いのです。無論、女、子供は別にしてですが……陛下はマタタビを手に入れる為に私と戦い打ち勝った。名目はどうあれ私は陛下に王位を譲渡しなければなりません」
「わたしがマタタビを欲しがったせいでそんな大変なことになったんですか!?」
何いつもこう事が大事になるのっ!?
思わずフェルディナンを振り返る。興奮して取り乱している私を落ち着かせようとフェルディナンが優しく肩を抱いてその強靱な筋肉に覆われた分厚い胸元に引き寄せた。
「フェルディナン……わたし、またやっちゃったの……?」
また事件起こしちゃった? と、フェルディナンの胸元に抱き締められながら、ふにゃ~んと泣き出しそうな顔をして落ち込んでいたら。フェルディナンが私の長い黒髪を梳きながらおでこにチュッと唇を押し当てた。そうして何度も頬や鼻先に慰めるようにキスを繰り返されてやっと少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「大丈夫だ。そんな大した問題ではない」
いやいやいや、大した問題でしょう!? そう言いたいのに当人達は至って冷静だ。
「獣人の国も神の国も元は1つの民でした。それが種族の違いで二分されていたのは歴史上ではほんの僅かな期間でしかありません。元の形に戻るだけのこと。それに、私を下した陛下の統治になることを誰も反対はしないでしょう。我々獣人は力のある者に従います」
「元の形に戻るだけって……」
そう言われてもですね。そんな簡単なことじゃないことぐらい私にだって分かる。
「”貴方はただ私のすることを眺めていればいい”そう言った身としてはマタタビと月瑠様を取引材料にするのは少々心苦しかったのですが。利用できるものは最大限に生かすということを私は信条としておりますもので」
「そのようだな。人を動かして事なきを得る辺り、貴殿はよく父親に似ている」
「それが父との折り合いが付かなかった理由でしょうか?」
「……まあな」
「真っ向から勝負を仕掛けるのを信条とする貴方には、人を利用するような小手先のやり方を得意とする者達のやり方は気にくわないのでしょう? ですが誰も彼もが正面から勝負を仕掛けられるほど強くは出来ていないのですよ。戦い方は人それぞれにある」
「それを否定する気は毛頭にないが、確かに貴殿が申す通り虫が好かないと思っているのは事実だな」
――そうしてあっさりと気にくわないと互いの感情を口にして、フェルディナンとツェザーリは二国間の大きな問題から私的な話題へと話を切り替えて好戦的なやり取りを続けている。
この二人をこうして傍観していてよく分かった。
エレンとの仲を口にするだけでフェルディナンが不機嫌を露骨に顔に出すのは、攻めや受けといった性的なことではなく。単に初日から犬猿の仲になる位、性格的に合わないというだけのことだったらしい。それも父親同様、ツェザーリもどうやらフェルディナンとは反りが合わないようだ。
好戦的なやり取りを続けている二人を尻目に私は小さく溜息を付いた。
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