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薄影メガネ

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第三章~新妻扱編~

066 ただいま逃亡中

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 フェルディナンの制止を振り切り、またもバートランドをまいてきてしまったものの、何処どこへ行ったらいいのか私は真剣に悩んでいた。
 フェルディナンとおそろいのピアスを探すのが今日の目的のはずで。でもあまりにも急いでフェルディナンから逃げてきたものだから全く何も考えていなかった。と、いうことで私はただいま逃亡中の身の上でもある。

「それにしても今日は天気良いなぁ……あんまり長時間だと日焼けしそう」

 天気の良い昼下がり、町中を散策しつつ一人そんなことをつぶやきながら呑気のんきに空を見上げて、まぶしい陽差しに顔を隠すようにして手をかざす。そうして石で出来た階段を降りていたら前方不注意でというか足下不注意で思いっきり踏み外してしまった。

「きゃぁっ」

 そのままあと数十メートルはある階段の上を転がり落ちそうになって、身体が宙に浮いたけれど何時いつまでたっても衝撃はやってこなかった。

「……月瑠、大丈夫か?」
「シャノンさん?」
「あまりボーッとしていると危ない」
「ありがとうございます!」

 黄金の瞳と青みがかった灰色の髪、そして髪と同じ色をした狼の耳と尻尾を持つ狼の獣人に私は抱き留められていた。黒いフード付の外套がいとう羽織はおり日本刀のような形状の剣を腰元に所持している。その立派な体躯たいくを久しぶりに見れて私は嬉しくて思わず抱きついてしまった。

「シャノンさん! お久しぶりです! いつも見守っていてくれてるのは知ってましたけどなかなかシャノンさん出てきてくれないから……あっもしかして名前呼んだら今度から出てきてくれますか? 無理ならいいんですけど……」
「出てくるのは構わない。しかし俺がそうして月瑠の前に出てくる必要はあるのか?」
「えっ? いえ、特になにもないですけど……」

 シャノンは獣王ツェザーリの王命により、私の警護を任命されている。どうやらシャノンにとっての警護とは陰に徹することを指すらしい。まるで姿を見せてくれないから、本当に忍者のような人だなと常々思ってはいたけれど。

「ならば呼ぶ必要はなさそうだが?」
「あのっ! ちがうんです! そうじゃなくて……」
「?」
「やっぱり好きな人には理由なくても会いたいって思うじゃないですか」
「好きな人?」
「はい、わたしシャノンさんが好きなんです!」
「……そうか」

 特に尻尾と耳がとは口に出さずにそう言うと、シャノンは優しい表情を浮かべて頷いてくれた。私は心の中で歓喜に震えながら、もう1つ抱えていた衝動を抑えきれずに、わきわきと指先を動かしてちょっとだけ遠慮しがちにたずねた。

「あの、シャノンさん……尻尾触って良いですか?」
「……どうぞ」

 くすっと笑ってシャノンが私の頭をでた。そういうシャノンの優しくて寡黙なところと、黙って受け入れて見守っていてくれるところがすごく好きで会う度に何時いつも甘えてしまう。何だか柔らかい毛布の中にいるような感じがしてとても温かい気持ちになれる。まあ、確かに尻尾はモフモフしてて温かいけど。と不毛なことを考えながら、私はシャノンの尻尾に抱きついてキューっと胸元に抱き締めた。

「やっぱりモフモフは気持ちいい~っ! やっぱり好き……あっ、あの、シャノンさんもう1ついいですか?」
「何だ?」
「耳、触っていいですか?」
「……どうぞ」

 シャノンは楽しそうな顔をしてクスクス笑いながら、ゆっくりと腰を低く片膝を地面に付けて私が耳を触れるように高さを合わせてくれた。

「はわーありがとうございます~」

 そうお礼をいって今度はシャノンの耳に触ろうとしたところで、とんだ邪魔が入った。

「ありがとうございますじゃない! それにシャノンも、どうぞじゃないだろ! 恋人でもないのに耳と尻尾を触らせるなっ! というか月瑠も触るなっ!」
「イリヤっ!? え~……ついてきちゃったの?」
「え~じゃないだろうが! バートランド置いてきぼりにしてフェルディナンのいいつけ破ってさ、仕方ないから俺が来てやったって言うのに何でそんなに嫌そうな顔してるんだよ?」 
 
 イリヤは腰に手を当てて仁王立ちでこちらをめ付けている。眉尻をつり上げているその様子からして相当に怒っているのは確かだ。イリヤの綺麗な銀髪がちょっと乱れているのは多分私が全力疾走して逃げ出したから。それに追いつくためだろう。けれども私はそれにはお構いなしにイリヤを邪魔者扱いした。何故なら最近のイリヤは妙にお小言が多くてまるでお母さんみたいに口うるさくなってきたからだ。

「あのね、イリヤ? どうして邪魔するの?」
「月瑠も知ってるだろ? 獣人は基本的に……」
「尻尾とか耳は親しい人にしか触らせないんでしょ? それも家族にすら触らせなくてもっと特別な相方? とかそういう人にしか許さない人もいるってフェルディナンがいってた」
「あのさ、そこまで分かってるのにどうして触らせて何て聞くんだよ?」
「だって触りたい……」
「だってじゃない!」
「シャノンさんはわたしが触るのやっぱり嫌?」
「……嫌じゃない」
「ホント?」
「本当だ」
「ほらっ! シャノンさん嫌じゃないって!」
「あーもうっ! こいつら本当に手が掛かるな! もうなんでもいいからとにかく手を離しなさい!」
「い~や~! きゃあっ! イリヤやだぁっまだ触りたいのにぃ~」
 
 嫌々を繰り返しても結局、最後にはイリヤに抱き上げられてシャノンの耳と尻尾から引き剥がされてしまう。我が儘を言っているかん気な子供の相手をするようにイリヤが私を抱き上げたまま何やらブツブツと文句を言っている。

「月瑠は本当に何考えてるんだよ」
「でもね? イリヤも触れば分かるとおも……」
「はいはい、とにかく月瑠は今後シャノンにお触り禁止! 分かった?」
「やだぁ~」
「月瑠!」
「イリヤの言うことなんか聞かないもの」
「じゃあ誰の言うことなら聞くんだよ?」
「うーん、お姉ちゃん」
「その人はここにいないだろ」
「じゃあ誰もいないってことで」
「月瑠!」
「きゃん!」
「――話の途中で悪いんだが、二人とも……」
「「えっ?」」

 それまで私とイリヤのやりとりを傍観していたシャノンが珍しく口を挟んできたので、私とイリヤは思わず口をそろえてキョトンとした表情で仲良くシャノンを振り返った。

「そろそろその辺にしておかないと目立って仕方ないんだが……」
「「…………」」

 そう言えば、すっかり忘れていた。ここが町中のそれも石段を降りたところは大通りだと言うことに。私達はすっかり注目を集めていてちょっとした人集ひとだかりが出来ていた。

「それとイリヤ」
「何だよ?」
「俺の尻尾を月瑠が触るより、お前に抱き上げられているほうがよっぽど目立っていると思うんだが?」
「あっ確かにそうだよね……」

 そうしてシャノンと私がイリヤにジーッと訴えるような視線を向けると、イリヤはそれを嫌がって渋々と私を地面に下ろしてくれた。

「あ~! もうっ分かったよ。二人してグルになるな! 鬱陶うっとおしい!」

 イリヤとしてはまた逃亡されでもしたらたまらないから、ああして私を抱き上げていた方がよっぽど安心なんだろうけれど。私はこれでどうにかまた自由の身になれたというわけだ。
 
「それで? 月瑠はこれから何したいの? 何であんなに出かけたがったんだよ? またバートランド置いてかれて落ち込んでたぞ?」

 イリヤの言うとおり、それは本当に悪いと思っている。けれどもそうでもしないと四六時中監視の目があるのは嫌だった。それに今回はフェルディナンのピアスを探すので、あまりそれを気付かれるようなことは言えなかったし。フェルディナン相手に何時いつまで隠し通せるか全く自信がなかった。だから今回は致し方ないと判断しての逃亡だった。

「……えっとね」
「うん」
「あの、協力してくれる?」
「協力してもいいけど、それは内容によるな」
「あのねフェルディナンのピアスを探したかったの」
「ピアス? どうしてそんなの……」
「わたしとおそろいのピアスが欲しいの。片方ずつ付けたいなぁって思って」 
 
 どうしておそろいが欲しいのかまでは説明しない(なんか恥ずかしいから)。けれど私が口に出して言わなくてもイリヤは理解したようだった。鼻を鳴らして何やら愛玩動物でも見るような目を向けられる。

「ふーん、まあそういうことなら協力してもいいけどさ。フェルディナンの機嫌も直りそうだしな」
「やっぱり機嫌わるくなってた?」
「当たり前だろう? 言ったそばから注意したこと無視して逃亡されたらな……」
「そうだよね……」
「とにかくさ、月瑠にはそれがあるような店の心当たりとかあるの?」
「それが全然……シャノンさんはどこかおすすめのお店知ってますか?」
「正規の店ではないがそういうものを扱っている者なら知っているが……」
「知ってるんですか!? 良かったぁ~お願いしますそこまで連れて行って下さい!」

 そうしてシャノンに案内してもらうことになり三人並んで私達はようやく歩き出した。



******* 



「ここがそうだ」

 寡黙なシャノンに案内されてきたのは町中でもちょっと大通りから外れた静かな一等地。それも庭には広大な緑が広がっている大きなお屋敷だった。そしてその庭先には一人の子供がじょうろを片手に草木に水をやっている最中だった。

「あっ! こんにちは~いらっしゃいませ」

 そういってのんびりとした声で挨拶しながら振り返った子供の背中には緑の小さな一対の翼が生えていた。瞳の色は黒。髪色は緑や赤など光の当たり具合で色彩が変わるようで動きに合わせてクルクルと色が変わっていく。まるで虹色のような珍し過ぎる髪。年齢は5,6才くらいに見える。
 明るく入店のかけ声を返すその子供はとても不思議な格好をしていた。小柄で宝石が似合う綺麗で豪華な美しい外見。コレクターのように沢山のアイテムを詰めた大袋を背中に抱えていて、斜めがけのショルダーバックを身に付けている。腰元にはアイテムを収拾できるホルスターのような形状の革ベルトを身に付けていて、そこに青い液体が入っている試験管を数本ぶら下げている。商人のような格好というのが一番しっくりくる。それも旅の途中といった感じの不思議な雰囲気があり、珍しい宝石や装飾品をセンス良く所々に細々と身に付けていてとにかく魅力的な子供だった。

「かっ……」
「か?」
「かわいぃ~!!!! キャー! なにコレかわいいほしい~!」
「ちょ、ちょっと月瑠……?」

 言葉を詰まらせ、絶叫し、動揺しているイリヤを置いて、目の前にいる緑の翼が生えた小さな子供を私は思いっきり抱き締めてしまった。

「やだぁ~ちっちゃいかわいい~! イリヤわたしこの子ほしい~!」
「なっ、何言って……駄目に決まってるだろっ!」
「だってかわいすぎる~! キャー! モフモフ~! ふわふわ~!」

 私に抱き締められている子供はと言うと目をパチクリさせながら何が起こっているのか分からないようで不思議な表情を浮かべて首を傾げている。そうして小さな子供を抱き締めて離さない私をイリヤは始終呆れたというよりも困った顔をして頭を押さえていた。

「……月瑠、だから駄目だってば」
「お名前は? 何て言うの?」
「ククルです」
「ククルちゃんっていうんだぁ~かわいぃ~! 鳥の獣人だよね?」
「はい」

 イリヤの制止を無視して平気でククルと名乗った鳥の獣人の子供にスリスリしている私の腕をイリヤが慌ててつかんだ。

「ちょ、ちょっと! 月瑠駄目だってばっ! 離しなさい! というか下ろしなさい!」
「やだぁ! この子ほしい!」
「欲しいって……おい、いったい何言って……そんなの駄目に決まってるだろっ! ってかとにかくそれを早くおろせっ!」
「い~や~!」
「嫌じゃない!」
「あの……僕は別に構いませんが……」

 イリヤが始終渋い顔をして離せと私を説得しているときも、子供は落ち着き払った様子でむしろ楽しそうに微笑みを浮かべている。どうやら私に抱き締められるのは嫌ではないようだ。それが嬉しくて余計に離せなくなる。

「ほらっ! 抱き上げていいって言ってるよ?」
「そんなこと言ってないだろ! ってかどうして獣人達はどいつもこいつも月瑠に弱いんだっ!」

 そう言うとイリヤは完全に八つ当たりでキッとシャノンをにらみ付けた。けれどシャノンはそっぽを向いていて全く意に介したふうを見せない。

「あの~皆さんここでは何ですからどうぞ屋敷の中にお入り下さい。屋敷と言っても入ってすぐはお店になっていますからそこでくつろいでいかれませんか? 今日は陽差しも照っていて外は暑いですから」

 イリヤがバチバチと無意味に火花を散らしている中、腕の中の子供に間延びした声で誘われて、私達はお店の中に入ることにした――

 そうして勧められて入った店内はちょっとした古美術商のような沢山の品物であふれかえっている。何があるのかパッと見では分からないくらいに陳列された道具の数々に圧倒されていると、腕の中の子供がふわ~と背中に生えた緑の翼をモコモコに膨らませて少し伸びをした。どうやらちょっと眠いようだ。

「かわいすぎる……下ろせない……というか下ろさない」
「下ろせっ! とにかく、何でもいいから今すぐに下ろしなさい! 月瑠!」
「……もうっ! イリヤ何だかお母さんみたい」
「おかっ……」

 私にお母さんみたいと言われて言葉を失ったイリヤの表情が段々と怖くなってきたので、私は仕方なくククルを床に下ろした。それでもモフモフした背中の翼とフワフワの七色に光る髪の毛は手放すのが惜しくて、ククルの頭をなでなでする手は離さないでいたら、ククルが気持ちよさそうにキュウッと目をつぶって嬉しそうに私の手に寄りかかってきた。

「はわー! やっぱりかわいいなぁっ」

 我慢できなくてもう一度キュッと抱きしめるとイリヤが今度こそベリッと引き剥がして私をまた抱き上げた。

「きゃっ! イリヤ?」
「月瑠? まったく……何考えてるんだよ? それもそんなに表情緩めて……駄目だって言ってるだろ?」
「だって可愛いものは可愛いんだもの仕方ないじゃない」
「仕方なくな……んっ? ククルってどこかで聞いたことがある名前だけど……まさかククル・リリーホワイト? そんなわけないか、あれは有名な異邦人ラヴァーズの本を手がけている作家だし、普段は珍しいアイテムを収集するそっちの世界でも有名なコレクターだからな間違ってもこんな子供が……」
「はい、僕がそのククル・リリーホワイトです」
「…………」

 その名前を聞いた瞬間、イリヤが私をストンと地面に下ろした。そしてちょっと来いとシャノンを連れてお店の奥にいったっきり戻ってこない。そうして少ししてから何やら奥で二人が話をしているのが聞こえてきた。いったい誰を紹介しているんだとか、イリヤはとにかく怒ってシャノンに文句を言っているようだったけれど、私はそれが聞こえないふりをしてククルに話し掛けた。

「ククルちゃんは異邦人ラヴァーズの本を書いているの?」
「はい! 僕、お姉さんみたいな可愛い異邦人ラヴァーズに会ったの初めてです~だからすっごく嬉しくて感動して、なかなかお話出来なくて……」
「んっ? 本を書いているってククルちゃんはいまどう見ても5、6才くらいにしか見えないんだけど……」
「はい、僕はちょっと特別で外見は幾つになっても若いままの珍しい一族なんです。それにどちらかというと鳥の獣人の中でも長寿な一族でして、これでも僕は200歳になります」
「2、……200歳――――っっっ!!!?」
「ええ、よく驚かれるんですよ~」
 
 100歳以上も年上の人を可愛いといって抱き上げてしまった……
 どうりでイリヤに止められたわけだ。と納得しながら、ガーンと頭を鈍器でかち割られるような衝撃に頭を押さえつつククルを見る。

「……う~ん、でもやっぱりかわいいなぁ~」

 100歳以上年上でもやっぱり私はその可愛さにあらがえなかったので、まあいいことにしてりずにもう一度ククルを抱き締めた。ククルはとても200歳には思えないほど純粋な子供のように素直な人で。私が頭をなでなでしても大人しく気持ちよさそうにしている。
 獣人って大人しい人が多いなと思いながら、そうして立ったまま待つのも疲れるので私はお店のカウンターに置いてある椅子にククルを膝上に乗せて腰掛けた。それからしばらくして屋敷の使用人がお茶を持ってきてくれたのでそれに手を付けてホッと一息つきながら、膝上にチョコンと可愛く乗っているククルの頭をでる。どうしたのかしらね~とか他人事のようにのほほんとした会話をして、のんびりと椅子に座りながら小一時間ほどイリヤとシャノンが戻ってくるのを私達はそこで待っていた。
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