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第二章~恋人扱編~
♀055 優しい胸の鼓動
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人前で肉体関係を証明する事が婚姻を成立させる一種の儀式だとレインから教えてもらって。だからフェルディナンは私があんなに嫌がっても私を人前で抱いたのだと。そう納得しつつもそれはつまりフェルディナンには事前にレインから王位継承の申し出が来ることが分かっていた。そういう事でもあった。
「月瑠、手を此処に」
「?」
フェルディナンに呼ばれてこちらに向けて差し出されている武骨な男の手の上に、私は何の疑問も抱かぬまま素直に自身の手を乗せた。小首を傾げてフェルディナンを見上げるとフェルディナンは枕元に手を入れてそこに隠されていた短剣をスルッと取り出した。
「そんなところに短剣置いてたの!? 気付かなかった……」
「私は軍人だからな。用心の為だ」
「そっか。それで、それを何に使うの?」
「少し指先を切る。直ぐに済むから動かないでくれ」
「へっ? ゆびさきって……――っ!」
話している途中でフェルディナンが私とそして自身の人差し指の先に、流れるような無駄のない動作でスッと短剣の刃を押し当てて引いた。痛みを感じる暇が無いくらい早く。それは一瞬で終わった。
指先から出てきた血がぷっくりと盛り上がって赤い滴が流れ落ちる前に、ベッドで抱き合っている私達の隣にやって来たレインから渡された書面にフェルディナンが先に指先を押し当てた。続いて私もフェルディナンがしたように指先を擦り付けて血判を押し終わると、レインはその書面に改めて目を通してから一歩後ろに下がった。
「確かに……契約は成されました」
レインはそれまでの気心知れた態度を一変してフェルディナンに平伏した。後方に控えていた王直属の配下の兵士達も片膝を折りフェルディナンの前にザッと一斉に跪く。その鮮やかな光景に私は一瞬心を奪われた。
「これよりフェルディナン・クロス、貴方を正式に神の国の王とし、我々は貴方の配下に下ります」
「ああ、だが暫く事が片付くまで私はこの屋敷を離れない。月瑠も此処へ置いておく。王城へ移住するのは全てが片付いた後だ」
「はっ、全ては国王陛下の御心のままに……」
座してこちらへ頭を垂れるレインにフェルディナンは人を食ったような笑みを浮かべて話し掛ける。
「殊勝な事だな。私から提示された条件を即座に飲み、その上忠誠を誓うとは」
「……貴方は今までどのような好条件を積まれようとも王となることをけして承諾しては下さらなかった。誰に望まれようとも。頑なに拒絶し首を縦には振って下さらなかった。そうして将軍職の地位に甘んじていた貴方が、長年拒絶していたその地位にこうもあっさりとなることを承諾したのは月瑠様の為でしょう? 普段から人に興味を示さない貴方がそうまでして守りたい方なのでしょう? 儀式や形式的なものなど関係なく、それを我々に理解させる為にお二人の関係性を見せた。ならば我々も貴方の覚悟を受け入れます。貴方に忠誠を誓うと共に月瑠様もお守りする。それが成されなければ貴方は今度こそこの国を見限り、最悪は月瑠様と心許した者達だけを連れてこの国を出て行かれるつもりだったのではないですか?」
レインは下げていた頭を上げて強い目をフェルディナンに向けた。レインの問いかけに対してフェルディナンは相変わらずベッドの上でシーツごと私を胸元に抱き締めたまま、長い睫毛を伏せがちに静かな表情でレインを見やった。
「当主の座に就いた当初は若輩者で頼りなかったお前がそうまで私の動きを読むようになったか」
「国の将来を憂い、貴方という大きな背中を追い続けていれば自然とそうなります」
そう言うレインの湖のように澄んだ青い瞳には、純粋にフェルディナンを慕う憧れにも似た好意的な思いがハッキリと浮かんでいる。
もしかして……レインさんってフェルディナンのこと……?
そうして妙な勘ぐりをしていたら、フェルディナンが私の首筋に強く唇を押し当ててきた。私の身体に回している手をシーツの中に侵入させて素肌に手を這わせながらゆっくりと愛撫を繰り返し、果ては互いが繋がっている局部へと指先を伸ばしてくる。
「きゃっ!? フェルディナンっ!? なにをして……」
「何時も他の者達同様、口うるさいお前がそうまで私を崇拝していたとは知らなかったな」
「そうお話しても貴方は聞く耳を持たないでしょう? そもそも知るつもりもなかったのではないですか? こうして話をしている今も月瑠様以外に興味がお有りにはならないようですし」
呆れたように笑いながらもレインはフェルディナンの大胆な行動を止めるつもりはないようだ。君主の行動を諫めるでもなく仕方が無いと諦めている様子に一番焦ったのは私だった。
「フェっ、フェルディナンだめ――ッ! は~な~し~て~っ!」
涙目で訴えるとフェルディナンはくすりと笑って。それから局部にくわえ込まされている巨大なモノをズッと動かし始めた。
「ひぁっ! やぁっやめてってばっ……! フェルディナンっ! っ……っぁやぁっ」
「どうやら我々はお邪魔のようだ。これ以上お二人の情事を鑑賞するような無粋な真似は出来ませんから。そろそろ失礼しますよ?」
「……ああ、そうしてくれ」
フェルディナンに退出の許可を取ると、レインは一礼してから王城の兵士達を連れて直ぐに部屋を出て行ってしまい。そうしている間もフェルディナンは私を抱き続けて甘い声で鳴いて許しを請うようになっても離してはくれなかった。
*******
レイン達が退出してそれから数刻の間、抱かれ続けてようやくフェルディナンが落ち着いた頃。秘所に埋め込まれていた巨大なモノがようやく引き抜かれて私はベッドに突っ伏しながら、横で大人しく座っているフェルディナンに不満を延々と口にしていた。
「やっぱりフェルディナンなんてきらい……」
「すまない」
「は、はずかしかったんだからっ! あんな所見られてそれもあんな声を沢山の人に聞かれて……」
「そうだな。本当にすまない。悪かった。だがあれを見せないと君を正式な妻に迎えることが出来ない」
「だからってどうしてまた二回もしているところを見せる必要があるの!? 儀式的なものでってことでも見せるのは一度だけで十分でしょう?」
「すまない。余りにもつまらない話ばかりを聞かせられて、それとは相反的な君の愛らしさに抑制が出来なかった」
「っ!? でもいやなものはいやなのっ! フェルディナンのバカ――ッ!」
「すまない。君に許して貰うにはどうしたらいい? どうすれば君は許してくれる?」
「……ぃ……て」
「何と言ったんだ?」
「…………」
「月瑠、教えてくれ」
「……その儀式廃止してっ! もう遅いけど。でも次にそう言う人がいたらかわいそうだし、それにもしわたしが……フェ、フェルディナンの子供を産んでそんなことされたら嫌だもの」
「…………」
「えっ? なに? どうしたの……?」
恨み節を口にする私の反応を面倒くさがることも無く毎回フェルディナンはちゃんと話を聞いてくれるけれど。何だかこれが何時ものパターン化しつつある現状にちょっと胃が痛くなる。
そうして話をしていた矢先。キョトンとした顔で目を瞬かせながらフェルディナンがこちらを見たので思わず突っ込みを入れると、紫混じった青い瞳を刹那に揺らして暖かみすら感じる穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、まさか君の口から俺との子供の話が出るとは思っていなかった」
「……それは、例え話というか。それしか想定出来る事がなかったからその……」
「想定してくれたのか?」
「うっ……あのね? フェルディナンにはあまりそれについては聞かないでほしいというか」
「どうして俺が聞いてはいけないんだ?」
「はっ、はずかしいの!」
「そうか、分かった。だが何れは話し合いすることになるぞ? それも具体的に」
「わかってるからっ! だからいまはもうやめて~っ!」
枕元にボスッと突っ伏して両手で耳を押さえて聞きたくないと首を振ると、益々笑われてしまって。それに気を悪くした私は勢いよくフェルディナンの眼前に戻ると怒ったような口調で話題を元に戻した。
「とにかく、今はそんなことより儀式の話でしょ? ちゃんと廃止してくれるって約束してくれないなら許さないんだから!」
「分かった。それで君の機嫌が直るならそうしよう。だから許してくれないか?」
私に怒られてシュンと落ち込んだ子犬のように反省して、その大柄な身体を小さくしているフェルディナンの方がよっぽど愛らしいと思ってしまう辺り私は本当にどうかしている。惚れた弱みもここまでくると重傷なのではないか? と思えた。
か、かわいい……でもここで許したらまた同じことされそうだし……
頭の中で葛藤しつつ。どうにか甘い顔をしない方向で口調を荒げた。
「それと、わたしもうすぐで17歳になるのでもうちょっと大人扱いして下さいっ!」
「…………」
「えっと、フェルディナン? あの、どうしたの? な、なんで黙っちゃうの?」
私に年の話をされたフェルディナンが今度はびっくりした顔をして固まってしまった。綺麗な紫混じった青い瞳をこれでもかというくらい大きく見開いて放心したように動かない。先程までレインと小難しい話を繰り広げて、好戦的に立ち振る舞い。優位に人を動かしていた人と同一人物とは思えないくらいに違う表情をフェルディナンは私に見せてくれている。
戦略家で何をするにも腕っ節もよく物怖じせず堂々としている。こんな人が一回り以上年下の女の子に謝罪して頭を下げて、その上落ち込んだり驚いたりこんなに色んな表情を見せてくれるなんて――って、あれ? と私はそこにきておかしな点に気が付いた。そのフェルディナンが見せてくれるどの表情も全部……
……な、なんなのこの、いじめている感っ!?
でも、ちょっと面白い、かも……?
って、なんか違う~っ! そんなつもり無いのになのにどうしてフェルディナンのションボリした顔もっと見たいとか思っちゃったのいま?
まさかS!? Sなのわたしっ!?
「すまない失念していた。君の生まれた日は何時なんだ?」
「……へっ? あっ! それで驚いてたの?」
どうやらフェルディナンは私の誕生日を知らなかった事に酷く驚いていたようだった。確かにこの乙女ゲーム世界に来てから色々なことがあり過ぎて。そこら辺の基本的な個人情報についてを互いに確認することをすっかり忘れていた。かく言う私もフェルディナンの誕生日を知らない。
「えっとね。その、実は明日なんですよ、ね……」
「…………」
「……4月2日、だったりして……」
「…………」
言っている間、フェルディナンはまた黙り込んでしまった。何というかもう此処まで来ると破れかぶれだ。思っていたことを素直に口にするしかない。
「あーっもう! だから言えなかったのっ! だって皆やっぱり思うでしょ? 結良さんが亡くなった日が誕生日なんて。なんていうかその……」
「縁起が悪いか?」
「うん……」
「それを聞けば他の者達も少しは驚くだろうが。それが理由で君の生まれた日を否定するような事を言う者はいない。寧ろ君がその日に生まれてくれた事で、悪い思い出よりも良い思い出の方をこれから積み重ねていけるのだから。結良に関わった者達にとっては特に幸運なことだ」
「……フェルディナンってけっこう楽天的?」
「君に関してはそうでもない」
「わたしに関してはって。なんだかフェルディナン、最近どんどん意地悪になって来てる気がするのですが……」
「そう言う君は以前にも増して危なっかしくなって来ている気がするんだが」
「もうっ! どうしてそう人のことを危険人物みたいに言うの?」
「……違うのか?」
「ちがいます!」
――なんだろう? 最近フェルディナンと会話してる時ってわたし怒ってばかりいる気がする。
このままでは喧嘩ップルみたいなやりとりが普通になってしまいそうだ。そう思ってフェルディナンをチラッと見ると。その通りじゃないかと言いたげにはしていてもそれ以上は口には出さず、フェルディナンは困った顔をして大人しくこちらを見ていた。
そうして黙っている大人の恋人にプクッと頬を膨らませて怒りながら。私は喧嘩の最中にもフェルディナンの綺麗な顔に触れたくなって何気なくフェルディナンの頬に手を伸ばした。するとその手をフェルディナンに掴まれて指先を口に含まれてしまった。ちろっと優しく舐められてからそこが血判を押す為にフェルディナンに浅く切られた場所だった事を思い出す。フェルディナンが形の良い唇をそこから離すと傷が綺麗に治っていた。
「あっ、ありがとう」
癒しの魔力で傷を治してもらうのはこれで何回目だろう? と怒っていた事も忘れて感慨に耽っているとフェルディナンにゆっくりとベッドに押し倒された。
互いに何も身に纏っていない身体は今ではもうすっかり、重なり合うことに抵抗なくすんなりと馴染んでしまう。フェルディナンに胸の先端をちゅくっと吸われて揉みしだかれながら、じらされるように互いの局部の表面だけをにちゃっと擦り合わされて身体が熱くなってくる。
「……っぁまっ、て……うごかさな、いで」
ビクッと身体を反応させながら頬を赤く染めると、次に唇を優しく塞がれて手を繋がれた。じゃれ合うような軽い抱擁が愛しくて愛を確かめ合うように視線を交錯させながら、私はフェルディナンの唇にくっつきそうなくらいの近さにある距離で口を開いた。
「フェルディナンの誕生日はいつなの? わたしもフェルディナンの生まれた日、知りたい」
「生まれ月は月瑠と同じで4月29日だが」
「そっかぁ~。フェルディナンの誕生日わかって嬉しい。すごくワクワクする」
「俺のを知っても楽しくも何ともないと思うんだが。何がそんなに楽しいんだ?」
「そんなことないよ? だって、その日に何かしてあげられると思うと嬉しいよ?」
「……また何かしでかす気か?」
「ひっ、ひどい! わたしそんな変なことしないよ?」
疑いの眼差しを向けられて。それも警戒するような目で見られてしまう。こう言う時は普段の行いが物を言うのだと改めて反省しつつもやっぱり少しショックを受けて項垂れているとフェルディナンは淡々とした口調で私の頭を撫でながら優しく目を細めた。
「冗談だ。だが正直なところ君から何かしてもらうとしたら下手な冒険をされるよりは肉体的な事に従事してくれる方がよっぽど有り難いとは思うが……」
「なっ! なにそれっ!? フェルディナンのエッチ! バカー! きらいっ!」
フェルディナンの胸元を叩いてその腕の中から怒って出ようとすると何時ものようにあっさりと捕まってベッドに両手を縫い付けられてしまう。また胸元を形の良い唇に含まれて強く吸われた。
「……あっ……っん」
「君の逃げ癖は何時までも治りそうに無いな。君と寝屋を共にするのならそれなりに捕獲道具でも調達するか。それにしても王を寝床で待たせるような言動を取ることが出来る者などこの世界には君くらいなものだ」
「……フェルディナンは王様になったんだよね?」
「ああ、そして君は俺の妻に、……妃になる」
私の胸元から口を離して申し訳なさそうに目を伏せてから、フェルディナンは優しく紫混じった青い瞳を細めて私の頬を撫でた。ゆっくりと輪郭をなぞるように触れられてビクッと身体が反応してしまう。若干頬を赤らめている私を抱え込むように組み敷いているフェルディナンを見上げると、フェルディナンは落ち着いた大人の笑みを返してくる。
「……あの、フェルディナンはずっと考えていたの? 王様になること」
「それなりにはな。少なくとも国王陛下の不在が続けばレインから王位継承を迫られる事は分かっていた。だが君と関係を持つまではどうやって君を説き伏せればいいか分からなかった。一国の国王の妻になって欲しいと言えるだけの絆も繋がりもないままそれを君に告げる事は出来ないと思っていた」
私はフェルディナンをボンヤリと眺めた。話している間もまるで他人事で別次元の話をしているような感覚で。現実味が全くない。
フェルディナンが王様になったってどういうこと……?
私はそれが現実なのだと自分に分からせる為にその話を口にした。そうしてフェルディナンの話を聞いている間に、現実味のない現実がジワジワと押し寄せてきてそれが実感に変わるまで、そう時間は掛からなかった。
「わたし……フェルディナンと一緒にいていいの?」
「何故そう思う?」
驚いたように聞き返されてうーんと小首を傾げながら悩ましい顔をして私は答えた。
「何だかフェルディナンが凄い人になり過ぎて近寄りがたいのかな? 今までも十分凄い人だったけど。なんていうのかなうーんやっぱり疎外感? わたしも男に生まれればよかった。そうすればフェルディナンの考えていること少しは分かりそうだし。もう少し一緒に感覚を共有出来て楽しく過ごせそうなのになぁ~って思ったりして」
「……何だそれは」
フェルディナンに意味が分からないという顔をされてしまう。
「ただでさえ綺麗で近寄りがたいのに、王様になっちゃうなんて困るってことかな?」
「君はどうしてそう何事に対しても端的で単純なんだ? ともすれば突然こちらが思いもよらない行動を取る。不思議な人だな……」
「えっと、ハッキリと緊張感が無いっていってもらえます?」
「緊張感が無いと言うよりも、こちらの緊張感が君の突拍子も無い行動のお陰で削がれるというべきだな。それに君が男に生まれてきたらもっと無茶をしそうで困る」
「わたしそんなに沢山無茶なことしてないよ? 多少は覚えがあるけど」
「……多少、か。こんなに小さくて大して力も無い癖に事あるごとに面倒事に関わる君がそれを口にするとはな。怪我を負ったことを忘れたのか?」
「えっと、確かに何回か怪我したけどあれは全部不可抗力だよ……? それにフェルディナンがそんなに心配してくれてるなんて知らなかったし。あの時は……出会った時はずっとフェルディナンに子供扱いされてたし、わたしモブキャラだから存在感ないから平気かなと思って。そう言えばイリヤに路地裏でキスされるとは思ってなかったな。フェルディナンといいイリヤといいモブキャラに手を出すなんてお摘まみ程度の感覚なんだろうけど、綺麗な人って変わってると思っていたし。それとも愛玩動物みたいに思われてるのかなって。まさかフェルディナンが本気だとは少しも思ってもいなかった――ってなんでそんな怖い顔してるのっ!?」
「そうか。君は今まで俺のことをそう思っていたのか」
「えっと、フェルディナン、さん……?」
「何故他人行儀に呼ぶ?」
「えっと、だってね? なんかこわいです、よ……?」
「こちらが真剣に想いを告げても普段からなかなか信用してくれない君を不思議に思ってはいたが。君の事を遊び半分に手を出したかペット扱いしていると思われていたとはな。本当に想定外だ」
「あの、でもそれは本当に最初の頃の話で今はそんなこと思ってないよ? ……たまにちょっと思うときあるけど……って今のウソ! ウソだからッ! もう思ってないからっ!」
フェルディナンの様子が先程までの子犬のような様子から一変して、段々と強面な顔付きになっていく。
……ど、どうしようッ!? もしかしてわたしフェルディナンを怒らせちゃった!?
先程までとは逆転した立場に私を押し倒しているフェルディナンを恐る恐る再度見上げると、紫混じった青い瞳に影を落として恐ろしい程に鋭い肉食獣のような眼光を宿した瞳を向けられた。雄の色気と美貌が合わさった圧倒的な威圧感に怒りが混じっていてとんでもなく恐ろしい。
たっ、たべられる――ッ!
余りの恐怖にふにゃんと顔を崩して泣きそうな顔で身を丸く縮こめながら目を瞑ってプルプルと震えていると耳元に唇を寄せられた。
「夜伽ではなかなか手こずらせてくれる君に少しは配慮して手加減していたが、それ程までに俺に壊されることを切望するのなら遠慮はしない」
低い大人の男の声で囁かれてそのまま耳を食まれて全身に鳥肌が立つ。
……えっ? ちょっとまってあれで手加減してたんですか!?
「大丈夫だ。壊しても俺の魔力で治せる」
「!?」
「確か君は事の最中にもそう言っていたな? ご要望通りそれを叶えよう」
「えっ? あのっ! ちょっとまって! そんなにしたらフェルディナンだって疲れちゃ……」
「俺は軍人だ。数日寝ずに過ごす事などよくある。君に体力の心配をされる程弱くは無い」
「わ、わたしの体力は?」
「俺が癒やしの魔力で君を回復させながら保たせるようにすれば大丈夫だろう?」
「あ、あの、もたせるってどのくらい、ですか……?」
「さぁな。俺が君との行為に飽きるまでだろう。少なくとも一週間以上は掛かるだろう。何時になったら君との行為が飽きるのかは俺も分からないが」
「――ッ!」
始終怖い雰囲気を漂わせながら綺麗な顔にニッコリと笑みを浮かべているフェルディナンは今までになく意地悪で容赦ない。それも私が本当に反省するまで許すつもりはないようだった。
「……さ……ぃ」
「んっ?」
「ごめんなさい~!」
「何故謝るんだ?」
「フェルディナンがわたしのこと好きだって事、疑うようなこと言ってごめんなさいっ! もうそんなこと思えないくらい愛されてるって十分過ぎるほど分かってるから、だからお願いフェルディナンもう怒らないで……」
最後は消え入りそうなくらい小さな声で半泣きになりながらフェルディナンを見つめると、フェルディナンはハァッと溜息を付いてそれから私をあやすように優しく笑って唇に軽く口づけた。
「分かってくれたならそれでいい」
「ごめんなさい」
「分かった。もう謝らないでいい」
「わたしフェルディナンのこと好きだよ?」
「ああ、分かっているよ」
フェルディナンの淡々と返してくる大人の返事に物足りなさを感じて。私はどうにかしてフェルディナンがもっと喜ぶような事を言いたくて、してあげたくて仕方がない気持ちに駆られた。だから思ったことをありのままに言ってみる事にした。
「……愛してるの。ずっとフェルディナンと繋がってても嫌じゃ無いくらい。もっと一緒にいたいって思えるくらい好きなの。どんなに激しくされても最後はフェルディナンがもっと欲しくなるの。だから本当にフェルディナンがそうしたいってずっと抱き続けたいって言うならわたし、してもいいよ……?」
私を押し倒しているフェルディナンを自分の方へと引き寄せて、その大きくて広い背中に手を回しながら誘うように上目遣いに熱っぽい視線を送る。本気だったからそうすることになんら躊躇することはなかった。
「君の言葉責めには大分慣れてきたつもりだったが……」
フェルディナンは降参したような顔をしてそれまで私の上で少し浮かせていた身体を沈めた。全体重を私の上に乗せて抱え込むように抱き締めたまま動かなくなる。
「フェルディナン……? どうしたの?」
「そんなことを言われたら、本当に壊れるまで抱きそうになる」
「いいよ? フェルディナンにならされてもいい」
「……君はまたそんなことを平気で口にする」
「だって本気だもの」
「駄目だ」
「どうして?」
「やはり君には何時まで経っても敵う気がしない」
フェルディナンはくすりと笑ってそれからこの話は終いとばかりに軽く口づけてきた。もうこれ以上その話をしても答えてくれる気はなさそうで、私は仕方なく別の話を切り出すことにした。
「あの、そういえば、……イリヤのことどうするの? どうなるの?」
「それについてはもう時期、答えが出る」
「答えって?」
「もういいからそろそろ大人しく寝なさい。連日俺に抱かれ続けて疲れているだろう?」
「……うん」
そう言ってフェルディナンはそっと毛布を引き上げて私と一緒に毛布に包まった。どうやらそのまま一緒に寝る気のようだったけれど、私は少し心配で余計な質問を口にしていた。
「寝て、いいの? ……しないの?」
寝ていいと許可を出された瞬間。それまでの緊張が一気に解れて。次第に襲ってくる睡魔にウトウトしながらフェルディナンの分厚い筋肉に覆われた胸元にコテンと頭を預けてその力強い鼓動を聞く。ドクンドクンと聞こえてくる鼓動の力強さと温かさが余計に眠気を誘って、そのフェルディナンという存在の安心感に私はゆっくりと瞳を閉じた。
「……君は何時からそんなにするかしないか確認するようになったんだ?」
呆れたような声が聞こえてきて。閉じていた目を少しだけ開けてフェルディナンを見やると、彼は眉を顰めて私と同じように少し眠そうな顔をしている。これまでの一連のやり取りで疲れているのはフェルディナンも同じようだった。
「……だって、フェルディナンがあんまり抱くから」
「?」
「かくにん、しないといけないきがし、て……」
眠気に襲われて途切れ途切れに話している私の頭を、子供をあやすように優しく撫でながらフェルディナンはギュッと私を胸元に抱き締めた。
「俺が悪かった。だからもう大人しく寝てくれ」
「……はぃ」
「良い子だ」
子守歌のようなフェルディナンの優しい胸の鼓動と、穏やかな声に負けて私は眠りに落ちた。
「月瑠、手を此処に」
「?」
フェルディナンに呼ばれてこちらに向けて差し出されている武骨な男の手の上に、私は何の疑問も抱かぬまま素直に自身の手を乗せた。小首を傾げてフェルディナンを見上げるとフェルディナンは枕元に手を入れてそこに隠されていた短剣をスルッと取り出した。
「そんなところに短剣置いてたの!? 気付かなかった……」
「私は軍人だからな。用心の為だ」
「そっか。それで、それを何に使うの?」
「少し指先を切る。直ぐに済むから動かないでくれ」
「へっ? ゆびさきって……――っ!」
話している途中でフェルディナンが私とそして自身の人差し指の先に、流れるような無駄のない動作でスッと短剣の刃を押し当てて引いた。痛みを感じる暇が無いくらい早く。それは一瞬で終わった。
指先から出てきた血がぷっくりと盛り上がって赤い滴が流れ落ちる前に、ベッドで抱き合っている私達の隣にやって来たレインから渡された書面にフェルディナンが先に指先を押し当てた。続いて私もフェルディナンがしたように指先を擦り付けて血判を押し終わると、レインはその書面に改めて目を通してから一歩後ろに下がった。
「確かに……契約は成されました」
レインはそれまでの気心知れた態度を一変してフェルディナンに平伏した。後方に控えていた王直属の配下の兵士達も片膝を折りフェルディナンの前にザッと一斉に跪く。その鮮やかな光景に私は一瞬心を奪われた。
「これよりフェルディナン・クロス、貴方を正式に神の国の王とし、我々は貴方の配下に下ります」
「ああ、だが暫く事が片付くまで私はこの屋敷を離れない。月瑠も此処へ置いておく。王城へ移住するのは全てが片付いた後だ」
「はっ、全ては国王陛下の御心のままに……」
座してこちらへ頭を垂れるレインにフェルディナンは人を食ったような笑みを浮かべて話し掛ける。
「殊勝な事だな。私から提示された条件を即座に飲み、その上忠誠を誓うとは」
「……貴方は今までどのような好条件を積まれようとも王となることをけして承諾しては下さらなかった。誰に望まれようとも。頑なに拒絶し首を縦には振って下さらなかった。そうして将軍職の地位に甘んじていた貴方が、長年拒絶していたその地位にこうもあっさりとなることを承諾したのは月瑠様の為でしょう? 普段から人に興味を示さない貴方がそうまでして守りたい方なのでしょう? 儀式や形式的なものなど関係なく、それを我々に理解させる為にお二人の関係性を見せた。ならば我々も貴方の覚悟を受け入れます。貴方に忠誠を誓うと共に月瑠様もお守りする。それが成されなければ貴方は今度こそこの国を見限り、最悪は月瑠様と心許した者達だけを連れてこの国を出て行かれるつもりだったのではないですか?」
レインは下げていた頭を上げて強い目をフェルディナンに向けた。レインの問いかけに対してフェルディナンは相変わらずベッドの上でシーツごと私を胸元に抱き締めたまま、長い睫毛を伏せがちに静かな表情でレインを見やった。
「当主の座に就いた当初は若輩者で頼りなかったお前がそうまで私の動きを読むようになったか」
「国の将来を憂い、貴方という大きな背中を追い続けていれば自然とそうなります」
そう言うレインの湖のように澄んだ青い瞳には、純粋にフェルディナンを慕う憧れにも似た好意的な思いがハッキリと浮かんでいる。
もしかして……レインさんってフェルディナンのこと……?
そうして妙な勘ぐりをしていたら、フェルディナンが私の首筋に強く唇を押し当ててきた。私の身体に回している手をシーツの中に侵入させて素肌に手を這わせながらゆっくりと愛撫を繰り返し、果ては互いが繋がっている局部へと指先を伸ばしてくる。
「きゃっ!? フェルディナンっ!? なにをして……」
「何時も他の者達同様、口うるさいお前がそうまで私を崇拝していたとは知らなかったな」
「そうお話しても貴方は聞く耳を持たないでしょう? そもそも知るつもりもなかったのではないですか? こうして話をしている今も月瑠様以外に興味がお有りにはならないようですし」
呆れたように笑いながらもレインはフェルディナンの大胆な行動を止めるつもりはないようだ。君主の行動を諫めるでもなく仕方が無いと諦めている様子に一番焦ったのは私だった。
「フェっ、フェルディナンだめ――ッ! は~な~し~て~っ!」
涙目で訴えるとフェルディナンはくすりと笑って。それから局部にくわえ込まされている巨大なモノをズッと動かし始めた。
「ひぁっ! やぁっやめてってばっ……! フェルディナンっ! っ……っぁやぁっ」
「どうやら我々はお邪魔のようだ。これ以上お二人の情事を鑑賞するような無粋な真似は出来ませんから。そろそろ失礼しますよ?」
「……ああ、そうしてくれ」
フェルディナンに退出の許可を取ると、レインは一礼してから王城の兵士達を連れて直ぐに部屋を出て行ってしまい。そうしている間もフェルディナンは私を抱き続けて甘い声で鳴いて許しを請うようになっても離してはくれなかった。
*******
レイン達が退出してそれから数刻の間、抱かれ続けてようやくフェルディナンが落ち着いた頃。秘所に埋め込まれていた巨大なモノがようやく引き抜かれて私はベッドに突っ伏しながら、横で大人しく座っているフェルディナンに不満を延々と口にしていた。
「やっぱりフェルディナンなんてきらい……」
「すまない」
「は、はずかしかったんだからっ! あんな所見られてそれもあんな声を沢山の人に聞かれて……」
「そうだな。本当にすまない。悪かった。だがあれを見せないと君を正式な妻に迎えることが出来ない」
「だからってどうしてまた二回もしているところを見せる必要があるの!? 儀式的なものでってことでも見せるのは一度だけで十分でしょう?」
「すまない。余りにもつまらない話ばかりを聞かせられて、それとは相反的な君の愛らしさに抑制が出来なかった」
「っ!? でもいやなものはいやなのっ! フェルディナンのバカ――ッ!」
「すまない。君に許して貰うにはどうしたらいい? どうすれば君は許してくれる?」
「……ぃ……て」
「何と言ったんだ?」
「…………」
「月瑠、教えてくれ」
「……その儀式廃止してっ! もう遅いけど。でも次にそう言う人がいたらかわいそうだし、それにもしわたしが……フェ、フェルディナンの子供を産んでそんなことされたら嫌だもの」
「…………」
「えっ? なに? どうしたの……?」
恨み節を口にする私の反応を面倒くさがることも無く毎回フェルディナンはちゃんと話を聞いてくれるけれど。何だかこれが何時ものパターン化しつつある現状にちょっと胃が痛くなる。
そうして話をしていた矢先。キョトンとした顔で目を瞬かせながらフェルディナンがこちらを見たので思わず突っ込みを入れると、紫混じった青い瞳を刹那に揺らして暖かみすら感じる穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、まさか君の口から俺との子供の話が出るとは思っていなかった」
「……それは、例え話というか。それしか想定出来る事がなかったからその……」
「想定してくれたのか?」
「うっ……あのね? フェルディナンにはあまりそれについては聞かないでほしいというか」
「どうして俺が聞いてはいけないんだ?」
「はっ、はずかしいの!」
「そうか、分かった。だが何れは話し合いすることになるぞ? それも具体的に」
「わかってるからっ! だからいまはもうやめて~っ!」
枕元にボスッと突っ伏して両手で耳を押さえて聞きたくないと首を振ると、益々笑われてしまって。それに気を悪くした私は勢いよくフェルディナンの眼前に戻ると怒ったような口調で話題を元に戻した。
「とにかく、今はそんなことより儀式の話でしょ? ちゃんと廃止してくれるって約束してくれないなら許さないんだから!」
「分かった。それで君の機嫌が直るならそうしよう。だから許してくれないか?」
私に怒られてシュンと落ち込んだ子犬のように反省して、その大柄な身体を小さくしているフェルディナンの方がよっぽど愛らしいと思ってしまう辺り私は本当にどうかしている。惚れた弱みもここまでくると重傷なのではないか? と思えた。
か、かわいい……でもここで許したらまた同じことされそうだし……
頭の中で葛藤しつつ。どうにか甘い顔をしない方向で口調を荒げた。
「それと、わたしもうすぐで17歳になるのでもうちょっと大人扱いして下さいっ!」
「…………」
「えっと、フェルディナン? あの、どうしたの? な、なんで黙っちゃうの?」
私に年の話をされたフェルディナンが今度はびっくりした顔をして固まってしまった。綺麗な紫混じった青い瞳をこれでもかというくらい大きく見開いて放心したように動かない。先程までレインと小難しい話を繰り広げて、好戦的に立ち振る舞い。優位に人を動かしていた人と同一人物とは思えないくらいに違う表情をフェルディナンは私に見せてくれている。
戦略家で何をするにも腕っ節もよく物怖じせず堂々としている。こんな人が一回り以上年下の女の子に謝罪して頭を下げて、その上落ち込んだり驚いたりこんなに色んな表情を見せてくれるなんて――って、あれ? と私はそこにきておかしな点に気が付いた。そのフェルディナンが見せてくれるどの表情も全部……
……な、なんなのこの、いじめている感っ!?
でも、ちょっと面白い、かも……?
って、なんか違う~っ! そんなつもり無いのになのにどうしてフェルディナンのションボリした顔もっと見たいとか思っちゃったのいま?
まさかS!? Sなのわたしっ!?
「すまない失念していた。君の生まれた日は何時なんだ?」
「……へっ? あっ! それで驚いてたの?」
どうやらフェルディナンは私の誕生日を知らなかった事に酷く驚いていたようだった。確かにこの乙女ゲーム世界に来てから色々なことがあり過ぎて。そこら辺の基本的な個人情報についてを互いに確認することをすっかり忘れていた。かく言う私もフェルディナンの誕生日を知らない。
「えっとね。その、実は明日なんですよ、ね……」
「…………」
「……4月2日、だったりして……」
「…………」
言っている間、フェルディナンはまた黙り込んでしまった。何というかもう此処まで来ると破れかぶれだ。思っていたことを素直に口にするしかない。
「あーっもう! だから言えなかったのっ! だって皆やっぱり思うでしょ? 結良さんが亡くなった日が誕生日なんて。なんていうかその……」
「縁起が悪いか?」
「うん……」
「それを聞けば他の者達も少しは驚くだろうが。それが理由で君の生まれた日を否定するような事を言う者はいない。寧ろ君がその日に生まれてくれた事で、悪い思い出よりも良い思い出の方をこれから積み重ねていけるのだから。結良に関わった者達にとっては特に幸運なことだ」
「……フェルディナンってけっこう楽天的?」
「君に関してはそうでもない」
「わたしに関してはって。なんだかフェルディナン、最近どんどん意地悪になって来てる気がするのですが……」
「そう言う君は以前にも増して危なっかしくなって来ている気がするんだが」
「もうっ! どうしてそう人のことを危険人物みたいに言うの?」
「……違うのか?」
「ちがいます!」
――なんだろう? 最近フェルディナンと会話してる時ってわたし怒ってばかりいる気がする。
このままでは喧嘩ップルみたいなやりとりが普通になってしまいそうだ。そう思ってフェルディナンをチラッと見ると。その通りじゃないかと言いたげにはしていてもそれ以上は口には出さず、フェルディナンは困った顔をして大人しくこちらを見ていた。
そうして黙っている大人の恋人にプクッと頬を膨らませて怒りながら。私は喧嘩の最中にもフェルディナンの綺麗な顔に触れたくなって何気なくフェルディナンの頬に手を伸ばした。するとその手をフェルディナンに掴まれて指先を口に含まれてしまった。ちろっと優しく舐められてからそこが血判を押す為にフェルディナンに浅く切られた場所だった事を思い出す。フェルディナンが形の良い唇をそこから離すと傷が綺麗に治っていた。
「あっ、ありがとう」
癒しの魔力で傷を治してもらうのはこれで何回目だろう? と怒っていた事も忘れて感慨に耽っているとフェルディナンにゆっくりとベッドに押し倒された。
互いに何も身に纏っていない身体は今ではもうすっかり、重なり合うことに抵抗なくすんなりと馴染んでしまう。フェルディナンに胸の先端をちゅくっと吸われて揉みしだかれながら、じらされるように互いの局部の表面だけをにちゃっと擦り合わされて身体が熱くなってくる。
「……っぁまっ、て……うごかさな、いで」
ビクッと身体を反応させながら頬を赤く染めると、次に唇を優しく塞がれて手を繋がれた。じゃれ合うような軽い抱擁が愛しくて愛を確かめ合うように視線を交錯させながら、私はフェルディナンの唇にくっつきそうなくらいの近さにある距離で口を開いた。
「フェルディナンの誕生日はいつなの? わたしもフェルディナンの生まれた日、知りたい」
「生まれ月は月瑠と同じで4月29日だが」
「そっかぁ~。フェルディナンの誕生日わかって嬉しい。すごくワクワクする」
「俺のを知っても楽しくも何ともないと思うんだが。何がそんなに楽しいんだ?」
「そんなことないよ? だって、その日に何かしてあげられると思うと嬉しいよ?」
「……また何かしでかす気か?」
「ひっ、ひどい! わたしそんな変なことしないよ?」
疑いの眼差しを向けられて。それも警戒するような目で見られてしまう。こう言う時は普段の行いが物を言うのだと改めて反省しつつもやっぱり少しショックを受けて項垂れているとフェルディナンは淡々とした口調で私の頭を撫でながら優しく目を細めた。
「冗談だ。だが正直なところ君から何かしてもらうとしたら下手な冒険をされるよりは肉体的な事に従事してくれる方がよっぽど有り難いとは思うが……」
「なっ! なにそれっ!? フェルディナンのエッチ! バカー! きらいっ!」
フェルディナンの胸元を叩いてその腕の中から怒って出ようとすると何時ものようにあっさりと捕まってベッドに両手を縫い付けられてしまう。また胸元を形の良い唇に含まれて強く吸われた。
「……あっ……っん」
「君の逃げ癖は何時までも治りそうに無いな。君と寝屋を共にするのならそれなりに捕獲道具でも調達するか。それにしても王を寝床で待たせるような言動を取ることが出来る者などこの世界には君くらいなものだ」
「……フェルディナンは王様になったんだよね?」
「ああ、そして君は俺の妻に、……妃になる」
私の胸元から口を離して申し訳なさそうに目を伏せてから、フェルディナンは優しく紫混じった青い瞳を細めて私の頬を撫でた。ゆっくりと輪郭をなぞるように触れられてビクッと身体が反応してしまう。若干頬を赤らめている私を抱え込むように組み敷いているフェルディナンを見上げると、フェルディナンは落ち着いた大人の笑みを返してくる。
「……あの、フェルディナンはずっと考えていたの? 王様になること」
「それなりにはな。少なくとも国王陛下の不在が続けばレインから王位継承を迫られる事は分かっていた。だが君と関係を持つまではどうやって君を説き伏せればいいか分からなかった。一国の国王の妻になって欲しいと言えるだけの絆も繋がりもないままそれを君に告げる事は出来ないと思っていた」
私はフェルディナンをボンヤリと眺めた。話している間もまるで他人事で別次元の話をしているような感覚で。現実味が全くない。
フェルディナンが王様になったってどういうこと……?
私はそれが現実なのだと自分に分からせる為にその話を口にした。そうしてフェルディナンの話を聞いている間に、現実味のない現実がジワジワと押し寄せてきてそれが実感に変わるまで、そう時間は掛からなかった。
「わたし……フェルディナンと一緒にいていいの?」
「何故そう思う?」
驚いたように聞き返されてうーんと小首を傾げながら悩ましい顔をして私は答えた。
「何だかフェルディナンが凄い人になり過ぎて近寄りがたいのかな? 今までも十分凄い人だったけど。なんていうのかなうーんやっぱり疎外感? わたしも男に生まれればよかった。そうすればフェルディナンの考えていること少しは分かりそうだし。もう少し一緒に感覚を共有出来て楽しく過ごせそうなのになぁ~って思ったりして」
「……何だそれは」
フェルディナンに意味が分からないという顔をされてしまう。
「ただでさえ綺麗で近寄りがたいのに、王様になっちゃうなんて困るってことかな?」
「君はどうしてそう何事に対しても端的で単純なんだ? ともすれば突然こちらが思いもよらない行動を取る。不思議な人だな……」
「えっと、ハッキリと緊張感が無いっていってもらえます?」
「緊張感が無いと言うよりも、こちらの緊張感が君の突拍子も無い行動のお陰で削がれるというべきだな。それに君が男に生まれてきたらもっと無茶をしそうで困る」
「わたしそんなに沢山無茶なことしてないよ? 多少は覚えがあるけど」
「……多少、か。こんなに小さくて大して力も無い癖に事あるごとに面倒事に関わる君がそれを口にするとはな。怪我を負ったことを忘れたのか?」
「えっと、確かに何回か怪我したけどあれは全部不可抗力だよ……? それにフェルディナンがそんなに心配してくれてるなんて知らなかったし。あの時は……出会った時はずっとフェルディナンに子供扱いされてたし、わたしモブキャラだから存在感ないから平気かなと思って。そう言えばイリヤに路地裏でキスされるとは思ってなかったな。フェルディナンといいイリヤといいモブキャラに手を出すなんてお摘まみ程度の感覚なんだろうけど、綺麗な人って変わってると思っていたし。それとも愛玩動物みたいに思われてるのかなって。まさかフェルディナンが本気だとは少しも思ってもいなかった――ってなんでそんな怖い顔してるのっ!?」
「そうか。君は今まで俺のことをそう思っていたのか」
「えっと、フェルディナン、さん……?」
「何故他人行儀に呼ぶ?」
「えっと、だってね? なんかこわいです、よ……?」
「こちらが真剣に想いを告げても普段からなかなか信用してくれない君を不思議に思ってはいたが。君の事を遊び半分に手を出したかペット扱いしていると思われていたとはな。本当に想定外だ」
「あの、でもそれは本当に最初の頃の話で今はそんなこと思ってないよ? ……たまにちょっと思うときあるけど……って今のウソ! ウソだからッ! もう思ってないからっ!」
フェルディナンの様子が先程までの子犬のような様子から一変して、段々と強面な顔付きになっていく。
……ど、どうしようッ!? もしかしてわたしフェルディナンを怒らせちゃった!?
先程までとは逆転した立場に私を押し倒しているフェルディナンを恐る恐る再度見上げると、紫混じった青い瞳に影を落として恐ろしい程に鋭い肉食獣のような眼光を宿した瞳を向けられた。雄の色気と美貌が合わさった圧倒的な威圧感に怒りが混じっていてとんでもなく恐ろしい。
たっ、たべられる――ッ!
余りの恐怖にふにゃんと顔を崩して泣きそうな顔で身を丸く縮こめながら目を瞑ってプルプルと震えていると耳元に唇を寄せられた。
「夜伽ではなかなか手こずらせてくれる君に少しは配慮して手加減していたが、それ程までに俺に壊されることを切望するのなら遠慮はしない」
低い大人の男の声で囁かれてそのまま耳を食まれて全身に鳥肌が立つ。
……えっ? ちょっとまってあれで手加減してたんですか!?
「大丈夫だ。壊しても俺の魔力で治せる」
「!?」
「確か君は事の最中にもそう言っていたな? ご要望通りそれを叶えよう」
「えっ? あのっ! ちょっとまって! そんなにしたらフェルディナンだって疲れちゃ……」
「俺は軍人だ。数日寝ずに過ごす事などよくある。君に体力の心配をされる程弱くは無い」
「わ、わたしの体力は?」
「俺が癒やしの魔力で君を回復させながら保たせるようにすれば大丈夫だろう?」
「あ、あの、もたせるってどのくらい、ですか……?」
「さぁな。俺が君との行為に飽きるまでだろう。少なくとも一週間以上は掛かるだろう。何時になったら君との行為が飽きるのかは俺も分からないが」
「――ッ!」
始終怖い雰囲気を漂わせながら綺麗な顔にニッコリと笑みを浮かべているフェルディナンは今までになく意地悪で容赦ない。それも私が本当に反省するまで許すつもりはないようだった。
「……さ……ぃ」
「んっ?」
「ごめんなさい~!」
「何故謝るんだ?」
「フェルディナンがわたしのこと好きだって事、疑うようなこと言ってごめんなさいっ! もうそんなこと思えないくらい愛されてるって十分過ぎるほど分かってるから、だからお願いフェルディナンもう怒らないで……」
最後は消え入りそうなくらい小さな声で半泣きになりながらフェルディナンを見つめると、フェルディナンはハァッと溜息を付いてそれから私をあやすように優しく笑って唇に軽く口づけた。
「分かってくれたならそれでいい」
「ごめんなさい」
「分かった。もう謝らないでいい」
「わたしフェルディナンのこと好きだよ?」
「ああ、分かっているよ」
フェルディナンの淡々と返してくる大人の返事に物足りなさを感じて。私はどうにかしてフェルディナンがもっと喜ぶような事を言いたくて、してあげたくて仕方がない気持ちに駆られた。だから思ったことをありのままに言ってみる事にした。
「……愛してるの。ずっとフェルディナンと繋がってても嫌じゃ無いくらい。もっと一緒にいたいって思えるくらい好きなの。どんなに激しくされても最後はフェルディナンがもっと欲しくなるの。だから本当にフェルディナンがそうしたいってずっと抱き続けたいって言うならわたし、してもいいよ……?」
私を押し倒しているフェルディナンを自分の方へと引き寄せて、その大きくて広い背中に手を回しながら誘うように上目遣いに熱っぽい視線を送る。本気だったからそうすることになんら躊躇することはなかった。
「君の言葉責めには大分慣れてきたつもりだったが……」
フェルディナンは降参したような顔をしてそれまで私の上で少し浮かせていた身体を沈めた。全体重を私の上に乗せて抱え込むように抱き締めたまま動かなくなる。
「フェルディナン……? どうしたの?」
「そんなことを言われたら、本当に壊れるまで抱きそうになる」
「いいよ? フェルディナンにならされてもいい」
「……君はまたそんなことを平気で口にする」
「だって本気だもの」
「駄目だ」
「どうして?」
「やはり君には何時まで経っても敵う気がしない」
フェルディナンはくすりと笑ってそれからこの話は終いとばかりに軽く口づけてきた。もうこれ以上その話をしても答えてくれる気はなさそうで、私は仕方なく別の話を切り出すことにした。
「あの、そういえば、……イリヤのことどうするの? どうなるの?」
「それについてはもう時期、答えが出る」
「答えって?」
「もういいからそろそろ大人しく寝なさい。連日俺に抱かれ続けて疲れているだろう?」
「……うん」
そう言ってフェルディナンはそっと毛布を引き上げて私と一緒に毛布に包まった。どうやらそのまま一緒に寝る気のようだったけれど、私は少し心配で余計な質問を口にしていた。
「寝て、いいの? ……しないの?」
寝ていいと許可を出された瞬間。それまでの緊張が一気に解れて。次第に襲ってくる睡魔にウトウトしながらフェルディナンの分厚い筋肉に覆われた胸元にコテンと頭を預けてその力強い鼓動を聞く。ドクンドクンと聞こえてくる鼓動の力強さと温かさが余計に眠気を誘って、そのフェルディナンという存在の安心感に私はゆっくりと瞳を閉じた。
「……君は何時からそんなにするかしないか確認するようになったんだ?」
呆れたような声が聞こえてきて。閉じていた目を少しだけ開けてフェルディナンを見やると、彼は眉を顰めて私と同じように少し眠そうな顔をしている。これまでの一連のやり取りで疲れているのはフェルディナンも同じようだった。
「……だって、フェルディナンがあんまり抱くから」
「?」
「かくにん、しないといけないきがし、て……」
眠気に襲われて途切れ途切れに話している私の頭を、子供をあやすように優しく撫でながらフェルディナンはギュッと私を胸元に抱き締めた。
「俺が悪かった。だからもう大人しく寝てくれ」
「……はぃ」
「良い子だ」
子守歌のようなフェルディナンの優しい胸の鼓動と、穏やかな声に負けて私は眠りに落ちた。
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