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薄影メガネ

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第二章~恋人扱編~

046 矛盾した行動の裏にある気持ち

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 イリヤに抱き上げられながら私はつかに訪れた穏やかな時間を壊したくなくてどうしても本題に踏み切れないでいた。仄暗ほのぐら蝋燭ろうそくあかりだけがともる寝室には私とイリヤだけ。それも薄い夜着の姿でイリヤに扉近くで抱き上げられている何て事がフェルディナンに知られたら。それを考えるだけで胃が痛くなってくる。

 それにイリヤは神の国エルガー反旗はんきひるがえした反逆者で追われる身だ。フェルディナンが王城へ向かって不在の今。その二人が対面すれば確実に緊迫した状況が繰り広げられることは確実で――だから私はフェルディナンが屋敷を留守にしていることに少しホットしている。

「イリヤ……」
「何?」
「あのね……」
「うん?」
「その……」
「どうしたの?」
「…………」
「月瑠、もしかして俺の事揶揄からかってるの?」

 イリヤが眉をひそめて顔を私に近づけて来る。

「ちっ、ちがうのっ! 揶揄からかってるんじゃなくて……」
「じゃあ何だってそんな……」
「だって……っ!」
「本当にどうしたの?」

 こんな形で会える何て思ってもいなかったから言葉を用意していなかった。イリヤがいなくなってからの二日間。そばにいてくれないことの不安と失うかもしれない恐怖で心が壊れそうなくらい痛くて苦しかった。揶揄からかう余裕なんかない。むしろ心配でどうにかなりそうだった。
 そんな私の心情を知らないイリヤは不思議そうにキョトンとした顔で私を見てくる。こうして私を抱き上げて今一緒にいてくれるイリヤが、もうそばにいることが普通ではなくなってしまった残酷ざんこくな現状が分かっているから刹那せつなの触れ合いがいとおしくて、イリヤと再会してからずっと離れがたい気持ちが続いていた。

「こんなぐに会えると思ってなかったから……それに、凄く心配した。もう会えないんじゃないかって思ってたからだから……」

 もう一度、再会した時と同じようにギュッとイリヤに抱きついた。イリヤの首筋に顔を埋めながらそこから伝わって来る体温の温かさに酷く安心してまた涙ぐんでしまう。

「そっかそうだよね。ごめん……」
 
 優しくそう言ってイリヤはよしよしと背中をでた。 

「イリヤはどうして私に会いに来たの? 私のせいでイリヤは……」
「違うよ。月瑠のせいじゃない」
「……イリヤもやっぱり過去の異邦人ラヴァーズの事で悩んでいたんだよね?」
「うん、それはね。まあそうなんだけどさ、リリエンクローンの事にしても結良の事にしても……俺はずっと何とかしたいと思ってた。だから今がその時だと思うんだ」

 相変わらずの軽口でイリヤは何でもない事の様に言う。けれどその中にあるイリヤの本当の強さに気付かないはずがなかった。私にも大切な人を守る勇気が欲しい。そう思ったら自然とこの言葉が口からこぼれていた。

「イリヤ、私我慢する。フェルディナンと結婚したら王室に入る。皆とあまり会えなくなっても我慢出来るから私の事はもういいの。だからお願い戻って来て! フェルディナンならなんとかイリヤのことしてくれる。だからっ……」
「こぉ~らっ!」
「きゃんっ!」

 キュッと唇を噛締かみしめて決心を口にしたところでイリヤに額をピンっと指ではじかれた。小さく悲鳴を上げながら額を押さえてイリヤを見るととても怒った顔をして目をり上げている。 

「何言ってるの? そんな事絶対に出来る訳ないでしょ? というか俺が許さないけど」
「でもそうしないとイリヤが……っ!」
「あのね、そもそもそんな事したらフェルディナンが黙ってないよ。あの人はそれを阻止する為に……悪政あくせいによって作られた制約を廃止するように古代貴族達に呼び掛けた。そしてそれを反対する反対派の古代貴族達とそれに加担する者達を皆殺しにするってそう言ったんだよ? 月瑠を黙って手放す訳ない」
「皆殺し……? それってまさか……」
「うん、本当はこんな事月瑠に知らせるべきじゃないんだけどね。でもそうでも言わないと月瑠は俺達の為に王室に入ろうとするでしょ?」
「それは……」

 その通りですとは言わずもがなでイリヤには私がしようとする事がバレバレのようだ。

「だからフェルディナンがそんな事をするような行動を月瑠は取っちゃいけないんだってことも分かるよね?」
「……フェルディナンがそんな事をしようとしたのは、私が”神解かみとき”でその選択肢を増やしてしまったから? だから……」



 <――それも今までのような小競り合いでは済まされない。互いの領土を奪い合う大規模戦闘が行われるようになるだろう>


 
 以前にユーリーに言われた言葉が頭の中で繰り返される。神様の統治から解放されて人の手にゆだねられた世界には、これまでに起こった事のない大規模な争い事が起こるようになるとユーリーはそれを予期していた。そしてそれは領土の問題だけじゃない。それ以外のことが原因で起こる争い事だってあるのだとそこまで考えがおよんでいなかった。それも自分の恋人がそれを引き起こそうとしたのだと知らされて平常心でいられる訳がない。

 フェルディナンが大規模戦闘を起こそうとしたの……? だからイリヤがそれを止める代わりに……

 自分が事の発端ほったんで大切な人達がそれにどんどん巻き込まれていく。神様との取引で国に名前を付ける事が出来るようになった。それがこんなに恐ろしい現実を引き寄せてしまうとは夢にも思っていなかった。



 <――それによってもたらされるものの大きさを貴方は分かっていないようですが……>



 神様、私神様が言っていた通り本当に何も分かっていなかった……
 ……私は……どうすればいい?

 すがりつくような気持ちで心の中で神様を呼んでみても何も変わりはしないのに。呼ばずにはいられなかった。

「月瑠? 俺の話聞いてるの?」
「…………」
「月瑠っ!」
「――っふわっ!? にゃにっ!?」

 突然頬っぺたを引っ張られて変な声を上げてしまった。

「い、イリヤ? 何するのっ!」

 頬を押さえながら非難の声を上げると逆に責めるような目でイリヤから見られてうっと息を詰まらせてしまう。イリヤが向けて来る眼光の鋭さにひるんでいるとイリヤはハァッと溜息交じりに私に手を伸ばしてきた。頬を押さえている私の手にそのまま手を重ねて来る。

「また悪い事ばっかりぐるぐる考えてたんでしょ?」 
「へっ? いえ、そんなことはないですよ?」

 イリヤはゆっくりと頬を押さえている私の手を引き剥がした。
 
「そんな分かりやすい嘘つくなよ」
 
 うっ、イリヤって顔良いからそんなに近づかれると困る……

 自分から抱きついておいてなんだが少しずつイリヤとの距離が近付いていることにどうしたものかと目をらしながら何とか違う話題をひねり出した。
 
「えっと、あの、さっき言っていた反対派って? もしかして行方不明になっている古代貴族の人達は……その悪政あくせいによって作られた制約を廃止するのに反対した人達なの? 私フェルディナンからその制約については大まかな事は教えてもらったけど。何というか、そのぉ~、いまいち具体的なところが分かっていないのだけど」
「…………」 
「あのぉ~、イリヤ?」

 今度はイリヤの方が黙り込んでしまった。そのまま私を腕に抱き上げながらソファーのところまでやってくるとそっと降ろしてくれた。

「……どうしても知りたいの?」
「うん」
「その月瑠が知りたい事を俺はあんまり教えたくないんだけど」
「どうして?」
「だからさ、あ~もう! 何で君ってそう深刻な話でもどんどんお構いなしに入り込んで来ようとするんだよ! こっちが必死に隠してるっていうのにさ」

 くそっ、と忌々いまいまに舌打ちしてそれから銀髪をげるとその場にしゃがみ込んでしまった。

「えーっと、イリヤ、さん?」
 
 私の前にしゃがみ込んで下を向いてイリヤは黙ったまま動かなくなった。私より視界が下になったイリヤの頭を見下ろしながら、普段見ることのないイリヤの旋毛つむじに試しにポンポンと手を置いてみる。

「何してるの?」

 イリヤは自身の頭の上に置かれた私の手を退けようともせずにわずかに顔を上げて少しあきれた様な顔をしている。

「たまにはこういうのもいいかなと思って。何だかイリヤが落ち込んでるように見えたから」
「だからって俺の頭ポンポンするとかって君ね……俺にそんなこと出来るやつが何人いると思ってるんだよ? 俺の本業は暗殺者なんだけど」
「えっと、フェルディナンはそういう事普通にやりそうだし。バートランドさんは多分遠慮しちゃうだろうから、でもシャノンさんは幼馴染だから大丈夫そうだよね。ユーリーは身分的にされても何も言えなくなりそうだし……それで私が知らない人間関係も想定してみると多分じゅう……」
「そんなにいてたまるかよっ!」
「ひゃあっ!」

 怖い顔をして一喝いっかつしたイリヤの反応に驚いてビクついていると、イリヤはやってしまったとばかりに苦虫にがむしつぶしたような表情をしてからぐに謝罪してきた。

「いや、あの怒鳴どなってごめん。でもそれ、わざわざ数えなくてもいいからね?」
「あの、そんなに嫌だった? 頭さわられるの」

 苦笑して困った顔で私を見上げているイリヤにごめんなさいと手を引っ込めようとしてその手をつかまれた。

「嫌じゃないよ。月瑠ならしてもいい」
「いいの?」
「いいよ……」

 優しくそう言われてもまだ信じ切れなくて、確認するようにイリヤの顔をのぞき込むとくすっと笑われた。

「本当に君って、君達ってうたぐぶかいよね……それじゃあ何から始める? 何から知りたいの? フェルディナンが戻って来る前に手短てみじかに終わらせないとね」

 イリヤが言う君達とは勿論もちろん私とフェルディナンの事だ。そして話が終わったら行ってしまうかもしれないような台詞せりふを言われて、戸惑いの視線を向けてもイリヤは絶えず優しい顔をしていてそれに関して聞けないまま私はイリヤと話を再開させた。



*******



「リリエンクローンは獣人と言えど別の世界の異種族だ。いくら外見が似ていても全く別の種族のそれも異邦人ラヴァーズの彼女は獣人の中でもやっぱり目立つ存在でね。同胞どうほうと似た外見を持つリリエンクローンに心を通わせる者達も多かった。だからこそ獣人達はその死をいたみその後再び現れる事になる異邦人ラヴァーズを守る為に反乱を起こした。だけどそれも失敗に終わって彼等かれら獣人達は先代の王ローデンヴァルト・テオドールによって反乱の徒リベリオンとして追放された。簡単に説明するとそれが25年前にこの国で起きた事だよ」
「……でもそれって神様がその制約を止めるように言ったりはしなかったの? 神様が統治していた時代にそんな悪政あくせいを野放しにしておくなんて、そんなことないよね?」
 
 イリヤは私にも分かりやすいように一から話を始めてくれた。結良の話は今迄もよく出てきていたけれどリリエンクローンの話をこうしてちゃんと聞けたのは初めてだ。フェルディナンに聞いた話も表面的な部分だけ。だからちゃんと知りたかった。

「神が人間の世界に介入かいにゅうするのはまでも国をるがす程の混乱や戦いが起こる前兆を予期した時だけだ。細かな政治や法律に関しては何ら興味を示さない」
「それって神様が異邦人ラヴァーズを見捨てたって……そういうことなの……?」
結良ゆらの時もリリエンクローンの時も彼女達の死によって暴徒化し戦闘が本格化する手前の段階で神は現れ事態を収拾した」
神意しんい反目はんもくするような真似は許されていないってユーリーは以前言っていたけど……」
「神にとっては自らこの世界に導いた異邦人ラヴァーズですらも守る対象にあたいしなかったんだろうね。君を除いては――」
「……私?」
「ああ、……君に関しては別のようだね。君の呼びかけに反応して群衆の前に現れる何て前例のない事だよ。神が自ら動いて異邦人ラヴァーズの願いを叶えることなんて本来あるはずがないんだ。そしてそれは今迄の事を考えれば神にとっても有り得ない所業しょぎょうだっただろうね。だから君は異邦人ラヴァーズである事以上にこの国の権威を強めたい者達にとっては価値のある存在なんだ」
「…………」
「フェルディナンにも大まかな事は聞いているだろうけど、一度王室に入ってしまえば一歩も外へ出る事を許されず、夫と会うこともほとんどど許されない。許されているのは外交的な面会と王との謁見えっけんのみだ。国家の道具として異邦人ラヴァーズは国に飼われる事になる」
「でもそうしたら子供なんて出来ないんじゃないの?」
「だから結婚する前に子供を作るんだ。異邦人ラヴァーズを王と国に奪われる前に。王室という囲いの中に捕らわれている特質上、中には王との間に子供を作った異邦人ラヴァーズも過去にはいる」
「そんなっ! だってそんなこと許せるはずが……」
「どのような形にしろそうなってしまったとしても許すしかない。相手は国の最高権力者だ。逃げたら夫の血筋がせきを負うことになる。まあユーリー陛下の治世ちせいへと変わった今、そういうことはないと思いたいんだけどね。あの方はこの制約をよく思っていないから大丈夫だとは思うけど。でも古代貴族から制約の廃棄を拒否されてしまったからね。よく思っていなくても制約が続くのを止められない。ユーリー陛下と言えど止める事は出来ないんだよ……」

 ――かごの鳥。そうフェルディナンは言っていた。そんな場所に一生いとしい人から引き離されて生きていく。ゾクッと背筋に悪寒おかんの様なものが走った。
 
「……結良はそうなる前に亡くなった。だけどその前にいた異邦人ラヴァーズリリエンクローンは先王に奪われた。そして外交という国の重責じゅうせきを負わされ夫と子供から引き離された。過度な重責じゅうせき永劫えいごうの孤独に日に日に弱っていく彼女を誰も助けることは出来なかった……」
「イリヤは結良さんが王室に入ったらどうするつもりだったの?」
「王室に結良を入れるつもりはなかったよ」
「えっ?」
「結良を連れて一緒に国を出るつもりだった」
「……それって重罪なんじゃ……」
「そうだね。俺は昔からこういう事をする覚悟が出来ていた。だからさ、月瑠は今回の件について本当に気にする必要はないんだよ。本当だったら9年前にも同じ様に国に逆らう準備は出来ていたんだ。それにリリエンクローンは元々病弱な人だったから王室に入ってから早くに亡くなったけど、結良は元気な子だったからね。結良が長い孤独に耐えながら精神を崩壊させていく姿を見る何て俺には無理だった」
「フェルディナンは……かごの鳥って言ってた」
「うん、その通りだと思うよ。異邦人ラヴァーズは王族と結婚したらその言葉の通りかごの鳥として国家に飼われる事になる。その悪しき風習ふうしゅうを失くそうと25年前、獣人達が先王に異議を申し立てた。それこそ人間と獣人との全面戦争になりかねない状況にまで発展したけど神の介入かいにゅうによって失敗に終わり国を追われた」
「だからフェルディナンもイリヤも神様があまり好きじゃなさそうなんだね」
「ははっ、やっぱり分かるんだね。……月瑠、君が来た時からフェルディナンは古代貴族達にその制約を廃する様にずっと働きかけてきた。それを廃する案を提出して何とか穏便に終わる様にとだけど彼等はそれを拒んだ。だからフェルディナンは今度こそ神の統治から離れた世界で出来る事をしようと思ったんだと思う。悪しき風習を支持する彼等を滅ぼす為に大規模戦闘を起こしてでも月瑠を守ろうとした。でもさ、そんなことフェルディナンがしたら月瑠は悲しむだろう?」
「私は……イリヤがフェルディナンの代わりにそれと同じような事をしているのも悲しいよ?」
「うん知ってる。だけどさ、フェルディナンがやるよりはいいと思って」
「――良くないよっ!」
「でもさ、こうする以外仕様しようがないんだよ」

 どうしてそう何でもない事の様に簡単に言いきっちゃうのっ!?

「そんなの駄目だよ!」
「駄目って言われてもね。俺はここにれ合いしに来た訳じゃないんだ。月瑠がどんなに止めようとしてもそれは到底とうてい無理な事なんだよ」
 
 突き放す様な冷たい物言いにカチンときた。

「何でそんなこと言うの!? 私はイリヤが大事だからそんな事してほしくないのにっ!」
 
 どうして分かってくれないのかとつのった思いが限界を超えて、思わずイリヤの胸元の服をつかんでさぶってしまった。

「薄れかけたリリエンクローンの記憶を結良が再びよみがえらせた。そして結良の記憶を君がよみがえらせた。俺達は何度異邦人ラヴァーズを自分達の私怨しえんの為に失えば気が済むんだと思い知らされたよ。それはこの国の大半の人間が思っている事だ。口に出さずともね。それなのにりずにまたそれを繰り返そうとする奴等やつらがいる」
「でもだからって……!」
「だからこそだよ。今度こそ繰り返さない……そんなことは絶対に許さない」
「イリヤっ!」
「月瑠、君が可愛いのは十分過ぎる程分かってるし。フェルディナンと同じ位俺は君に甘いと思う。だけどこれだけは何を言っても無駄むだだよ? 俺は変わらないし変われない」
 
 私はイリヤの拒絶きょぜつと否定にあえて食い下がった。止めようのない固い決意を前にイリヤの胸をドンッと叩いて思いをぶつけた。

 だってそんな簡単に諦められない!

「……私、イリヤなんか嫌いっ!」
「そう? 俺は月瑠のこと大好きだけど」

 私は自分の吐き出した言葉にはんしてイリヤに抱きついていた。そしてイリヤはその言葉の通りに大切な宝物のように私を抱き締め返してくる。くすっと笑ってイリヤはその赤い瞳に闇を抱えて私の思いを更に拒絶きょぜつした。

「一度壊れたものを元通りに直すことは出来ないんだよ。俺は結良がいなくなった時点で終わっていたんだ」
「そんな事ない。そんな事ないよ……そんなこと言ったら結良さんだってきっと悲しむと思うよ?」

 フルフルと頭を振ってイリヤの胸元でまた少しだけ涙ぐんでしまう。

「結良の思いは君の想定している通りだろうね。だけど俺は結良の思いに素直に従えるほど、従順じゅうじゅんには出来ていないんだよ」
「……そんなの、嫌だよ……」
「正直言うとさ、月瑠の事かなり好きだよ? 異邦人ラヴァーズそばに置きたがらないフェルディナンが君にかれて何時いつそばに置いている気持ちが分かるくらいに」
「私はイリヤが考えを変えてくれないなら好きじゃない」

 プイッと怒って別の方へ顔を向けるとイリヤはくすくすと楽しそうに笑って肩をらしている。

「だからさ、俺は月瑠がそんなこと言っても好きなんだけど」
「私は好きじゃない……」
「俺は好きだよ」
「さっきは突き放す様な事言ってた癖に」
「そうだね。でもそれとこれとは別でしょ?」
「――っ! そんな事知らないっ!」
  
 互いに問答もんどうを繰り広げながらそれでも互いに抱きしめ合う手を離さないでいる。体格的には勿論もちろんイリヤの方が私より一回り以上大きいからどうしてもスッポリとその胸の中におさめられる形になってしまうけれど。イリヤが話すたびに耳に掛かる熱い吐息といきに訳もなくドキドキしながら、イリヤの方へ顔を向けると穏やかな顔をして私を見ていた。もう笑うしかない。それだけお互いが大切だと認めているのに私の口から出て来る言葉は反対の単語ばかりだ。
 
「……月瑠」
「なに……?」
「月瑠が俺を嫌っていても俺は月瑠が好きだよ?」
「…………」

 イリヤは悪戯いたずらっ子のような顔をして深紅の瞳を細めた。揶揄からかうような何時いつもの軽快な口調でささやくように優しく話しかけて来る声が、頭の中に響いて少しだけ気持ちがやわらいでくる。

 こんな場面、フェルディナンにはとても見せられないし。浮気とかそういうことじゃないけど、知られたら本当に不味い気がする……

 私はイリヤの言葉に降参したようにポスッとイリヤの胸元に頭を預けて何も言わずにそのまま身を任せた。そうして互いに口を閉ざしている中でイリヤが少しだけ私の背中に回した手に力を込めた。
 イリヤは私の事を拒絶きょぜつすることをいとわない。それなのに好きだと言い続けている。矛盾むじゅんしたイリヤの行動の裏にある気持ちが何なのかはっきりとは分からないけれど大切に思われているのは確かだと――そう思える位に私を支えるように抱き締めてくれているイリヤの手の優しさは本物だった。 
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