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第四章~大人扱編~
095 懐かしい声
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「ふうっ……やっと半分くらいまでは読めたかな……?」
フェルディナンに返してもらったお姉ちゃんの日記を読み始めてからだいぶ時間が経過していた。起きて早々に衣服を着替えると、日記を片手にソファーに座って読み始めること数時間。
お昼の時間帯に近づいて来たところで私は持っていた日記をパタンと閉じた。
一文一文を丁寧に読み解いていたから目が疲れてしまった。
日記を読んでいて唯一分かったことは、この乙女ゲーム世界に転生したときに姉が記憶を失っていたということだった。自分の名前も分からなくなっていた姉はそのときポケットの中にあったあるものに自分を投影した。
卯佐美結良という名前の書かれた生徒手帳。それを見て姉は自分を彼女だと思い込んだようなのだ。
……卯佐美結良って誰?
お姉ちゃんにそんな名前の知り合いの人いたっけ?
日記を読んでみても分からないことだらけだった。
「綺麗な文字……やっぱりお姉ちゃん書道やってただけある」
集中というか熱中し過ぎた。一息つこうと日記をテーブルに置いて、私を抱きかかえるようにして後ろにひっついているフェルディナンを見上げたら、視線がバッチリ合ってしまった。どうやら彼はずっと私の方を見ていたようだ。
「フェルディナン? どうしたの?」
驚きに目を瞬かせながら私は彼の名を呼んだ。いくら日本語が読めないからって日記ではなく私の方をずっと見ていることもないだろうに。呼ばれても不思議そうな顔でこちらを見ているフェルディナンが何となくちょっとだけボーッとしているように見えた。もしかして退屈で暇過ぎたから少し眠くなっていただけかもしれない。
「――いや、もういいのかと思ってな」
「えと、あっうん。日記の内容はだいたい半分くらいまで読んだんだけど、ほとんどは天気の話だったりとかその日何があった~っていう、普通の日記なのよね」
「気になるようなものは今のところ無いということか?」
「そうなの。日常的な事ばかりで、まったくこれといって深刻な話しは一つも書いてないのよね。今のところはだけど……」
「そうか」
「ねえ、フェルディナンは本当に結良さんとは親友だったんだよね?」
「そうだが。何故そんなことを聞くんだ?」
前にも話したことを疑うような口調で聞かれて、フェルディナンはキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。
「浮気、してないよね?」
もし結良さんイコールお姉ちゃん、とフェルディナンが少しでもそういう関係になったことがあるとしたらある意味大問題だった。イリヤが結良さんの恋人だったのは知っているけれど、そうなる前にフェルディナンとそう言う仲になった可能性も捨てきれない。とはいえ例えそうだったとしても、フェルディナンは少しも悪くはない。
「浮気……」
ポツリと呟くフェルディナンを尻目に、私はうんうんと頷いた。
まだ私はフェルディナンに卯佐美結良が姉であることを話していない。だからあまり込み入った内容については話せない。と言っても日記の内容は本当に普通の女子高生が話したがるような、とりとめの無い内容しか書かれていないし、特に隠し立てをするようなことはないのだが。どうにも気になることがある。
日記の内容の殆どはこの世界に来てから出来た親友のこと、つまりはフェルディナンの話だったり。恋人のイリヤのこととか。ごく普通の恋する女子高生といった感じ――なのだが、恋人のイリヤより親友のフェルディナンの方が登場する比率が異様に高いのである。
「わたしそのときいなかったから正確には浮気じゃないけど。でもそういう関係になったこと、あったりする? 一応親友だったわけだし。もしかしたらもしかするかもしれないし。ほらっよく言う男女の関係に友情は成り立たない的なアレとかあったりして……」
人差し指を立てて熱心に説明をしていたら、頭が痛いとフェルディナンが額に手を宛がい怖い顔をした。
「――月瑠」
「はっはい!」
思わず勢いよく返事を返しながら、だけどそんな風に疲れた顔をして、ちょっとだけ顔を曇らせている姿も妙に色っぽくて格好いい。なんて、私は懲りもせずに思っていた。美形って何でも絵になるんだなぁと、いつものように見惚れていたらフェルディナンが私の鼻先をパチンと指先で弾いた。
「きゃんっ!」
「君はまだそんなくだらないことを考えているのか?」
以前にも浮気を私に疑われたことをフェルディナンはしっかり根に持っていたようだ。
「く、くだらなく何かないもの! だってフェルディナンの付き合ってた人、わたし一人しか知らないし」
鼻を手で押さえながら涙目で反論する。
「いったいそれは誰のことを言ってるんだ?」
「エレン・テオドール」
その名前を口にした途端、表情こそ崩すことはなかったけれど、ビキッとフェルディナンの顔が固まった。
エレン・テオドールはフェルディナンの元婚約者で犬猿の仲。反りが合わなくて。婚約者同士なのにとっても仲が悪いと有名だったそうだ。だからあえてその名前を口にしたら、彼は明らかに動揺しているのが丸分かりの反応を見せた。
面白い。可愛い。どうしよう……
心の中だけでこっそりとその反応にもだえながら。そんな可愛い姿を見せてくれた夫を更に追い詰めるようなことを私は言った。
「エレン様、綺麗だったよね? それにフェルディナンのエッチな本に出てくる人たちとちょっとだけ雰囲気が似て……」
「月瑠!」
「にゃんっ」
苛立たしげに名前を呼ばれてちょっぴりビックリした。その名は口にするなと吐き捨てるようにフェルディナンが語気を強めて怒ったから。獣人化してないのに思わず猫語が出てきてしまった。
「フェルディナンて本当にエレン様のことが嫌いなんだね……」
プルプル震えながら口元を押さえて言うと。フェルディナンはムッとした顔でそっぽを向いてしまう。
「それと、わたしのエッチな本は?」
「……今度はなんの話をしているんだ?」
「だからね。わたしもエッチな本が欲しいって前にも話したことあるでしょ? アレどうなったのかなぁって思ったりして……」
「あのとき君は読書禁止になったと記憶しているが?」
「う~フェルディナンばっかりズルイ! わたしもエッチな本欲しい! 自分で選んじゃダメって言うならフェルディナンが選んだものでもいいからっ!」
「そういった類いのものを俺に選ばせるつもりなのか?」
駄目だと言われるからって、それで本当にいいのか? と、流石のフェルディナンも困惑気味だ。
「わたしだってたまにはエッチな本読みたいの。たまというかけっこうな頻度でそういうの読みたくなることあるんだけど、フェルディナンはわたしがそんなこと思ってるって知らないでしょ?」
「そう、なのか……?」
瞬きの頻度が増している。それもフェルディナンは紫混じった青い瞳を大きく見開いて。ものすごく驚いた表情を見せた。
「実践してても、たまには妄想の世界で楽しみたい時が女の子にはあるの!」
エッチが好きなのはフェルディナンだけじゃないのだと言い切ったところで、フェルディナンが口元を押さえて盛大に笑い出した。
「なっなんでそんなに笑うのよ――っ!」
「い、いや、はははっ、そんな堂々と言われてもな……困る」
「困るって……もしかしてエッチな子はイヤなの? 引いちゃった?」
ドキドキして聞き返したらフェルディナンは穏やかに微笑んだ。
「月瑠」
「な、なあに?」
「愛してる」
と、いうことはエッチな子でもOKってことか。良かったと小さく息を付いて、それからフェルディナンに寄りかかると、彼は紫混じった宝石のような青い瞳を優しげに細めた。ちょっとだけ甘えてスリスリするとおでこにキスを落とされる。
本当にどこまでも甘い人だなぁ~と思いながら。その温もりに浸かることを許してくれるフェルディナンの甘さが心地良くて何度もひっついてしまうなんて。これではまるで中毒だ。
彼は私が古びた日記を読んでいる間、ずっと大人しく静かに見守ってくれていた。ソファに座った私を自身の膝上に乗せると後ろからその逞しい両腕で抱きしめて厚い胸板に抱え込むと、そのままの姿勢で私にピッタリくっついたままずっと離れようとはしなかった。まるで雛鳥を守る親鳥のようだ。
とは言っても、待っている間に色々と工夫しながら彼が私で暇を潰していたことを、私はちゃあんと知っている。
私の肩口に顔を埋めて肩を甘噛みしながら目を瞑っていたり。私の頭に顎を乗せてグリグリしてきたり。私の腰に回している手に少し力を入れてちょっとだけ引き寄せたり。位置をずらしたりと、私にくっついたまま器用に暇を潰して遊んでいた。
その仕草の一つ一つがまるで待てと言われて大人しく従っている子犬のようだ。お陰で私は日記を読んでいる間中ずっと、可愛い夫の言動を見て見ぬ振りしながら笑いを堪えていなければならなかった。
「フェルディナンもずっと同じ姿勢でいて疲れたでしょ? お茶にする? わたし入れてくるね」
少し身体を動かした方がよさそうだ。そう思ってフェルディナンの膝上から下りようとしたのに身体が前に進まない。アレッ? と自分のお腹の方へ目を向けると、腰に彼の腕が回されたままだった。
「えっとぉ~どうしちゃったのかな?」
「俺が入れてくる。だから君はここにいてくれ」
「えっ? あ、うん分かった。ありがとう」
何だろう。フェルディナンも身体を動かしたくなったのかな?
「取りに行くついでに興味本位で道草でも食われたら面倒だからな」
「…………」
あっそう。そう言うことですか。また面倒事でも起こされたら堪らないとでも思っているんだな。
思わず唇を尖らせて半眼で睨み付けるとフェルディナンは私の頭をポンポン叩いた。そっと自身の膝上からソファーの上に私を下ろすと、口元に満足そうな笑みを湛えてスクッと立ち上がる。
「直ぐに戻る」
まあいっか。疑われるのは何時ものことだし。と、それについては何とか心の中で折り合いを付けたものの。さっきまではあんなにくっついていたのに、そうあっさり離れていかれると何だか物足りない。
クイクイと指先を動かしてフェルディナンを呼ぶと、彼は膝を折り身体を低く目線の高さを合わせるように前屈みになりながら私の唇にキスをした。
「もう寂しくなったのか?」
「違うもの」
「なら行っても大丈夫だな?」
「…………」
そう言われると許可を出したくなくなる。困らせたい気持ちがフツフツと湧いてきて。ちょっとだけ駄々っ子になってわざと唇をムーッとさせると、フェルディナンは苦笑してもう一度、頭をポンポン叩いた。
「月瑠はここで待ってなさい。いいね?」
「もう一回」
「ん?」
「もう一回キスしてくれたら大人しく待ってるかも?」
断定はしない。それでも自分の唇をツンツン突っついて、早く~! と促すと、フェルディナンは言われるままに唇を合わせてきた。
軽く重ねる程度で終わらせられそうになって、慌ててフェルディナンの後頭部に手を回して引き寄せたら、しっとりと深く唇を合わせながら舌を絡め取られた。少しの間大人のキスを交わし合い。離れた後も抱きついていたらフェルディナンも優しく抱き締め返してくれた。
「もう一回、して欲しいの」
何だかもっと欲しくなって。キュッとフェルディナンの服を掴みながらそう言うと。フェルディナンはもう一度、深く唇を合わせてくれた。ソファーに手を付き寄りかかりながら、私に覆い被さったフェルディナンは強く求めるようなキスを繰り返した。唇を割って入ってくるフェルディナンの舌の熱さと絡め取られる心地よさに頭がボーッとして。息つく間もなく舌を吸われていたら危うく酸欠状態になりかけた。
「……んっ」
激しく唇を塞がれていてよかった。正直なところ、あともう少しで口から「やっぱりわたしが行く」という言葉が出てくるところだったからだ。
構って欲しい気持ちが強いと、どうやら私は天邪鬼になるらしい。押されると逃げたくなる。というか逃げるけど、引かれると追いかけたくなる。なんて単純なんだろうと自分でもちょっと呆れながら。満足したので私は大人しく待っていることにした。
「何時になく甘えん坊だな。……どうしたんだ?」
「……何でもないの」
「そうか」
フェルディナンの胸元でその温かさを堪能してから、私はようやく許可を出した。
「早く戻ってきてね?」
「分かった。だから君はちゃんと大人しく待っていてくれ」
「は~い」
たかだかお茶を取りに行くだけなのにたいそうなやり取りをして。私がヒラヒラと手を振りやる気のない返事を返すと、フェルディナンは早々に部屋を出て行った。
――そうしてフェルディナンが部屋を出てから数分後、
「それにしてもこの日記。お姉ちゃんがわたしに伝えたいことが書いてあるというよりも。本当にどこにでもある、ありふれた普通の日記にしか思えないんだけど。でもどうしてだろう? なんだか不安感が酷くて怖い、かな……」
一人部屋に残されると、私はゴロゴロとソファーに寝っ転がりながらお姉ちゃんの日記をもう一度開いてみた。まだ読むのを再開するつもりはないのだけれど、何となく次のページを開こうとしたとき、懐かしい声が聞こえた。
「……それは、貴方が探し求めていた答えが、その先に書かれているからです」
「えっ?」
静かな声が耳朶を打ち、反射的にガバッと身体を起こして私は天井を仰ぎ見た。予想はしていたのに。そこにあった姿に驚いて日記を落としてしまった。
宙に浮いた身体を下ろして足を地面に付けると。床に転がっていく日記をその人はゆっくりとした動作で拾い上げた。
黒髪に黒い瞳。短髪で少し目尻の端が釣り上がっていてキツイ印象のとても綺麗な男の子。高校生特有の未発達な外見が男女どちらにも見える中性的な容姿は、この世界に来たばかりの頃に会った時とまるで変わらない。
全身が青白い光に包まれているその人は、私が通っていた高校の制服を着た男の子の姿で再び現れた。
フェルディナンに返してもらったお姉ちゃんの日記を読み始めてからだいぶ時間が経過していた。起きて早々に衣服を着替えると、日記を片手にソファーに座って読み始めること数時間。
お昼の時間帯に近づいて来たところで私は持っていた日記をパタンと閉じた。
一文一文を丁寧に読み解いていたから目が疲れてしまった。
日記を読んでいて唯一分かったことは、この乙女ゲーム世界に転生したときに姉が記憶を失っていたということだった。自分の名前も分からなくなっていた姉はそのときポケットの中にあったあるものに自分を投影した。
卯佐美結良という名前の書かれた生徒手帳。それを見て姉は自分を彼女だと思い込んだようなのだ。
……卯佐美結良って誰?
お姉ちゃんにそんな名前の知り合いの人いたっけ?
日記を読んでみても分からないことだらけだった。
「綺麗な文字……やっぱりお姉ちゃん書道やってただけある」
集中というか熱中し過ぎた。一息つこうと日記をテーブルに置いて、私を抱きかかえるようにして後ろにひっついているフェルディナンを見上げたら、視線がバッチリ合ってしまった。どうやら彼はずっと私の方を見ていたようだ。
「フェルディナン? どうしたの?」
驚きに目を瞬かせながら私は彼の名を呼んだ。いくら日本語が読めないからって日記ではなく私の方をずっと見ていることもないだろうに。呼ばれても不思議そうな顔でこちらを見ているフェルディナンが何となくちょっとだけボーッとしているように見えた。もしかして退屈で暇過ぎたから少し眠くなっていただけかもしれない。
「――いや、もういいのかと思ってな」
「えと、あっうん。日記の内容はだいたい半分くらいまで読んだんだけど、ほとんどは天気の話だったりとかその日何があった~っていう、普通の日記なのよね」
「気になるようなものは今のところ無いということか?」
「そうなの。日常的な事ばかりで、まったくこれといって深刻な話しは一つも書いてないのよね。今のところはだけど……」
「そうか」
「ねえ、フェルディナンは本当に結良さんとは親友だったんだよね?」
「そうだが。何故そんなことを聞くんだ?」
前にも話したことを疑うような口調で聞かれて、フェルディナンはキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。
「浮気、してないよね?」
もし結良さんイコールお姉ちゃん、とフェルディナンが少しでもそういう関係になったことがあるとしたらある意味大問題だった。イリヤが結良さんの恋人だったのは知っているけれど、そうなる前にフェルディナンとそう言う仲になった可能性も捨てきれない。とはいえ例えそうだったとしても、フェルディナンは少しも悪くはない。
「浮気……」
ポツリと呟くフェルディナンを尻目に、私はうんうんと頷いた。
まだ私はフェルディナンに卯佐美結良が姉であることを話していない。だからあまり込み入った内容については話せない。と言っても日記の内容は本当に普通の女子高生が話したがるような、とりとめの無い内容しか書かれていないし、特に隠し立てをするようなことはないのだが。どうにも気になることがある。
日記の内容の殆どはこの世界に来てから出来た親友のこと、つまりはフェルディナンの話だったり。恋人のイリヤのこととか。ごく普通の恋する女子高生といった感じ――なのだが、恋人のイリヤより親友のフェルディナンの方が登場する比率が異様に高いのである。
「わたしそのときいなかったから正確には浮気じゃないけど。でもそういう関係になったこと、あったりする? 一応親友だったわけだし。もしかしたらもしかするかもしれないし。ほらっよく言う男女の関係に友情は成り立たない的なアレとかあったりして……」
人差し指を立てて熱心に説明をしていたら、頭が痛いとフェルディナンが額に手を宛がい怖い顔をした。
「――月瑠」
「はっはい!」
思わず勢いよく返事を返しながら、だけどそんな風に疲れた顔をして、ちょっとだけ顔を曇らせている姿も妙に色っぽくて格好いい。なんて、私は懲りもせずに思っていた。美形って何でも絵になるんだなぁと、いつものように見惚れていたらフェルディナンが私の鼻先をパチンと指先で弾いた。
「きゃんっ!」
「君はまだそんなくだらないことを考えているのか?」
以前にも浮気を私に疑われたことをフェルディナンはしっかり根に持っていたようだ。
「く、くだらなく何かないもの! だってフェルディナンの付き合ってた人、わたし一人しか知らないし」
鼻を手で押さえながら涙目で反論する。
「いったいそれは誰のことを言ってるんだ?」
「エレン・テオドール」
その名前を口にした途端、表情こそ崩すことはなかったけれど、ビキッとフェルディナンの顔が固まった。
エレン・テオドールはフェルディナンの元婚約者で犬猿の仲。反りが合わなくて。婚約者同士なのにとっても仲が悪いと有名だったそうだ。だからあえてその名前を口にしたら、彼は明らかに動揺しているのが丸分かりの反応を見せた。
面白い。可愛い。どうしよう……
心の中だけでこっそりとその反応にもだえながら。そんな可愛い姿を見せてくれた夫を更に追い詰めるようなことを私は言った。
「エレン様、綺麗だったよね? それにフェルディナンのエッチな本に出てくる人たちとちょっとだけ雰囲気が似て……」
「月瑠!」
「にゃんっ」
苛立たしげに名前を呼ばれてちょっぴりビックリした。その名は口にするなと吐き捨てるようにフェルディナンが語気を強めて怒ったから。獣人化してないのに思わず猫語が出てきてしまった。
「フェルディナンて本当にエレン様のことが嫌いなんだね……」
プルプル震えながら口元を押さえて言うと。フェルディナンはムッとした顔でそっぽを向いてしまう。
「それと、わたしのエッチな本は?」
「……今度はなんの話をしているんだ?」
「だからね。わたしもエッチな本が欲しいって前にも話したことあるでしょ? アレどうなったのかなぁって思ったりして……」
「あのとき君は読書禁止になったと記憶しているが?」
「う~フェルディナンばっかりズルイ! わたしもエッチな本欲しい! 自分で選んじゃダメって言うならフェルディナンが選んだものでもいいからっ!」
「そういった類いのものを俺に選ばせるつもりなのか?」
駄目だと言われるからって、それで本当にいいのか? と、流石のフェルディナンも困惑気味だ。
「わたしだってたまにはエッチな本読みたいの。たまというかけっこうな頻度でそういうの読みたくなることあるんだけど、フェルディナンはわたしがそんなこと思ってるって知らないでしょ?」
「そう、なのか……?」
瞬きの頻度が増している。それもフェルディナンは紫混じった青い瞳を大きく見開いて。ものすごく驚いた表情を見せた。
「実践してても、たまには妄想の世界で楽しみたい時が女の子にはあるの!」
エッチが好きなのはフェルディナンだけじゃないのだと言い切ったところで、フェルディナンが口元を押さえて盛大に笑い出した。
「なっなんでそんなに笑うのよ――っ!」
「い、いや、はははっ、そんな堂々と言われてもな……困る」
「困るって……もしかしてエッチな子はイヤなの? 引いちゃった?」
ドキドキして聞き返したらフェルディナンは穏やかに微笑んだ。
「月瑠」
「な、なあに?」
「愛してる」
と、いうことはエッチな子でもOKってことか。良かったと小さく息を付いて、それからフェルディナンに寄りかかると、彼は紫混じった宝石のような青い瞳を優しげに細めた。ちょっとだけ甘えてスリスリするとおでこにキスを落とされる。
本当にどこまでも甘い人だなぁ~と思いながら。その温もりに浸かることを許してくれるフェルディナンの甘さが心地良くて何度もひっついてしまうなんて。これではまるで中毒だ。
彼は私が古びた日記を読んでいる間、ずっと大人しく静かに見守ってくれていた。ソファに座った私を自身の膝上に乗せると後ろからその逞しい両腕で抱きしめて厚い胸板に抱え込むと、そのままの姿勢で私にピッタリくっついたままずっと離れようとはしなかった。まるで雛鳥を守る親鳥のようだ。
とは言っても、待っている間に色々と工夫しながら彼が私で暇を潰していたことを、私はちゃあんと知っている。
私の肩口に顔を埋めて肩を甘噛みしながら目を瞑っていたり。私の頭に顎を乗せてグリグリしてきたり。私の腰に回している手に少し力を入れてちょっとだけ引き寄せたり。位置をずらしたりと、私にくっついたまま器用に暇を潰して遊んでいた。
その仕草の一つ一つがまるで待てと言われて大人しく従っている子犬のようだ。お陰で私は日記を読んでいる間中ずっと、可愛い夫の言動を見て見ぬ振りしながら笑いを堪えていなければならなかった。
「フェルディナンもずっと同じ姿勢でいて疲れたでしょ? お茶にする? わたし入れてくるね」
少し身体を動かした方がよさそうだ。そう思ってフェルディナンの膝上から下りようとしたのに身体が前に進まない。アレッ? と自分のお腹の方へ目を向けると、腰に彼の腕が回されたままだった。
「えっとぉ~どうしちゃったのかな?」
「俺が入れてくる。だから君はここにいてくれ」
「えっ? あ、うん分かった。ありがとう」
何だろう。フェルディナンも身体を動かしたくなったのかな?
「取りに行くついでに興味本位で道草でも食われたら面倒だからな」
「…………」
あっそう。そう言うことですか。また面倒事でも起こされたら堪らないとでも思っているんだな。
思わず唇を尖らせて半眼で睨み付けるとフェルディナンは私の頭をポンポン叩いた。そっと自身の膝上からソファーの上に私を下ろすと、口元に満足そうな笑みを湛えてスクッと立ち上がる。
「直ぐに戻る」
まあいっか。疑われるのは何時ものことだし。と、それについては何とか心の中で折り合いを付けたものの。さっきまではあんなにくっついていたのに、そうあっさり離れていかれると何だか物足りない。
クイクイと指先を動かしてフェルディナンを呼ぶと、彼は膝を折り身体を低く目線の高さを合わせるように前屈みになりながら私の唇にキスをした。
「もう寂しくなったのか?」
「違うもの」
「なら行っても大丈夫だな?」
「…………」
そう言われると許可を出したくなくなる。困らせたい気持ちがフツフツと湧いてきて。ちょっとだけ駄々っ子になってわざと唇をムーッとさせると、フェルディナンは苦笑してもう一度、頭をポンポン叩いた。
「月瑠はここで待ってなさい。いいね?」
「もう一回」
「ん?」
「もう一回キスしてくれたら大人しく待ってるかも?」
断定はしない。それでも自分の唇をツンツン突っついて、早く~! と促すと、フェルディナンは言われるままに唇を合わせてきた。
軽く重ねる程度で終わらせられそうになって、慌ててフェルディナンの後頭部に手を回して引き寄せたら、しっとりと深く唇を合わせながら舌を絡め取られた。少しの間大人のキスを交わし合い。離れた後も抱きついていたらフェルディナンも優しく抱き締め返してくれた。
「もう一回、して欲しいの」
何だかもっと欲しくなって。キュッとフェルディナンの服を掴みながらそう言うと。フェルディナンはもう一度、深く唇を合わせてくれた。ソファーに手を付き寄りかかりながら、私に覆い被さったフェルディナンは強く求めるようなキスを繰り返した。唇を割って入ってくるフェルディナンの舌の熱さと絡め取られる心地よさに頭がボーッとして。息つく間もなく舌を吸われていたら危うく酸欠状態になりかけた。
「……んっ」
激しく唇を塞がれていてよかった。正直なところ、あともう少しで口から「やっぱりわたしが行く」という言葉が出てくるところだったからだ。
構って欲しい気持ちが強いと、どうやら私は天邪鬼になるらしい。押されると逃げたくなる。というか逃げるけど、引かれると追いかけたくなる。なんて単純なんだろうと自分でもちょっと呆れながら。満足したので私は大人しく待っていることにした。
「何時になく甘えん坊だな。……どうしたんだ?」
「……何でもないの」
「そうか」
フェルディナンの胸元でその温かさを堪能してから、私はようやく許可を出した。
「早く戻ってきてね?」
「分かった。だから君はちゃんと大人しく待っていてくれ」
「は~い」
たかだかお茶を取りに行くだけなのにたいそうなやり取りをして。私がヒラヒラと手を振りやる気のない返事を返すと、フェルディナンは早々に部屋を出て行った。
――そうしてフェルディナンが部屋を出てから数分後、
「それにしてもこの日記。お姉ちゃんがわたしに伝えたいことが書いてあるというよりも。本当にどこにでもある、ありふれた普通の日記にしか思えないんだけど。でもどうしてだろう? なんだか不安感が酷くて怖い、かな……」
一人部屋に残されると、私はゴロゴロとソファーに寝っ転がりながらお姉ちゃんの日記をもう一度開いてみた。まだ読むのを再開するつもりはないのだけれど、何となく次のページを開こうとしたとき、懐かしい声が聞こえた。
「……それは、貴方が探し求めていた答えが、その先に書かれているからです」
「えっ?」
静かな声が耳朶を打ち、反射的にガバッと身体を起こして私は天井を仰ぎ見た。予想はしていたのに。そこにあった姿に驚いて日記を落としてしまった。
宙に浮いた身体を下ろして足を地面に付けると。床に転がっていく日記をその人はゆっくりとした動作で拾い上げた。
黒髪に黒い瞳。短髪で少し目尻の端が釣り上がっていてキツイ印象のとても綺麗な男の子。高校生特有の未発達な外見が男女どちらにも見える中性的な容姿は、この世界に来たばかりの頃に会った時とまるで変わらない。
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