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第二章~恋人扱編~

037 薬の副作用

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「月瑠、本当に俺が悪かった。今回の件は全面的に俺が悪い。この埋め合わせはする。だからそこから出て来てくれないか?」

 私はフェルディナンから再三さいさんの謝罪を受けてやっと毛布の中から姿を現した。毛布から少しだけ私が顔を出したことに安心して、フェルディナンはホッとしたような表情を浮かべている。女性バージョンだから綺麗なお姉さんというか美の境地きょうちたっした熟女? といった雰囲気だけれど。

「もしかして二人共私がそのままフェルディナンに流されてそういう事してたら、そのままの状態で放置していたなんてことないですよね?」
「あー、それはね。まあそうだね」
「……すまない」
「二人共やっぱりそのつもりだったんですね……」

 フルフルと怒りに震えている私とは対照的に、シュンとした様子で項垂うなだれている女性バージョンのフェルディナンは妙に可愛い。髪型は男性の時より若干じゃっかん長いけれどほとんど同じ位で、全体的に短く切りそろえられていてサイドが少し長めになっている。丸みのある柔らかい女性の身体からは、ふんわりとした花の香がただよってきそうな位に綺麗で可愛いから、最終的にはどうしても甘くなってしまう。

「はぁっ……分かりました。もうこれ以上追及はしないけど……でも次にまた同じような事があったら私、この屋敷を出て何処どこか遠くにいっちゃいますよ? 基本的に異邦人ラヴァーズは制約が一切ないから何処どこへでも好きなところに出入り可能な自由人なんだし。”神解かみとき”で神様の統治が終わったとはいえ、異邦人ラヴァーズの自由に関する法律は残されたままだもの」
「……分かったもうしない。だからそろそろ機嫌を直してくれないか?」

 この乙女ゲーム世界では異邦人ラヴァーズの行動の制約を一切しない設定がなされている。始めはそういうものなのだろうと、漠然ばくぜんとそう思っていただけだった。乙女ゲーム世界だから何の理屈もなく理由もなく不思議な事があるものだと、そう思って納得してしまっていた。けれどこの世界で生活していくうちに、皆の話を聞いていてその実態が何なのかが少しずつ分かってきた。

 異邦人ラヴァーズの行動の制約を一切しない設定は、この世界を創造した神様が作り出した法律で、それは世界中の全ての国で統一されている。そしてその法律は神の統治が終わった後もそのまま残されている。
 この乙女ゲーム世界も元いた世界と同じ現実にある世界なのだと、少しずつこの乙女ゲーム世界を知る度に私は思い知らされていく。

「本当にもうしない?」

 疑うような目で毛布の中からフェルディナンを見上げてしまう。

「しない。約束する」
  
 まだ怒りが収まらなくて毛布の中からジトッと責めるような目をフェルディナンに向けると、フェルディナンは苦笑しながら私をそっと布団の中から引っ張り上げて自身の方へと抱き寄せた。 
 イリヤはあまり反省していない気がするけれど、フェルディナンは十分に反省しているようだったからもういいことにした。本来なら実家に帰らせていただきますと言う場面で、肝心かんじんの実家が別世界にあるのだからどうしようもない。
 
「……還元剤かんげんざいでしたっけ? 還元かんげんってことはそれを使うと男の姿に戻るってことですよね? 今の姿のフェルディナンに会えるのは一年後になると思うと少し残念……というか何だかとっても勿体無もったいない気がする」
勿体無もったいない?」
「うん、とっても勿体無もったいない気がする」

 そうは言ったものの、発情はつじょうされて襲われる方としてはたまらない。でも名残惜なごりおしさについつい私はイリヤがいる前でもお構いなしに、フェルディナンのふんわりした胸元にキュウッと抱きついてしまった。

 あ~、やっぱり気持ちいい。ふわふわ~。男の姿の時とは違うなぁ。

 短絡的たんらくてき思考しこうになりながら、フェルディナンの柔らかい身体に顔を埋めて、ふにふにした感触を楽しんでみる。何となくモソモソと小さく動きながら面白くてあちこちさわってしまう。ふれられているフェルディナンは少しだけくすぐったそうに顔をしかめながら、暫くの間何も言わずに私を静かに見下ろしていたけれど、やがて私の長い黒髪に指をからめてゆっくりとした動作できながらつぶやくように話し始めた。

「……君はこの姿が嫌いなのかと思っていたが」
「えっ? 私はどっちの姿も好きですよ。でも女性の姿で襲われるのはちょっとまだ覚悟が……」

 すみません。覚悟がまだ出来ていません……それに男性ともそういう経験がないのに女性と先にそんなことになったらすっごく複雑な心境になりそうな気がする。

 フェルディナンに嫌いという言葉を口にされて私は自分が言った言葉を思い出した。フェルディナンは数時間前に嫌いという単語を私に連発された事を、私が思っている以上に気にしているのかもしれない。

「私はフェルディナンがどんな姿でも好きですよ」
「…………」

 素直な気持ちを言ったのに何故か無言で、それもフェルディナンは不機嫌そうな顔をして眉をひそめている。

「あの……?」

 話し掛けると疑うような目を向けられてしまった。何時いつの間にか先程と立場がすっかり逆転してしまっている。

「もしかして私が嫌いっていったから?」
「…………」

 ――どうしよう、これってもしかしてフェルディナンねてる? でも何だか何時いつものフェルディナンらしくないような……

「えっと、あれは本当に嫌いな訳じゃなくて。そのいろいろと恥ずかしかったし、勢いでその、……だから嫌いなんて嘘ですよ?」
「そうか」
「だからその……好き、ですよ?」
「――俺は君から別の言葉が聞きたい」
「えっ? 別の言葉というと?」

 フェルディナンの聞きたいことが本当に分からなくて私は少しだけ首をかたむけた。何だろう? と思ってフェルディナンを見て私は彼の顔が赤くなってきていることに気が付いた。性欲を抑えて相当に我慢しているようだけれど、それをおくびにも出さないのはきっと私にこれ以上嫌いだと言われたくないからだろう。
 そうしてくれるのはきっと私のことを大切に思ってくれているからで、何でそう思ってくれているかというと……そこまで考えて私はやっとその気持ちの正体が、フェルディナンが欲しいと思っている言葉が分かった。

「……愛してる」

 女体化にょたいかして不安定になっている時期に、それを確かめずにはいられないくらいフェルディナンを不安にさせてしまったのかもしれないと少し反省して、私はフェルディナンのひたいに優しく口づけてその頭ごと胸元に抱き締めた。

 ――そう言えば、イリヤがいるのにフェルディナンずっと自分のことをじゃなくてっている。イリヤだから気を許してるのもあると思うけど、でももしかしたら思っていたよりもかなり無理してる?

 そう思って胸元に抱えているフェルディナンを見ると、嬉しそうに綺麗な笑みを浮かべて私を見上げていた。

「俺も君を愛してる」

 二人の世界に入って情熱的に見つめ合う私たちの会話を、存在を忘れ去られたかのようにずっと目の前で見せられていたイリヤが、にがい顔をして私たちの会話に割って入った。

「はいはい、相思相愛そうしそうあいなのはよく分かったから。とにかく、フェルディナンは女体化にょたいか還元剤かんげんざい飲んで。いくら女で襲う気持ちが男の時よりも少し緩和されているとはいっても、女体化にょたいかしてから結構な時間が経っているし、もうそろそろ耐えられなくなってきてるんでしょ?」
「……そうだな」

 イリヤが言っている通り、フェルディナンの顔は興奮で先程よりも大分だいぶ赤みが増してきている。少し汗ばんでいる頬も触ってみると熱を帯びている。これは早く対処しなくてはまた襲われかねない。私は静かにフェルディナンから身を引いた。

「ああ、そうだ月瑠。ちなみに還元剤かんげんざいを飲めば明日の朝には元の姿のフェルディナンに戻っているはずだけど、それまでは薬の影響で大人しく寝ていることになるからね。あとフェルディナンが起きた時は少し何時いつもと様子が違うと思うけど、大丈夫だから心配しないでいいよ」
「そうなの? ……じゃあ私は邪魔にならないようにそれまで自分の部屋に戻っているから、フェルディナンは大人しく寝ていてね? 明日の朝にはまた様子を見に来るから」

 小さい子供に言い聞かせる様な口調でフェルディナンに話しかけていると、イリヤが小さな包み紙を差し出してきた。

「はい、これ」

 それは簡易的なオブラートのように半透明な紙に包まれている薬だった。薬包紙やくほうしの中には白い薬剤が入っているのが薄っすらと見える。

「これって、還元剤かんげんざい……?」
「そうだよ」 
「あのっ、これってそのまま飲めるの? お水は必要ない?」
「水はサイドテーブルに置いておいたよ」
 
 イリヤから還元剤かんげんざいを受け取りながら私は言われた通り、ベッドの横に備え付けられているサイドテーブルに目を向けると、そこには何時いつの間にか水の入った小さなコップが置かれていた。

 さっきまではなかったはずなのに……

 普段からイリヤの動きは隙が無さ過ぎるし手が早い。今は王命おうめいにより私の警護をしているけれど、平時へいじは情報屋として動く一方でその本業は暗殺者。常人じょうじんの動きとは異なるその神出鬼没しんしゅつきぼつで人の不意を突くようなところには大分だいぶ慣れてきたはずだったのに、こうしてまた驚かされてしまう。

「ありがとう……えっと、それじゃあフェルディナン口を開けて?」

 イリヤから差し出された還元剤かんげんざいをフェルディナンに飲ませようとして口の前までもっていく。けれどフェルディナンはかたくなに口を閉ざしたまま開けようとしない。

「えっと、あの……フェルディナン?」

 フェルディナンはうつろな様子でふらふらと私の腰に手を回してきた。その危うい感じからは想像出来ない位に強く、ガッチリとつかまれて少し戸惑ってしまう。そしてその豊満ほうまんな体をり寄せるようにフェルディナンはピッタリと私にくっ付くと、静かな声でつぶやいた。

「薬……」
「えっ?」

 随分ずいぶんとフェルディナンの口調がたどたどしくなってきている。先程から一言もしゃべらないと思ったらこれは相当に不味そうだ。

口移くちうつしで、飲ませてくれたら行っていい」
「……口移くちうつ、し……」

 言われた言葉を繰り返して私は放心してしまった。それが最大限の譲歩じょうほだとフェルディナンが大きな紫混じった青い瞳でうったえてくる。熱っぽいうるんだ瞳で見つめられて私は困り果ててしまう。
 女バージョンのフェルディナンはとにかく甘えん坊のようだ。私にくっついているのが当たり前だとでもいうように、男の時以上にやたらと私の体に腕をからませてくる。それもその仕草しぐさが可愛すぎて外見的にも内面的にもとても45歳の女性? には見えないのだから本当に困る。

 ……これは一体何という新種の小動物なのでしょうか? 感触はふわふわしててその上可愛くて綺麗だし。あ、そっかこれってそのまま女の人に対する感想そのままだ。それも芸能人とかモデルとかそういう突出して綺麗な女の人に抱くような感想ですよねこれ。

 小動物とはいってもフェルディナンの場合はかなり大柄なのだけれど、それに目をつむっても余りある魅力にこっちが圧倒されて過ぎて不味い――

「あ~、もうっ! イリヤっ!」
「何?」
「いますぐに部屋を出て下さい! お願いしますっ!」
 
 私が半ば自棄やけになっているのを見て、イリヤは苦笑しながら言われるままにさっさと部屋を出て行った。まさか口移くちうつしで還元剤かんげんざいを飲ませることになるとは思ってもいなかった。

 残された私は女バージョンのフェルディナンに数時間前のやりとりの時と同じ、濃厚な口づけで還元剤かんげんざい口移くちうつしで飲ませた。
 そうしてやっとのことでフェルディナンから解放されて、彼の部屋を出るまでに小一時間程かかったことはイリヤには言うまいと私は固く心に誓った。



*******



 翌朝、私がフェルディナンの部屋を訪ねるともうすっかり元の彼に戻っていた。
 自室のベッドで横になっているフェルディナンは、女性の体から本来の男性のものへと変異へんいしたフェルディナンは、女の細く丸みのある顔から男の力強く精悍せいかんな顔立ちへ。そして細く妖艶ようえんな男を誘うサキュバスのような女の肉体から分厚い胸板とたくましい二の腕を取り戻し、筋肉に包まれた強靭きょうじんな男の肉体へと戻っている。

「フェルディナン?」

 名前をそっと読んでみたけれど返事がない。様子がおかしい事に気が付いて私はベッドで横になっているフェルディナンに近づいた。フェルディナンは全身に汗をかいて力なく横たわっている。
 肩で荒く息をしていて顔も赤くねつを持っているようで、確かめる為にそっとひたいさわってみた。ひたいさわった瞬間、フェルディナンのねつれた指先にうつってあつくなる。

還元剤かんげんざいって薬だからもしかして副作用が出てるの? そういえばフェルディナンが起きた時は少し何時いつもと様子が違うと思うけど、大丈夫だから心配しないでいいよってイリヤに言われてたっけ」

 とりあえず私は急いで屋敷の使用人にお願いしてタオルと水桶みずおけを持ってきてもらった。ベッドに力なく横たわるフェルディナンの横に椅子を運んできて腰を下ろす。ぐったりとしているフェルディナンを起こさないように私は静かに近づいた。大量の汗で着ている服が体に張り付いて、彼のきたえ抜かれた筋肉を浮き上がらせて見事な造形があらわになっている。目をせて体中から発する熱に顔を赤く染め上げながら、口を開けてぜぇぜぇと息をしている姿は男性にしてはあまりにも色香が強い。

 ――どうしよう……フェルディナンが、フェルディナンが可愛すぎるっ!

 間近で見るぐったりとしたフェルディナンのその無防備な姿に、口元に手を当てて身悶みもだえする程にはまってしまった。苦しんでいるフェルディナンを前に何てことを考えているんだと、私は頭を横に振って何とか自分の頭の中の雑念ざつねんを振り払う。

 今はそんなこと考えてるときじゃないんだってば!

 それにしてもフェルディナンの容姿が半端なく良いのは分かっていたけれど、汗ばんだ顔に張り付く金の髪や汗でぐっしょりとれた服が肌に張り付いているこの姿は、男にしてはあまりにも色気がありすぎる。

「どうしてこう刺激が強いのかな……この人は」

 フェルディナンの熱に震える長い睫毛まつげに水滴がついている姿や、汗で張り付いた衣服、そして苦し気に少し開かれた口かられる声。何度も頭を振って聞かないように見ないようにしていても気になり過ぎて困る。フェルディナンの汗をぬぐおうにも、どうにもやましい気分になって集中出来なくなりそうだ。とはいえかないで放っておくことも出来ない。

「フェルディナン? あの、体をくからちょっとの間だけ我慢してね?」

 多分熱のせいで聞こえてはいないだろうけど、私は一応断りを入れてから汗をこうとしてタオルを持つ手をフェルディナンの身体に手を伸ばした。

「……月、瑠……?」
「!? フェルディナン起きたの?」

 伸ばした手をガシッとつかまれて、手にしていたタオルが落ちる。体から熱を出して寝込んでいる人間とは思えないくらいの強い力でつかまれて動揺してしまう。

「あの、フェルディナン? だいじょ――きゃあっ!」

 フェルディナンは無言のまま私を引っ張ってベッドの中に引きずり込むと、その汗ばんだ両腕を私の身体に回して抱き締めてきた。フェルディナンがれているところからあつすぎる位のねつがジンジンと伝わってくる。

「くっ!」

 私を強く抱きしめながらフェルディナンは苦しそうな声を出して、何かに耐えるような表情を浮かべている。

「フェルディナン? 大丈夫、じゃないよね? 誰か呼んでくるから手を放して?」

 あまりにも様子がおかしいから本気で心配になる。誰かを呼ぼうにもフェルディナンに強く抱き締められてして身動きが取れず。放すようにお願いしても一向いっこうに手が緩む気配はない。

「フェルディナンお願い手を放して? そうしないと呼びに行けな――」
「あー、やっぱりきついよね。まだ女体化にょたいかしていた方が良かったんじゃない?」

 どうしたものかと途方に暮れていたところで、のんびりとした声が後方から聞こえてくる。振り向くと部屋の扉に寄りかかっているイリヤがいた。わたりにふねでホッとしてしまう。
 フェルディナンが手を放してくれないので、ベッドの中でフェルディナンに抱きしめられた恰好のままなのは不本意だけれど。緊張して強張こわばった肩の力を少し抜いて、私は相変わらずマイペースに軽快な様子のイリヤに疑問をぶつけた。

「きついってどういうこと? だって女体化にょたいかがおさまればもう大丈夫なんでしょ? なのに昨日よりも状態が悪化しているように見えるんだけど、熱も出ているみたいだし……これも薬の副作用なの?」

 少しでもこのフェルディナンの状態を把握はあくして気持ちを落ち着かせたくて、イリヤならきっと答えを知っているだろうと期待を寄せてしまう。けれどイリヤから返って来た答えは思いもよらないものだった。

「あのさ、もう大丈夫なんて俺は一言ひとこともいってないんだけど」
「……えっ?」
「もしかしてフェルディナンからちゃんと聞いてないの?」
「えっと、そう言えばフェルディナンが還元剤かんげんざい説明している途中で私がその話を中断させちゃって……」

 確かフェルディナンは<最も君が望むような抑制剤よくせいざいはない。還元剤かんげんざいならあるにはあるんだが……>とか言っていたけど……

「あのさ。月瑠が襲われるならどうしても女性よりも男性の姿の方が良さそうだったから使用することに俺は反対しなかったんだけど。今更って気もするけど……一応、説明しておくとさ、還元剤かんげんざいは月瑠が言う様に薬だからそれなりに副作用があるんだよ」
「えーっと、襲われるのは女性でも男性でもどちらも遠慮したいのですが。あと、薬の副作用って――それって熱が出るとか、身体に倦怠感けんたいかんを感じるとか、吐き気をもよおすとか……そういった感じのものなの?」
「うーん、少し違うかな」
「…………」

 嫌な予感を覚えて私はベッドの中でフェルディナンに強く抱き締められながらおそるおそるイリヤを見上げた。

「元の男の姿に戻るといってもまで女体化にょたいか還元剤かんげんざいってことだから姿形は戻っても生殖時期せいしょくじきはそのままなんだよね」
「はいっ?」
「だからさ。姿が男に戻るだけで欲情よくじょうというか、発情はつじょうしっぱなしって訳」
「……はいっ?」
「だからさ――」
「ちょっと待って、イリヤ」
「何?」
「それを私にどうしろと言うのですか?」
「それは勿論もちろん、月瑠が相手をするしかないよね」

 まさか前にも一度聞いた言葉をイリヤの口から再び聞く事になるとは。私は感覚が麻痺したかのように表情を消してイリヤを見た。

「もう一度言って頂けますか」
「……月瑠が相手をするしかないよね」

 イリヤが気まずそうな顔をしてこちらを見ている。私はイリヤに復唱してもらった言葉を頭の中で繰り返しながらフェルディナンの方へと視線を向けた。私とイリヤの会話を多分あまり聞いていないフェルディナンの頭を優しくでながら、とりあえず自分を落ち着かせようと頑張ってみる。

「うん、分かってる。分かってるんだけど……ね」
「大丈夫?」

 真紅のルビーのように赤いイリヤの瞳が少し心配そうにれている。長い銀髪が目にかかったのか、わずかに目を細めながらイリヤが顔を近づけてくるのを私はボーと眺めていた。

「……あまり、大丈夫じゃないかも」
「そうみたいだね。でもその割には落ち着いているみたいだけど」
「そう見えますか?」
 
 淡々たんたんと感情のこもらない声でにっこり笑ってそう言うと、イリヤは何も言わずに静かに首を横に振ってみせた。 
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