乙女ゲーム世界で少女は大人になります

薄影メガネ

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第二章~恋人扱編~

♂035 女性でもありですか?

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 結局私はフェルディナンに押し切られる形で彼の女体化にょたいかにつき合わされる事態におちいった。けれど心の準備なんて出来るものではなかった。
 好きな人とはいえ見た目はGLガールズラブになるわけだし。どんなものなのか正直なところ想像もつかない。

「……分かりました。とりあえず明日は女体化にょたいかしたフェルディナンをちゃんと面倒見ますから、もう寝させてください」

 何だか物凄く疲れた……

「まあ月瑠がそう言うなら俺はこれ以上何も言わないけど。じゃあ俺はもう行くよ?」

 少しだけ大丈夫? と私の様子をうかがっているイリヤに私は目をつぶって力なくうなずいた。

「はい、もうそう言うことにしておいてください」 
生殖時期せいしょくじきを迎えて女体化にょたいかしたフェルディナンの相手は月瑠にまかせるけど一応様子は見に来るからさ。そんなに不安な顔しないでよ」

 優しいお兄さんの顔をしてイリヤは仕方ないなと言うように腰に手を当てて苦笑している。

「……うん」
「じゃあ、お休み」

 退出するイリヤに私は「お休みなさい」とつぶやきながら、ぐったりとした様子で手を振った。私の部屋から出て行くイリヤを、フェルディナンの頭を胸元に抱えながらベッドの上で見送って。それから私は小さく溜息を付いた。

「そう言うことなので、フェルディナンももう今夜は寝て下さい。私ももう寝ますから」
「そうだな……」

 胸元に抱えているフェルディナンの顔に視線を落として、フェルディナンの顔を見ると「待て」と言われて大人しく待っている子犬のように、物欲しげな少し不安そうな顔をしていることに気が付いた。私は思わず困ったような表情を浮かべて笑ってしまった。

「……おやすみなさい」
 
 そう言って私は胸元に抱えているフェルディナンの額に軽く口づけてから、ようやくフェルディナンを胸元から解放した。そうして全ての話を終わらせて布団に入ろうとしたところで、フェルディナンの手が伸びてきた。私を抱き締めるようにして腰へと手を回されてしまう。

「フェルディナン?」

 どうしたのかと思わず声を掛けながらも、少しだけ恋人同士の抱擁ほうようを交わしてそのまま大人しく退出するものだとそう思っていたら――そのままヒョイッと抱き上げられた。

「……え?」

 その行動の是非ぜひう暇もなくフェルディナンは私を抱き上げたまま素早くベッドから降りてしまった。不意打ちのようなフェルディナンの行動に、私が間抜けな声を出して抱き上げられたまま茫然ぼうぜんしている間も、フェルディナンは私の部屋を出て行く方向へと足を進めている。  

「ど、どこに行くんですかっ!?」

 何とか我に返って慌ててフェルディナンの胸元の服をつかんで注意を引いた。
 
「明日にも生殖時期せいしょくじきを迎えて女体化にょたいかする時に、君と離れる何て出来る訳がないだろう」
「あのっ! それって、まさか、……今からフェルディナンの部屋に行くなんて言わないですよね?」

 フェルディナンは紫混じった青い瞳を楽しそうに細めている。

「そうやって止めようとしても無駄だぞ? 力ではどう足掻あがいても君は俺にかなわない」
「――っ!」
「大丈夫だ。言っただろう? 理性が飛ぶような時期に君を無理やり抱いたりはしない。だが、それなりに手は出させてもらうが」
「それなりに手を出すって……」

 それってほぼほぼ抱くようなエッチなことするってことですよねっ!? 冷静じゃない! 絶対に今フェルディナン冷静じゃないですよねっ!?

「フェルディナン、あのちょっとまってほし……」
「悪いが逃がすつもりはない」
「あの、でも……」
「もうそろそろ黙らないと無理やりその口をふさぐことも出来るんだが。君は今此処ここでそれをしてほしいのか? 俺は一向いっこうに構わないが」 
「~~っ!」

 反射的に手を口元に当てて駄目と首を振るとフェルディナンは少しだけ残念そうな顔をして、唇の代わりに私の頬に軽く口づけてから歩みを再開してしまう。そうして私はあっさりとフェルディナンの部屋に連れて行かれてしまった。 

 フェルディナンの部屋に付いた後、一緒のベッドに入ってから私は彼の方を見る事が出来なかった。布団の中でちぢこまりながら耳を押さえて外界がいかいの音を完全に遮断しゃだんして、全てなかったことにしたいと思いながら丸まって過ごしていた。と言ってもフェルディナンの両腕は私の腰にガッチリと回っていて、おかげで私は一睡も出来ずについに翌朝をむかえてしまった。



*******



 朝の日差しがカーテンを通して室内に明るくふりそそいでいる。目覚まし時計のないこの乙女ゲーム世界では何時いつもならそれが起きる合図になるのに。私はまだ布団の中で丸くなって起き出せないでいた。
 私と一緒にベッドで眠っているフェルディナンの方へと目を向けるのが恐ろしくてたまらない。私の腰に回されているフェルディナンの両腕が心なしか何時もよりほっそりとしているように感じるのは気のせいだろうか? 
 女体化にょたいかしているかもしれない恋人を見る勇気がどうしても出てこない。そうして頭までスッポリと布団の中に入れて引っ込んでいると、隣で寝ているはずのフェルディナンがもぞもぞと動き出した。

「……ん」

 フェルディナンの声に驚いて思わずビクッと肩を震わせてしまう。

 何っ!? 今の色っぽい声は!?

 今聞こえてきたのは確かに女性の声。それも偉くエロっぽいというかアダルトというか……私は昨日に引き続きまた涙目になっている自分のこれからを想像して、やっぱり逃亡をはかろうかと考えだしていた。

 今ならまだ遅くないはず……だよね?

「……おはよう月瑠」

 どうやら遅かったらしい。私は布団の中に頭までスッポリと入ってくるまっていたから、フェルディナンが今どうなっているのかを見てはいない。けれど聞こえてくる甘く透き通るような美声びせいだけで、事態がどうなっているのか何となくは分かった。

「……お、おはようございます?」
「何故疑問形なんだ?」

 私は相変わらず布団の中に引きこもったまま、次第に早くなっていく鼓動こどうが耳にまでドクドクと響き出して半ばパニックにおちいる寸前になっていた。

「…………」

 どうしようっ!? どうすればいいのっ!? 

「月瑠? 出ておいで」

 そんな私の状態など露知つゆしらずフェルディナンは女の声で優しく話しかけてくる。

「…………」

 それでも一向いっこうに布団の中から出ようとしない私に、フェルディナンはついに行動に出た。

「仕方ないな……ほらっ」
「わきゃっ!」

 バサッという音が室内に反響した。ついに毛布を引っぺがされて私は目をつぶってプルプルと体を震わせながら、フェルディナンの前で何故か正座してうつむいてしまう。反省でもしているような恰好で対面してはいるものの、どうしてもフェルディナンを見れない。

「月瑠こっちを見なさい」

 フルフルとかぶりを振ってかたくなに目を閉ざしてしまう。

「む、ムリです~」

 泣きそうな声を出して私は少しだけフェルディナンから後退した。緊張し過ぎて心臓に悪い。フェルディナンからもっと離れようと体を更に後方へ動かそうとして、逆にフェルディナンに捕まってしまった。スルッと私の腰をつかんで有無を言わせず強引に引き寄せられてしまう。
 そしてフェルディナンは私のあごつかんでクイッと自分の方を見るように上向かせた。そうされても目を開けようとしない私のまぶたにフェルディナンは優しく唇を押し当ててきた。

「月瑠……」
 
 優しく名前を呼ばれて。私はついに目を開けてしまった。
 視界に入って来たのは何時いつものフェルディナンではなかった。金の髪に紫が混じった青い瞳、そして眉尻の古傷は変わらずそこにあるものの、彼は線の細い女性らしいはなやかな雰囲気をまとった女の顔をしていた。それも絶世の美女といわれても可笑しくないほどの。
 出るところが出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。豊満ほうまんな丸みのある体つきは何処どこからどう見ても女性の肉体そのもの。男性の時も完璧な肉体美にくたいびほこっていたのにその完璧さは女性になっても健在けんざいだった。私は自分の顔が更に赤くなっていくのを止められなかった。

 どうしよう、まともにフェルディナンの顔が見れない……

 フェルディナンが余りにも綺麗な女性になり過ぎて私は固まって動けなくなってしまった。男性の時も他を圧倒する迫力ある美丈夫びじょうふだったけれど、女性のフェルディナンは女神のような美しさだ。声も女性のものにすっかり変わってしまっている。そしてやはり外見年齢は45歳にはとても見えなかった。目の前にいるのはどうみても30代前半か半ばといったところの綺麗な女性だった。
 ――が、ここで一つだけ問題が発生していた。フェルディナンが男性の時に着用していた服は大きすぎて、女体化にょたいかしたフェルディナンの上半身からすっかりずり落ちてしまっている。

「お願いですから、少しは危機管理と言うことを覚えて下さい……」

 私は危険極まりないフェルディナンの丸見えの上半身にずり落ちてしまった服を引き上げてなんとか着せ直した。大人しく服を着せられながらフェルディナンは不満そうな顔をしている。

「それは君の方がよっぽどだと思うが」
「私はちゃんと洋服着てますよ?」
「……そう言う意味じゃない」

 前にもしたことがある同じような会話を繰り返しながら、私はそっとフェルディナンから視線を外した。まさかフェルディナンの女性版の上半身き出しの姿をおがめるとは思ってもいなかった。完璧な女性の肉体を見せつけられて、今は同じ女同士なのに何故だかいつにも増して動悸どうきが早くなる。胸元を押さえて頭の中で回っている色んな感情に耐えていると、その内の一つが抑えきれず飛び出した。

 ――女性でもありですか? はい、ありですね。

 何て受け答えをしている言葉が頭をよぎる。どうしてだろう。綺麗過ぎるともはや性別何てもどうでもよくなる位にありだと思えてくるなんて。私はフェルディナンの美貌びぼう魅了みりょうされて完全に流されそうになっていた。

 うわ――っ! だめなんだってばっ! 流されちゃダメ――っ! やっぱり逃げる! 逃げるしかない~っ!

「あの……フェルディナン? 私ちょっとお手洗いに……」

 逃げ出そうとした私の腰をつかんでいるフェルディナンの腕から半身をよじらせて私は逃げようとした。今なら少し大柄だけど女性だしなんとか逃げられるかも……と思っていた私の読みは甘かった。

 女体化にょたいかしたフェルディナンはその女性の細腕で、逃げ出そうとしている私の腕と腰をつかみ直すと、あっさりとその胸元へと引き戻してしまった。

 反則だ……女体化にょたいかしてもフェルディナンって力強いじゃないかっ! 

 そして引き寄せられた先にあったのは、思いもよらない感触かんしょくだった。何時いつもは固く力強い胸元が、柔らかくてふんわりしたさわ心地ごこちでなんだかとっても気持ちいい。そのまま女性のものになったフェルディナンの胸元に頭を埋めてモフモフしてしまいたくなる。

 ――って、犬でも猫でもないんだから! モフモフ禁止! これ女性の胸! 同性の胸をんでどうするのっ!? 

 最早もはや、頭の中は大混乱の混沌こんとん渦巻く地獄絵図と化していた。恐るべし美形。もう訳が分からない。そうして混乱する大量の感情の放出に一人戸惑っていると、フェルディナンがその可憐かれんな唇から更に追い打ちを掛けるような言葉を発した。

「――逃がすと思っているのか?」
「でもですね、これは……」
「俺の相手を君がしてくれるんだろう? 昨日君は確かにそう言っていたはずだが」
 
 そう言ってフェルディナンは女の顔でふっと綺麗に笑って私の唇に唇を重ねてきた。

「……んっ……ちょっ、まって!」

 口の中に舌を入れられるすんでのところで私は急いでフェルディナンを引き離す。

「お、お話し相手なら喜んで……」

 何とかギリギリの距離を保ちながらそう言うと、フェルディナンは一瞬キョトンとした顔をして私を一瞥いちべつするとはぁっと溜息をついた。そして眉をひそめて綺麗な顔を私に近づけてくる。

「イリヤも言っていたが、俺は君と御飯事おままごとをする気はないんだが」
「えっと、では何をする気なんですか……? あっ、ごめんなさい今の質問なしっ! 間違えましたっ!」

 口調は何時いつも通りなのに姿だけが女性。その違和感にどうにも慣れなくて四苦八苦しくはっくしていたら選ぶ言葉を私は確実に間違えた。

「――何をするか何て決まっている」

 フェルディナンは強い目をしてそう言い放つと、ギシッとベッドをきしませながらそのままの勢いで私を更に強く抱き寄せて奪うように唇を重ねてきた。深く唇を重ねようとしているフェルディナンの唇と舌に誘導されて大きく口を開けさせられてしまう。

「……ふあっ……」
 
 何時いつものフェルディナンの唇とは違う感触かんしょく。今のフェルディナンの唇は小さく可憐かれんはかなげな印象なのに、れている部分から伝わってくる事は何時いつもと変わらない。私を執拗しつように求めるフェルディナンの情欲じょうよくに圧倒されてしまう。
 私の口腔こうくう内を刺激する女体化にょたいかしたフェルディナンの舌は何時いつもより少し小さくて細くて繊細な造りをしている。その分私の舌にへびのようにからみついて離れない。私が逃げようともがけばもがくだけからみついて強引に深く舌を吸われてしまう。

「……っん……あ、……っ」

 互いの舌の大きさが近いせいなのか、何時いつもより互いの唾液が混ざり合って一つになる感覚をより強く感じる。いまはっしているねつが自分のものなのかフェルディナンのものなのか境目さかいめが分からなくなって、自分でも口を上手うまく開くことが出来ない。上手じょうずにフェルディナンと唇を合わせることが出来なくて、空いた唇の隙間から唾液がれ落ちてしまう。普段交わしている口づけとあまりにも勝手が違う心細さに、思わずフェルディナンの背中に手を回してキュッと力を入れて抱きついてしまった。
 クチュッと音がしてフェルディナンが私の中から出てきた時、彼は女性の顔をしているはずなのになんだかとっても危険な捕食動物の顔をしていた。

「……どうした? 今日はあまり抵抗しないんだな」

 少し唇を離してフェルディナンが小さく笑った。私はフェルディナンから与えられる熱に一方的に翻弄ほんろうされ過ぎてしまっていた。しびれるような感覚と熱さに目眩めまいさえ覚え始めて唇が麻痺まひして動きが鈍くなる。

「だっ……て、いつもと、ちがう……」

 舌がもつれて呂律ろれつが回らない。舌足したたらずな子供の様に答えて潤んだ瞳でフェルディナンを見返すと、フェルディナンはいとおしむように見下ろしながら軽く口づけて顔を擦り寄せてくる。

「普段は挑発的な物言いで俺をあおる君が――今度は大人しく従順な姿で俺をあおるんだな……」
「……フェル、ディナン、もしかして、発情はつじょうしちゃってる、の……? 私に? 一応私も女なんだけど……」

 確かに私が相手するしかないとイリヤはいっていたけれど、一応私はあなたの恋人ですけど女ですよ!? フェルディナンにそういう性的趣向があるとは思えない。見境みさかいがなくなるとは聞いていたけれどそういうことだったのかと納得しかけたところで、フェルディナンから純粋な告白をされて私はその考えを改めることになる。

「俺は君がいい」

 私の腰に腕を巻き付けてまだまだ物足りないという顔をしてフェルディナンは私を見た。

「でも……」
「俺は君以外とこういう事をするつもりはない。だから性別何てどうでもいい。周りにどう見られようと君が相手ならどうでもいい事だ」
「……フェルディナン」

 どれだけフェルディナンに愛されているのかをあまりに純粋な言葉で表現されて赤面せきめんしてしまう。耳まで赤くしながら私は熱っぽい目でフェルディナンを見返した。フェルディナンと熱く視線をからめ合いながら、そのまま身体を投げ出して応えてもいいような気持ちになる。

「あのっ、でも、やっぱりちょっとまって! それにまだ朝なんですけど……」
「それは関係ないな」

 くすっと笑ってフェルディナンは楽しそうに答えた。その様子は何故だか面白がっているようにも見える。始めは女神のようにきよらかな印象の美女に見えていたのに、私に触れて興奮した今のフェルディナンは妖艶ようえんな雰囲気をただよわせている。男を誘う事にけたインキュバスのようにしか見えない。そして元が男だとはとても思えなかった。

「関係ないって……」

 絶句ぜっくしてしまう。

 ……ですよね発情はつじょうしている人には昼だろうが夜だろうが関係ないですよね。

 何時いつもよりも大きく見開かれたフェルディナンの紫が混じった青い瞳は、興奮で赤くうるんでいた。それも物凄くものほしそうな眼差まなざしで私を見つめてくる。

 うっ、可愛い。

 ちょこんとベッドの上に座って私を抱きしめているフェルディナンにどうにか流されない方法はないものかと必死に頭を巡らせながらも、やはり私は逃げる方法を探し始めていた。
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