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第二章~恋人扱編~
♀054 王位継承
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「フェルディナン様、古代貴族当主レインウォーター殿下がおなりです」
扉越しに聞こえてくる使用人からの報告にもフェルディナンは構わず私に深く口づけたまま一向に返事を返そうとしなかった。むしろ更に深く口づけられてその上フェルディナンと局部が結合しているそこを一層激しく突かれてしまう。そして私はシーツに全身を包まれながらフェルディナンに肩を強く抱かれてその胸元に押さえ込まれていた。
な、な、な、なにこれ――ッ!?
頭の中は大混乱に陥っていた。フェルディナンに唇を深く塞がれて声が出ない。秘所にはフェルディナンの巨大なモノが深々と入れられたまま繋がれているし。上も下も私の身体はフェルディナンに塞がれてしまっている究極の状態で身動きが取れない。
フェルディナンはなして~~~~!!
心の中で絶叫しても全くフェルディナンには伝わらない。必死に身体を引き離そうともがけばもがくだけフェルディナンに強く引き寄せられて抱き締められて深く愛されてしまう。離すどころか益々捕らわれて動けなくなる。
こんな状況なのに互いに重ね合わせた股間から聞こえてくる水音が増して、ヌルヌルとした生温かい感触が酷く気持ち良くて困る。フェルディナンと一つになれたことの気持ち良さに酔っている場合ではないのに。彼から与えられる快感に心が震えてどうしても求めずにはおれなくなる。
「……っ……っぁ」
そうして二人で睦み合っている間も扉の前で返事を待たされていた人達が、一向に返事が来ないことに業を煮やして遂に扉を開けてしまった。
「失礼しますよっ」
えっ!? あっちょっと待ってっ!
お願い入ってこないで~~~~~~っっ!!!!
いやーっ! と私は心の中で悲鳴を上げた。けれど部屋の外で待たされている人達にその心の声が届くはずもなかった。
バンッと勢いよく開け放たれた扉から入ってきた人達からは、甲冑の接合部分にある金属が擦れ合う独特の金属音がしたことから戦闘服を着用していると思われたが、全身を丸ごとシーツに包まれてそのシーツごと肩を強く抱き寄せられ、局部を繋げられているという究極の状態で更に唇をフェルディナンに塞がれている私には確認のしようがなかった。
その最中に人前にいる何て一体どんな悪夢なのかと目眩を通り越して気絶しそうな心境だ。一層意識を手放してしまった方がどれほど楽だろうか。
入ってきた人達の動きがピタリと止まってそのまま沈黙が走る。それはそうだろう。他人の情事に乱入してしまった方もされてしまった方も気まずいに決まっている。けれど、その気まずい雰囲気の中で唯一素知らぬ顔をして平然としている人物がいた。
フェルディナンは人が入ってきても行為を止めることはなく。寧ろ更に激しさを増して私の中を突き上げていく。唇が完全に塞がれていなければ何時ものように甘い喘ぎ声を吐き出してその激しさに泣かされているところだった。
くちゅっと結合が繰り返される音が互いの股間から漏れて室内に響いている。それも声は出ていないけれど荒い息づかいは相手にもしっかりと聞こえているしで、もう涙目になるどころの騒ぎではなかった。恥ずかしさと気まずさと何やらいろいろなものを無くしてしまったような気分になって死にそうだ。
深く唇を吸われて舌を絡め取られながら息つく暇も無い程ピッタリと唇をフェルディナンに塞がれて。それでも唇の端から漏れた互いの唾液が私の顎を伝い零れ落ちていく。
「……ハァ……ハッ……ッン」
フェルディナンにシーツごと肩と腰に手を回しされて。互いの裸体を擦り合わせながら人前で秘所を濡らしてフェルディナンを受け入れている異常事態なのに。フェルディナンとの性交による興奮のせいなのか、シーツに包まれて相手には見えていないという安心からなのか、思っていたよりも意識をフェルディナン以外に散らさずにいられた。
私の身体の中で段々と加速していくフェルディナンの動きに身体を火照らせながら、深い口づけの合間も行為の熱で熱く潤んだ瞳でフェルディナンを見つめていると。ふっと優しく微笑まれた。
その紫混じった青い瞳には野獣のように強い眼光が宿っていて。その鋭い眼差しを向けられた瞬間、完全に今フェルディナンに支配されていることを感じて身体が熱くなる。更に腰をグッと掴まれて強く激しく上下させられて、もうフェルディナンのことしか考えられなくされてしまう。
私の膣内をフェルディナンはその巨大なモノでみっちりと占領しながら愛液と精液に濡れそぼって熱を持って熟れた膣内を、フェルディナンは容赦なく激しく突き上げ続けた。そして最後にはとうとう人前でいかされてしまった。
「……っん……ン――ッ!」
いかされてしまってからようやく唇を離されて、息も絶え絶えに声にならない声でフェルディナンの胸元を叩いて抗議してもフェルディナンは黙ったままで。額に汗を滲ませてはいるものの余裕の笑みを浮かべてこちらを見つめてくるばかりだ。
身体の中にあるフェルディナンの巨大なモノの先端から、私がいったと同時に放出された熱くトロトロとしたものが私の中を満たして馴染んでいく事に抗議の目を向けながらも。心とは逆に身体は喜びを感じてしまっている。
フェルディナンじゃない他の人が恋人だったら。多分こんなことされたら絶対に許せないし、即日別れましょうってなるところなのに――っ! なんかずるいっ!
悔しい。これも惚れた弱みというやつなのだろうか。フェルディナンになら人前で身体を割られてしまうというとんでもない行為に及ばれても、それに類するどのような理不尽なことをされたとしても結局最後は許してしまう。ということが分かって絶望感に苛まれる。
フェルディナンの男らしい堂々とした振舞い。そしてその分厚い筋肉に覆われた逞しい身体から溢れ出る雄々しさを直に身体にぶつけられてはその魅力に抗うことが出来なくなる。詐欺にでも遭ったような気分だ。
そうしてやっと事が終わってもフェルディナンは未だに局部を繋ぎっぱなしのままでいる。フェルディナンは一度ベッドを共にするとなかなか結合を絶ってくれない。私を抱き終わった後もそして寝る時も、フェルディナンの下に身体を組み敷かれたまま指と指とを絡ませられて、みっちりと重ね合わせた汗ばんだ肌と肌の心地よい感触に夢現になりながら、フェルディナンの重みと秘所に埋め込まれた熱を感じながら眠りにつく。
今回もフェルディナンは私を抱いて達した後もシーツごと抱き締めたまま離してはくれなかった。そうして何時の間にか強引にフェルディナンに流されて熱っぽく互いを見つめ合いながら二人の世界に浸っていたら、その状況を辛抱強く黙って見守っていた人物がとうとう横から割って入ってきた。
「……お取り込み中のところ申し訳ないのですが」
「きゃぁっ!」
私は思わず悲鳴上げてフェルディナンの胸元に抱きついてしまった。我に返って。あまりの恥ずかしさに消え入りそうな気持ちでフェルディナンに抱きついていると、フェルディナンは小さく笑ってキュッと私を優しく抱きしめてきた。
「私はお前の入室を許可した覚えはないぞ? レイン」
「ええ、ですがこうでもしないと、貴方はまともに取り合ってはくれないでしょう?」
「面倒事に関わる気はないからな」
「貴方ならそう返すと思っていましたよ」
私とフェルディナンの行為中に入室して来た男の声は堂々としていて、他人の行為中に乱入してしまったことに対する動揺は特に感じなかった。そして一方のフェルディナンもイリヤを相手にする時のように揶揄う様な表情を浮かべている。
フェルディナンの口調、俺から私に戻ってる……
フェルディナンは私と二人きりの時は自身の事を俺と言う。けれど、私以外の人がいるような時は基本的に自身の事を私と言う。一応イリヤやバートランドのように慣れ親しんだ間柄の人に対しては俺と言っている時もあるようなのだが、それも時々によって変化するのでハッキリとはよく分からない。
けれど状況によって使い分けている節があるのは確かなので、その口調の変化がフェルディナンがその時に何を感じているのか知る上での一種の目安にもなる気がした。
――さっき使用人の人が古代貴族当主レインウォーター殿下っていってたけどこの人もフェルディナンと同じ古代貴族の一人ってことなんだよね? フェルディナンはレインって呼んでるし、もしかして結構親しいのかな?
私は何とも言いようのない不安を覚えてフェルディナンの胸元をキュッと掴んだ。緊張に身体が強張ってくる。フェルディナンを掴んだ指先から震えが起こって血の気が引いていく。私を見下ろしてくるフェルディナンの顔を見つめ返して無言で不安を訴えると、フェルディナンは甘い穏やかな顔で優しく私の額に口づけてから黙っているようにと、そっと私の唇に人差し指を当ててきた。私は戸惑いの表情でコクリと頷くしかなかった。
「フェルディナン、貴方がその方を我々の抗争に巻き込みたくないのは知っています。ですが……」
「ふっ、巻き込みたくないなどとユーリー陛下直属の兵士達を引き連れて人の屋敷に押し掛けておきながらよく言う」
私から目を離して話し始めたフェルディナンの態度は好戦的で、あまり相手にしたくないというのが傍から見ても伝わってきて。その不機嫌な顔付きに私はあれっ? とちょっと目をパチクリさせてしまった。
……フェルディナンって私といるときはいつも笑ってるし。優しいのに。イリヤやバートランドさん達に対してはちょっと冷たいし。不機嫌というかとっても面倒くさそうに相手をしている感じがするんだけど……。もしかして私に接している時と他の人とかなり対応が違う?
この乙女ゲーム世界に転移してからの私の行動範囲はというと。実はかなり限定されていた。普段からあまりフェルディナンの傍を離れず。フェルディナンの屋敷かフェルディナンについて王城の兵舎にいくか。町中で散策するか。そのくらいしかない。遠出なんて一度もしたことがなかった。
何時もフェルディナンの傍にばかりいたし、フェルディナンも私のことを優先してくれていたからフェルディナンがイリヤやバートランド以外の他の人と挨拶以外でちゃんと話をしている姿を私はあまり見たことがなかった。
そして先の二人と同じく王命により私の警護を請け負っているシャノンは、言うまでも無く獣人特有の驚異的な身体能力を駆使して影で守ってくれているといった感じなのでフェルディナンと接することは殆どない。
わ、わたしの生活って……もしかしてずっとフェルディナンを中心に回ってた?
フェルディナンしか見ていなかったことを改めて認識させられてしまう。
片時も手放せなくなる――と、行為の最中にそう言われた事があったけれど。実際にそれを普段の生活の中で実行されていたことに私はこの乙女ゲーム世界に転移してから半年以上が経過してようやく気が付いた。
「貴方もご存知の筈だ。国の存続が危ぶまれるような有事において、我々古代貴族は独断で可及的速やかに事態の制圧をすることが許される――独断特権。王不在の今、我々にはそれが許されている」
「……独断での制圧か。五人いる古代貴族の当主のうち三人が行方をくらまし王は拘束され、残された古代貴族は私とお前だけだ。今となっては公平な判断を下す事も出来ない事実上の独断特権になったそれを、私抜きでお前一人が行使したとなれば国が揺らぐ。それこそ失敗した時に全ての責めを負うのはお前の方だぞ?」
フェルディナンの問いかけには、レインを少し心配している気持ちが含まれているように私には聞こえた。
「構いません覚悟は出来ております。それに貴方も私もそしてこの国はもう十分過ぎるほどの痛手を味わった。これ以上我々は何も失う訳にはいかない。失われればその歪みが何らかの形で返ってくる。それは反逆の徒の件で立証され、この国の民はそれを痛いほど分かった筈です。人柱のように異邦人に課せられた重責を解かなければ我々は永遠に失い続けることになる――彼女たちを」
「レイン、お前は本当にそれでいいのか?」
「はい、私は歴代の過去の古代貴族が歩んだ道を進むつもりは毛頭にありません」
「そうか」
「残された私と貴方どちらかがそれを成し得なければならないとしたら、その権限を発動させるのは私の役割でしょう。たとえ私一人でも古代貴族当主である私がその特権を行使するに何ら問題はありません」
「分かった。お前がそれを決断したというのならばこれ以上は何も言うまい。だが、古代貴族の中でも唯一残された良心のお前が独断特権などと、何を言い出すのかと私はこの耳を疑ったぞ? 一体誰の企てなのやら……」
「ご冗談をこれは私、個人の――いえ、古代貴族当主としての判断です。誰の私怨も交えてはおりませぬ」
「ひた隠すか。まあいい。それでお前は私に何を求める?」
「はい、古代貴族の権限において王不在の今、ユーリー陛下に代わり王位を譲位する権限を行使し――王位継承権第一位、フェルディナン・クロス、貴方の王位継承を認めます」
突如湧いた王の座。そしてフェルディナンがこの神の国の王になることを正式に認められた。その衝撃に私の頭は放心してしまってついていけなかった。
えっ? えっと……それってフェルディナンが王様になるってことだよね……?
今まさに私を抱き締めている目の前の存在が急に遠い人のように感じられて。妙な喪失感に私が襲われているのに対し、王位を継げと言われた当の本人はというと全く動じる気配もなく淡々とした口調で返事を返した。
「……言っておくが、私は従来の王のように古代貴族の面々に従うつもりはない。お前達古代貴族の権限を剥奪し王による絶対的な権限において国を統治し、優待遇はないものとする。それでもお前は私に王になることを求めるのか?」
「そのようなものがあるから国が揺らぐのです。神の統治を離れた世界に私達のような古参はもう必要ないでしょう」
「そうと分かっていて強行に出るか。……いいだろうだが条件がある。王室の異邦人に関する制約は全て廃止する。そして今回のイリヤ・コールフィールドの件だが。事が公になり次第、それに関わった者達の全ての処遇と処罰は私が付ける」
「畏まりました。……本来ならば容認するには難しい事柄ですが。現状では貴方の意思を覆す程の上位者は最早現存しておりませぬ故。全ては貴方の御心に沿う形となりましょう」
「最後に、私は妃を迎えるのは月瑠と決めている。月瑠以外は誰も娶らない。それが守られなければ承諾はしない」
「ご安心をその要求に対し此処には誰も異論を唱えるものはおりませぬ。それに異邦人であり神と貴方の寵愛を一身に受けておられる月瑠様が国王となられる貴方の妃となることは誰もが望むこと。この国最強と謳われる黒将軍が溺愛する姫君を奪うような真似、それも国王となられる貴方を相手に誰も致しますまい。その方を故意に傷付けるような行動を取るほど残された者達も愚かではない筈です」
「お前が古代貴族当主の中でも唯一真面な思考の持ち主であることは知っている。だが、それを全て鵜呑みにするほど私はお前を信用してはいない。何か問題が発生すれば事あるごとに意見を二転三転させるお前達当主の戯れ言を容易に私が受け入れると思うのか?」
「分かっております。過去に異邦人を死に至らしめた我々古代貴族に不審を抱くのは道理。しかし、それは貴方の祖先とて同類ではないですか。我々は歴代の過ちを正さなければならない。たとえそれが血の繋がった者達を裏切ることになろうとも。だから私は今、此処にいるのです」
冷たく言い放つフェルディナンの物言いにも動じず。レインの口調は変わらず落ち着いている。それを見て何を思ったかフェルディナンは楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「ははは、言うようになったな。古代貴族の中でも最弱のお前が」
「それは致し方ないでしょう。父より受け継いだ当主の座について私はまだそう長くない。けれど何をするのが正しいのか、人としての在り方なら古い道徳と固定観念に捕らわれて固い頭で動けなくなっている方々よりは分かっているつもりです」
「固い頭か。そうはいってもお前の言う頭の固い連中は国力の半数近くを手中に収める権力を持った化け物揃いだぞ? 恐れて誰も口にしない事をさも当然のように言い放つか。それも奴らが留守の時を狙って独断特権を行使するなど、奴らが戻った後のことを考えれば自殺行為に等しいぞ?」
「今更何をおっしゃられているんだか。それは貴方の方がよっぽどでしょう? その古代貴族の当主達に会合で顔を合わせる度に嫌みの一つどころか毎回罵詈雑言を浴びせて反感を買っているのは何処のどなたです? それも好戦的で掴み所の無い貴方に返す言葉も無く古代貴族当主の中でも特に古株の方々が苦渋を強いられている場面を何度見てきたと思っているんですか。貴方が言うところの化け物の中でも群を抜いて、その筆頭を行く貴方に化け物などと誰も言われたくないと思いますが」
「まったくお前は生意気な口を利く」
「どうとでも。覚悟はとうに出来ております。それに貴方が国王陛下となられた折には私への当てつけを許容される程、貴方が彼らに甘い態度を取るとは思えませんから。私の安全は保証されているようなものです」
「……随分と調子のいいことを言うな」
「仕方ないでしょう? 貴方にはそれ位言わなければ面倒だと逃げられてしまいそうですからね」
「お前の前当主は聡明で柔軟な思考の持ち主だったがその気質をお前も受け継いだという事か」
「私は自らの考えで決断し此処にいます。それがどのような結果になろうとも。後悔はしません」
「そうまで分かっているのならば、これ以上は何も言うまい――お前の成すべき事を成せばいい。私はそれを認めよう」
一連のやり取りをフェルディナンがレインと交わしている間。私はフェルディナンの胸元からずっと彼を見上げていた。フェルディナンはギラギラした好戦的な男の瞳で楽しそうにレインと言葉を交わしている。それも戦闘に心躍らせるような高鳴りをそこから感じて。やっぱりフェルディナンも男の人なのだなと思った。
フェルディナンすっごく楽しそう。こんな緊迫した状況なのに……
それに参戦できない疼く心に少しだけ歯痒さを感じながら私はひたすらフェルディナンを見つめ続けた。
「御意に。それでは火急の事態により、古代貴族当主の権限においてユーリー・テオドールの王位を剥奪し、王位継承権第一位、フェルディナン・クロス、貴方を次期王に任命しそれを容認することを要求致します」
「承諾する」
「それでは血判による署名をお願い致します。その証明として立ち合いの証人を異邦人の月瑠様にお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
突然レインから柔らかい口調で話し掛けられて私は戸惑った。
「……えっ? わ、わたしですか?」
「はい」
短くけれど安心させるように優しく穏やかな様子でレインに返事を返されて、私は反射的にフェルディナンを見上げた。話をしてもいいのかと許可を求めるように見つめると、フェルディナンは小さく頷いてからふわっと花のように綺麗な笑みを浮かべた。私はそのフェルディナンの笑顔に励まされて彼の胸元にしがみついたまま、頭に被っていたシーツをゆっくりと肩口まで下ろして顔だけをシーツから出すと、おずおずと気まずそうに振り返った。
――その瞬間、一瞬部屋の空気がざわついた。
「えっと、あの……?」
わ、わたし何か変? 変なのっ!?
焦ってフェルディナンを見上げると、楽しそうにくすくすと笑ってそれから頬にチュッと口づけられた。
「フェルディナンわたし、変? 変なの?」
口早にフェルディナンに尋ねると愛おしそうな目線を注がれてそれから頬を優しく撫でられた。とんでもなく激甘なフェルディナンの行動にどうしていいのか分からなくて戸惑っていると、フェルディナンがようやく口を開いた。
「君が想像以上に可愛すぎて皆戸惑っているんだ」
「……はっ?」
いくら恋人だからって贔屓目が過ぎる。言っている意味が分からなくて目が点になってしまう。そうして悶々と考えていたら、その思いがフェルディナンに伝わってしまったらしい。フェルディナンは私の頬を撫でながら言い聞かせるように話し始めた。
「この世界では女体化して男が生殖時期に女に変わる。だが女に変わるとはいっても元は男だからな。女に変わってもそれなりに元々の体格は維持される。そこまで極端な大きさの変化はないんだ。だから君ほど小柄で華奢な身体付きの可愛らしい女性は滅多にいない。綺麗処ならそれなりにはいるが」
「でも、未発達な時期とかの人なら同じような体形の人もいるんじゃない?」
「女体化があるのは成人した大人だけで未発達な子供の内は女体化による身体の変異はない。個体差によるがだいたい20歳前後に身体が成熟して生殖時期を迎える者が多い。早い者だと中には14、5で迎える者もいるようだが……」
「そうなんですか。えーっと、でもね? わたしそんなに目立つ存在じゃないし、やっぱり何か勘違いして……」
「――勘違いではないですよ? 貴方はとても目立つ存在です外見的にもそして内面的にもね」
話の途中でそう言って私の言葉を否定したのはフェルディナンではなかった。えっ? と、先程振り返ったように再度後方に目を向けると、そこには想像通り数人の年若い男達がズラッと一列に並んでいた。
以前一度見かけたイリヤについて報告を上げに来た兵士同様、獅子の紋章が施された黄金の甲冑を着た若い兵士達が一列に並んでいる。それはユーリーの直属の配下となる者が必ず身につける王権の象徴とされている獅子の紋章だった。
その王直属の配下の兵士達が並び立つ中、頭一つ分一歩前に出て立ち並んでいる人がフェルディナンにレインと呼ばれていた男なのだと直ぐに分かった。何故なら彼は数人いる男達の中でも自然と目を向けずにはいられないような存在感を放っていたからだ。
今までレインという人物がどういう人なのか。張りのある声や口調、そしてフェルディナンとのやりとりから何となく若い人なのだろうとは思って今まで想像だけで話を聞いていたけれど。振り返った先にはいたのは優しい顔をして微笑みを浮かべている美青年だった。湖のように澄んだ青い瞳に銀細工のように繊細な色のプラチナブロンドの髪。長身で細身の身体には似合いの銀の甲冑を着込んでいて聖騎士のような出で立ちをしており。かなり身分の高い人だと一目見て分かるくらいに育ちの良さが現れている柔和な笑みを向けられて不覚にもドキッとときめいてしまう。
年齢は年若く20前後くらいに見える。古代貴族の当主の一人として一族を背負う立場にいるにしては若過ぎるようにも感じたけれど、先ほどまでの二人の会話からハッキリと物怖じしないそれでいてぶれない強い心の持ち主である彼がその立場に相応しい資質の持ち主であることは否めない。だからこそフェルディナンが心を許しているような少し親しみを感じる話し方をしている理由が分かった気がする。
そのレインの立派な出で立ちと綺麗な風貌以上に、身体の内側から滲み出る人柄の良さを感じてその安心感にボーッとレインを眺めていると、フェルディナンに少し肩を強く掴まれた。
「あっ、あのフェルディナン? どうしたの?」
フェルディナンから無言で咎めるような瞳を向けられておどおどしていたら、今度はレインにくすくすと笑われてしまった。
「月瑠様とは今度ゆっくりお話がしたいものです」
「えっ? あっはい、ぜひよろしくおねが……」
「レイン……お前は彼女に何を話すつもりだ? それに月瑠、君もだ。一体何をお願いしているんだ?」
「へっ? あっでっ、でもね? たまには違う人とお話しするのも楽しそうだし」
「月瑠」
「……はい」
フェルディナンの独占欲は多分強い方だとは思っていたけれど、どうやらその認識は間違えてはいなかったようだ。その束縛がかなりのものだということが肉体関係を持ってようやく分かって来た。
……まあいっか、機会があったら今度こっそりお話ししてみよう。
そうしてお気楽に返事だけフェルディナンに返して懲りずにそんな事を考えていたら今度はレインに現実へと引き戻された。
「それと、月瑠様がフェルディナンの妃となられる前に本来でしたら正式な立ち合いのもと、お二人の関係について確認する必要があるのですが……それについては先ほど入室した折、ハッキリと確認させて頂きました。確かにお二人が親密な間柄であることは我々が証人になります。ですからそれに関しては安心して下さい」
「証人……? 何ですかそれ?」
「王族のそれも王となられる方と縁を結ぶ為には肉体的な間柄があることを立証しなければならないんです。後生に子供を残すのは王の義務のようなものですから。その為の立ち合いが行われるのは慣例でして……」
「……あ、あのじゃあ、皆あんな事してるところを他の人に見られなきゃいけないんですか?」
「ええ、王となられる人物の側室や正室となられる方との関係性を示すのは一般的なことですよ? 婚姻を成立させる一種の儀式のようなものです」
「み、みられるのが一般的なんですか……っ!?」
異邦人に課せられた王室の制約以前にまずそんな儀式こそなくして下さいと私は心底思った。
扉越しに聞こえてくる使用人からの報告にもフェルディナンは構わず私に深く口づけたまま一向に返事を返そうとしなかった。むしろ更に深く口づけられてその上フェルディナンと局部が結合しているそこを一層激しく突かれてしまう。そして私はシーツに全身を包まれながらフェルディナンに肩を強く抱かれてその胸元に押さえ込まれていた。
な、な、な、なにこれ――ッ!?
頭の中は大混乱に陥っていた。フェルディナンに唇を深く塞がれて声が出ない。秘所にはフェルディナンの巨大なモノが深々と入れられたまま繋がれているし。上も下も私の身体はフェルディナンに塞がれてしまっている究極の状態で身動きが取れない。
フェルディナンはなして~~~~!!
心の中で絶叫しても全くフェルディナンには伝わらない。必死に身体を引き離そうともがけばもがくだけフェルディナンに強く引き寄せられて抱き締められて深く愛されてしまう。離すどころか益々捕らわれて動けなくなる。
こんな状況なのに互いに重ね合わせた股間から聞こえてくる水音が増して、ヌルヌルとした生温かい感触が酷く気持ち良くて困る。フェルディナンと一つになれたことの気持ち良さに酔っている場合ではないのに。彼から与えられる快感に心が震えてどうしても求めずにはおれなくなる。
「……っ……っぁ」
そうして二人で睦み合っている間も扉の前で返事を待たされていた人達が、一向に返事が来ないことに業を煮やして遂に扉を開けてしまった。
「失礼しますよっ」
えっ!? あっちょっと待ってっ!
お願い入ってこないで~~~~~~っっ!!!!
いやーっ! と私は心の中で悲鳴を上げた。けれど部屋の外で待たされている人達にその心の声が届くはずもなかった。
バンッと勢いよく開け放たれた扉から入ってきた人達からは、甲冑の接合部分にある金属が擦れ合う独特の金属音がしたことから戦闘服を着用していると思われたが、全身を丸ごとシーツに包まれてそのシーツごと肩を強く抱き寄せられ、局部を繋げられているという究極の状態で更に唇をフェルディナンに塞がれている私には確認のしようがなかった。
その最中に人前にいる何て一体どんな悪夢なのかと目眩を通り越して気絶しそうな心境だ。一層意識を手放してしまった方がどれほど楽だろうか。
入ってきた人達の動きがピタリと止まってそのまま沈黙が走る。それはそうだろう。他人の情事に乱入してしまった方もされてしまった方も気まずいに決まっている。けれど、その気まずい雰囲気の中で唯一素知らぬ顔をして平然としている人物がいた。
フェルディナンは人が入ってきても行為を止めることはなく。寧ろ更に激しさを増して私の中を突き上げていく。唇が完全に塞がれていなければ何時ものように甘い喘ぎ声を吐き出してその激しさに泣かされているところだった。
くちゅっと結合が繰り返される音が互いの股間から漏れて室内に響いている。それも声は出ていないけれど荒い息づかいは相手にもしっかりと聞こえているしで、もう涙目になるどころの騒ぎではなかった。恥ずかしさと気まずさと何やらいろいろなものを無くしてしまったような気分になって死にそうだ。
深く唇を吸われて舌を絡め取られながら息つく暇も無い程ピッタリと唇をフェルディナンに塞がれて。それでも唇の端から漏れた互いの唾液が私の顎を伝い零れ落ちていく。
「……ハァ……ハッ……ッン」
フェルディナンにシーツごと肩と腰に手を回しされて。互いの裸体を擦り合わせながら人前で秘所を濡らしてフェルディナンを受け入れている異常事態なのに。フェルディナンとの性交による興奮のせいなのか、シーツに包まれて相手には見えていないという安心からなのか、思っていたよりも意識をフェルディナン以外に散らさずにいられた。
私の身体の中で段々と加速していくフェルディナンの動きに身体を火照らせながら、深い口づけの合間も行為の熱で熱く潤んだ瞳でフェルディナンを見つめていると。ふっと優しく微笑まれた。
その紫混じった青い瞳には野獣のように強い眼光が宿っていて。その鋭い眼差しを向けられた瞬間、完全に今フェルディナンに支配されていることを感じて身体が熱くなる。更に腰をグッと掴まれて強く激しく上下させられて、もうフェルディナンのことしか考えられなくされてしまう。
私の膣内をフェルディナンはその巨大なモノでみっちりと占領しながら愛液と精液に濡れそぼって熱を持って熟れた膣内を、フェルディナンは容赦なく激しく突き上げ続けた。そして最後にはとうとう人前でいかされてしまった。
「……っん……ン――ッ!」
いかされてしまってからようやく唇を離されて、息も絶え絶えに声にならない声でフェルディナンの胸元を叩いて抗議してもフェルディナンは黙ったままで。額に汗を滲ませてはいるものの余裕の笑みを浮かべてこちらを見つめてくるばかりだ。
身体の中にあるフェルディナンの巨大なモノの先端から、私がいったと同時に放出された熱くトロトロとしたものが私の中を満たして馴染んでいく事に抗議の目を向けながらも。心とは逆に身体は喜びを感じてしまっている。
フェルディナンじゃない他の人が恋人だったら。多分こんなことされたら絶対に許せないし、即日別れましょうってなるところなのに――っ! なんかずるいっ!
悔しい。これも惚れた弱みというやつなのだろうか。フェルディナンになら人前で身体を割られてしまうというとんでもない行為に及ばれても、それに類するどのような理不尽なことをされたとしても結局最後は許してしまう。ということが分かって絶望感に苛まれる。
フェルディナンの男らしい堂々とした振舞い。そしてその分厚い筋肉に覆われた逞しい身体から溢れ出る雄々しさを直に身体にぶつけられてはその魅力に抗うことが出来なくなる。詐欺にでも遭ったような気分だ。
そうしてやっと事が終わってもフェルディナンは未だに局部を繋ぎっぱなしのままでいる。フェルディナンは一度ベッドを共にするとなかなか結合を絶ってくれない。私を抱き終わった後もそして寝る時も、フェルディナンの下に身体を組み敷かれたまま指と指とを絡ませられて、みっちりと重ね合わせた汗ばんだ肌と肌の心地よい感触に夢現になりながら、フェルディナンの重みと秘所に埋め込まれた熱を感じながら眠りにつく。
今回もフェルディナンは私を抱いて達した後もシーツごと抱き締めたまま離してはくれなかった。そうして何時の間にか強引にフェルディナンに流されて熱っぽく互いを見つめ合いながら二人の世界に浸っていたら、その状況を辛抱強く黙って見守っていた人物がとうとう横から割って入ってきた。
「……お取り込み中のところ申し訳ないのですが」
「きゃぁっ!」
私は思わず悲鳴上げてフェルディナンの胸元に抱きついてしまった。我に返って。あまりの恥ずかしさに消え入りそうな気持ちでフェルディナンに抱きついていると、フェルディナンは小さく笑ってキュッと私を優しく抱きしめてきた。
「私はお前の入室を許可した覚えはないぞ? レイン」
「ええ、ですがこうでもしないと、貴方はまともに取り合ってはくれないでしょう?」
「面倒事に関わる気はないからな」
「貴方ならそう返すと思っていましたよ」
私とフェルディナンの行為中に入室して来た男の声は堂々としていて、他人の行為中に乱入してしまったことに対する動揺は特に感じなかった。そして一方のフェルディナンもイリヤを相手にする時のように揶揄う様な表情を浮かべている。
フェルディナンの口調、俺から私に戻ってる……
フェルディナンは私と二人きりの時は自身の事を俺と言う。けれど、私以外の人がいるような時は基本的に自身の事を私と言う。一応イリヤやバートランドのように慣れ親しんだ間柄の人に対しては俺と言っている時もあるようなのだが、それも時々によって変化するのでハッキリとはよく分からない。
けれど状況によって使い分けている節があるのは確かなので、その口調の変化がフェルディナンがその時に何を感じているのか知る上での一種の目安にもなる気がした。
――さっき使用人の人が古代貴族当主レインウォーター殿下っていってたけどこの人もフェルディナンと同じ古代貴族の一人ってことなんだよね? フェルディナンはレインって呼んでるし、もしかして結構親しいのかな?
私は何とも言いようのない不安を覚えてフェルディナンの胸元をキュッと掴んだ。緊張に身体が強張ってくる。フェルディナンを掴んだ指先から震えが起こって血の気が引いていく。私を見下ろしてくるフェルディナンの顔を見つめ返して無言で不安を訴えると、フェルディナンは甘い穏やかな顔で優しく私の額に口づけてから黙っているようにと、そっと私の唇に人差し指を当ててきた。私は戸惑いの表情でコクリと頷くしかなかった。
「フェルディナン、貴方がその方を我々の抗争に巻き込みたくないのは知っています。ですが……」
「ふっ、巻き込みたくないなどとユーリー陛下直属の兵士達を引き連れて人の屋敷に押し掛けておきながらよく言う」
私から目を離して話し始めたフェルディナンの態度は好戦的で、あまり相手にしたくないというのが傍から見ても伝わってきて。その不機嫌な顔付きに私はあれっ? とちょっと目をパチクリさせてしまった。
……フェルディナンって私といるときはいつも笑ってるし。優しいのに。イリヤやバートランドさん達に対してはちょっと冷たいし。不機嫌というかとっても面倒くさそうに相手をしている感じがするんだけど……。もしかして私に接している時と他の人とかなり対応が違う?
この乙女ゲーム世界に転移してからの私の行動範囲はというと。実はかなり限定されていた。普段からあまりフェルディナンの傍を離れず。フェルディナンの屋敷かフェルディナンについて王城の兵舎にいくか。町中で散策するか。そのくらいしかない。遠出なんて一度もしたことがなかった。
何時もフェルディナンの傍にばかりいたし、フェルディナンも私のことを優先してくれていたからフェルディナンがイリヤやバートランド以外の他の人と挨拶以外でちゃんと話をしている姿を私はあまり見たことがなかった。
そして先の二人と同じく王命により私の警護を請け負っているシャノンは、言うまでも無く獣人特有の驚異的な身体能力を駆使して影で守ってくれているといった感じなのでフェルディナンと接することは殆どない。
わ、わたしの生活って……もしかしてずっとフェルディナンを中心に回ってた?
フェルディナンしか見ていなかったことを改めて認識させられてしまう。
片時も手放せなくなる――と、行為の最中にそう言われた事があったけれど。実際にそれを普段の生活の中で実行されていたことに私はこの乙女ゲーム世界に転移してから半年以上が経過してようやく気が付いた。
「貴方もご存知の筈だ。国の存続が危ぶまれるような有事において、我々古代貴族は独断で可及的速やかに事態の制圧をすることが許される――独断特権。王不在の今、我々にはそれが許されている」
「……独断での制圧か。五人いる古代貴族の当主のうち三人が行方をくらまし王は拘束され、残された古代貴族は私とお前だけだ。今となっては公平な判断を下す事も出来ない事実上の独断特権になったそれを、私抜きでお前一人が行使したとなれば国が揺らぐ。それこそ失敗した時に全ての責めを負うのはお前の方だぞ?」
フェルディナンの問いかけには、レインを少し心配している気持ちが含まれているように私には聞こえた。
「構いません覚悟は出来ております。それに貴方も私もそしてこの国はもう十分過ぎるほどの痛手を味わった。これ以上我々は何も失う訳にはいかない。失われればその歪みが何らかの形で返ってくる。それは反逆の徒の件で立証され、この国の民はそれを痛いほど分かった筈です。人柱のように異邦人に課せられた重責を解かなければ我々は永遠に失い続けることになる――彼女たちを」
「レイン、お前は本当にそれでいいのか?」
「はい、私は歴代の過去の古代貴族が歩んだ道を進むつもりは毛頭にありません」
「そうか」
「残された私と貴方どちらかがそれを成し得なければならないとしたら、その権限を発動させるのは私の役割でしょう。たとえ私一人でも古代貴族当主である私がその特権を行使するに何ら問題はありません」
「分かった。お前がそれを決断したというのならばこれ以上は何も言うまい。だが、古代貴族の中でも唯一残された良心のお前が独断特権などと、何を言い出すのかと私はこの耳を疑ったぞ? 一体誰の企てなのやら……」
「ご冗談をこれは私、個人の――いえ、古代貴族当主としての判断です。誰の私怨も交えてはおりませぬ」
「ひた隠すか。まあいい。それでお前は私に何を求める?」
「はい、古代貴族の権限において王不在の今、ユーリー陛下に代わり王位を譲位する権限を行使し――王位継承権第一位、フェルディナン・クロス、貴方の王位継承を認めます」
突如湧いた王の座。そしてフェルディナンがこの神の国の王になることを正式に認められた。その衝撃に私の頭は放心してしまってついていけなかった。
えっ? えっと……それってフェルディナンが王様になるってことだよね……?
今まさに私を抱き締めている目の前の存在が急に遠い人のように感じられて。妙な喪失感に私が襲われているのに対し、王位を継げと言われた当の本人はというと全く動じる気配もなく淡々とした口調で返事を返した。
「……言っておくが、私は従来の王のように古代貴族の面々に従うつもりはない。お前達古代貴族の権限を剥奪し王による絶対的な権限において国を統治し、優待遇はないものとする。それでもお前は私に王になることを求めるのか?」
「そのようなものがあるから国が揺らぐのです。神の統治を離れた世界に私達のような古参はもう必要ないでしょう」
「そうと分かっていて強行に出るか。……いいだろうだが条件がある。王室の異邦人に関する制約は全て廃止する。そして今回のイリヤ・コールフィールドの件だが。事が公になり次第、それに関わった者達の全ての処遇と処罰は私が付ける」
「畏まりました。……本来ならば容認するには難しい事柄ですが。現状では貴方の意思を覆す程の上位者は最早現存しておりませぬ故。全ては貴方の御心に沿う形となりましょう」
「最後に、私は妃を迎えるのは月瑠と決めている。月瑠以外は誰も娶らない。それが守られなければ承諾はしない」
「ご安心をその要求に対し此処には誰も異論を唱えるものはおりませぬ。それに異邦人であり神と貴方の寵愛を一身に受けておられる月瑠様が国王となられる貴方の妃となることは誰もが望むこと。この国最強と謳われる黒将軍が溺愛する姫君を奪うような真似、それも国王となられる貴方を相手に誰も致しますまい。その方を故意に傷付けるような行動を取るほど残された者達も愚かではない筈です」
「お前が古代貴族当主の中でも唯一真面な思考の持ち主であることは知っている。だが、それを全て鵜呑みにするほど私はお前を信用してはいない。何か問題が発生すれば事あるごとに意見を二転三転させるお前達当主の戯れ言を容易に私が受け入れると思うのか?」
「分かっております。過去に異邦人を死に至らしめた我々古代貴族に不審を抱くのは道理。しかし、それは貴方の祖先とて同類ではないですか。我々は歴代の過ちを正さなければならない。たとえそれが血の繋がった者達を裏切ることになろうとも。だから私は今、此処にいるのです」
冷たく言い放つフェルディナンの物言いにも動じず。レインの口調は変わらず落ち着いている。それを見て何を思ったかフェルディナンは楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「ははは、言うようになったな。古代貴族の中でも最弱のお前が」
「それは致し方ないでしょう。父より受け継いだ当主の座について私はまだそう長くない。けれど何をするのが正しいのか、人としての在り方なら古い道徳と固定観念に捕らわれて固い頭で動けなくなっている方々よりは分かっているつもりです」
「固い頭か。そうはいってもお前の言う頭の固い連中は国力の半数近くを手中に収める権力を持った化け物揃いだぞ? 恐れて誰も口にしない事をさも当然のように言い放つか。それも奴らが留守の時を狙って独断特権を行使するなど、奴らが戻った後のことを考えれば自殺行為に等しいぞ?」
「今更何をおっしゃられているんだか。それは貴方の方がよっぽどでしょう? その古代貴族の当主達に会合で顔を合わせる度に嫌みの一つどころか毎回罵詈雑言を浴びせて反感を買っているのは何処のどなたです? それも好戦的で掴み所の無い貴方に返す言葉も無く古代貴族当主の中でも特に古株の方々が苦渋を強いられている場面を何度見てきたと思っているんですか。貴方が言うところの化け物の中でも群を抜いて、その筆頭を行く貴方に化け物などと誰も言われたくないと思いますが」
「まったくお前は生意気な口を利く」
「どうとでも。覚悟はとうに出来ております。それに貴方が国王陛下となられた折には私への当てつけを許容される程、貴方が彼らに甘い態度を取るとは思えませんから。私の安全は保証されているようなものです」
「……随分と調子のいいことを言うな」
「仕方ないでしょう? 貴方にはそれ位言わなければ面倒だと逃げられてしまいそうですからね」
「お前の前当主は聡明で柔軟な思考の持ち主だったがその気質をお前も受け継いだという事か」
「私は自らの考えで決断し此処にいます。それがどのような結果になろうとも。後悔はしません」
「そうまで分かっているのならば、これ以上は何も言うまい――お前の成すべき事を成せばいい。私はそれを認めよう」
一連のやり取りをフェルディナンがレインと交わしている間。私はフェルディナンの胸元からずっと彼を見上げていた。フェルディナンはギラギラした好戦的な男の瞳で楽しそうにレインと言葉を交わしている。それも戦闘に心躍らせるような高鳴りをそこから感じて。やっぱりフェルディナンも男の人なのだなと思った。
フェルディナンすっごく楽しそう。こんな緊迫した状況なのに……
それに参戦できない疼く心に少しだけ歯痒さを感じながら私はひたすらフェルディナンを見つめ続けた。
「御意に。それでは火急の事態により、古代貴族当主の権限においてユーリー・テオドールの王位を剥奪し、王位継承権第一位、フェルディナン・クロス、貴方を次期王に任命しそれを容認することを要求致します」
「承諾する」
「それでは血判による署名をお願い致します。その証明として立ち合いの証人を異邦人の月瑠様にお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
突然レインから柔らかい口調で話し掛けられて私は戸惑った。
「……えっ? わ、わたしですか?」
「はい」
短くけれど安心させるように優しく穏やかな様子でレインに返事を返されて、私は反射的にフェルディナンを見上げた。話をしてもいいのかと許可を求めるように見つめると、フェルディナンは小さく頷いてからふわっと花のように綺麗な笑みを浮かべた。私はそのフェルディナンの笑顔に励まされて彼の胸元にしがみついたまま、頭に被っていたシーツをゆっくりと肩口まで下ろして顔だけをシーツから出すと、おずおずと気まずそうに振り返った。
――その瞬間、一瞬部屋の空気がざわついた。
「えっと、あの……?」
わ、わたし何か変? 変なのっ!?
焦ってフェルディナンを見上げると、楽しそうにくすくすと笑ってそれから頬にチュッと口づけられた。
「フェルディナンわたし、変? 変なの?」
口早にフェルディナンに尋ねると愛おしそうな目線を注がれてそれから頬を優しく撫でられた。とんでもなく激甘なフェルディナンの行動にどうしていいのか分からなくて戸惑っていると、フェルディナンがようやく口を開いた。
「君が想像以上に可愛すぎて皆戸惑っているんだ」
「……はっ?」
いくら恋人だからって贔屓目が過ぎる。言っている意味が分からなくて目が点になってしまう。そうして悶々と考えていたら、その思いがフェルディナンに伝わってしまったらしい。フェルディナンは私の頬を撫でながら言い聞かせるように話し始めた。
「この世界では女体化して男が生殖時期に女に変わる。だが女に変わるとはいっても元は男だからな。女に変わってもそれなりに元々の体格は維持される。そこまで極端な大きさの変化はないんだ。だから君ほど小柄で華奢な身体付きの可愛らしい女性は滅多にいない。綺麗処ならそれなりにはいるが」
「でも、未発達な時期とかの人なら同じような体形の人もいるんじゃない?」
「女体化があるのは成人した大人だけで未発達な子供の内は女体化による身体の変異はない。個体差によるがだいたい20歳前後に身体が成熟して生殖時期を迎える者が多い。早い者だと中には14、5で迎える者もいるようだが……」
「そうなんですか。えーっと、でもね? わたしそんなに目立つ存在じゃないし、やっぱり何か勘違いして……」
「――勘違いではないですよ? 貴方はとても目立つ存在です外見的にもそして内面的にもね」
話の途中でそう言って私の言葉を否定したのはフェルディナンではなかった。えっ? と、先程振り返ったように再度後方に目を向けると、そこには想像通り数人の年若い男達がズラッと一列に並んでいた。
以前一度見かけたイリヤについて報告を上げに来た兵士同様、獅子の紋章が施された黄金の甲冑を着た若い兵士達が一列に並んでいる。それはユーリーの直属の配下となる者が必ず身につける王権の象徴とされている獅子の紋章だった。
その王直属の配下の兵士達が並び立つ中、頭一つ分一歩前に出て立ち並んでいる人がフェルディナンにレインと呼ばれていた男なのだと直ぐに分かった。何故なら彼は数人いる男達の中でも自然と目を向けずにはいられないような存在感を放っていたからだ。
今までレインという人物がどういう人なのか。張りのある声や口調、そしてフェルディナンとのやりとりから何となく若い人なのだろうとは思って今まで想像だけで話を聞いていたけれど。振り返った先にはいたのは優しい顔をして微笑みを浮かべている美青年だった。湖のように澄んだ青い瞳に銀細工のように繊細な色のプラチナブロンドの髪。長身で細身の身体には似合いの銀の甲冑を着込んでいて聖騎士のような出で立ちをしており。かなり身分の高い人だと一目見て分かるくらいに育ちの良さが現れている柔和な笑みを向けられて不覚にもドキッとときめいてしまう。
年齢は年若く20前後くらいに見える。古代貴族の当主の一人として一族を背負う立場にいるにしては若過ぎるようにも感じたけれど、先ほどまでの二人の会話からハッキリと物怖じしないそれでいてぶれない強い心の持ち主である彼がその立場に相応しい資質の持ち主であることは否めない。だからこそフェルディナンが心を許しているような少し親しみを感じる話し方をしている理由が分かった気がする。
そのレインの立派な出で立ちと綺麗な風貌以上に、身体の内側から滲み出る人柄の良さを感じてその安心感にボーッとレインを眺めていると、フェルディナンに少し肩を強く掴まれた。
「あっ、あのフェルディナン? どうしたの?」
フェルディナンから無言で咎めるような瞳を向けられておどおどしていたら、今度はレインにくすくすと笑われてしまった。
「月瑠様とは今度ゆっくりお話がしたいものです」
「えっ? あっはい、ぜひよろしくおねが……」
「レイン……お前は彼女に何を話すつもりだ? それに月瑠、君もだ。一体何をお願いしているんだ?」
「へっ? あっでっ、でもね? たまには違う人とお話しするのも楽しそうだし」
「月瑠」
「……はい」
フェルディナンの独占欲は多分強い方だとは思っていたけれど、どうやらその認識は間違えてはいなかったようだ。その束縛がかなりのものだということが肉体関係を持ってようやく分かって来た。
……まあいっか、機会があったら今度こっそりお話ししてみよう。
そうしてお気楽に返事だけフェルディナンに返して懲りずにそんな事を考えていたら今度はレインに現実へと引き戻された。
「それと、月瑠様がフェルディナンの妃となられる前に本来でしたら正式な立ち合いのもと、お二人の関係について確認する必要があるのですが……それについては先ほど入室した折、ハッキリと確認させて頂きました。確かにお二人が親密な間柄であることは我々が証人になります。ですからそれに関しては安心して下さい」
「証人……? 何ですかそれ?」
「王族のそれも王となられる方と縁を結ぶ為には肉体的な間柄があることを立証しなければならないんです。後生に子供を残すのは王の義務のようなものですから。その為の立ち合いが行われるのは慣例でして……」
「……あ、あのじゃあ、皆あんな事してるところを他の人に見られなきゃいけないんですか?」
「ええ、王となられる人物の側室や正室となられる方との関係性を示すのは一般的なことですよ? 婚姻を成立させる一種の儀式のようなものです」
「み、みられるのが一般的なんですか……っ!?」
異邦人に課せられた王室の制約以前にまずそんな儀式こそなくして下さいと私は心底思った。
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