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第二章~恋人扱編~

033 理性の箍が外れる時

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 小動物のようにビクビクとイリヤの背中に隠れている私の様子に、フェルディナンの後方から傍観者ぼうかんしゃを徹底していたユーリーが面白そうな顔をして口を開いた。

「フェルディナン私には月瑠がお前の事を怖がっているように見えるんだが」

 ユーリーにまじまじと観察されているのが分かって、余計にイリヤの背中から出るに出られなくなる。

「そのようですね」
「月瑠はお前に何かしたのか?」
「直接的には何もされていませんが」
「というと?」
「さあ、何でしょうね」
「……お前は普段から彼女に一体どういう接し方をしているんだ?」
「失礼ですね。私はいたって普通に彼女に接していますが。推察すいさつするにおそらく彼女は私に隠れてシャノンの尻尾を触っていたことと、無断外出したことで怒られると思っているのでしょう」
「怒っていないのか?」
「どうでしょうね」
「……フェルディナン、お前言ってることと――いや、これ以上言うつもりはないが。夫婦喧嘩は犬も食わないと言うしな。それよりも無断外出はよくないが、いいじゃないか尻尾を触るくらい」
 
 思わぬ助け舟に私はイリヤの背中から少しだけ顔を出してしまった。

「おっ、やっと顔を出したな。月瑠大丈夫だから出ておいで。私がいるうちはフェルディナンに手出しはさせないから」
「陛下……」

 フェルディナンからとがめるような視線を向けられてもユーリーは気にしたふうもない。

「月瑠一応言っておくが尻尾なら私にもあるぞ? ほらっ」
 
 そういってユーリーは国王の地位に相応しい豪華なマントの下に隠されていたモノを引っ張り出した。それは金と黒の虎のような模様で猫の尻尾と同じ形状をしている。目の前でくねくねと動いている尻尾に、私は出された餌に飛びつく子猫のようにイリヤの背中から飛び出て、ユーリーの尻尾をハシッと反射的につかんでいた。

「「月瑠!?」」

 フェルディナンとイリヤの驚きの声が同時に上がった。ムギュッとユーリーの尻尾をつかんだ格好の私にユーリーも驚きの表情を向けている。
 
「……あっ、……はわぁっ!? ご、ごめんなさい。見たら思わずその、手が出てしまって……」
 
 大慌てで尻尾から手を離すと次の瞬間、硬直こうちょくしている私を余所よそにユーリーが豪快ごうかいに笑い出した。

「あははははははははは」

 どうしたのかとユーリーの様子をおそるおそる見返すと、ユーリーは楽しそうに明るい紫の瞳に涙を浮かべながら胸元を手で押さえて、小刻みに肩を震わせて笑っている。そうして一頻ひとしき心行こころゆくまで笑い終えたところで、今度は私の頭に手を乗せて私の長い黒髪を軽くぐしゃぐしゃときまわした。

「ふわわっ!」
「……出会いがしらに、それもこんなに遠慮なく尻尾を触られたのは初めてだな」

 優しい顔をしてユーリーは私の頭をでている。

「ご、ごめんなさい……でも何で王様にも尻尾が? 王様が即位された時にはもう獣人は皆反逆の徒リベリオンとして追放されていたはずですよね?」

 獣人達が反逆の徒リベリオンとして追放されたのが25年前。ユーリーは24歳。ということは、ユーリーは獣人達が追放された後に生まれたことになる。

「私は混血種だからな。四分の一だけだが獣人の血を引いている。外的には獣人特有の耳はないが尻尾はある。それの場合は人間側につくか獣人側につくか何方どちらにつくのかは選ぶ事が出来るんだが、私が生まれた時には既に獣人達は追放されていたからな。追放後では各々の環境に適応した限定的な選択肢を選ばざる負えなかった」
「限定的な選択……それって人間側で生まれたら人間として獣人側で生まれたら獣人として生きることを選ばざる負えないってことですか?」
「そういうことだ。だから結果的に私は生まれ故郷を同じくする人間側につくことになった。それでも本来なら混血種というだけで王座にくことも難しい身の上だ。私が王として今あるのは全てフェルディナンの采配さいはいによるものだ」

 混血種……そっか、だから王様の瞳は猫みたいに瞳孔どうこうが縦に長いんだ。
 四分の一だけ獣人の血を引いている。ってことはクオーター? っていうんだっけ。じゃあ王様のご両親もどちらかが二分の一だけ獣人の血を引いている混血種ってことなんだよね。

 紫色の異形の瞳を改めて見直してみる。フェルディナンの紫混じった青い宝石のような瞳と雰囲気が少しだけ似ているけれどやっぱり別物べつもので、生きてきた年数と経験による差異さいが二人の印象を決定的にわけているようにも思えた。フェルディナンの鋭い眼光からは高い叡智えいち聡明そうめいさがにじみ出ている。対するユーリーの瞳は混じりっ気のない純粋無垢な子供のような色をしていた。

「……フェルディナンの采配さいはいってどういうことですか?」
「ああ、先代の王が逝去せいきょされてから、この国ではしばらく王が不在の時期が続いてな。その間王政おうせいを指揮していたのがフェルディナンだ。私が王に即位した後も実質的な支配権を持っているのはフェルディナンで私は傀儡かいらいに過ぎない。そういう時期もあったな。まあ詳しいことはフェルディナンから聞いてくれ」
「……えっと」
「陛下、一体何年前の話を持ち出しているのですか」
「いいじゃないか。たまには昔を懐かしむのも。ああ、それと月瑠」
「?」
「私のことはユーリーでいいぞ?」
「へっ? えっとぉ~、それはですね。流石さすがに不味いのではないでしょうか?」

 王様のことを呼び捨てていいものかと思案しているとユーリーは不機嫌そうな顔をした。その顔がフェルディナンの怒った顔に似ている気がして余計に困ってしまう。

「私がいいと言っているのだから対面たいめんなど気にするな」

 本当にいいのかと思わず救いを求めてフェルディナンを見ると、彼も仕方がないなと諦めた表情で首を小さく縦に振って許可を出してくれた。

「う~、それじゃあ、……ユーリー?」
 
 そう呼ぶとユーリーは嬉しそうにまた頭をでてきた。

「それでいい」

 今度は先程よりも触れてくる感触が優しくなった。私を見る瞳の色も少しだけやわらいだように見える。
 
「陛下、あまり月瑠で遊ばないで下さい」

 そこで一連のやりとりに我慢が出来なくなったフェルディナンがとうとう私とユーリーの間に割って入ったきた。フェルディナンは私を片手で素早く抱き上げるとユーリーから引き離してしまった。

「きゃあっ!? フェルディナンっ!?」
 
 戸惑いに声を詰まらせているとユーリーが私とフェルディナンのやり取りを面白そうな目で見ながらくつくつと静かに笑っている。そして肩を震わせて笑いを耐えていたかと思ったら、ユーリーはとんでもなく重要な事を話しのついでと言った感じで教えてくれた。

「ああ、そうだ月瑠。この国の名が決まったぞ」
「……えっ? ついに決まったんですかっ!? それで何て名前に……?」

 それはずっと、あの”神解かみとき”と呼ばれるようになった半年前の出来事から議論され続けてきたことだった。

神の国エルガー……――我々は神の名をぐ国の建国者となる」



*******



「――長い審議の末、近隣諸国の王族達も皆賛同してこの世界を創造した神の名を残すことに決めた。世界広しと言えど神が拠点としていたのはこの国だけだ。神の膝元ひざもとつちかわれて来た国だからこそ、神の名をぐのが最も相応しいとそう議会で決定を下した。神の統治から解放されると言っても長年世界に安寧秩序あんねいちつじょをもたらしてきた統治者として、神への敬意を残すことは必要だと判断した結果だ」

 日中のユーリー達との聖域せいいきでのやり取りが終わってから、私達は皆フェルディナンの屋敷に帰って来ていた。いま私は自室のソファーにフェルディナンと一緒に並んで座っている。

「議会って王様とフェルディナンと偉い人達が集まっていた?」
「ああ、古代貴族こだいきぞく当主とうしゅ達が総出そうでで出席していたからな。思っていたよりも早く決定が下された」
古代貴族こだいきぞくって何ですか?」

 私の質問にフェルディナンは少しだけ意表いひょうを突かれたような顔をして、私の顔をのぞき込むように見てからそっと私を自身の方へと抱き寄せた。私は逆らわずそのまま身をまかせて甘えるように彼の胸元に頭を預けた。厚い胸板に腕を添えてフェルディナンを見上げると、フェルディナンは私の頬にそっと口づけて優しい顔をした。

「月瑠にはまだ話をしていなかったな……この国は王政おうせいをとっているが、その下には常に古代貴族こだいきぞくと呼ばれている5人の当主とうしゅが王を支えている。それぞれが得意とする分野に属していてそれは代々受け継がれていく。そしてこの古代貴族こだいきぞくから王となる者が輩出はいしゅつされているんだが……」
「どうしたの?」
「扱いづらい連中ばかりだからな」
「扱いづらい?」

 ただ会話をしているだけなのに、二人切りで過ごす空間にはゆったりとした甘い雰囲気が流れていて心地いい。

古代貴族こだいきぞくから王を輩出はいしゅつしているということは、古代貴族こだいきぞくは全て王族につらなる者達となる。だからそれなりに気位きぐらいが高い。重要な会議を当主とうしゅが欠席する何てことはよくある話だ。統制をとるのも楽じゃない」
「でも今回はちゃんと皆が集まったんですよね?」
「それだけ今回は対応にせまられていたということだ」
「……そういえばさっき言ってたそれぞれが得意とする分野に属しているってどういうことなんですか?」
古代貴族こだいきぞくは法務・経済・文学・医療・武道をつかさど当主とうしゅで構成されている。それを統率するのが王陛下の役割になる」
「……もしかしてフェルディナンって」
「俺は武道をつかさど当主とうしゅになっている」

 フェルディナンは自身の金の髪をげながら、とても面倒臭そうな嫌そうな顔をして答えた。出来る事ならしたくない。そう思っているのがその言動からひしひしと伝わってくる。

「やっぱり……。フェルディナンってもしかして重要な役割とかあまりやりたくない人ですか?」

 フェルディナンの頬に軽く触れて気遣うような視線を送ってみる。

「面倒だからな」
「……でもフェルディナンって堂々としていて頭も良いし腕も立つから、どうしてもそういう役割に一番向いているって認定されちゃうと思うんですけど」

 避けようがなさそうだなとしみじみ思ってフェルディナンを見ていると、彼は嫌そうに眼を細めて深い溜息を付いた。

「そう言うことはやりたい奴にやらせておくのが一番いい。俺はさっさと引退したい」
 
 話している時のフェルディナンの表情や仕草が少し子供っぽく見えて、私は思わずくすっと笑ってしまった。

「何だか、フェルディナンって思っていたよりも……」
「何だ?」
「子供で可愛い」

 私は思わずフェルディナンの顔を両手ではさんでおでこにそっと唇を押し当てた。少しだけ好きな人に触れている幸せな余韻よいんひたりながら静かにフェルディナンから離れると、フェルディナンはせつなそうに紫混じった青い瞳をらして私を見ていた。
 
「……君はどうしてそうなんだ。俺がそう言われて嬉しいと言うとでも思うのか?」 
「思わないけど。でも可愛いものは可愛いから仕方ないですよ」
「俺の事を可愛いだなんていうのは君くらいだ」

 あきれたようにそう言いながらも、フェルディナンは私の腰に手を回してギュッと強く抱き寄せて自身のひざの上に私を乗せると、私の唇に自身の唇を押し当ててきた。触れ合うような軽い口づけを交わし合う。
 今もまだ少し恥ずかしさは残るものの、フェルディナンと恋人になってからのこの半年間で、こういう恋人同士の行為に私はやっと慣れてきたところだった。

「それにしても、君はどうして少し目を離しただけであんな厄介な相手に気に入られてしまうんだ?」
「や、厄介な相手ですか? ……それってユーリーのこと言ってるの?」
「他にも心当たりがないとは言わせないが。今回はそうだな」
「他にもって……」

 フェルディナンがあんにイリヤ達のことを言っているのは何となく分かった。

「あの、フェルディナンはユーリーとあまり仲良くないんですか?」
「そんなことはないが。何故そう思うんだ?」
「だって二人共会っている時は何時いつも皮肉ばっかり言い合ってるし」
「それはあの人と俺が似ているせいかもしれないな」
「確かに、フェルディナンとユーリーってとても似ている気がしてました。ユーリーはフェルディナンの若い頃にそっくりなんじゃないのかなって」
「……だから近づけたくないんだ」
「えっ?」
「陛下と俺はよく似ている。多分、陛下の本質と俺の本質的な部分が似通にかよっているからだろう」
「本質的な部分?」
「欲しいものは必ず手に入れようとするところがだ。それに陛下は俺と趣味もよく似ているからな……」
「趣味?」

 フェルディナンは私の質問には答えず、ただ静かに私の頬に触れて少し心配そうな顔をした。

「……とにかく、陛下にはあまり近づかないようにしなさい。ただでさえ気軽に名前を呼んでいいと言われるほど気に入られている。それも尻尾を触られても怒らない位にな」
「あの……」
「んっ?」
「どうしてみんな尻尾をそんなに触らせたがらないんですか?」
「……そうか、君の元いた世界には確か獣人はいないのだったな」
「はい、私がいた世界には人間しかいませんでしたけど、それがなにか?」
「知らなくても無理はないが……こちらの世界では獣人が尻尾や耳を触らせる相手は特定の人物だけというのが一般的な見解けんかいだ」
「特定の人物?」
「恋人かそれに相当する相手にしか本来は触らせたりしない。身体の部位の中でも一番敏感で弱い部分だからな。個体によって多少許容範囲は異なるが普通は親兄弟にも滅多に触らせたりはしないものだな」
「……えっ? え、ええ――っ!? ど、どうしようフェルディナン、私シャノンさんとユーリーの尻尾触っちゃったよっ!? それもシャノンさんは耳まで触っちゃったんだけど……」
はたから見たら恋人同士に見えるだろうな」
「…………」

 なるほど、それは皆止めに入る訳だと頭の中で死ぬほど恥ずかしい気持ちと、でもまた触りたいという気持ちに葛藤かっとうしていたところで私はあることに気が付いた。
 先程フェルディナンに近づいた時は気付かなかったけれど時折、フェルディナンから石鹸せっけんの良いかおりがふわっとただよってくる。

「フェルディナン……もしかしてお風呂に入った? 朝から?」

 私はフェルディナンの綺麗な金髪に触れて見た目よりやわらかい感触かんしょくを楽しみながら、鼻を寄せてくんっとにおいをいでみた。

「月瑠……その理由を俺に皆まで言わせるつもりか?」

 そう言ったフェルディナンの瞳が夜でもないのに光って見えた。それまで私達の間に流れていた甘くゆるやかな雰囲気が一変いっぺんする。
 フェルディナンは夜闇に眼をひからせている肉食獣にくしょくじゅうのように紫混じった青い瞳をギラつかせて私のあごに手を掛けた。
 
 クイッと上向かせられて私はまた自分がやってしまったことに気が付いた。
 昨夜のフェルディナンとの布越しでの局部の触れ合いを思い出して、私は彼から急いで視線をらしたものの顔が赤くなるのを止めることが出来なかった。赤面せきめんしたままフェルディナンに返事を返してしまう。

「……いえ、何も言わなくていいです」

 これ以上、彼が自身で掛け直した理性りせいたがが外れるような言動をしては自分の身が危ない。

「フェルディナンお願いだから手を放してください」

 私は急いであごに掛けられた手を放してほしいとフェルディナンにお願いした。緊張してかた余所余所よそよそしくなった私の態度が面白いのか、フェルディナンはくすっと笑って私の鼻先や頬、あご、額へと次々に場所を変えて優しく口づけていく。その愛撫あいぶのくすぐったさと気持ち良さに体が反応して背筋にぞくっと鳥肌が立つ。

「きゃっ! ちょっ、まってっ! フェルディナン!? か、揶揄からかわないでっ!」
揶揄からかってなどいない。君があんまり可愛い反応をするのが悪いんじゃないか?」
「……何を言って」

 飄々ひょうひょうとした口調で話すフェルディナンは私のことをしくてたまらないような目をして私を見ている。

 ――何時いつになったらフェルディナンはおすの目で私を見るのを止めるのっ!?

 モブキャラ要素しかない私に、こんなに綺麗な恋人がいること自体が奇跡的なことだということはよく分かっている。贅沢な悩みだということも。でも、でもだ。本能をき出しにしたフェルディナンの強い欲望よくぼう宿やどした視界から逃れることも出来ず、あまりの気まずさに私は話題を変えることにした。

「フェルディナン、何時いつもよりも何だかその、様子が変な気がするのだけど……」
「どういう意味だ?」
何時いつもより甘さが倍増している気が……」

 特に私を見るフェルディナンの目がずっと私を欲しいとうったえているように見える。こうして普通に会話をしている今でも私を見る目や私に触れている腕が何時いつにも増してあつく、そう言う意味でねつを帯びているような気がしていた。

「ああ、それは俺がもうすぐ女体化にょたいかするからだ」
「……えっ?」
生殖時期せいしょくじきにまだ入っていないとはいえ、そうなる数日前はどうにも抑制がかなくなる」

 とんでもない事を何でもない事のようにさらっと言われてしまった。

「あの……」

 ――ちょっと待って、いま何と言いましたか?

「一応言っておくがそんな時に無理やり抱いたりはしない、つもりだ……理性が飛ぶような時期とは言え意識はあるからな。何とか抑えるが、ある程度のことを君には覚悟していてもらわないと困るんだが?」

 誰もが魅了みりょうされるほどの美貌びぼうでにっこり微笑まれている最中さなかにも、フェルディナンの両腕は私の腰にガッチリと回されている。逃がしはしないと無言でげられている感覚に私は一瞬思考が完全に停止してしまった。
 理性りせいたがはずれる時が近づいていると宣言されて、私は本気で逃亡計画をくわだてようかと真剣に悩んだものの、それを本気でフェルディナンに阻止されることも私にはよく分かっていた。
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