乙女ゲーム世界で少女は大人になります

薄影メガネ

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第一章~子供扱編~

♂023 逃げ出したい心

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 フェルディナンが大人の男性なのだとハッキリと意識して、今迄いままで飯事ままごとのような関係とは明らかに違う表情の彼に私はおびえた。おすにおいをただよわせているフェルディナンへの恐怖が冷静に対応しようとする思考しこう凌駕りょうがして、どんなに抑えようとしても小刻こきざみに体が震えてしまう。

 フェルディナンは私をベッドに下ろした後で素早くマントと甲冑を脱ぎ捨てた。何時いつもの黒将軍くろしょうぐんとしての彼と会う時よりも簡易的な、黒いタートルネックにズボンという見慣れない男の姿・・・に心臓がドキドキしてどうしようもない。

「フェル、ディナン……さん……?」

 震える声で彼の名を呼んで反応を確かめる。ベッドの上でおおいかぶさるような体勢で私のあごを押さえたまま微動びどうだにしないフェルディナンは、肉食獣のようなするど眼光がんこう宿やどしたままだ。いつもの優しくて穏やかなフェルディナンには戻らない。

 分かっていたはずだった。でも言葉で理解しているのと実際にそうだと理解しているのとでは全く違う。私はフェルディナンに恋心を抱いていても、ちゃんとそういうことを理解するにはいたっていなかった。

 ――彼がどんなに優しくてもその本質は男だということに・・・・・・・・・・・

 フェルディナンは私より29歳も年上で。人生経験も豊富だ。当然そういう経験も沢山あるわけで。何といってもこの容姿――恋人なら星の数程いそうだ。だいたい私は子供としか思われていないわけでその恋人候補に入れる可能性は限りなくぜろに近い。と、そこまで考えたところで私はようやくハタと気が付いた。

 んっ? あれっ? ちょっとまって? 子供だと思われているならどうして今、こんな男の顔をしたフェルディナンさんに詰め寄られているんだろう? でも……

「何の冗談ですか? フェルディナンさんらしくないですよ。そんな怖い顔して……」

 今こういう状況になっているのはそういう男女の意味ではなくて、私が勝手に勘違いしているだけかもしれない。そう思って私は明るく茶化ちゃかすように振る舞ったのだが、それは逆効果だったらしい。フェルディナンはふっと鼻で笑って益々ますますすごみのある表情で顔を近づけてきた。

らしくない、とは? どういう意味だ?」

 えっ? いま俺と言いましたか? 
 普段は自分のことをと言っているフェルディナンさんが?

「…………」

 聞き間違え、とか?

 混乱する頭で私は何とかフェルディナンの変貌へんぼうを理解しようとした。が、どうしても理解することが出来ず。どう反応したらいいのかも分からなくなって、私は戸惑いを抱えたまま黙り込んでしまった。するとそれまで怖いくらい男の顔をしていたフェルディナンが固い表情を崩してくすっと笑った。
 フェルディナンは子供をあやすような何時いつもの優しい仕草しぐさで私のひたいに自身のひたいをくっつけてやわらかい眼差まなざしを向けてきた。

 ――良かった。いつものフェルディナンさんだ。

 緊張で固くなっていた体がやわらいでいく。
 そうしてホッと胸をで下ろしそうになった時、フェルディナンはとんでもないことを口にした。

「まったく、寝ている間にキスする勇気はあるのにどうして肝心かんじんのことが言えないんだ?」

 ……――はいぃっ!? いまなんとおっしゃいましたかっ!?

 再びわなわなと小刻こきざみに震え始めた肩を、ロープで縛られたままの両手で必死に押さえながら、私は意をけっしてフェルディナンに聞き返した。

「まさか起きて……」
 
 と、いうことは――
 好きとか言っていたこともばっちり聞かれていたってことですか!?

「眠れるはずがないだろう」
「でもだって! 私のことは子供としか見ていないんじゃ……」
「俺が何時いつ、そんなことを言った?」

 心外しんがいだとでも言うようにフェルディナンは紫混じった青い宝石のような瞳を細めた。眉間みけんしわを寄せて少し不機嫌そうな顔をしている。

 つまりフェルディナンさんはそういうふうに私を見ていた訳で……――不味いっ! 

 私は身の危険を感じて逃げようとした。しかし逃げようにもフェルディナンの手が私のあごえられたまま両手はロープで縛られている。それも逃げる為に自分で用意したロープで。
 私は震える指先で私のあごを捕らえたままのフェルディナンの指に触れた。その私の行動をどういう取ったのか、フェルディナンは手をあごから外してくれた。

 よし! これであとはなんとか様子を見て逃げ出さないと……

 そう思ってフェルディナンを見上げると彼はまたあの怖い顔に戻っていた。それを見た瞬間、全身にぞわっと戦慄せんりつが走った。捕食動物ほしょくどうぶつられる得物えものそのもののような感覚に全身が支配されていく。 

 こ、この雰囲気はとにかく物凄く不味いっ! 早くベッドから出ないとっ! 

 私は体が完全に委縮いしゅくしきって動けなくなってしまう前に本能的な反射で体を動かしていた。

「月瑠!?」

 フェルディナンのハッとするような声が後ろから聞こえてくる。くるりと身をひるがえし、あと少しでベッドから出られるすんでのところ――そこまできて私は捕まってしまった。

「……っ!」

 ベッドの上で逃げ出した私をフェルディナンは軽々と抱き上げてベッドに引きずり上げた。フェルディナンはもがく私を後ろから抱きしめて捕まえると、彼の方を見るように私のあごを捕らえてグイッと顔を斜め後方へと上向かせた。
 後ろから抱きすくめられている状態で、フェルディナンの方に顔が向くように強要されて私は更にジタバタともがいた。

「やぁっ! 放して! こんなのフェルディナンさんらしくな――んっ!?」

 苦し気に顔をゆがめる私の唇にフェルディナンの唇が強引におおかぶさってきて続く言葉ごとふうじられてしまった。
 ギシギシときしむベッドの上でフェルディナンの形の良い唇に唇をふさがれながら、私はフェルディナンの強引な口づけに耐えるように、必死に彼の強靭きょうじんな両腕にしがみついた。

 後方からはフェルディナンの厚い胸板が一部いちぶすきもないようにぴったりと私の体に密着している。フェルディナンの鼓動こどうじかに背中で感じながら前方をガッチリとした彼の腕に捕らわれて、私はフェルディナンという肉体のおりに閉じ込められた状態で完全に逃げ場をなくしていた。

 口づけの合間あいまに吐くフェルディナンと私の熱い吐息といきが室内に木霊こだまして、くぐもった私の声がつながっている唇の隙間すきまかられた。

「……っん……はぁっ、やぁっ!」

 フェルディナンの唇から逃れようとして、私は首を横に振った。

 フェルディナンの熱い唇から逃げるのに成功したのは一瞬で、フェルディナンは私の後頭部に素早く手をあてがうと、私の唇に自身の唇を重ね直して強引に深い口づけを再開してしまった。

「……やっ、めっ……ん……」

 ねつびた欲情よくじょうしたおすの視線を注がれて、フェルディナンの腕の中で逃げ腰になっている私を逃がさないように、彼はきたかれた太い腕で押さえ込んだまま深々と舌を挿入してくる。
 フェルディナンのあつ過ぎる舌が私の舌にねっとりとからみついて、くちゅくちゅと卑猥ひわいな水音を立てながら私をほっしてもっと深く入り込んでくる。互いの唾液を交換しながらフェルディナンは強引に深い口づけを繰り返し続けた。

「はぁっ、はっ……フェル、ディ……ナ……さ……やっ……っ」

 あえぐように呼吸しながらフェルディナンに止めてほしいと言おうとしても、言葉を口にする前にフェルディナンの唇にふさがれてしまう。彼に強く舌を吸われながら必死に抵抗をこころみても16歳の少女の力など、成人男性でそれも黒将軍くろしょうぐん異名いみょうを持つ武人のフェルディナンには全く歯が立たない。たちまちのうちにせられてしまう。

 抵抗もむなしく私はフェルディナンの舌に口腔内こうくうないを犯されて、息をみだしながら瞳に涙を溜めて彼の動きに従ってしまった。

「……あ……ぃやぁっ……ぁんっ……っ……」

 処女で恋愛経験の少ない私にはこれ以上フェルディナンにあらがうことは出来ず、強引に唇を重ねられたまま翻弄ほんろうされ続けるしかなかった――






 それから小一時間程、フェルディナンの腕に捕まったまま、私は目を閉じてフェルディナンのなすがままに彼と唇を重ね続けていた。後ろから捕まるような恰好をしていたのが、何時いつの間にかフェルディナンのひざの上に座らせられて正面から向き合うような恰好にさせられていた。私はロープで縛られたままの両手ですがりつくようにして私をつかんで放さないフェルディナンの腕を握りしめていた。
 
「……ふぁっ……あ……」

 そしてフェルディナンと長時間ずっと唇を重ねられて、私は彼のたくみな舌使いにそういう経験が豊富なのだとはっきりと分かってしまった。

 こんな滅茶苦茶めちゃくちゃな状況なのに、私は唇を深く重ね続けるフェルディナンに問いただしたくなった。

 ――私で唇を重ねたのは何人目ですか? 

 こうして口づけを交わしている間も見知らぬ過去の相手に嫉妬しっとしてしまうくらいに、私はフェルディナンのことが好きなのだと思い知らされる。

 逃げる私の両手を縛り付けたうえ、強制的に唇を重ねられてもどうしてもフェルディナンのことを拒絶きょぜつしきれない。私は何に対しての感情なのか分からないまま、瞳に溜めた涙がこぼれるのを止められなかった。

 頬を伝っていく涙に気付いたのか、フェルディナンが動きを止めた。

 フェルディナンは重ねた唇をゆっくりと離した。離れた後も間近で顔を合わせている私達の間に唾液が糸を引いて離れた唇をつないでいる。

「あっ……」

 フェルディナンとの口づけが終わるのを名残惜なごりおしむような甘い声が出て、私はあまりの恥ずかしさに赤面せきめんしてうつむいてしまった。

「……月瑠?」

 心配するような、気遣うような優しいフェルディナンの声――でも私は気恥ずかしさに頭が上げられなかった。あんな声を出して。これではもっとつながっていたいとものほしげにしているように見られてしまうような気がして、私はますます顔を上げられなくなる。

 そんな私の様子を心配してフェルディナンは私のあごに手を掛けると優しく上向かせた。紫混じった青い宝石のような瞳が私を見下ろしている。あまりにも端正たんせいで綺麗な顔立ちは何度見ても慣れるどころか緊張してしまってどうしようもない。それもどうしても彼の唇に目がいってしまう。先程まであの唇が私の唇に触れていたのかと思うと顔から火が出そうだった。
 先程の口づけを思い出して感情の収拾が出来なくなった私は、益々ますます赤くなってしまう。

「あっ……やだ、見ないで……お願い……」

 そうフェルディナンにお願いしても彼は紫混じった青い瞳を私に向けたまま動こうとしない。
 最後はフェルディナンの目を見ていられなくて、私は目をつぶって彼の手があご添えられたままの状態で、わずかに顔を斜めにそむけた。

「月瑠……」

 名前を呼んでも返事をしようとしない私の様子を黙って見ていたフェルディナンが、今度は私の頬をつたった涙のあとにそっと舌をわせてきた。私は思わずビクッと体を震わせて閉じていた目を開けてしまった。
 涙のあとめとるフェルディナンの綺麗な顔が間近にある。彼の舌の動きがあまりにも気持ちよくて鳥肌が立ちそうになる。

「やっ! フェルディナンさんやめてっ!」

 私はロープで縛られたままの両手をフェルディナンの口に押し当ててフェルディナンをがした。そうして安心出来たのはつかで、今度はフェルディナンの口に当てていた私の両掌りょうてのひらにフェルディナンは口づけを始めた。

「ひゃんっ! フェ、フェルディナンさんっ!?」

 私の悲鳴など無視してチュッと音を立てながら私の手に唇を押し当てるフェルディナンに、私は勢いよくベッドの上で膝立ひざだちになると、目の前にある彼の頭ごと自分の胸元に抱え込んでフェルディナンの動きを止めた。

 フェルディナンの動きを止める為とはいえ、自ら墓穴ぼけつるような行動をとる羽目はめになるとは――いざとなった時の自分の行動を、私は自身でも全く把握はあく出来ていなかった。



*******



 フェルディナンを頭ごと胸元に抱えること数分……
 表面上は少しムッとした顔で唇をとがらせて私は怒ったような表情を作っていた。

 フェルディナンの行動を怒っているような体裁ていさいを取りつつも、実は彼の頭を胸元に抱え込んだまま頭の中ではこれ以上はないという程、おろおろとみっともない位取り乱していた。

 私はこの後どうすればいいの~っ!?

 そして突然ベッドの上に膝立ひざだちになった私に、自身の頭を胸元で押さえつけられた形のフェルディナンも驚きに目を見張みはって呆然ぼうぜんとしている。

 それから少ししてフェルディナンは私に頭を抱きかかえられたまま、私の胸元でうつむきがちに肩を震わせはじめた。流石さすがにどうしたのか気になって、私は怒っている演技を中断してフェルディナンに話し掛けた。

「あの、どうしたんですか?」

 私が話し掛けたタイミングとほぼ同時に、フェルディナンはせきったように豪快ごうかいに笑い出した。

「あはははははははは!」
「!?」

 ビクッと身をすくめて様子を見ている私に、フェルディナンは笑いの余韻よいんを残したまま、半ば涙目になりながら私を見上げてきた。

「くくっ、逃げ出したかと思えば自ら飛び込んでくるなんてな」

 ……それは本当に、返す言葉もございません、はい。

 私は心の中で一人反省した。

「月瑠はいつも何を考えているんだ? あまりにも突拍子とっぴょうしもない行動ばかりで俺でも予測ができないぞ?」

 可笑しそうに肩を震わせてフェルディナンはまだ笑っている。それにしてもフェルディナンは豪快ごうかいに大笑いしていても整った顔は全く崩れない。それどころか親しみやすさが増すような気がして、周囲の人間にとっては只々ただただ魅力的にしか映らない。

 形の良い唇からのぞく白い歯。あちこちに戦いによる古傷を抱えながらもきめの整った綺麗な肌をしていて、とても45歳には見えない。
 そして紫が混じった宝石のような青い瞳と、サラサラと流れる黄金色の髪にクールで知的な印象の端正たんせいな顔立ち――彼を作り上げている全てのものが綺麗で美しかった。

 そんなフェルディナンの形の良い整った耳には、左耳に一つだけ金のループピアスが付けられている。何がとははっきり言えないけれど、その金のループピアスだけが彼の身に付けている物の中でも一際ひときわ異彩いさいを放っているように見えた。

 そういえば、このループピアスって何か重要な物・・・・・・だった気がするんだけど……

 いかんせん冒頭部分の基礎知識しか知らない私ではそれ以上は知り得ない知識だった。

 ――それにしても今いるこの世界が『女の子を産まないと帰れない!?~乙女ゲームの世界に転移しちゃいました~』――略して「のをない」。それも18禁のエロゲーだなんていまだに信じられない。現実味がないと言うか――でも実物はゲーム画面で見るよりも数倍格好いいし……

 私は半ばフェルディナンに見惚みとれつつそうして考え込んでいる内に、フェルディナンのことをすっかり置いてきぼりにしてしまっていた。
 そうしてフェルディナンの頭を胸元に抱えながら乙女ゲーム世界のことについて色々と頭を巡らせていると――

「面白くないな……」

 フェルディナンはそんな私の様子を見てつまらなそうにボソッとつぶやくと、私に頭を抱えられた状態で、私の背中に腕を回してギュッときつく抱きしめてきた。

「きゃっ」

 不意ふいかれて私は黒い目をまん丸くしてフェルディナンを見た。

「フェルディナンさん?」
「何を考えている?」
「それは……」

 この世界が乙女ゲーム世界でそれも18禁のエロゲーだということを考えていただなんて話出来るわけがない。そもそもそれを話したら18歳になっていないのにエロゲーをやっていたエッチなお子様だと思われてしまう。
 私まだゲーム初心者なのに……

「俺以外の男のことでも考えていたのか?」
「はいっ? えっと、それって誰のことを言ってるんですか。まさかイリヤだなんていわな――」
「そこでイリヤが出てくるのか」
「えっ? あのそうじゃなくて。あの、フェルディナンさんそれ勘違いです!」

 何を思ったのかフェルディナンは私の長い黒髪を武骨ぶこつな男の手で優しくき始めた。私の否定を無言で聞き流して静かな表情でこちらを見てくる。彼の厚い胸板と身体に回された大きな腕の感触が心地良くて、布越しに感じるその体温の温かさがこのまま眠ってしまいそうなくらいに気持ちいい。

「……何故一人で町へ行こうとしていたのか。理由がまだ聞けていなかったな」

 とろんと微睡まどろむような抱擁ほうよう最中さなかにもフェルディナンは追及ついきゅうの手をゆるめない。

「それは……っ!」

 もう言い逃れは出来ない雰囲気を作られて、私は言いようのない不安に顔をくもらせながらも仕方なく口を開いた。

「……私はフェルディナンさんのことを好きになっちゃいけないんです」
「何故だ?」
「好きになったら元の世界に帰れなくなってしまいそうだからです。だからフェルディナンさんのこと諦めようと必死で私……」
「諦めるつもりだったのか?」
「はい……それなのに私好きになっちゃいけないのに、どうしようもなくフェルディナンさんのことが……好きなんです。でもフェルディナンさんは私のこと子供としか見ていないようだったし、これ以上好きな人のそばで子供扱いされるのが嫌だったんです。私みたいに平凡なお子様がフェルディナンさんみたいに大人で綺麗で格好良くて一人で何でも出来る。そんな素敵な人には相手にされるわけがないし、私は論外ろんがいな相手なんだと思っていたから、だから私……」
「つまり君は町に出かけるつもりだったわけではなく、屋敷自体を出て行くつもりだったのか?」
「はい」
「その理由は俺が君を子供扱いしているから、ということか?」
「それは……」

 さっきのフェルディナンさんからのキスで嫌という程、違うことが分かりました。でもいざとなるとどうしても心がついていかなくて、逃げ出したくなってしまうんです。ごめんなさい。

「まったく……子供扱いされたくないと言いながら、肝心かんじんなところで逃げてしまう君をどう大人扱いしろというんだ?」

 ――自制じせいさせられるこちらの身にもなってほしい。

 とでも言いたげにフェルディナンは金髪をげて、紫混じった青い瞳を細めると非難の目を私に向けた。

「ごめんなさい……」

 私、まだしばらくは子供扱いでいいです……今回の出来事をて心底そう思った。

「それにしても……君は甘いな」
「えっ?」
「他の人間は異邦人ラヴァーズの意志を尊重して元の世界に帰れるように尽力じんりょくくすだろうが――悪いが俺は自分のものと決めた相手・・・・・・・・・・・をそう簡単に手放せるほど聞き分けよく出来てはいない。俺がそう簡単に君を手放すと、本当にそう思っているのか?」
「フェルディナンさん……」

 それって――

「捕まえたら絶対に放す気はないそういうことだ」
「あの……」

 私が返事に困っているとフェルディナンは更に困った質問を容赦ようしゃなく続けた。

「それと肝心かんじんの話がまだ残っていたな」
「えっ?」

 フェルディナンは私の胸元に顔を埋めたまま見上げてきた。

「イリヤと何があったんだ?」
 
 私の身体に回している手に力を込めてフェルディナンは答えをうながしてくる。

「フェルディナンさん、怒らないって約束してくれますか?」
「それは話によるな」
「だったら話せません」
「……分かった。善処ぜんしょする」

 それって約束になっていないような……と、思ったもののこれ以上口をつぐんでいる事も出来なくて私は仕方なく重い口を開いた。

「私、……実はあの路地裏でイリヤに無理やりキスされたんです――それで今回屋敷を出て行こうとした時にまたイリヤに会って、思わずその……」
彼奴あいつ……今度会ったら殺してやる」
「フェ、フェルディナンさん……?」

 ぼそりと物騒ぶっそうなことをつぶやいたフェルディナンの表情を見て、その恐ろしさに戦慄せんりつが走る。フェルディナンは視線だけで人を射殺せそうなくらい怖い目をしていた。

「それでこんな玩具おもちゃで対抗しようとしたのか?」

 フェルディナンはイリヤから渡されたペーパーナイフをブラブラとらして見せた。

「はい……――でもイリヤが私にキスしたのは、それはきっと私のことを心配してくれていたからで私が悪いんです」

 聖域せいいきに連れて行ってくれたイリヤの話を聞いていたら、そんな気がしてとてもこれ以上イリヤを責める気にはなれなかった。

「そんなことをされてもイリヤをかばうなんて随分ずいぶん仲良くなったようだな」
「……フェルディナンさん怒ってますか?」
「そんな話を聞いて怒るなという方が無理な話しだと思うが」
「でも、あの本当に私が悪かったんです。無茶して心配掛けたから。だからイリヤのこと怒らないでほしいなぁ~なんて、思ったりして……」

 フェルディナンは私の申し出にはぁっと溜息を付いて、私の胸元にポスッと顔を埋めて目をつむったまま何やら考え込んでしまった。どんな答えが返って来るのかとドキドキしながらフェルディナンを見下ろしていると――

「月瑠」
「はいっ!」

 緊張から勢いよく返事をしたものの、私はその後に続いたフェルディナンの言葉にすっかり勢いをがれてしまった。

「月瑠からキスしてくれたら考えてもいい」
「……へっ?」

 フェルディナンの不意打ふいうちのような提案に思わず間抜けな声が出る。
 
「フェルディナンさん、あの、それはちょっと、そのぉ~……」

 勘弁かんべんして下さいと目でうったえてもフェルディナンは許してくれない。

「……月瑠」

 私の胸元からジッとかすような視線でこちらを見上げて来るフェルディナンの視線に耐えきれなくて私はとうとう彼の唇に唇を重ねた。おそるおそるついばむような軽く触れ合うだけの口づけをして離れると、途端とたんにフェルディナンは不満そうな顔をした。

「……足りない」

 大人の男の顔をして更に要求するフェルディナンから、再びおすにおいを感じ始めて私はタジタジになる。しかし逃げ出したくてもこうもガッチリと抱き締められていては逃げようがない。

 ――何でこの人、男なのに無駄に色気が多いのっ!? 

 文句の一つも言いたくなる。甘えるような声を出しながら私を見上げるフェルディナンのその整った鼻梁びりょうと上目遣いな視線は妖艶ようえんで、色気があるどころのさわぎではない。ここまでくると生まれ持ったものが違うということをまざまざと思い知らされる。

「フェルディナンさん私にはもうこれが限界で……」

 言い終わる前にフェルディナンが私の後頭部に手を回して自身の方へと引き寄せた。そのままの流れで再び唇を重ねられてしまう。

「……ん」

 かたくなに唇を閉じているとフェルディナンが少しだけ唇を離してささやくように命令した。

「……口を閉じるな」
「でも……っ!」

 反射的に言葉を返して口を開いたすきいて、フェルディナンが無理やり唇を割って口腔内へ押し入って来た。
 フェルディナンは始めこそ強引だったけれど、確かめ合うようにゆっくりと舌をからめながら壊れ物を扱うようにそっと抱きしめられて、今迄の中でも一番優しい口づけに気持ち良くて思考が溶けそうになる。
 たかぶる感情に潤んだ瞳でフェルディナンと視線をわしながら、その後もフェルディナンの気が済むまで私達は唇を重ね続けた。
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