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第一章~子供扱編~
♂019 行き違う心
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「フェルディナンさん……?」
おそるおそる話し掛けた私に彼は明らかに怒気を含んだ固い声で返してきた。
「――すまない、来るのが遅くなった」
フェルディナンの声を聞いた刹那、そんなことはない――と私は思わず無言で被りを振って応えた。声が出なかった。止めどなく溢れ出てくる涙に頬を濡らしながら、私は必死にフェルディナンの方を見た。
私のそんな様子をフェルディナンは一目してからイリヤを真っ向から睨みつけた。今にも殺しかねない形相のフェルディナンに、それまで事の成り行きを傍観していたイリヤが楽しそうに口を開いた。
「随分と来るのが遅かったじゃないかフェルディナン。あと少し遅れていたら君の大事にしている異邦人が俺の元に下ったかもしれないのに……」
「ふざけるなっ!」
フェルディナンの怒りの咆哮と同時に閃く一筋の光がイリヤに向かって伸びた。そしてイリヤはそれを避けるため更に後方へと思いっ切り飛びすさると、その血の様に赤い瞳を私とフェルディナンへ交互に向けた。
「黒将軍が執着している異邦人か……」
「お前は――一体何を考えている?」
声を荒げてイリヤを睨め付けるフェルディナンの声が路地裏に響き渡る。イリヤをとらえることが出来なかった抜き身の漆黒の大剣が空を切り、鈍く黒光りさせながら彼の手元でその怒りを受けて小刻みに刀身を震わせていた。
「君達のその御飯事みたいな関係が何時までもつのか見物だな――」
イリヤはフェルディナンの怒りの反応を楽しそうに眺めながら最後は他人事の様に呟いて、消え入る様に薄暗い闇の中へと姿をくらましてしまった。
路地裏に残された私とフェルディナンとの間に気まずい沈黙が流れる――イリヤが先程までいた方向に目をやりながら危機が去ったことに安堵して、私はひとまず地面に膝を付いたまま直ぐ後方にある壁に寄りかかってほっと息を漏らした。
「……助かった」
一気に気が抜けて半ば放心状態でぼんやりとしていると頭上に大きな黒い影が落ちて来た。上向くとフェルディナンが目前にいて心配そうに眼を細めてこちらを見ている。フェルディナンは何時ものように身をかがめて私と視線を合わせると、涙でぐちゃぐちゃになった私の頬にそっと手を添えた。フェルディナンが私の涙を拭うその仕草が、私に触れる指先が優し過ぎてまた涙が溢れそうになる。
「すまない……」
また謝るフェルディナンに私は先程と同じように大きく被りを振って応えた。
「フェルディナンさん、来てくれてありがとうございます」
フェルディナンの大きくて武骨な手を掴んで引き寄せると自らの頬に当てて私はそっと目を瞑った。その手の温かさが今の私には丁度いい。私がとったその甘えるような行動をフェルディナンは許してくれたようで何も言わずに私のなすがままになっている。
そうして彼の体温を感じながら少しの時間が経過した。黙って私を見守っているフェルディナンの存在と彼の大きな手から直接伝わってくる体温が心地よくて私はなんとか落ち着きを取り戻すと、私が落ち着くタイミングを見計らっていたかのようにフェルディナンが有無を言わさず私をさっと素早く抱き上げてしまった。びっくりした顔でフェルディナンを見上げると彼は静かな表情で私を見ていた。
「きゃっ! あ、あの? フェルディナンさん?」
こ、今回は腰が抜けているわけでもないのに何でお姫様抱っこされてるのっ!?
フェルディナンの腕の中でジタバタと暴れる私を制するように彼はその端正な顔を向けると、少し不機嫌そうに顰めて口を開いた。
「帰るぞ」
「はい。あのフェルディナンさん私今回は腰を抜かしている訳ではないので歩いて帰れますよ?」
「そうだな」
「えっと、あのですから下ろして頂きたいのですが」
フェルディナンは不機嫌な表情のまま短い返事しかしてくれない。彼の短すぎる返事に物足りなさを感じて更に何か言おうと私が口を開きかけた時、フェルディナンは徐に私に顔を近づけてきた。
「月瑠」
「はい」
「そろそろ黙らないと無理やり口を塞ぐことになるぞ?」
その命令口調にムカッとして私は肝心のどうやって塞ぐつもりなのか、問い質すことをすっかり置き去りにして抗議した。
「――なっ!? 私、自分の足で歩いて帰ります! だから下ろしてくださいっ!」
「だめだ」
「フェルディナンさんっ!」
「だめだと言っているだろう」
即答、それも選択権はないとばかりに却下されてしまう。
フェルディナンさん怒ってる? でも怒っているというのとはちょっと違うような気がする……
フェルディナンは普段から口数が少ない方だ。それも必要なこと意外は殆ど話をしないことだってある。私が一方的に話をしているような状況も多々ある。16の私と45のフェルディナンとの年の差は29歳もある。騒ぐ子供をあやすような彼の大人の言動に切なさを感じながら過ごすことが今までも数えきれないくらいあった。
私の事はきっと子供にしか見ていない――そう思うと胸が苦しくなる。
フェルディナンは何時も私のやることなすこと全てを、寛容に包み込むような優しさで許してくれる。これも大人の余裕というやつなのか。今回も私が嫌がってジタバタ暴れていれば下ろしてくれるだろうと高を括っていたのだがフェルディナンは放してくれなかった。むしろより一層、私を抱き上げている腕に力を込めて暴れる私を押え込んでしまう。そして何事もなかったかのように自身の屋敷へとフェルディナンは歩き出した。
まったく下ろしてくれる気はないようだ。私は渋々といった様子で諦めると彼の首に手を回してギュッと抱きついて小声でフェルディナンに話掛けた。
「フェルディナンさん、怒ってる……?」
「……怒っていない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
本当だと言いながらもフェルディナンの声は相変わらず固いままだ。
どうせ子供としか思われていないのなら思いっ切り甘えても何も弊害もないですよね?
そう思って不機嫌な顔のまま歩いているフェルディナンに抱きついたこの行為が、まさかフェルディナンの独占欲を掻き立てる要因の一つになっているということに、この時の私は全く気付きもしなかった。
*******
屋敷に戻ると私は貸し与えられた自分の部屋のベッドの上に下ろされた。そして部屋に戻ってから一言も話してくれないフェルディナンの様子に酷く緊張して、思わずベッドの上でピンと背筋を伸ばして正座の恰好で待機してしまった。犬で言うところの待ての姿勢にも少し似ている気がする。まるでお小言を受ける前準備でもしているような気分だ。
フェルディナンの発言を待って大人しくしている私の前には部屋に置かれた椅子を持ち出して、対面する格好でフェルディナンが座わっている。足を組んで更に腕組みをして固い表情のまま、こちらを見るでもなく顔に影を落としているフェルディナンからの威圧感が半端ない。
屋敷に戻ってからもフェルディナンは始終ずっと黙ったままで――そんなフェルディナンの姿に私はどうしたらいいのか分からなくて何だかそわそわしてしまう。
一連の騒動のせいで時刻は夕刻をとっくに過ぎてしまっていた。外は薄暗いを通り越してすっかり夜の闇に染まり始めている。それに合わせるように薄暗い室内に漂う静寂とピンと張り詰めた空気に息が詰まりそうだ。
う~なんだかとっても怖いんですけど……
私は視線を自分の手元に落とした。そして自分の両手首が赤くなっていることに気が付いた。イリヤに押さえ込まれた時、彼が男で自分が女であることを嫌という程味わった――その時の痕が残された手首をさすりながら溜息をつく。
――女では男に力では敵わない。
それも平時は情報屋だがイリヤの本業は暗殺者だ。敵う筈のない相手を前によくもまあ未遂で終わったものだ。
「……月瑠、イリヤに何をされた?」
長い沈黙を破ってフェルディナンが話しかけてきた。椅子から腰を上げて私に近づくと赤くなっている私の手首を徐に掴んで手首に唇を押し当ててきた。
「フェルディナンさんっ!?」
驚く私の声を無視してフェルディナンが触れた場所から次第に痛みが消えていく。フェルディナンが唇を手首から放すと先程まで赤く腫れて痣になりかけていた皮膚が健康的な色に戻っている。続けてフェルディナンはもう片方の手も取って口づけた。そうしてフェルディナンが唇を放した時にはもう片方の手首からも痛みが消えて赤みも引いていた。
フェルディナンは黒将軍の異名を持つ軍人だがその属性は光。癒しの力を持っている光属性の使い手だ。いま私の両手を癒した力はフェルディナンが持っている魔力によるもので怪我を治してもらうのはこれで三度目になる。
「まったく――君は怪我ばかりしているな」
「ごめんなさい……」
治療を終えたフェルディナンは私にその紫が混じった青い綺麗な瞳を怖いくらい真っ直ぐに向けてくる。
「何があった?」
何時も温厚で私が何か騒ぎを起こしても穏やかに見守っていてくれるフェルディナンにしては珍しく怒っているようにも見える。まあ、付いてくるなと言われていたのにこっそりと付いて行った挙句、怪我までされたうえ襲われてしまったのだから怒るなという方が無理な話だった。
――でもそう改めて何があったかと言われると……キスされて危うく――何てフェルディナンさんにはとてもじゃないけど言えない、よね?
これ以上心配は掛けられない。
「月瑠?」
「…………」
私は話し掛けてきているフェルディナンに気付かず、何とか誤魔化す方法はないものかと頭の中で悶々と言い訳を考えていた。そうして一人の世界に没頭して一向に返事をしない私に痺れを切らしたフェルディナンがベッドの上にあがってきた。そのギシッとベッドが軋む音にハッと我に返って私は急いでフェルディナンに視線を戻した。
「――あっ、フェルディナンさん?」
紫混じった青い瞳に短い金髪、そして分厚い筋肉に包まれた強靭な肉体。そんな美丈夫にこうも近づかれると、ドキドキと鼓動が早くなってきて何だかこっちがおかしくなりそうだ。
あれっ? おかしいな? 危機は去った筈だった。それなのに何だか今の状況の方がとっても危ない気がするのは気のせいだろうか?
「あの~、フェルディナンさん?」
後ろ手にベッドに両手を付けて後ずさりする恰好の私の前に、フェルディナンはするっと覆いかぶさるようにして身体を近づけてくる。
何だか夜這いか何か掛けられているような体勢なんですけど……というか迫られているような感じ? そんなわけないんですけどね……
と他人事の様に受け止めながらも高鳴る心臓の鼓動を気付かれたくなくて、私はフェルディナンから視線を外してそっぽを向いた。でもフェルディナンはそんな私の行動を許してはくれなかった。
「イリヤに何をされた? ちゃんと話してくれ」
彼は私の顎を掴んでクイッと自身の方へ向かせると、紫混じった青い瞳を近づけて覗き込んできた。その真摯な瞳に思わず本当の事を言いそうになる。
「イリヤとはちょっと喧嘩というか話がこじれてしまっただけで何もなかったですよ? それにフェルディナンさんが直ぐに来てくれましたから」
「…………」
「そんなことよりもあのっ! フェルディナンさんの後をこっそりつけてしまってごめんなさい! 私まさか逸れてしまうなんて思ってもいなくて。異邦人は自由人だから何処に出入りしてもOKだし、どんな行動をとっても殆ど皆許してくれるから大丈夫だって思い上がっていて……結果的にフェルディナンさんにご迷惑をかけてしまって本当にすみませんでしたっ! 今後は私、フェルディナンさんのお仕事の邪魔をしないように付きまとったりしないように気を付けます! ちゃんと一人で町中にも出て行けるように何か方法を探して迷惑かけないように頑張ります! だからもう暫くここにおいてくれませんか?」
一気に捲し立てている間、私は目を瞑っていた。
そうしないとあの綺麗なフェルディナンの瞳に気圧されて、話せなくなってしまいそうだったからだ。
「月瑠、君はまた……何を言っているんだ? 一人で町中に出て行くだと? そんなこと私が許す筈がないだろう? そもそも私は君のことを邪魔だとも迷惑だとも思ってはいない」
「でもっ!」
「それ以上また無謀なことを言うつもりなら流石に私も怒るぞ?」
「でも私……」
相当に迷惑かけているのは事実な訳で。
「それも君は本当に本気で実行しかねないからな」
「…………」
それは本気で言ってますから。でもまさか怒るとまで言われるとは思わなかった。私は気まずさに目を泳がせてしまう。そんな私の様子を見てフェルディナンが疑いの眼差しを向けてきた。
「まさかとは思うが――本気で言っていたのか?」
「……はい」
「…………」
フェルディナンは頭痛を抑えるように額に手を当てて黙り込んでしまった。
どうしたのかな? とフェルディナンの顔を覗き込むように近づくと――フェルディナンは何故かとても切なそうに眼を細めて私を見つめ返してきた。
辛そうに眼を細めるフェルディナンが痛々しくて、私は思わず彼の首筋を掴んで自身の方へと引き寄せた。
彼の頭を胸元に抱え込んでフェルディナンが普段してくれるように頭を撫でてみる。何時もとは逆の恰好に何だか少し可笑しくて笑いそうになる。
「……っ!?」
そんな私の行動をフェルディナンは予想していなかったのだろう。小さく驚きの声を上げたきり、私の胸元で固まっている彼に愛しい視線を向けながら、私はフェルディナンとキスしたいと思った。そうすれば分かるかもしれない。
嘘でも幻でもなく真実、私自身がフェルディナンを欲しいと思っているのか――自分自身の心が。
「フェルディナンさん、私……フェルディナンさんにキスしてもいいですか?」
「……月瑠?」
いきなりのとんでもない提案に、流石のフェルディナンもどうしたんだと問う様な驚いた瞳で私を見上げている。そして心配するようにこちらを見ている彼の顔を見て私はハッとした。
――っ! 何を言っているの私はっ!? これ以上心労を増やすような事言っちゃダメだってば!
「ご、ごめんなさいっ! 今のは冗談です! 冗談ですから!」
「――本当はイリヤと何があったんだ?」
「なっ、なんにもないです! だから私は大丈夫なんですっ!」
急いで胸元に抱え込んでいたフェルディナンの頭を放してベッドから降りようとして、今度は逆に私の方がフェルディナンに抱き締められていた。というよりも私はその太く逞しい腕にガッチリ拘束されていた。
「月瑠っ!」
「ごめんなさい! 本当に今のは冗談です! 私はもう大丈夫ですからだから……」
「嘘をつくな」
「私、嘘なんかついてないっ!」
必死に頭を振って否定する私の言葉を無視して、無言で私を抱きしめたまま放してくれないフェルディナンの温かく分厚い胸元と、聞こえてくる力強い心臓の音に私はホッとして最終的にはその逞しい胸元に頬を摺り寄せてしまった。そして私は彼の背中に手を回してギュッと抱きついてから泣いてしまった。
これまでグッと堪えてきた沢山の不安と恐怖、そういったあらゆるマイナスの感情がどっと溢れ出して止まらなくなる。そして止めとばかりにフェルディナンがトントンと私の背中を優しく叩いて抱きしめてくるから余計に涙が止まらなくなってしまう。
「……フェルディナンさん」
「ん? どうした?」
「キス、して下さい……」
フェルディナンの胸元に埋めていた顔を上げて、涙に濡れた顔で様子を伺うように彼をそっと見上げると、フェルディナンはやっぱり少し驚いた顔をしていた。こんな状況なのに紫混じった青い瞳が綺麗で見惚れてしまう。
「…………」
フェルディナンは何も言わずにそっと私の額に唇を落とした。チュッと音を立てて額から離れる。いつもの挨拶のような額への口づけ。
やっぱりそうなるよね……
予想は出来ていた。だから私はフェルディナンの背中に回した手を解いて彼の首筋に回し直した。
「本当にどうしたんだ? 月――」
フェルディナンが話している途中で私は涙を流しながら彼の唇に唇を重ねた。軽く触れ合うだけの口づけ。でもそれだけでも、私は本当に自分が誰としたいのかはっきりと分かってしまった。
「ごめんなさい……今のは忘れて下さい」
私から突然口づけされて硬直したまま目を見開いて動かないフェルディナンにそう言いながらも、本当に忘れなければいけないのは自分自身だということに私は気付いてしまった。
――どうしよう私、フェルディナンさんのことが本当に好き。
元の世界に帰れなくなってしまうから攻略対象キャラと恋はしないって決めたのに。本気で好きになってしまった。
叶わない叶えてはいけない恋心を胸の内に抱きながら、それに溺れてしまうかもしれない未来に私は恐怖した。この感情をどうしたらいいのか分からなくて私はフェルディナンから離れようと彼の胸元に手を当てて身を捩らせた。
「……月瑠……?」
フェルディナンの腕の中で身を引いて逃げようとする私の動きに、彼は即座に反応してその強靭な両腕で私の身体を丸ごと包むように軽々と押さえ込んでしまった。
「月瑠……」
優しく私の名前を呼び続けるフェルディナンの声に逃げ出すのも忘れて応えたくなってしまう。
「フェルディナンさん私――」
――貴方が好き
その言葉が出るすんでのところで私はフェルディナンに後頭部を押さえ付けられて唇を塞がれていた。危うく本心を零してしまう失態を回避出来たのは良かったけれど、正直この展開は予想していなかった。
「んっ……」
私の長い黒髪ごと後頭部を片手で押さえ込みながら、フェルディナンは私の口腔内に深く侵入してくる。太く長い舌を私の舌に絡ませながら強く吸い上げてそれでも執拗に追ってくる。貪るようなフェルディナンの動きに息が荒くなる。
「あっ……まって……」
息継ぎのタイミングで制止を掛けるもフェルディナンは聞き入れる様子を見せない。それどころか更にフェルディナンを深く受入れることを強要されて強引に唇を大きく開かされてしまった。大きく開けた唇にフェルディナンはピッタリと自身の唇を重ねて、互いの唾液を飲み込みながらクチュッと水音を立てて激しく私の口腔内を蹂躙する。
フェルディナンの激しい動きから逃げようと必死に後退しても彼の力強い舌に絡めとられてたちまちのうちに引きずり出されてしまう。
「あっ……いやっ……んんっ」
クチュクチュと絶えず唇から発生する卑猥な水音と呼吸音が部屋の中に響く。互いの唾液を交換しながらフェルディナンは逃げ続ける私を掴まえて自身の口腔内にグイッと引き入れた。フェルディナンは私を抱いている手を腰に回して強く引き寄せると体を密着させて更に深く唇を重ねてきた。
「ん――……っ!」
フェルディナンのあまりの激しさに思考が溶けてしまいそうになる。強引に口を割られたまま互いの荒い息遣いと彼を感じ続けて段々と体が熱くなっていく。
愁いの涙が止まった代わりに別の涙が流れ落ちて頬を濡らした。フェルディナンが何を思って唇を重ねているのか分からなくて、私はこうして深く唇を重ねている最中にも、激しい口づけで熱っぽく潤んだ黒い瞳で問いかけるようにフェルディナンを見つめた。フェルディナンも私と同じように紫混じった宝石のように綺麗な青い瞳に熱を灯して唇を重ねたまま私を見つめ返してきた。
その何かを欲するような強い眼光にまたも私は逃げ出したくなって、思わずフェルディナンから離れようと逃げ腰になってしまった。そうして離れようとした私の行動をフェルディナンが許してくれる筈もなく、再び強く腰を引き寄せられて今度は彼の厚い胸板に一部の隙もない位にぴったりと身体を合わされてしまう。
「――ふぁっ……やぁ……っ」
フェルディナンの熱を帯びた強い視線が怖いのにでも何故か離れがたくて――どうしようもない気持ちに思考が雁字搦めになって身動きが取れなくなる。
視線を交えながらこんなに深く唇を重ねていてもフェルディナンが何を考えているのか全く分からない。そんな互いの行き違う心の溝を埋めようとするかのように、フェルディナンは私の唇に強引に自身の唇を重ね続けた――
おそるおそる話し掛けた私に彼は明らかに怒気を含んだ固い声で返してきた。
「――すまない、来るのが遅くなった」
フェルディナンの声を聞いた刹那、そんなことはない――と私は思わず無言で被りを振って応えた。声が出なかった。止めどなく溢れ出てくる涙に頬を濡らしながら、私は必死にフェルディナンの方を見た。
私のそんな様子をフェルディナンは一目してからイリヤを真っ向から睨みつけた。今にも殺しかねない形相のフェルディナンに、それまで事の成り行きを傍観していたイリヤが楽しそうに口を開いた。
「随分と来るのが遅かったじゃないかフェルディナン。あと少し遅れていたら君の大事にしている異邦人が俺の元に下ったかもしれないのに……」
「ふざけるなっ!」
フェルディナンの怒りの咆哮と同時に閃く一筋の光がイリヤに向かって伸びた。そしてイリヤはそれを避けるため更に後方へと思いっ切り飛びすさると、その血の様に赤い瞳を私とフェルディナンへ交互に向けた。
「黒将軍が執着している異邦人か……」
「お前は――一体何を考えている?」
声を荒げてイリヤを睨め付けるフェルディナンの声が路地裏に響き渡る。イリヤをとらえることが出来なかった抜き身の漆黒の大剣が空を切り、鈍く黒光りさせながら彼の手元でその怒りを受けて小刻みに刀身を震わせていた。
「君達のその御飯事みたいな関係が何時までもつのか見物だな――」
イリヤはフェルディナンの怒りの反応を楽しそうに眺めながら最後は他人事の様に呟いて、消え入る様に薄暗い闇の中へと姿をくらましてしまった。
路地裏に残された私とフェルディナンとの間に気まずい沈黙が流れる――イリヤが先程までいた方向に目をやりながら危機が去ったことに安堵して、私はひとまず地面に膝を付いたまま直ぐ後方にある壁に寄りかかってほっと息を漏らした。
「……助かった」
一気に気が抜けて半ば放心状態でぼんやりとしていると頭上に大きな黒い影が落ちて来た。上向くとフェルディナンが目前にいて心配そうに眼を細めてこちらを見ている。フェルディナンは何時ものように身をかがめて私と視線を合わせると、涙でぐちゃぐちゃになった私の頬にそっと手を添えた。フェルディナンが私の涙を拭うその仕草が、私に触れる指先が優し過ぎてまた涙が溢れそうになる。
「すまない……」
また謝るフェルディナンに私は先程と同じように大きく被りを振って応えた。
「フェルディナンさん、来てくれてありがとうございます」
フェルディナンの大きくて武骨な手を掴んで引き寄せると自らの頬に当てて私はそっと目を瞑った。その手の温かさが今の私には丁度いい。私がとったその甘えるような行動をフェルディナンは許してくれたようで何も言わずに私のなすがままになっている。
そうして彼の体温を感じながら少しの時間が経過した。黙って私を見守っているフェルディナンの存在と彼の大きな手から直接伝わってくる体温が心地よくて私はなんとか落ち着きを取り戻すと、私が落ち着くタイミングを見計らっていたかのようにフェルディナンが有無を言わさず私をさっと素早く抱き上げてしまった。びっくりした顔でフェルディナンを見上げると彼は静かな表情で私を見ていた。
「きゃっ! あ、あの? フェルディナンさん?」
こ、今回は腰が抜けているわけでもないのに何でお姫様抱っこされてるのっ!?
フェルディナンの腕の中でジタバタと暴れる私を制するように彼はその端正な顔を向けると、少し不機嫌そうに顰めて口を開いた。
「帰るぞ」
「はい。あのフェルディナンさん私今回は腰を抜かしている訳ではないので歩いて帰れますよ?」
「そうだな」
「えっと、あのですから下ろして頂きたいのですが」
フェルディナンは不機嫌な表情のまま短い返事しかしてくれない。彼の短すぎる返事に物足りなさを感じて更に何か言おうと私が口を開きかけた時、フェルディナンは徐に私に顔を近づけてきた。
「月瑠」
「はい」
「そろそろ黙らないと無理やり口を塞ぐことになるぞ?」
その命令口調にムカッとして私は肝心のどうやって塞ぐつもりなのか、問い質すことをすっかり置き去りにして抗議した。
「――なっ!? 私、自分の足で歩いて帰ります! だから下ろしてくださいっ!」
「だめだ」
「フェルディナンさんっ!」
「だめだと言っているだろう」
即答、それも選択権はないとばかりに却下されてしまう。
フェルディナンさん怒ってる? でも怒っているというのとはちょっと違うような気がする……
フェルディナンは普段から口数が少ない方だ。それも必要なこと意外は殆ど話をしないことだってある。私が一方的に話をしているような状況も多々ある。16の私と45のフェルディナンとの年の差は29歳もある。騒ぐ子供をあやすような彼の大人の言動に切なさを感じながら過ごすことが今までも数えきれないくらいあった。
私の事はきっと子供にしか見ていない――そう思うと胸が苦しくなる。
フェルディナンは何時も私のやることなすこと全てを、寛容に包み込むような優しさで許してくれる。これも大人の余裕というやつなのか。今回も私が嫌がってジタバタ暴れていれば下ろしてくれるだろうと高を括っていたのだがフェルディナンは放してくれなかった。むしろより一層、私を抱き上げている腕に力を込めて暴れる私を押え込んでしまう。そして何事もなかったかのように自身の屋敷へとフェルディナンは歩き出した。
まったく下ろしてくれる気はないようだ。私は渋々といった様子で諦めると彼の首に手を回してギュッと抱きついて小声でフェルディナンに話掛けた。
「フェルディナンさん、怒ってる……?」
「……怒っていない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
本当だと言いながらもフェルディナンの声は相変わらず固いままだ。
どうせ子供としか思われていないのなら思いっ切り甘えても何も弊害もないですよね?
そう思って不機嫌な顔のまま歩いているフェルディナンに抱きついたこの行為が、まさかフェルディナンの独占欲を掻き立てる要因の一つになっているということに、この時の私は全く気付きもしなかった。
*******
屋敷に戻ると私は貸し与えられた自分の部屋のベッドの上に下ろされた。そして部屋に戻ってから一言も話してくれないフェルディナンの様子に酷く緊張して、思わずベッドの上でピンと背筋を伸ばして正座の恰好で待機してしまった。犬で言うところの待ての姿勢にも少し似ている気がする。まるでお小言を受ける前準備でもしているような気分だ。
フェルディナンの発言を待って大人しくしている私の前には部屋に置かれた椅子を持ち出して、対面する格好でフェルディナンが座わっている。足を組んで更に腕組みをして固い表情のまま、こちらを見るでもなく顔に影を落としているフェルディナンからの威圧感が半端ない。
屋敷に戻ってからもフェルディナンは始終ずっと黙ったままで――そんなフェルディナンの姿に私はどうしたらいいのか分からなくて何だかそわそわしてしまう。
一連の騒動のせいで時刻は夕刻をとっくに過ぎてしまっていた。外は薄暗いを通り越してすっかり夜の闇に染まり始めている。それに合わせるように薄暗い室内に漂う静寂とピンと張り詰めた空気に息が詰まりそうだ。
う~なんだかとっても怖いんですけど……
私は視線を自分の手元に落とした。そして自分の両手首が赤くなっていることに気が付いた。イリヤに押さえ込まれた時、彼が男で自分が女であることを嫌という程味わった――その時の痕が残された手首をさすりながら溜息をつく。
――女では男に力では敵わない。
それも平時は情報屋だがイリヤの本業は暗殺者だ。敵う筈のない相手を前によくもまあ未遂で終わったものだ。
「……月瑠、イリヤに何をされた?」
長い沈黙を破ってフェルディナンが話しかけてきた。椅子から腰を上げて私に近づくと赤くなっている私の手首を徐に掴んで手首に唇を押し当ててきた。
「フェルディナンさんっ!?」
驚く私の声を無視してフェルディナンが触れた場所から次第に痛みが消えていく。フェルディナンが唇を手首から放すと先程まで赤く腫れて痣になりかけていた皮膚が健康的な色に戻っている。続けてフェルディナンはもう片方の手も取って口づけた。そうしてフェルディナンが唇を放した時にはもう片方の手首からも痛みが消えて赤みも引いていた。
フェルディナンは黒将軍の異名を持つ軍人だがその属性は光。癒しの力を持っている光属性の使い手だ。いま私の両手を癒した力はフェルディナンが持っている魔力によるもので怪我を治してもらうのはこれで三度目になる。
「まったく――君は怪我ばかりしているな」
「ごめんなさい……」
治療を終えたフェルディナンは私にその紫が混じった青い綺麗な瞳を怖いくらい真っ直ぐに向けてくる。
「何があった?」
何時も温厚で私が何か騒ぎを起こしても穏やかに見守っていてくれるフェルディナンにしては珍しく怒っているようにも見える。まあ、付いてくるなと言われていたのにこっそりと付いて行った挙句、怪我までされたうえ襲われてしまったのだから怒るなという方が無理な話だった。
――でもそう改めて何があったかと言われると……キスされて危うく――何てフェルディナンさんにはとてもじゃないけど言えない、よね?
これ以上心配は掛けられない。
「月瑠?」
「…………」
私は話し掛けてきているフェルディナンに気付かず、何とか誤魔化す方法はないものかと頭の中で悶々と言い訳を考えていた。そうして一人の世界に没頭して一向に返事をしない私に痺れを切らしたフェルディナンがベッドの上にあがってきた。そのギシッとベッドが軋む音にハッと我に返って私は急いでフェルディナンに視線を戻した。
「――あっ、フェルディナンさん?」
紫混じった青い瞳に短い金髪、そして分厚い筋肉に包まれた強靭な肉体。そんな美丈夫にこうも近づかれると、ドキドキと鼓動が早くなってきて何だかこっちがおかしくなりそうだ。
あれっ? おかしいな? 危機は去った筈だった。それなのに何だか今の状況の方がとっても危ない気がするのは気のせいだろうか?
「あの~、フェルディナンさん?」
後ろ手にベッドに両手を付けて後ずさりする恰好の私の前に、フェルディナンはするっと覆いかぶさるようにして身体を近づけてくる。
何だか夜這いか何か掛けられているような体勢なんですけど……というか迫られているような感じ? そんなわけないんですけどね……
と他人事の様に受け止めながらも高鳴る心臓の鼓動を気付かれたくなくて、私はフェルディナンから視線を外してそっぽを向いた。でもフェルディナンはそんな私の行動を許してはくれなかった。
「イリヤに何をされた? ちゃんと話してくれ」
彼は私の顎を掴んでクイッと自身の方へ向かせると、紫混じった青い瞳を近づけて覗き込んできた。その真摯な瞳に思わず本当の事を言いそうになる。
「イリヤとはちょっと喧嘩というか話がこじれてしまっただけで何もなかったですよ? それにフェルディナンさんが直ぐに来てくれましたから」
「…………」
「そんなことよりもあのっ! フェルディナンさんの後をこっそりつけてしまってごめんなさい! 私まさか逸れてしまうなんて思ってもいなくて。異邦人は自由人だから何処に出入りしてもOKだし、どんな行動をとっても殆ど皆許してくれるから大丈夫だって思い上がっていて……結果的にフェルディナンさんにご迷惑をかけてしまって本当にすみませんでしたっ! 今後は私、フェルディナンさんのお仕事の邪魔をしないように付きまとったりしないように気を付けます! ちゃんと一人で町中にも出て行けるように何か方法を探して迷惑かけないように頑張ります! だからもう暫くここにおいてくれませんか?」
一気に捲し立てている間、私は目を瞑っていた。
そうしないとあの綺麗なフェルディナンの瞳に気圧されて、話せなくなってしまいそうだったからだ。
「月瑠、君はまた……何を言っているんだ? 一人で町中に出て行くだと? そんなこと私が許す筈がないだろう? そもそも私は君のことを邪魔だとも迷惑だとも思ってはいない」
「でもっ!」
「それ以上また無謀なことを言うつもりなら流石に私も怒るぞ?」
「でも私……」
相当に迷惑かけているのは事実な訳で。
「それも君は本当に本気で実行しかねないからな」
「…………」
それは本気で言ってますから。でもまさか怒るとまで言われるとは思わなかった。私は気まずさに目を泳がせてしまう。そんな私の様子を見てフェルディナンが疑いの眼差しを向けてきた。
「まさかとは思うが――本気で言っていたのか?」
「……はい」
「…………」
フェルディナンは頭痛を抑えるように額に手を当てて黙り込んでしまった。
どうしたのかな? とフェルディナンの顔を覗き込むように近づくと――フェルディナンは何故かとても切なそうに眼を細めて私を見つめ返してきた。
辛そうに眼を細めるフェルディナンが痛々しくて、私は思わず彼の首筋を掴んで自身の方へと引き寄せた。
彼の頭を胸元に抱え込んでフェルディナンが普段してくれるように頭を撫でてみる。何時もとは逆の恰好に何だか少し可笑しくて笑いそうになる。
「……っ!?」
そんな私の行動をフェルディナンは予想していなかったのだろう。小さく驚きの声を上げたきり、私の胸元で固まっている彼に愛しい視線を向けながら、私はフェルディナンとキスしたいと思った。そうすれば分かるかもしれない。
嘘でも幻でもなく真実、私自身がフェルディナンを欲しいと思っているのか――自分自身の心が。
「フェルディナンさん、私……フェルディナンさんにキスしてもいいですか?」
「……月瑠?」
いきなりのとんでもない提案に、流石のフェルディナンもどうしたんだと問う様な驚いた瞳で私を見上げている。そして心配するようにこちらを見ている彼の顔を見て私はハッとした。
――っ! 何を言っているの私はっ!? これ以上心労を増やすような事言っちゃダメだってば!
「ご、ごめんなさいっ! 今のは冗談です! 冗談ですから!」
「――本当はイリヤと何があったんだ?」
「なっ、なんにもないです! だから私は大丈夫なんですっ!」
急いで胸元に抱え込んでいたフェルディナンの頭を放してベッドから降りようとして、今度は逆に私の方がフェルディナンに抱き締められていた。というよりも私はその太く逞しい腕にガッチリ拘束されていた。
「月瑠っ!」
「ごめんなさい! 本当に今のは冗談です! 私はもう大丈夫ですからだから……」
「嘘をつくな」
「私、嘘なんかついてないっ!」
必死に頭を振って否定する私の言葉を無視して、無言で私を抱きしめたまま放してくれないフェルディナンの温かく分厚い胸元と、聞こえてくる力強い心臓の音に私はホッとして最終的にはその逞しい胸元に頬を摺り寄せてしまった。そして私は彼の背中に手を回してギュッと抱きついてから泣いてしまった。
これまでグッと堪えてきた沢山の不安と恐怖、そういったあらゆるマイナスの感情がどっと溢れ出して止まらなくなる。そして止めとばかりにフェルディナンがトントンと私の背中を優しく叩いて抱きしめてくるから余計に涙が止まらなくなってしまう。
「……フェルディナンさん」
「ん? どうした?」
「キス、して下さい……」
フェルディナンの胸元に埋めていた顔を上げて、涙に濡れた顔で様子を伺うように彼をそっと見上げると、フェルディナンはやっぱり少し驚いた顔をしていた。こんな状況なのに紫混じった青い瞳が綺麗で見惚れてしまう。
「…………」
フェルディナンは何も言わずにそっと私の額に唇を落とした。チュッと音を立てて額から離れる。いつもの挨拶のような額への口づけ。
やっぱりそうなるよね……
予想は出来ていた。だから私はフェルディナンの背中に回した手を解いて彼の首筋に回し直した。
「本当にどうしたんだ? 月――」
フェルディナンが話している途中で私は涙を流しながら彼の唇に唇を重ねた。軽く触れ合うだけの口づけ。でもそれだけでも、私は本当に自分が誰としたいのかはっきりと分かってしまった。
「ごめんなさい……今のは忘れて下さい」
私から突然口づけされて硬直したまま目を見開いて動かないフェルディナンにそう言いながらも、本当に忘れなければいけないのは自分自身だということに私は気付いてしまった。
――どうしよう私、フェルディナンさんのことが本当に好き。
元の世界に帰れなくなってしまうから攻略対象キャラと恋はしないって決めたのに。本気で好きになってしまった。
叶わない叶えてはいけない恋心を胸の内に抱きながら、それに溺れてしまうかもしれない未来に私は恐怖した。この感情をどうしたらいいのか分からなくて私はフェルディナンから離れようと彼の胸元に手を当てて身を捩らせた。
「……月瑠……?」
フェルディナンの腕の中で身を引いて逃げようとする私の動きに、彼は即座に反応してその強靭な両腕で私の身体を丸ごと包むように軽々と押さえ込んでしまった。
「月瑠……」
優しく私の名前を呼び続けるフェルディナンの声に逃げ出すのも忘れて応えたくなってしまう。
「フェルディナンさん私――」
――貴方が好き
その言葉が出るすんでのところで私はフェルディナンに後頭部を押さえ付けられて唇を塞がれていた。危うく本心を零してしまう失態を回避出来たのは良かったけれど、正直この展開は予想していなかった。
「んっ……」
私の長い黒髪ごと後頭部を片手で押さえ込みながら、フェルディナンは私の口腔内に深く侵入してくる。太く長い舌を私の舌に絡ませながら強く吸い上げてそれでも執拗に追ってくる。貪るようなフェルディナンの動きに息が荒くなる。
「あっ……まって……」
息継ぎのタイミングで制止を掛けるもフェルディナンは聞き入れる様子を見せない。それどころか更にフェルディナンを深く受入れることを強要されて強引に唇を大きく開かされてしまった。大きく開けた唇にフェルディナンはピッタリと自身の唇を重ねて、互いの唾液を飲み込みながらクチュッと水音を立てて激しく私の口腔内を蹂躙する。
フェルディナンの激しい動きから逃げようと必死に後退しても彼の力強い舌に絡めとられてたちまちのうちに引きずり出されてしまう。
「あっ……いやっ……んんっ」
クチュクチュと絶えず唇から発生する卑猥な水音と呼吸音が部屋の中に響く。互いの唾液を交換しながらフェルディナンは逃げ続ける私を掴まえて自身の口腔内にグイッと引き入れた。フェルディナンは私を抱いている手を腰に回して強く引き寄せると体を密着させて更に深く唇を重ねてきた。
「ん――……っ!」
フェルディナンのあまりの激しさに思考が溶けてしまいそうになる。強引に口を割られたまま互いの荒い息遣いと彼を感じ続けて段々と体が熱くなっていく。
愁いの涙が止まった代わりに別の涙が流れ落ちて頬を濡らした。フェルディナンが何を思って唇を重ねているのか分からなくて、私はこうして深く唇を重ねている最中にも、激しい口づけで熱っぽく潤んだ黒い瞳で問いかけるようにフェルディナンを見つめた。フェルディナンも私と同じように紫混じった宝石のように綺麗な青い瞳に熱を灯して唇を重ねたまま私を見つめ返してきた。
その何かを欲するような強い眼光にまたも私は逃げ出したくなって、思わずフェルディナンから離れようと逃げ腰になってしまった。そうして離れようとした私の行動をフェルディナンが許してくれる筈もなく、再び強く腰を引き寄せられて今度は彼の厚い胸板に一部の隙もない位にぴったりと身体を合わされてしまう。
「――ふぁっ……やぁ……っ」
フェルディナンの熱を帯びた強い視線が怖いのにでも何故か離れがたくて――どうしようもない気持ちに思考が雁字搦めになって身動きが取れなくなる。
視線を交えながらこんなに深く唇を重ねていてもフェルディナンが何を考えているのか全く分からない。そんな互いの行き違う心の溝を埋めようとするかのように、フェルディナンは私の唇に強引に自身の唇を重ね続けた――
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