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第一章~子供扱編~
♂015 真夜中の訪問者Ⅱ
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「フェ、フェルディナンさんっ!?」
突然ベッドに押し倒されて私は動揺に声を上擦らせて彼の名を呼んだ。
フェルディナンは私の両手首をガッチリと掴んでベッドに押え込んだまま私を静かに見下ろしている。
「……私を誘いたいならこの位のことはしてくれないとな」
ギシッとベッドが軋む音が室内に響く。フェルディナンの肩に掛けた筈のストールは今の動きで床に落ちてしまったようだ。暗い室内で見下ろしてくるフェルディナンは余裕のある大人の表情をしていてそれも上半身裸。剥き出しにされた筋肉が蝋燭のオレンジ色の炎に照らされて興奮に火照っているようにも見える。鍛え抜かれた強靭な肉体。誰もが見惚れるような流麗な仕草。
そしてフェルディナンの左の片耳にだけ付けられた金のループピアスが、仄暗い室内で蝋燭の灯りを反射して一際妖しげに光っている様は、彼の艶めく金髪と合わさって元々持った色香をより一層倍増させている。とても45歳には見えない。
この人男なのに……色気がありすぎるっ!
「わ、わたしさそってませんっ! それより何なんですかこれはっ!?」
フェルディナンは私の両手を掴んでベッドに押さえ付けたまま解放する気配を見せない。抗議する私を無視してフェルディナンは話を続けた。
「さあなんだろうな。言うなれば君の行動の結果ではないかな」
あれっ? 何か少し怒ってませんか? いやいやでもこんなことされて寧ろ怒るのは私の方だし。
大人の顔をして優しく微笑んでいるフェルディナンの表情が一瞬陰ったような気がしたけれど、私はフェルディナンの微妙な変化を気のせいだと思うことにした。ジロッと彼を半眼で見やってから私は尖った口調で反論した。
「なんだろうなって……フェルディナンさん意地悪です」
「意地悪?」
「そうですよ。だってどうせ私のこと子供としか思ってない癖にどうしてこんなことするんですか。それに私の行動よりもフェルディナンさんの今の行動の方がずっと問題あると思いますけど?」
私はフェルディナンの視界から逃れる為、怒りにまかせてプイッと顔を横に向けた。そう何といっても目の前のフェルディナンは半裸。それもその恰好がとっても刺激的で見ていられない。
やっぱり私のこと子供だと思っているからこんな恰好でも平気でくっついてくるんですよね……
フェルディナンは私のことをずっと子供扱いしているとは思っていたがあまりにも猫可愛がり過ぎて困る。事ある毎に甘やかされては惚れるなという方が無理がある。
惚れるというかこれ以上好きになるのは――恋愛は絶対にダメなんだけどね……
攻略対象キャラと恋はしないってそう決めた。じゃないと元の世界に帰れなくなってしまう。
「なるほど、そう返すか……」
私の反論を黙って最後まで聞いていたフェルディナンが、押さえつけていた片方の手を解いて代わりに私の顎に優しく手を掛けた。
顔を横に向けてフェルディナンから視線を反らしたままの私を、彼は顎に触れている指先の力だけでクイッと簡単に互いの目線が合う位置まで戻してしまう。
「フェルディナン、さん……?」
「問題があると、そう言うのならそれでもいい。だがそれ以上私を煽るのは止めた方がいい」
私の片手はフェルディナンに相変わらず拘束されたまま動けない。その力強い男の手で私を押さえつけながら、フェルディナンは怖い顔をして私を見下ろしていた。上半身が裸で下半身に簡易的な布を巻いただけの格好からは、嫌でも野生のそれも獰猛な雄の獣を連想させられてしまう。
「ですからっ! 私はフェルディナンさんのことを誘っても煽ってもいませんっ! そもそも私のことをフェルディナンさんは子供としか思ってないのは十分過ぎる程分かってます。だからそんな風に凄まれても全く効果なんてありませんから」
ここまでくると最早意地の張り合いというか単なる喧嘩だ。売り言葉に買い言葉でとことん言い返す私に、フェルディナンは鋭い目を向けてきた。私はその獲物を狩る肉食獣のような鋭い眼光に思わず怯んで息を止めてしまった。
いつも大人のフェルディナンさんがこんなに怒った顔するなんて……
何故だろう? すごく身の危険を感じるのは――フェルディナンの視界から少しでも離れた方がいい気がして、私は彼から逃れようと身を捩った。フェルディナンから逃げようとした私を彼は自身の体重をかけて押え込んだ。完全に逃げ道を断たれて私は抗議の目をフェルディナンに向けた。
「フェルディナンさんいやっ! 放し――……っ!?」
反論する最中にも私は唇を強引にフェルディナンに奪われていた。私の唇にフェルディナンの唇が重なって強引に口を開かれてしまう。
「――――んっ……」
フェルディナンは私の口腔内に侵入すると舌を絡めて弄ぶように深く口づけてきた。彼の舌が執拗に私の舌に絡みつき、強く舌を吸われて上手く息が出来ない。互いの熱すぎる吐息と共に重なった唇の端から唾液が漏れて零れ落ちていく。
「ふっ……あっ……」
拘束を解かれている片手でフェルディナンの胸元を押しても彼は止まらず更に深く私の中に侵入してくる。そしてあろうことか強く抱きしめられてしまった。
「やぁっ……フェル、ディナ、……さ……や……」
熱く熱を帯びたフェルディナンの力強く太い舌が、息継ぎをする度に私の中に深く入って来る。フェルディナンは私の中でひたすら激しく出し入れを繰り返して一頻り私の口腔内を味わってからようやく唇を離した。
「あっ……」
激しい口づけからようやく解放されて私は喘ぐように呼吸して息を整えるのが精いっぱいだった。
「――男を煽ればこうなる。無自覚とはいえ君は少し自覚した方がいい」
フェルディナンから投げられた言葉にいろんな感情がこみ上げてきて涙腺が緩くなる。涙目でフェルディナンを見上げると、彼は互いの唾液に濡れて艶めく唇の端を僅かに引き上げて自虐的な笑みを浮かべていた。
その表情はとても苦しそうで見ているこっちが苦しくなる。何かに耐えるように切なげに紫混じった青い瞳を細めながらフェルディナンは私を見下ろしている。そんな彼を眺めながら私は出会ってからまだ三日しか立っていない男性から、強引に口づけされたことへの嫌悪感が全くないことに驚いていた。そしてその行為に何も抵抗出来なかったことが悔しくて堪えていた涙が目の端からポロポロと流れ落ちてしまった。
「……まいったな」
無言でむーっと眉間に皺を寄せて怒った表情のまま涙を流している私に、フェルディナンは呟いた言葉のまま本当に困った顔をして見下ろしていた。
暫くしてフェルディナンはふうっと溜息を付いて諦めたような降参したような表情で拘束していた私の手を解放すると、ベッドの上に半身を起こしてそっと優しく私を抱き寄せてきた。
子供にするように背中をポンポンと叩いて優しく摩ってくる。泣き止まない子供をあやすようなフェルディナンの行動に私は益々気が荒くなってしまう。
「私子供じゃありません!」
「そうだな」
フェルディナンは大人の表情でゆっくり頷いてトントンと私の背中を叩いた。どう見ても子供のご機嫌を取っている大人の言動をそのまま実施してくる彼に、私は問い詰めるように顔を近づけた。
「フェルディナンさん分かってないですよね?」
「分かっているよ」
「ぜぇっっったいに分かってないですよね?」
「……疑り深いな君は」
暗い部屋の中で蝋燭の灯りが空気の流れに沿ってゆらゆらと揺れてる。オレンジ色の蝋燭の炎がフェルディナンの剥き出しの上半身と端正な顔を照らしていて妙に艶めかしい。
どうしよう……攻略対象キャラと恋はしないって決めたのに――好きにならないって決めたのに。あんなに強引にキスされたのに嫌いになるどころか……
好きになっていくのを止められない。そして人生で初めての――ファーストキスがまさかこんな形で発生するとはそれも相手がここまで格好いいと、このまま流されてしまいたくなる。
「……無自覚を自覚しろだなんて難しくありませんか?」
私はなんとか理性を取り繕うと冷静を装ってそう返した。始終ツンツンした不機嫌な態度を取る私に、フェルディナンはくすっと笑って私のおでこに自身のおでこをコツンとくっつけてきた。
「そうだな。悪かった」
「それに名前、呼び方がまた君に戻ってます」
「月瑠、私が悪かった。だからもう許してくれないか?」
そう言うフェルディナンの綺麗な整った顔を見て私はふとあることを思い出した。
あれっ? そう言えばグレーローズって男娼館だってバートランドさんが言っていたけど、それもたまに情報交換で使うとかって……もしかしてフェルディナンさんも使ったりするのかな?
そんな考えが頭を過ってしまった。
「あの、フェルディナンさん」
「どうした?」
「フェルディナンさんもグレーローズを使ったりとかってするんですか?」
「…………」
「フェルディナンさん?」
ピクリとも固まって動かなくなったフェルディナンの只ならぬ様子に私はおそるおそる彼の名前を呼んでみた。
「……このタイミングでそれを聞くなんてどういう――いや、何でもない」
そう言うとフェルディナンは頭に手を当てて黙り込んでしまった。酷い頭痛に頭を押さえるようなフェルディナンの反応に私はハッとする。
もしかして私聞き方間違えた?
先程の問いかけだと男娼館として利用しているかという意味にとられてしまったのでは? と思い至る。私が聞きたかったのは情報交換とか収集に使用しているのか? であってそういう意味じゃない。筈だったのだが……
「あの、フェルディナンさん? 違うんです。私そう言う意味で聞いたんじゃなくて、バートランドさんが情報交換に利用しているって言っていたので、それにイリヤも情報収集で潜入していたっていってたのでてっきりフェルディナンさんもそういうことしているのかな、と思って……」
私が話せば話すほど何故かフェルディナンの顔から表情がどんどん抜けていく。
んっ? まてよ。そうするとフェルディナンさんもイリヤのように綺麗に着飾って潜入するってこと? ……どうしようそれは物凄く見てみたい。やっぱり色気とかすごそうだし美形は目の保養になる。何といってもこの乙女ゲーム世界は18禁のエロゲーだしかなり際どい恰好で登場とかありそうだ。でも見せるのは自分だけにして欲しかったり……って何で独占欲強くなっているんでしょうか私……
「……月瑠、今何を想像していたのかは何となく分かるが」
「へっ!?」
今の私のとんでもない欲望を感じとってしまったのですかっ!?
「一応言っておくが、私は今日会った時にしていたイリヤのような恰好は間違ってもしない」
「えっ? あっ、そっちですか」
えっと、それは男娼館で春を売って働いているお兄さん達のようにお化粧して露出の多い服着て(今の恰好の方が露出は多い気がする)装飾品で綺麗に着飾って、お客さんの腕に腕を絡めて誘い込む様なことはしないということですね?
よかった見てみたいと思っていたことはバレていないようだ。思わずホッと胸を撫で下ろす。
「――何か別の意味でもあったのか?」
「い、いえいえ。何でもありませんよ! 本当にっ! あっ! もうだいぶ夜遅いですし、私はもう寝ますね。フェルディナンさんもちゃんと休んでくださいね?」
「……? ああ、そうだな。……お休み」
突然話題を変えた私の挙動にも嫌な顔一つせず、フェルディナンは相変わらず大人の余裕で受け止めて、私をずっと抱きしめていた腕をようやく解いた。しかし最後はやっぱり頭を撫でてきた。本当にフェルディナンは私を甘やかすのに長けている。
だからそれっ! すっごくフェルディナンさん甘いです!
もう寝るとは言ったもののフェルディナンに撫でられている感覚はとても気持ちが良くて離れがたい気持ちになる。だから離れる前に彼の武骨な大人の男の手をそっと掴んで自身の胸元に引き寄せた。フェルディナンの手に自分の手を重ねて、名残惜しい気持ちでちらっと彼を見ると、フェルディナンは穏やかな顔をして静かに私を見つめていた。
――どうしよう私、フェルディナンさんのこと多分すごく好きになりかけてる。
この気持ちを抑えられなくなったらどうすればいいんだろう? 私はその不安な気持ちを忘れたくて思わずフェルディナンの温かく大きな手をギュッと握りしめてしまった。
「月瑠……?」
何でもないとふるふると無言で俯きがちに首を振りながらも、フェルディナンの手を握りしめて動かなくなった私を、フェルディナンは何も聞かずに再度優しく片手で抱き寄せると、私の不安が消えるまでずっと何も言わずに傍にいてくれた。
突然ベッドに押し倒されて私は動揺に声を上擦らせて彼の名を呼んだ。
フェルディナンは私の両手首をガッチリと掴んでベッドに押え込んだまま私を静かに見下ろしている。
「……私を誘いたいならこの位のことはしてくれないとな」
ギシッとベッドが軋む音が室内に響く。フェルディナンの肩に掛けた筈のストールは今の動きで床に落ちてしまったようだ。暗い室内で見下ろしてくるフェルディナンは余裕のある大人の表情をしていてそれも上半身裸。剥き出しにされた筋肉が蝋燭のオレンジ色の炎に照らされて興奮に火照っているようにも見える。鍛え抜かれた強靭な肉体。誰もが見惚れるような流麗な仕草。
そしてフェルディナンの左の片耳にだけ付けられた金のループピアスが、仄暗い室内で蝋燭の灯りを反射して一際妖しげに光っている様は、彼の艶めく金髪と合わさって元々持った色香をより一層倍増させている。とても45歳には見えない。
この人男なのに……色気がありすぎるっ!
「わ、わたしさそってませんっ! それより何なんですかこれはっ!?」
フェルディナンは私の両手を掴んでベッドに押さえ付けたまま解放する気配を見せない。抗議する私を無視してフェルディナンは話を続けた。
「さあなんだろうな。言うなれば君の行動の結果ではないかな」
あれっ? 何か少し怒ってませんか? いやいやでもこんなことされて寧ろ怒るのは私の方だし。
大人の顔をして優しく微笑んでいるフェルディナンの表情が一瞬陰ったような気がしたけれど、私はフェルディナンの微妙な変化を気のせいだと思うことにした。ジロッと彼を半眼で見やってから私は尖った口調で反論した。
「なんだろうなって……フェルディナンさん意地悪です」
「意地悪?」
「そうですよ。だってどうせ私のこと子供としか思ってない癖にどうしてこんなことするんですか。それに私の行動よりもフェルディナンさんの今の行動の方がずっと問題あると思いますけど?」
私はフェルディナンの視界から逃れる為、怒りにまかせてプイッと顔を横に向けた。そう何といっても目の前のフェルディナンは半裸。それもその恰好がとっても刺激的で見ていられない。
やっぱり私のこと子供だと思っているからこんな恰好でも平気でくっついてくるんですよね……
フェルディナンは私のことをずっと子供扱いしているとは思っていたがあまりにも猫可愛がり過ぎて困る。事ある毎に甘やかされては惚れるなという方が無理がある。
惚れるというかこれ以上好きになるのは――恋愛は絶対にダメなんだけどね……
攻略対象キャラと恋はしないってそう決めた。じゃないと元の世界に帰れなくなってしまう。
「なるほど、そう返すか……」
私の反論を黙って最後まで聞いていたフェルディナンが、押さえつけていた片方の手を解いて代わりに私の顎に優しく手を掛けた。
顔を横に向けてフェルディナンから視線を反らしたままの私を、彼は顎に触れている指先の力だけでクイッと簡単に互いの目線が合う位置まで戻してしまう。
「フェルディナン、さん……?」
「問題があると、そう言うのならそれでもいい。だがそれ以上私を煽るのは止めた方がいい」
私の片手はフェルディナンに相変わらず拘束されたまま動けない。その力強い男の手で私を押さえつけながら、フェルディナンは怖い顔をして私を見下ろしていた。上半身が裸で下半身に簡易的な布を巻いただけの格好からは、嫌でも野生のそれも獰猛な雄の獣を連想させられてしまう。
「ですからっ! 私はフェルディナンさんのことを誘っても煽ってもいませんっ! そもそも私のことをフェルディナンさんは子供としか思ってないのは十分過ぎる程分かってます。だからそんな風に凄まれても全く効果なんてありませんから」
ここまでくると最早意地の張り合いというか単なる喧嘩だ。売り言葉に買い言葉でとことん言い返す私に、フェルディナンは鋭い目を向けてきた。私はその獲物を狩る肉食獣のような鋭い眼光に思わず怯んで息を止めてしまった。
いつも大人のフェルディナンさんがこんなに怒った顔するなんて……
何故だろう? すごく身の危険を感じるのは――フェルディナンの視界から少しでも離れた方がいい気がして、私は彼から逃れようと身を捩った。フェルディナンから逃げようとした私を彼は自身の体重をかけて押え込んだ。完全に逃げ道を断たれて私は抗議の目をフェルディナンに向けた。
「フェルディナンさんいやっ! 放し――……っ!?」
反論する最中にも私は唇を強引にフェルディナンに奪われていた。私の唇にフェルディナンの唇が重なって強引に口を開かれてしまう。
「――――んっ……」
フェルディナンは私の口腔内に侵入すると舌を絡めて弄ぶように深く口づけてきた。彼の舌が執拗に私の舌に絡みつき、強く舌を吸われて上手く息が出来ない。互いの熱すぎる吐息と共に重なった唇の端から唾液が漏れて零れ落ちていく。
「ふっ……あっ……」
拘束を解かれている片手でフェルディナンの胸元を押しても彼は止まらず更に深く私の中に侵入してくる。そしてあろうことか強く抱きしめられてしまった。
「やぁっ……フェル、ディナ、……さ……や……」
熱く熱を帯びたフェルディナンの力強く太い舌が、息継ぎをする度に私の中に深く入って来る。フェルディナンは私の中でひたすら激しく出し入れを繰り返して一頻り私の口腔内を味わってからようやく唇を離した。
「あっ……」
激しい口づけからようやく解放されて私は喘ぐように呼吸して息を整えるのが精いっぱいだった。
「――男を煽ればこうなる。無自覚とはいえ君は少し自覚した方がいい」
フェルディナンから投げられた言葉にいろんな感情がこみ上げてきて涙腺が緩くなる。涙目でフェルディナンを見上げると、彼は互いの唾液に濡れて艶めく唇の端を僅かに引き上げて自虐的な笑みを浮かべていた。
その表情はとても苦しそうで見ているこっちが苦しくなる。何かに耐えるように切なげに紫混じった青い瞳を細めながらフェルディナンは私を見下ろしている。そんな彼を眺めながら私は出会ってからまだ三日しか立っていない男性から、強引に口づけされたことへの嫌悪感が全くないことに驚いていた。そしてその行為に何も抵抗出来なかったことが悔しくて堪えていた涙が目の端からポロポロと流れ落ちてしまった。
「……まいったな」
無言でむーっと眉間に皺を寄せて怒った表情のまま涙を流している私に、フェルディナンは呟いた言葉のまま本当に困った顔をして見下ろしていた。
暫くしてフェルディナンはふうっと溜息を付いて諦めたような降参したような表情で拘束していた私の手を解放すると、ベッドの上に半身を起こしてそっと優しく私を抱き寄せてきた。
子供にするように背中をポンポンと叩いて優しく摩ってくる。泣き止まない子供をあやすようなフェルディナンの行動に私は益々気が荒くなってしまう。
「私子供じゃありません!」
「そうだな」
フェルディナンは大人の表情でゆっくり頷いてトントンと私の背中を叩いた。どう見ても子供のご機嫌を取っている大人の言動をそのまま実施してくる彼に、私は問い詰めるように顔を近づけた。
「フェルディナンさん分かってないですよね?」
「分かっているよ」
「ぜぇっっったいに分かってないですよね?」
「……疑り深いな君は」
暗い部屋の中で蝋燭の灯りが空気の流れに沿ってゆらゆらと揺れてる。オレンジ色の蝋燭の炎がフェルディナンの剥き出しの上半身と端正な顔を照らしていて妙に艶めかしい。
どうしよう……攻略対象キャラと恋はしないって決めたのに――好きにならないって決めたのに。あんなに強引にキスされたのに嫌いになるどころか……
好きになっていくのを止められない。そして人生で初めての――ファーストキスがまさかこんな形で発生するとはそれも相手がここまで格好いいと、このまま流されてしまいたくなる。
「……無自覚を自覚しろだなんて難しくありませんか?」
私はなんとか理性を取り繕うと冷静を装ってそう返した。始終ツンツンした不機嫌な態度を取る私に、フェルディナンはくすっと笑って私のおでこに自身のおでこをコツンとくっつけてきた。
「そうだな。悪かった」
「それに名前、呼び方がまた君に戻ってます」
「月瑠、私が悪かった。だからもう許してくれないか?」
そう言うフェルディナンの綺麗な整った顔を見て私はふとあることを思い出した。
あれっ? そう言えばグレーローズって男娼館だってバートランドさんが言っていたけど、それもたまに情報交換で使うとかって……もしかしてフェルディナンさんも使ったりするのかな?
そんな考えが頭を過ってしまった。
「あの、フェルディナンさん」
「どうした?」
「フェルディナンさんもグレーローズを使ったりとかってするんですか?」
「…………」
「フェルディナンさん?」
ピクリとも固まって動かなくなったフェルディナンの只ならぬ様子に私はおそるおそる彼の名前を呼んでみた。
「……このタイミングでそれを聞くなんてどういう――いや、何でもない」
そう言うとフェルディナンは頭に手を当てて黙り込んでしまった。酷い頭痛に頭を押さえるようなフェルディナンの反応に私はハッとする。
もしかして私聞き方間違えた?
先程の問いかけだと男娼館として利用しているかという意味にとられてしまったのでは? と思い至る。私が聞きたかったのは情報交換とか収集に使用しているのか? であってそういう意味じゃない。筈だったのだが……
「あの、フェルディナンさん? 違うんです。私そう言う意味で聞いたんじゃなくて、バートランドさんが情報交換に利用しているって言っていたので、それにイリヤも情報収集で潜入していたっていってたのでてっきりフェルディナンさんもそういうことしているのかな、と思って……」
私が話せば話すほど何故かフェルディナンの顔から表情がどんどん抜けていく。
んっ? まてよ。そうするとフェルディナンさんもイリヤのように綺麗に着飾って潜入するってこと? ……どうしようそれは物凄く見てみたい。やっぱり色気とかすごそうだし美形は目の保養になる。何といってもこの乙女ゲーム世界は18禁のエロゲーだしかなり際どい恰好で登場とかありそうだ。でも見せるのは自分だけにして欲しかったり……って何で独占欲強くなっているんでしょうか私……
「……月瑠、今何を想像していたのかは何となく分かるが」
「へっ!?」
今の私のとんでもない欲望を感じとってしまったのですかっ!?
「一応言っておくが、私は今日会った時にしていたイリヤのような恰好は間違ってもしない」
「えっ? あっ、そっちですか」
えっと、それは男娼館で春を売って働いているお兄さん達のようにお化粧して露出の多い服着て(今の恰好の方が露出は多い気がする)装飾品で綺麗に着飾って、お客さんの腕に腕を絡めて誘い込む様なことはしないということですね?
よかった見てみたいと思っていたことはバレていないようだ。思わずホッと胸を撫で下ろす。
「――何か別の意味でもあったのか?」
「い、いえいえ。何でもありませんよ! 本当にっ! あっ! もうだいぶ夜遅いですし、私はもう寝ますね。フェルディナンさんもちゃんと休んでくださいね?」
「……? ああ、そうだな。……お休み」
突然話題を変えた私の挙動にも嫌な顔一つせず、フェルディナンは相変わらず大人の余裕で受け止めて、私をずっと抱きしめていた腕をようやく解いた。しかし最後はやっぱり頭を撫でてきた。本当にフェルディナンは私を甘やかすのに長けている。
だからそれっ! すっごくフェルディナンさん甘いです!
もう寝るとは言ったもののフェルディナンに撫でられている感覚はとても気持ちが良くて離れがたい気持ちになる。だから離れる前に彼の武骨な大人の男の手をそっと掴んで自身の胸元に引き寄せた。フェルディナンの手に自分の手を重ねて、名残惜しい気持ちでちらっと彼を見ると、フェルディナンは穏やかな顔をして静かに私を見つめていた。
――どうしよう私、フェルディナンさんのこと多分すごく好きになりかけてる。
この気持ちを抑えられなくなったらどうすればいいんだろう? 私はその不安な気持ちを忘れたくて思わずフェルディナンの温かく大きな手をギュッと握りしめてしまった。
「月瑠……?」
何でもないとふるふると無言で俯きがちに首を振りながらも、フェルディナンの手を握りしめて動かなくなった私を、フェルディナンは何も聞かずに再度優しく片手で抱き寄せると、私の不安が消えるまでずっと何も言わずに傍にいてくれた。
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