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第一章~子供扱編~
012 灰色の薔薇の花
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互いの得物を突き合わせて対峙するイリヤとシャノンを私はいまだに尻もちをついた格好のまま見上げていた。
「俺はシャノン・シュライバー。狼の獣人だ」
シャノンが目前のイリヤから目を離して私の方を見た。切れ長の黄金の瞳に青みがかった灰色の髪、そして髪と同じ色の頭から生えた狼の耳。どこからどう見ても元の世界ではあり得ない形体に感動さえ覚えてしまう。
「私は天嵜月瑠です。すみません。シャノンさんのこと犬の獣人と間違えてしまって」
「……いや」
「獣人は全員反逆の徒と呼ばれているって……じゃあ追放された獣人のシャノンさんがどうしてここに?」
やれやれと肩を竦めてイリヤが口を開いた。
「それは当然月瑠を連れて行くためだろうね」
「さっきもシャノンさん一緒に来てもらうって言ってましたけど……連れて行くって何処にですか?」
呑気に天気でも聞くような調子で質問した私を見て、シャノンはイリヤと得物を突き合わせたまま一瞬目を瞬かせた。
くすっと小さく笑ってシャノンはイリヤと合わせた剣をスッと引いた。その動作に合わせてイリヤも短剣を降ろした。
「どうやら今回の異邦人はとても可愛らしい人のようだ」
か、可愛らしいとか言われてしまった……
そういえばずっと突然の環境変化についていけなくて、私は元の世界にいた時と同じ調子で話し掛けていた。緊張感がなくてほんとすみません――と心の中で呟きながら私はシャノンの顔を見上げた。
「こういう状況には慣れていないもので」
シャノンはこれまでの私の言動にすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。戦意喪失したようで剣を元の鞘に収めるとイリヤに背を向けてくるりと私の方を振り返った。
先程、犬と言ったことを謝罪した私にシャノンは穏やかな笑みを向けてきた。怒ってはいないようなので少し安心する。
「イリヤが言った通り俺は異邦人である君を迎えに来た。俺と一緒にきてほしい」
そう言ってシャノンから再度差し伸べられた手を見ながら、私はどうしたらいいのか分からなくて戸惑ってしまう。知らない人について行っちゃダメって言われているし――何て子供のような言葉が浮かんだ。
――それに常識的に考えて、守ってほしいってフェルディナンさんにお願いしておきながら、今更別の人について行くなんて薄情なこと言える訳ないですよ。
なんていうのは建前で既に好きになりかけているフェルディナンの傍を離れたくないというのが本心だった。
「シャノンさん、ごめんなさい……私はフェルディナンさんと一緒にいたいんです」
攻略対象キャラと恋はしないって決めたんだからこれ以上好きにならないようにしないと! というかフェルディナンさんが私の相手何てしてくれるわけがないからその点は安心だけど。
「そうか――こちらとしても無理強いはしたくない。だがそう簡単に俺も引き下がる訳にはいかないんだ」
「……シャノンさん」
「だから暫くは貴方の様子を観察させてもらうことにする。いずれまた貴方を迎えに来る。その時までにこの国にいるべきなのか俺と共に来るか、貴方の目で見て考えてどうするかを決めてほしい」
「分かりました」
「あのさぁ……二人共何だか勝手に話を進めているようだけど、それを俺とフェルディナンが許すとでも思っているのか?」
イリヤが呆れた様な顔をして横槍を入れた。
「それまではイリヤとフェルディナンに貴方を一時的に預けておく。だが、直ぐにでもこの国を去りたくなったら俺の名を呼べ。そうすれば即座に駆けつけよう」
イリヤの言葉を無視してシャノンが話を続けると、イリヤが忌々し気にチッと舌打ちした。
「まったく好き勝手に言いたいこと言ってくれるね」
「……お前もな」
そう言ってシャノンはフードを被り直して颯爽と町中へ消えていった。そして屋敷の門前には私とイリヤだけが取り残された。
*******
「さてさて、それで? 月瑠、君はこんなところで何をしているのかな?」
「これはいろいろと誤解というか勘違いがありまして……」
「というと?」
「まさかこういう場所だったとは知らなかったというか……」
「グレーローズが男娼館だって事を知らなかったって? そう言う事?」
「はい……」
渋々頷く私にイリヤは仕方がないなと言う様に腰に手を当てて肩から力を抜いた。
「此処は危ない所だからもう一人で来てはいけないよ?」
「はい、そうします」
シュンと項垂れて落ち込む私に今度はイリヤが手を差し出してきた。
「立てる?」
「はい、ありがとうございま、……す」
「どうしたの?」
ギクリと体を強張らせたまま私はイリヤから視線を外して仕方なく状況を説明した。
「……転んだ時に足を捻ったみたいです」
この乙女ゲーム世界に来て初日に腰を抜かしたと思ったら、今度は足を捻るとは――もう踏んだり蹴ったりだった。
「――まったく。フェルディナンが知ったら怒りそうなことばかりだな」
「ですよね……。私も本当にそう思います」
地面に両手をついてははっと自嘲気味に笑うとイリヤが更に距離を詰めてきた。
「えっ?」
私が上げた間の抜けた声と同時に、イリヤが有無を言わさず私を抱き上げた。それも何事もなかったようにイリヤは淡々と話を続けてくる。
「それで、君の護衛をしている奴等はどうしたの? 何処にも姿が見えないようだけど?」
「…………」
この乙女ゲーム世界の人達ってどうしてこう……
フェルディナンに引き続き今度はイリヤにお姫様抱っこされてしまった。もう抵抗する気も起きない。
そして細い体付きに似合わず思っていたよりも力強いイリヤの二の腕に抱き上げられながら、今度は違う質問で頭を悩ませることになった。護衛役の人達を振り切り一人で先に来ちゃいました。何て言ったらフェルディナンだけでなく流石のイリヤも怒り出しそうだ。
「月瑠?」
「あっ! そういえばっ!」
「何?」
「イリヤこそその姿どうしたんですか? まるでこのお屋敷の人みたい、で……すね」
話を誤魔化そうとして逆に気まずい気分になる。そう言えばイリヤの姿はこの男娼館にいる男性達と同じ様に綺麗な格好をしていた。化粧をしているせいか元々もっている色気が更に倍増しているような気がする。
結い上げられた長い銀髪に血のように赤い瞳、そして絹のように滑らかな白い肌。そしてモデルのようにスラッとした肢体。口元から覗く鋭い八重歯が妙に色っぽくて野性的で人を惹き付ける。
イリヤは元が良いだけに少し化粧するだけでも十分のようだ。華やかで艶やかで違和感ない位に似合っている。ハマり過ぎて怖い位だ。
まさか――イリヤもそういうことをする為に此処へ?
と、私は疑いの眼差しを思わずイリヤへ向けてしまった。
「あぁ、この格好? そう言えば月瑠には話てなかったっけ。俺は情報屋なんだよ。だから此処には情報収集で潜入してたってわけ。だから月瑠が今思っているようなことはしていないから安心していいよ? こんな恰好してるから誤解させちゃったね」
クスクス笑いながらイリヤは優しく答えた。
「そうなんですか……」
妙にホッとしてしまって、私は良かったと胸を撫で下ろした。少し気が緩んで頬の硬直が解ける。思わず笑顔をイリヤに向けると、彼は逆に戸惑ったような表情をその綺麗な顔に浮かべた。
「まさかそんなに心配してくれるとはね」
それは心配にもなる。会って間もないとはいえ知り合いが男娼館から出てきたら、誰だって心配で胃がキリキリ痛くなるのは当然のことのように思えた。
「当たり前ですよ! 知り合いがこんな所にいたら誰だって心配します! それにイリヤだって私の事心配してくれましたよね? それと同じことですよ」
自信を持って言った私の言葉にイリヤは動揺したように体をビクッと反応させた。
「君は……」
イリヤが私の心配する姿をどう捉えたのかは分からない。でも私が今言った言葉がイリヤの中にある何かを酷く動揺させたのは事実らしい。彼は眉根を寄せて沈痛な面持ちで私を見ている。
「イリヤ……?」
「……すまない。昔知り合いに同じ様な事を言われたのを思い出していたんだ」
「知り合いって……?」
誰なんだろう?
そうは思ったものの。今のイリヤにそれを聞く事は躊躇われて――でもイリヤの様子がおかしいのがどうしても気になって、私は彼の顔を覗き込むようにして顔を近づけた。イリヤ結い上げられた銀の長髪の先端が風に流れて私の頬に一瞬だけ触れて離れた。
それと入れ違うようにして、イリヤが私を抱き上げたままそっと私の頬に手を伸ばしてきた。触れてきた手は暖かくて心地良くて、不思議な事に少しも嫌悪感は湧いてこなかった。
「知っているかな? 表通りのホワイトローズもそして裏通りのブラックローズも同じ『永遠の愛』という意味を持っているんだよ。でも同じ永遠でもその本質は異なっている。ホワイトローズは純粋な愛。ブラックローズは恨みや憎しみの愛という意味なんだ」
そう言うイリヤは何となく少し寂しそうで、私は思わず彼が私の頬に触れている方の手に手を重ねてしまった。その手をキュッと握るとイリヤは少し驚いた様に真紅の瞳を見開いて私を見てきた。
「……じゃあグレーローズはどういう意味なんですか?」
「はははっ月瑠。グレーローズに意味などないさ」
「えっ?」
「グレーローズなんて花は存在しないからね」
「存在しない花……」
「そう、まるでこの屋敷そのものを示しているようだよ」
「存在しない灰色の薔薇の花――それってどういう意味ですか?」
「グレーゾーンってことだよ。この男娼館の存在そのものが公には認められていないけれど、必要悪として存在しなければならないのも事実だからね。だから何かしら問題が起きたとしても司法機関からは一切御咎めを受けることはなく。法の制約に縛られない。まるで存在していないとでもいうようにね。此処はそういう場所なんだよ」
「…………」
「だから月瑠、君みたいな子供が来たらいけないってことは理解できるよね?」
「……はい」
昔の知り合いについてイリヤに話を逸らされたのも分かっていたけれど、私はこれ以上何も聞く事は出来なかった。
「それにどうやらお迎えも来たようだしね?」
「えっ?」
先程までのシリアスな雰囲気から一変して、イリヤはやんちゃな子供の様に明るい声で楽しそうにそう言うと、クイッと顎で後ろの方を指した。
そこにはグレーローズの門前で小難しい顔をして腕を組んでいるフェルディナンと、その後方で苦しそうに肩で息をしているバートランドが立っていた。
「俺はシャノン・シュライバー。狼の獣人だ」
シャノンが目前のイリヤから目を離して私の方を見た。切れ長の黄金の瞳に青みがかった灰色の髪、そして髪と同じ色の頭から生えた狼の耳。どこからどう見ても元の世界ではあり得ない形体に感動さえ覚えてしまう。
「私は天嵜月瑠です。すみません。シャノンさんのこと犬の獣人と間違えてしまって」
「……いや」
「獣人は全員反逆の徒と呼ばれているって……じゃあ追放された獣人のシャノンさんがどうしてここに?」
やれやれと肩を竦めてイリヤが口を開いた。
「それは当然月瑠を連れて行くためだろうね」
「さっきもシャノンさん一緒に来てもらうって言ってましたけど……連れて行くって何処にですか?」
呑気に天気でも聞くような調子で質問した私を見て、シャノンはイリヤと得物を突き合わせたまま一瞬目を瞬かせた。
くすっと小さく笑ってシャノンはイリヤと合わせた剣をスッと引いた。その動作に合わせてイリヤも短剣を降ろした。
「どうやら今回の異邦人はとても可愛らしい人のようだ」
か、可愛らしいとか言われてしまった……
そういえばずっと突然の環境変化についていけなくて、私は元の世界にいた時と同じ調子で話し掛けていた。緊張感がなくてほんとすみません――と心の中で呟きながら私はシャノンの顔を見上げた。
「こういう状況には慣れていないもので」
シャノンはこれまでの私の言動にすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。戦意喪失したようで剣を元の鞘に収めるとイリヤに背を向けてくるりと私の方を振り返った。
先程、犬と言ったことを謝罪した私にシャノンは穏やかな笑みを向けてきた。怒ってはいないようなので少し安心する。
「イリヤが言った通り俺は異邦人である君を迎えに来た。俺と一緒にきてほしい」
そう言ってシャノンから再度差し伸べられた手を見ながら、私はどうしたらいいのか分からなくて戸惑ってしまう。知らない人について行っちゃダメって言われているし――何て子供のような言葉が浮かんだ。
――それに常識的に考えて、守ってほしいってフェルディナンさんにお願いしておきながら、今更別の人について行くなんて薄情なこと言える訳ないですよ。
なんていうのは建前で既に好きになりかけているフェルディナンの傍を離れたくないというのが本心だった。
「シャノンさん、ごめんなさい……私はフェルディナンさんと一緒にいたいんです」
攻略対象キャラと恋はしないって決めたんだからこれ以上好きにならないようにしないと! というかフェルディナンさんが私の相手何てしてくれるわけがないからその点は安心だけど。
「そうか――こちらとしても無理強いはしたくない。だがそう簡単に俺も引き下がる訳にはいかないんだ」
「……シャノンさん」
「だから暫くは貴方の様子を観察させてもらうことにする。いずれまた貴方を迎えに来る。その時までにこの国にいるべきなのか俺と共に来るか、貴方の目で見て考えてどうするかを決めてほしい」
「分かりました」
「あのさぁ……二人共何だか勝手に話を進めているようだけど、それを俺とフェルディナンが許すとでも思っているのか?」
イリヤが呆れた様な顔をして横槍を入れた。
「それまではイリヤとフェルディナンに貴方を一時的に預けておく。だが、直ぐにでもこの国を去りたくなったら俺の名を呼べ。そうすれば即座に駆けつけよう」
イリヤの言葉を無視してシャノンが話を続けると、イリヤが忌々し気にチッと舌打ちした。
「まったく好き勝手に言いたいこと言ってくれるね」
「……お前もな」
そう言ってシャノンはフードを被り直して颯爽と町中へ消えていった。そして屋敷の門前には私とイリヤだけが取り残された。
*******
「さてさて、それで? 月瑠、君はこんなところで何をしているのかな?」
「これはいろいろと誤解というか勘違いがありまして……」
「というと?」
「まさかこういう場所だったとは知らなかったというか……」
「グレーローズが男娼館だって事を知らなかったって? そう言う事?」
「はい……」
渋々頷く私にイリヤは仕方がないなと言う様に腰に手を当てて肩から力を抜いた。
「此処は危ない所だからもう一人で来てはいけないよ?」
「はい、そうします」
シュンと項垂れて落ち込む私に今度はイリヤが手を差し出してきた。
「立てる?」
「はい、ありがとうございま、……す」
「どうしたの?」
ギクリと体を強張らせたまま私はイリヤから視線を外して仕方なく状況を説明した。
「……転んだ時に足を捻ったみたいです」
この乙女ゲーム世界に来て初日に腰を抜かしたと思ったら、今度は足を捻るとは――もう踏んだり蹴ったりだった。
「――まったく。フェルディナンが知ったら怒りそうなことばかりだな」
「ですよね……。私も本当にそう思います」
地面に両手をついてははっと自嘲気味に笑うとイリヤが更に距離を詰めてきた。
「えっ?」
私が上げた間の抜けた声と同時に、イリヤが有無を言わさず私を抱き上げた。それも何事もなかったようにイリヤは淡々と話を続けてくる。
「それで、君の護衛をしている奴等はどうしたの? 何処にも姿が見えないようだけど?」
「…………」
この乙女ゲーム世界の人達ってどうしてこう……
フェルディナンに引き続き今度はイリヤにお姫様抱っこされてしまった。もう抵抗する気も起きない。
そして細い体付きに似合わず思っていたよりも力強いイリヤの二の腕に抱き上げられながら、今度は違う質問で頭を悩ませることになった。護衛役の人達を振り切り一人で先に来ちゃいました。何て言ったらフェルディナンだけでなく流石のイリヤも怒り出しそうだ。
「月瑠?」
「あっ! そういえばっ!」
「何?」
「イリヤこそその姿どうしたんですか? まるでこのお屋敷の人みたい、で……すね」
話を誤魔化そうとして逆に気まずい気分になる。そう言えばイリヤの姿はこの男娼館にいる男性達と同じ様に綺麗な格好をしていた。化粧をしているせいか元々もっている色気が更に倍増しているような気がする。
結い上げられた長い銀髪に血のように赤い瞳、そして絹のように滑らかな白い肌。そしてモデルのようにスラッとした肢体。口元から覗く鋭い八重歯が妙に色っぽくて野性的で人を惹き付ける。
イリヤは元が良いだけに少し化粧するだけでも十分のようだ。華やかで艶やかで違和感ない位に似合っている。ハマり過ぎて怖い位だ。
まさか――イリヤもそういうことをする為に此処へ?
と、私は疑いの眼差しを思わずイリヤへ向けてしまった。
「あぁ、この格好? そう言えば月瑠には話てなかったっけ。俺は情報屋なんだよ。だから此処には情報収集で潜入してたってわけ。だから月瑠が今思っているようなことはしていないから安心していいよ? こんな恰好してるから誤解させちゃったね」
クスクス笑いながらイリヤは優しく答えた。
「そうなんですか……」
妙にホッとしてしまって、私は良かったと胸を撫で下ろした。少し気が緩んで頬の硬直が解ける。思わず笑顔をイリヤに向けると、彼は逆に戸惑ったような表情をその綺麗な顔に浮かべた。
「まさかそんなに心配してくれるとはね」
それは心配にもなる。会って間もないとはいえ知り合いが男娼館から出てきたら、誰だって心配で胃がキリキリ痛くなるのは当然のことのように思えた。
「当たり前ですよ! 知り合いがこんな所にいたら誰だって心配します! それにイリヤだって私の事心配してくれましたよね? それと同じことですよ」
自信を持って言った私の言葉にイリヤは動揺したように体をビクッと反応させた。
「君は……」
イリヤが私の心配する姿をどう捉えたのかは分からない。でも私が今言った言葉がイリヤの中にある何かを酷く動揺させたのは事実らしい。彼は眉根を寄せて沈痛な面持ちで私を見ている。
「イリヤ……?」
「……すまない。昔知り合いに同じ様な事を言われたのを思い出していたんだ」
「知り合いって……?」
誰なんだろう?
そうは思ったものの。今のイリヤにそれを聞く事は躊躇われて――でもイリヤの様子がおかしいのがどうしても気になって、私は彼の顔を覗き込むようにして顔を近づけた。イリヤ結い上げられた銀の長髪の先端が風に流れて私の頬に一瞬だけ触れて離れた。
それと入れ違うようにして、イリヤが私を抱き上げたままそっと私の頬に手を伸ばしてきた。触れてきた手は暖かくて心地良くて、不思議な事に少しも嫌悪感は湧いてこなかった。
「知っているかな? 表通りのホワイトローズもそして裏通りのブラックローズも同じ『永遠の愛』という意味を持っているんだよ。でも同じ永遠でもその本質は異なっている。ホワイトローズは純粋な愛。ブラックローズは恨みや憎しみの愛という意味なんだ」
そう言うイリヤは何となく少し寂しそうで、私は思わず彼が私の頬に触れている方の手に手を重ねてしまった。その手をキュッと握るとイリヤは少し驚いた様に真紅の瞳を見開いて私を見てきた。
「……じゃあグレーローズはどういう意味なんですか?」
「はははっ月瑠。グレーローズに意味などないさ」
「えっ?」
「グレーローズなんて花は存在しないからね」
「存在しない花……」
「そう、まるでこの屋敷そのものを示しているようだよ」
「存在しない灰色の薔薇の花――それってどういう意味ですか?」
「グレーゾーンってことだよ。この男娼館の存在そのものが公には認められていないけれど、必要悪として存在しなければならないのも事実だからね。だから何かしら問題が起きたとしても司法機関からは一切御咎めを受けることはなく。法の制約に縛られない。まるで存在していないとでもいうようにね。此処はそういう場所なんだよ」
「…………」
「だから月瑠、君みたいな子供が来たらいけないってことは理解できるよね?」
「……はい」
昔の知り合いについてイリヤに話を逸らされたのも分かっていたけれど、私はこれ以上何も聞く事は出来なかった。
「それにどうやらお迎えも来たようだしね?」
「えっ?」
先程までのシリアスな雰囲気から一変して、イリヤはやんちゃな子供の様に明るい声で楽しそうにそう言うと、クイッと顎で後ろの方を指した。
そこにはグレーローズの門前で小難しい顔をして腕を組んでいるフェルディナンと、その後方で苦しそうに肩で息をしているバートランドが立っていた。
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