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第一章~子供扱編~
008 夫の有力候補
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フェルディナンの後について談話室を出てから私は別の部屋に通された。
そこは王城の兵舎の中でも取り分け豪華な造りとなっている一室だった。豪華といっても兵舎ということでかなりシンプルに抑えてはいるようなのだが――それでも他の何の飾り気もない武器や防具が転がっている他の部屋に比べたら雲泥の差だ。
シンプルだけれどちゃんと床には高価な絨毯が敷かれているし、壁を装飾する絵画や細かな趣味の良い装飾品が至る所に配置されている。
私はその部屋の中央に配置されているテーブルに着いて、部屋の奥に引っ込んでしまったフェルディナンが戻ってくるのを待っていた。
「うーん。待っているようにとは言われたけど。何だか居心地が……変な感じがする」
目の前にある光景は乙女ゲームのプレイ画面そのもの――ここは飽く迄もゲーム画面でしか見たことのない場所で。本当は行ったこともない場所で。生では見たことのない風景だ。
現実にその場所にいるのと、ゲームの画面をただ見ているだけとでは、余りにもいろいろな事が違い過ぎて私は少しの間ボーと部屋の中を眺めていた。
「――ここは私の部屋だ。談話室では落ち着いて話も出来ないからな。少し緊張を解いて寛ぐといい」
そう言って奥の部屋から現れたフェルディナンは手に何かを持っていた。
それはこれまたこの豪華な部屋に似合う上等な造りの彫刻が施されたトレーに、花柄の綺麗な模様が散りばめられたティーカップを二つ。そしてミルクやお砂糖の入った小瓶やスプーン等を一式乗せてやってきた。
年上の――それも将軍という高い地位の男性に尽くされている感満載の雰囲気。
テーブルに着いてフェルディナンに紅茶を入れてもらっている間も私はどうにもむず痒さを感じて仕方がなかった。
それも、フェルディナンがティーポットからお湯を注いでいる仕草は手慣れていてとても優雅で素敵だった。
――何だかこれってフェルディナンさん私の専属執事みたいなんですけど。
「砂糖とミルクは使うか?」
「はい、頂きます」
「量は?」
「あっ、少し多めでお願います」
「分かった」
私の返事にフェルディナンは要領よく適量を紅茶に入れてスプーンでかき回すと、手慣れた手つきで私にティーカップを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます――えっとその、……頂きます」
「ああ」
そうして私はフェルディナンからティーカップを受け取ると、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
うわっ! なにこれ!? すごく美味しいっ!
フェルディナンに入れてもらった紅茶は今までの人生の中でも一番と言える位に美味しい。本当だったら紅茶の入れ方を聞いて、味を絶賛したいところなのだけれど――今私達の間には何とも言えない微妙な重苦しい空気が流れていて紅茶の味どころではなかった。
私が紅茶を飲んでいる間に席に着いたフェルディナンが、こちらを真っ直ぐ見ているのを感じて少しだけ目線を上向かせるも、どうしたらいいのか分からなくて結局私は彼から視線を反らしてしまった。
あまりの気まずさにカップ内の紅茶が渦を巻くようにわざと揺らして、紅茶の流れを目で追うように自身へ仕向けながら私はひたすら俯いていた。
「――それで、君はイリヤとは他に何か話をしたのか?」
そうやって何を話せばいいのか考えてまごついていたら、フェルディナンが話の口火を切った。
「……いえ、イリヤとはカードを渡してほしいとだけ。フェルディナンさんに渡せば分かるからと言われて。他には何も話はしていません」
「そうか」
「はい」
「その割には大分、君とイリヤは親しいようだが」
「えっ?」
もしかして、私がイリヤのことを呼び捨てで呼んでいるから? そう思って私は下げていた目線をフェルディナンに向けた。顔を上げるとフェルディナンの紫混じった青い瞳とバッチリ目が合ってしまった。その強い信念を帯びた眼差しにもう逃れられないと観念して、私は自分の中で振絞れるだけの精一杯の勇気を出してフェルディナンと視線を合わせた。
「あの、名前の呼び方はイリヤがこの方が堅苦しくなくていいからって気を遣ってくれただけです。とくに親しいとかそういったことではなくて……」
「イリヤが?」
「はい」
「……まったく彼奴は何を考えているんだ」
始終落ち着いた物腰のフェルディナンが突然悪態を付くような物言いになって、びっくりして思わず私は彼の名前を口にした。
「フェルディナンさん?」
「ああ、すまない少し思うところがあってな」
「そう、ですか……そういえば先程お渡しした黒百合の紋章のカードっていったい何なんですか? どんな意味があるんですか?」
「――それは君が知る必要のないことだ」
私がカードのことを聞いた途端、フェルディナンはまるで拒絶するように表情を消してしまった。
「……はい」
フェルディナンにそう言われて私は突き放されたような気がして、合って間もないし親しい訳でもないのに何故だか少し寂しい気持ちになった。
しょんぼりと力なく返事を返した後の、互いに黙々と紅茶を啜っている状況に私は焦りを感じ始めていた。
うーんどうしよう? やっぱりこれって今度は私が話を先に切り出した方がいいのでしょうか? でも何から? 何から聞けばいい? 何を話せばいいの?
聞かなければいけないことは沢山ある。この世界から元の世界に戻る方法について。これからどうしたらいいのか……正直なところ分からないことだらけだった――だけどどう切り出せばいいのか。それこそこんなに混乱している頭ではもっと分からなくて。
そうやって悶々と考えながら、焦りに後押しされて私はようやくたどたどしくも口を開くことにした。
「あっ、あのっ!」
「?」
「フェルディナンさんって普段からこういうことされるんですか?」
――って、ちょっと待ったぁっ! 私は一体何を聞いているのぉっ!?
「こういうこと、とは?」
フェルディナンは虚を突かれた様に、キョトンとした顔で私を見ている。この国最強の将軍で黒将軍の異名を持つフェルディナン・クロスにこんな顔をさせてしまうとは――更に焦りが大きくなってじわじわと顔が熱くなっていくのを感じて、私は恥ずかしさに思わず少し俯いてしまう。
「なんというか、そのぉ~紅茶とか入れたりって普通はフェルディナンさん位偉い人だと誰か他の方が入れたりしてくれるんじゃないかな? とか、思ったりして……」
何でこんなどうでもいいような話題を振った!? いくら何から話していいか分からないからって!
そう後悔しても遅い。話していくうちに更に妙な緊張が加わって、どんどんと落ち着かない心境に陥ってしまう。真っ赤に火照る頬にじんわりと汗が滲み出すのを感じながら、思わず上目遣いにおそるおそるフェルディナンを見上げると、彼は先刻と同じ顔で私を見下ろしたままだ。そして彼は数度瞬きを繰り返すと、その紫混じった青い綺麗な瞳を柔らかく細めた。
「何だそんなことか」
そう言ってはははっとフェルディナンが声を出してとても楽しそうに笑いだした。先程表情を消していた人とは別人のように優しい笑みを浮かべている。
「あのー? フェルディナンさん?」
「私は確かにそれなりの地位に就いてはいるが、此処にいる時は身の回りのことは全て自分でこなしている。仕事柄私は家に帰るよりも王城にいることの方が多い。ある程度のことは自身で出来る様にしておかないといざという時に動けなくなってしまうからな」
「なるほど……だから紅茶を入れる仕草が板に付いているというか、綺麗でとても手慣れているんですね」
感心した様子の私を一瞥してから、フェルディナンはコトンとティーカップをテーブルに置いた。彼は両肘をテーブルに付いて手を組むと、真面目な顔付きで真っ直ぐにこちらへ紫混じった青い瞳を向けた。
「――君は面白いな」
「面白い……?」
「並みの人間なら別の世界に突然転移させられて動揺しない者などいない」
「あの私十分動揺していますけど……」
「その割には堂々としている。先程の質問のように普通の会話が出来ている。質問をするにしても動揺している人間はもっと別のことを知りたがるものだ」
「…………」
――確かに。それは尤もだ。
「それと、君は何故私の名を知っているんだ?」
「えっ? えーっと、それはですね……」
フェルディナンに問われて私はハッとした。そう言えばイリヤも同じ質問をしてきたっけ。フェルディナンもイリヤと同様この世界が乙女ゲーム世界だということは知らない筈。
フェルディナンからしてみれば、互いに面識もない名乗りもしていない異邦人が、初対面から自分の名前を知っているなんてと不思議に思うのも無理はない。
またこの展開ですか!?
イリヤに説明した時のように攻略対象キャラの話をするのは絶対に避けたかった。攻略法を知っているのでは? とか、攻略しようとしているのではないか? とか疑われたくない。フェルディナンにも自分の行動をそんな風に見てほしくなかった。
18禁乙女ゲームを16歳なのにこっそりプレイしていたエッチなお子様だと、攻略対象キャラ達に思われるなどという醜聞が立ったら、本当に羞恥で死んでしまいたくなる。
そうになるのを避けるため私はこの世界が乙女ゲーム世界だということをひた隠す。そうすることに決めたのだが――その隠し方を神様のせいにして事を収めようと考えてはいたものの、いざそれを実行しようとするとなかなか上手く口が動いてくれない。
隠し事をするってこんなに大変なんですかっ!?
そうして一人で葛藤して内心汗ダラダラの状態でも、表面上は必死に平静を装ってにこやかに無言で微笑んでいる私を見てフェルディナンは溜息を付いた。それも何だかとても嫌そうな感じに。
「粗方、神に教えてもらったとかそう言ったところか?」
イリヤと同じようにフェルディナンもまた、私が神様から教えてもらったと思ったらしい。
「へっ? あっはい、まあそんなところです」
まあ、思いつくところはそこしかないですよね――と、私はうんうんと勢いよく頷いた。
「何故私のことまで神が君に説明する必要があるんだ?」
私の返答を聞いてフェルディナンは面倒くさそうな顔をした。それも神様のことを話す時あまり好意的ではないような表情をしているように見える。
さっきの溜息といい、何だかフェルディナンさんって神様のことあまり好きじゃない?
名前を知っているのは貴方が攻略対象キャラだから登場人物紹介見て覚えてしまったのです。とは間違っても言えないわけで。少し罪悪感が残るけれど、何とか神様のせいにして隠し通せたとホッとして私は油断し過ぎてしまった――
「それはですね。フェルディナンさんが私の夫になる可能性がある攻略キャラ――じゃなかった有力候補だからなんで、す……よね」
フェルディナンの驚きの形相に私は咄嗟に口元に手を押し当てた。
「――夫の、有力候補?」
私の言葉を受けて彼はその紫混じる宝石のような青い瞳を大きく見開いて、本当に驚いた表情を浮かべている。
何てことを言ってしまったのだと、私は自分の顔がさあっと青ざめていくのを感じていた。口元を手で覆って自分の口から出た言葉に心底ギョッとしてしまう。
今、私なんて言った!? 夫!? それもフェルディナンさん相手に有力候補って言ったっ!?
「あっ、いえ、それはその、……」
ある意味間違ってはいない。いないのだけど支援者や守護者として紹介してもらったとか、もう少し別の言い方があっただろうに。上手く誤魔化せない能力の低さに我ながら呆れてしまう。
乙女ゲーム世界のことは隠し通せたのに――今度はとんでもないことを自ら口にして私はピンチに陥りました。
そこは王城の兵舎の中でも取り分け豪華な造りとなっている一室だった。豪華といっても兵舎ということでかなりシンプルに抑えてはいるようなのだが――それでも他の何の飾り気もない武器や防具が転がっている他の部屋に比べたら雲泥の差だ。
シンプルだけれどちゃんと床には高価な絨毯が敷かれているし、壁を装飾する絵画や細かな趣味の良い装飾品が至る所に配置されている。
私はその部屋の中央に配置されているテーブルに着いて、部屋の奥に引っ込んでしまったフェルディナンが戻ってくるのを待っていた。
「うーん。待っているようにとは言われたけど。何だか居心地が……変な感じがする」
目の前にある光景は乙女ゲームのプレイ画面そのもの――ここは飽く迄もゲーム画面でしか見たことのない場所で。本当は行ったこともない場所で。生では見たことのない風景だ。
現実にその場所にいるのと、ゲームの画面をただ見ているだけとでは、余りにもいろいろな事が違い過ぎて私は少しの間ボーと部屋の中を眺めていた。
「――ここは私の部屋だ。談話室では落ち着いて話も出来ないからな。少し緊張を解いて寛ぐといい」
そう言って奥の部屋から現れたフェルディナンは手に何かを持っていた。
それはこれまたこの豪華な部屋に似合う上等な造りの彫刻が施されたトレーに、花柄の綺麗な模様が散りばめられたティーカップを二つ。そしてミルクやお砂糖の入った小瓶やスプーン等を一式乗せてやってきた。
年上の――それも将軍という高い地位の男性に尽くされている感満載の雰囲気。
テーブルに着いてフェルディナンに紅茶を入れてもらっている間も私はどうにもむず痒さを感じて仕方がなかった。
それも、フェルディナンがティーポットからお湯を注いでいる仕草は手慣れていてとても優雅で素敵だった。
――何だかこれってフェルディナンさん私の専属執事みたいなんですけど。
「砂糖とミルクは使うか?」
「はい、頂きます」
「量は?」
「あっ、少し多めでお願います」
「分かった」
私の返事にフェルディナンは要領よく適量を紅茶に入れてスプーンでかき回すと、手慣れた手つきで私にティーカップを差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます――えっとその、……頂きます」
「ああ」
そうして私はフェルディナンからティーカップを受け取ると、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
うわっ! なにこれ!? すごく美味しいっ!
フェルディナンに入れてもらった紅茶は今までの人生の中でも一番と言える位に美味しい。本当だったら紅茶の入れ方を聞いて、味を絶賛したいところなのだけれど――今私達の間には何とも言えない微妙な重苦しい空気が流れていて紅茶の味どころではなかった。
私が紅茶を飲んでいる間に席に着いたフェルディナンが、こちらを真っ直ぐ見ているのを感じて少しだけ目線を上向かせるも、どうしたらいいのか分からなくて結局私は彼から視線を反らしてしまった。
あまりの気まずさにカップ内の紅茶が渦を巻くようにわざと揺らして、紅茶の流れを目で追うように自身へ仕向けながら私はひたすら俯いていた。
「――それで、君はイリヤとは他に何か話をしたのか?」
そうやって何を話せばいいのか考えてまごついていたら、フェルディナンが話の口火を切った。
「……いえ、イリヤとはカードを渡してほしいとだけ。フェルディナンさんに渡せば分かるからと言われて。他には何も話はしていません」
「そうか」
「はい」
「その割には大分、君とイリヤは親しいようだが」
「えっ?」
もしかして、私がイリヤのことを呼び捨てで呼んでいるから? そう思って私は下げていた目線をフェルディナンに向けた。顔を上げるとフェルディナンの紫混じった青い瞳とバッチリ目が合ってしまった。その強い信念を帯びた眼差しにもう逃れられないと観念して、私は自分の中で振絞れるだけの精一杯の勇気を出してフェルディナンと視線を合わせた。
「あの、名前の呼び方はイリヤがこの方が堅苦しくなくていいからって気を遣ってくれただけです。とくに親しいとかそういったことではなくて……」
「イリヤが?」
「はい」
「……まったく彼奴は何を考えているんだ」
始終落ち着いた物腰のフェルディナンが突然悪態を付くような物言いになって、びっくりして思わず私は彼の名前を口にした。
「フェルディナンさん?」
「ああ、すまない少し思うところがあってな」
「そう、ですか……そういえば先程お渡しした黒百合の紋章のカードっていったい何なんですか? どんな意味があるんですか?」
「――それは君が知る必要のないことだ」
私がカードのことを聞いた途端、フェルディナンはまるで拒絶するように表情を消してしまった。
「……はい」
フェルディナンにそう言われて私は突き放されたような気がして、合って間もないし親しい訳でもないのに何故だか少し寂しい気持ちになった。
しょんぼりと力なく返事を返した後の、互いに黙々と紅茶を啜っている状況に私は焦りを感じ始めていた。
うーんどうしよう? やっぱりこれって今度は私が話を先に切り出した方がいいのでしょうか? でも何から? 何から聞けばいい? 何を話せばいいの?
聞かなければいけないことは沢山ある。この世界から元の世界に戻る方法について。これからどうしたらいいのか……正直なところ分からないことだらけだった――だけどどう切り出せばいいのか。それこそこんなに混乱している頭ではもっと分からなくて。
そうやって悶々と考えながら、焦りに後押しされて私はようやくたどたどしくも口を開くことにした。
「あっ、あのっ!」
「?」
「フェルディナンさんって普段からこういうことされるんですか?」
――って、ちょっと待ったぁっ! 私は一体何を聞いているのぉっ!?
「こういうこと、とは?」
フェルディナンは虚を突かれた様に、キョトンとした顔で私を見ている。この国最強の将軍で黒将軍の異名を持つフェルディナン・クロスにこんな顔をさせてしまうとは――更に焦りが大きくなってじわじわと顔が熱くなっていくのを感じて、私は恥ずかしさに思わず少し俯いてしまう。
「なんというか、そのぉ~紅茶とか入れたりって普通はフェルディナンさん位偉い人だと誰か他の方が入れたりしてくれるんじゃないかな? とか、思ったりして……」
何でこんなどうでもいいような話題を振った!? いくら何から話していいか分からないからって!
そう後悔しても遅い。話していくうちに更に妙な緊張が加わって、どんどんと落ち着かない心境に陥ってしまう。真っ赤に火照る頬にじんわりと汗が滲み出すのを感じながら、思わず上目遣いにおそるおそるフェルディナンを見上げると、彼は先刻と同じ顔で私を見下ろしたままだ。そして彼は数度瞬きを繰り返すと、その紫混じった青い綺麗な瞳を柔らかく細めた。
「何だそんなことか」
そう言ってはははっとフェルディナンが声を出してとても楽しそうに笑いだした。先程表情を消していた人とは別人のように優しい笑みを浮かべている。
「あのー? フェルディナンさん?」
「私は確かにそれなりの地位に就いてはいるが、此処にいる時は身の回りのことは全て自分でこなしている。仕事柄私は家に帰るよりも王城にいることの方が多い。ある程度のことは自身で出来る様にしておかないといざという時に動けなくなってしまうからな」
「なるほど……だから紅茶を入れる仕草が板に付いているというか、綺麗でとても手慣れているんですね」
感心した様子の私を一瞥してから、フェルディナンはコトンとティーカップをテーブルに置いた。彼は両肘をテーブルに付いて手を組むと、真面目な顔付きで真っ直ぐにこちらへ紫混じった青い瞳を向けた。
「――君は面白いな」
「面白い……?」
「並みの人間なら別の世界に突然転移させられて動揺しない者などいない」
「あの私十分動揺していますけど……」
「その割には堂々としている。先程の質問のように普通の会話が出来ている。質問をするにしても動揺している人間はもっと別のことを知りたがるものだ」
「…………」
――確かに。それは尤もだ。
「それと、君は何故私の名を知っているんだ?」
「えっ? えーっと、それはですね……」
フェルディナンに問われて私はハッとした。そう言えばイリヤも同じ質問をしてきたっけ。フェルディナンもイリヤと同様この世界が乙女ゲーム世界だということは知らない筈。
フェルディナンからしてみれば、互いに面識もない名乗りもしていない異邦人が、初対面から自分の名前を知っているなんてと不思議に思うのも無理はない。
またこの展開ですか!?
イリヤに説明した時のように攻略対象キャラの話をするのは絶対に避けたかった。攻略法を知っているのでは? とか、攻略しようとしているのではないか? とか疑われたくない。フェルディナンにも自分の行動をそんな風に見てほしくなかった。
18禁乙女ゲームを16歳なのにこっそりプレイしていたエッチなお子様だと、攻略対象キャラ達に思われるなどという醜聞が立ったら、本当に羞恥で死んでしまいたくなる。
そうになるのを避けるため私はこの世界が乙女ゲーム世界だということをひた隠す。そうすることに決めたのだが――その隠し方を神様のせいにして事を収めようと考えてはいたものの、いざそれを実行しようとするとなかなか上手く口が動いてくれない。
隠し事をするってこんなに大変なんですかっ!?
そうして一人で葛藤して内心汗ダラダラの状態でも、表面上は必死に平静を装ってにこやかに無言で微笑んでいる私を見てフェルディナンは溜息を付いた。それも何だかとても嫌そうな感じに。
「粗方、神に教えてもらったとかそう言ったところか?」
イリヤと同じようにフェルディナンもまた、私が神様から教えてもらったと思ったらしい。
「へっ? あっはい、まあそんなところです」
まあ、思いつくところはそこしかないですよね――と、私はうんうんと勢いよく頷いた。
「何故私のことまで神が君に説明する必要があるんだ?」
私の返答を聞いてフェルディナンは面倒くさそうな顔をした。それも神様のことを話す時あまり好意的ではないような表情をしているように見える。
さっきの溜息といい、何だかフェルディナンさんって神様のことあまり好きじゃない?
名前を知っているのは貴方が攻略対象キャラだから登場人物紹介見て覚えてしまったのです。とは間違っても言えないわけで。少し罪悪感が残るけれど、何とか神様のせいにして隠し通せたとホッとして私は油断し過ぎてしまった――
「それはですね。フェルディナンさんが私の夫になる可能性がある攻略キャラ――じゃなかった有力候補だからなんで、す……よね」
フェルディナンの驚きの形相に私は咄嗟に口元に手を押し当てた。
「――夫の、有力候補?」
私の言葉を受けて彼はその紫混じる宝石のような青い瞳を大きく見開いて、本当に驚いた表情を浮かべている。
何てことを言ってしまったのだと、私は自分の顔がさあっと青ざめていくのを感じていた。口元を手で覆って自分の口から出た言葉に心底ギョッとしてしまう。
今、私なんて言った!? 夫!? それもフェルディナンさん相手に有力候補って言ったっ!?
「あっ、いえ、それはその、……」
ある意味間違ってはいない。いないのだけど支援者や守護者として紹介してもらったとか、もう少し別の言い方があっただろうに。上手く誤魔化せない能力の低さに我ながら呆れてしまう。
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