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5 永遠の朝
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ぱらぱらと木枠が崩れ落ち、冷たい春の風が狭い部屋に吹き付ける。
魔女に開けられた大穴からは、窓の外にあった大きな木と、裏通りをすっかり露出させていた。
「こりゃひどく豪快に侵入されたな」
「……」
魔女が押し入ったエルツの部屋は今、教会の者たちによって調査が入っていた。
エルツとしては大事にはしたくなかったが、大きな魔力を感じ取った教会の神官が騎士たちを連れて押しかけてきてしまったので仕方がない。しかも例の魔女を教会も追っていたのだというからどうしようもなく、なすがままだった。
一団と共にやってきた騎士・ディートは苦々しく、幼なじみを見つめた。
「なんで魔法石を隠していた?」
エルツは立ち尽くし、俯く。その姿を見て、ディートもまた押し黙った。
魔法石は教会が管理するもの。この街の誰もが知っている常識。しかしエルツはそれを教会に取られるわけにはいかなかった。
「あの石はあいつ…マリーナのものだ」
「…そうだよな。そうだと思った」
クリューはブルガを抱きしめながら、思案していた。
二人の間に流れる重い雰囲気を感じながらも、おずおずと顔を上げる。
「マリーナとは、誰なのだ?」
「マリーナは…」
翠の瞳が真っ直ぐエルツを見つめる。
瞳の色は全く違うのに、煌めきに覚えがある。なぜだろう。こんなにも被って見えるのは。
エルツはその瞳を見つめ返しながら、訥々と話し始めた。かつての眩しい日々を。そしてその終わりを。
「マリーナは隣の家に住んでいた、ディートの妹で、幼なじみだ。
…今はもういない」
◆◆
エルツとディート、そしてマリーナは、イルダのメインストリートで生まれ育った幼なじみだった。
エルツは職人の家系で、ディートとマリーナは商人の家系。祖父の代からすでに仲が良く、もう長い間家族ぐるみで親交があった。
彼らと彼女はずっと一緒にいて、きょうだいのようで、それが当たり前で、当然だった。これからも彼は職人として、彼らは商人として、よきパートナーでいられるだろうと、当人らも、また家族もみなそう思っていた。
ーーー数年前では。
それは突然の出来事だった。
エルツがいつものように貴工職人の試験を受けるために修行をしている部屋に、マリーナがいつものように訪ねて来た。それは日課のようなもので、もう日々の一部だった。
機械に向かうエルツの背中を、マリーナは手近な椅子に座って眺めている。いつもの日々。ただその日は少しだけ違った。
マリーナは椅子の上で膝を抱え、身につけた長いスカートの乱れを直す。
そうしてひとつ、息を吐いて静かに口を開いた。
「…エルツは、“精霊の忘れ形見”ってどう思う?」
「ん? 実際に会ったことはないから分からないけど、神聖で美しい、聖霊の再来なんだろ? 職人としてはその貴石を手にできることは名誉だって言うし…一度は手に入れてみたいな」
作業の傍ら、エルツは応える。
この頃の“忘れ形見“はこの宝石の街に現れておらず、遠くの街で保護されてきたものがほとんどで、教会外の一般人には噂としてしか知られてはいなかった。ましてや見習いのエルツからすれば、手に届かない存在。
マリーナは姿勢を正して、後ろ姿をまっすぐに見据えた。
「そっか。ねえエルツ。私が忘れ形見になったら、その石をエルツに使って欲しいなあ」
「え?」
「エルツは石の声が聞こえるんでしょ? だったらきっと石になった子の声も聞こえる。ずっとそばにいられるじゃない?」
思わずエルツが顔をあげると、にっこりと笑った彼女の顔がいやに目についた。
なにも変わらない、ずっと見てきた顔だったが、そこには寂しさのようなものが滲んでいた。
「突然どうしたんだ? なにかあったのか?」
真っ直ぐ見た彼女の瞳の奥。そこには今までに見たことがない鮮やかな赤紫の煌めきが見えた。きらきらと輝く、朝焼けのような煌めき。目を奪われ、息を呑んで見つめてしまう。
ふっと、その瞳が細められた。はっと、エルツは我に帰る。
…彼女の瞳は、ダークブルーだったはず。
「…もしかして」
「そんな風に見つめてもらえるなら、本望かな」
「なっ」
「約束だよ。…絶対使ってね」
マリーナは一瞬だけ笑みを向け、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
「えっ、マリーナ!?」
幼なじみの意味深な言葉に、咄嗟に追いかけ彼女の家に向かう。しかし硬く閉ざされた重い木の扉にはしっかりと鍵がかかっていた。
「あれ…鍵なんてかかってたことないのに…すみません!」
冷えた鉄のドアノッカーを打ち付けて、呼びかける。しかし扉の向こうはしんと静まり返り、反応が返ってくることはなかった。
静まり返った家を前に、どうしたものかと歩き回っていると、がちゃりと静かに音を立て、扉が開いた。慌てて向き直ると、隙間から見慣れた幼なじみがエルツを静かに見据えていた。
「ディート! マリーナに会いたいんだけど…」
「エルツ……いや、来てくれてありがとう。でも今日は無理だ。詳しいことは話せないが明日の朝、また来てくれないか。…きっとマリーナの晴れ舞台になる」
「一体どういう……」
マリーナとともに、長年親交があった兄の顔は、嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしていた。
なぜ、そんな顔をしているのか、エルツには分からなかった。ずっと過ごして来て、そんな顔を見たことがなかったエルツは、少なからず動揺をした。
「なあ、何があったんだよ。話してくれよ…」
「頼む、また明日来てくれ」
ディートはじっとエルツを見据え、そのまま静かに扉を閉めた。静けさだけがその場を支配する。
不穏な空気に冷や汗が滲む。一体何があったんだ。どうして教えてくれないんだ。
そのまま家に戻る気にもなれず、雑多な裏道を歩き出す。
共用の井戸の前で、近所の女性たちが洗濯をしているのを横目で見る。彼女らは鼻歌を歌い、噂話に花を咲かせていた。
「…ねえ聞いた? マリーナが…」
「そう…噂になってるわよね」
エルツははっと顔を上げて女性たちの輪に飛び込んだ。
「なああんたら!」
「うわ、エルツじゃん。なにさ割り込んできて、手伝ってくれるの?」
アハハと甲高い女性たちの声が響く。対照的にエルツは眉間に皺を寄せ、睨むように口を開いた。
「…マリーナ、なにかあったのか」
「え、あんた聞いてないの? まあ突然だったもんね。やさしーお姉さんが教えてあげましょ」
にんまりと笑ってエルツの頭をなぜる。
「マリーナ、なったんだって。”精霊の忘れ形見“、に」
「え…?」
「そんで明日教会に行くんだって! いいわよね、キレイに着飾って。まるでお城に嫁入りみたい」
「わたし隣町で見たことあるわ! 本当にキレイなのよ、忘れ形見って。キラキラして、肌も髪も透けるように輝くの! この世のものとは思えない。まるで精霊ね」
傍らに立っていた隣の女性があんた隣町から来たもんね、とぼやく。
それを聞いた隣町出身の彼女は、むっと口をとがらす。
「そうっ遠い山を越えてね! でもあんなキレイなドレスは着させてもらえなかったわ!」
どっと女性達は笑った。こんな宝石に囲まれた豊かな街でも、ここに買い物に来る貴族や王族のような暮らしはできていない。
それでもこの小さな町は皆、協力しあって楽しく暮らしている、そういう街だった。
エルツはじっと黙ったままだったが、低い声で唸るようにつぶやいた。
「教会に行ったらどうなるんだ?」
「…え? そんなこと、とても言えないわ。だって…ねえ?」
「えっ!? 私は知らないわよ。どうなるの?」
目を泳がしながら、知っている風だった女性はしぶりながら小さな声で言った。
「全身が石になって砕けてしまうのよ」
◆◆
次の日。
エルツは眠れないまま、朝一番で彼女の家を尋ねると、彼女の両親もまた快く引き合わせてくれた。両親は曖昧な笑顔を浮かべていた。
その顔にエルツは後ろ髪を引かれながら、何も言えず彼女の部屋に向かう。
控えめなノックに、小さな返事が返ってくる。緊張で汗の滲んだ手で、ドアノブをしっかりと握り込んだ。
そんなに広くはない彼女の部屋に、“それ“はいた。
「マリーナ…その体…」
「エルツ…」
まるで花嫁のように美しく着飾ったの体には、美しい朝焼け色の石が宿っていた。髪色も元々は瞳と同じダークブルーだったが、石に合わせて色が薄くなり、窓から差し込む朝日に透かされてキラキラと輝いていた。
…その姿は本当に聖霊のように美しい、エルツは確かにそう感じた。感じてしまった。
「エルツ、私これから教会に保護されるって…もう聞いたよね。堅苦しそうでちょっと嫌だけど…」
幼なじみの姿にホッとしたように自然に笑う彼女に、エルツもまた普段のように笑って見せた。
「意外と贅沢できるかもしれないぞ?」
「そうかな? そうかも」
マリーナは思案するように俯くと、顔を上げてエルツを真っ直ぐ見つめた。
「ねえエルツ…お願いがあるの。…これを持っていて」
「これは…」
マリーナが手を握るように渡したのは、貴石のかけらだった。
鮮やかに煌めく、朝焼け色の、かけら。
「ふふ…それは私の石なんだ。ほら、この頭のツノっぽい先のほう…意外と簡単にかけちゃって」
冗談めかして彼女は笑うと、再びエルツの手を握った。
お願い。そう彼女はつぶやく。
そうして涙でにじみそうな瞳をぐっと閉じ、再びその煌めく瞳をエルツへと向けた。
「…ねえ、私は死なないよ。エルツ」
あなたがこれを持っている限り。私は死なない。
にっこりと力強く、彼女は確かに笑った。目の端に涙を浮かべながら。
「…必ず持ってる。約束する」
その言葉に、マリーナは心から笑った。やはり、その姿は美しかった。
やがて彼女は教会の騎士と神官に連れられて、保護されていった。
――エルツはその後知ったのだ。
忘れ形見はいずれその石に呑まれて消えてしまう…しかしそれだけではない。
魔力を宿らせていたマリーナの貴石は、早くその日が来るということ。
――マリーナは、一年足らずでこの世から意識を消した。
その身を朝焼けに焦がして、終わらない朝をその身に抱えたまま。
魔女に開けられた大穴からは、窓の外にあった大きな木と、裏通りをすっかり露出させていた。
「こりゃひどく豪快に侵入されたな」
「……」
魔女が押し入ったエルツの部屋は今、教会の者たちによって調査が入っていた。
エルツとしては大事にはしたくなかったが、大きな魔力を感じ取った教会の神官が騎士たちを連れて押しかけてきてしまったので仕方がない。しかも例の魔女を教会も追っていたのだというからどうしようもなく、なすがままだった。
一団と共にやってきた騎士・ディートは苦々しく、幼なじみを見つめた。
「なんで魔法石を隠していた?」
エルツは立ち尽くし、俯く。その姿を見て、ディートもまた押し黙った。
魔法石は教会が管理するもの。この街の誰もが知っている常識。しかしエルツはそれを教会に取られるわけにはいかなかった。
「あの石はあいつ…マリーナのものだ」
「…そうだよな。そうだと思った」
クリューはブルガを抱きしめながら、思案していた。
二人の間に流れる重い雰囲気を感じながらも、おずおずと顔を上げる。
「マリーナとは、誰なのだ?」
「マリーナは…」
翠の瞳が真っ直ぐエルツを見つめる。
瞳の色は全く違うのに、煌めきに覚えがある。なぜだろう。こんなにも被って見えるのは。
エルツはその瞳を見つめ返しながら、訥々と話し始めた。かつての眩しい日々を。そしてその終わりを。
「マリーナは隣の家に住んでいた、ディートの妹で、幼なじみだ。
…今はもういない」
◆◆
エルツとディート、そしてマリーナは、イルダのメインストリートで生まれ育った幼なじみだった。
エルツは職人の家系で、ディートとマリーナは商人の家系。祖父の代からすでに仲が良く、もう長い間家族ぐるみで親交があった。
彼らと彼女はずっと一緒にいて、きょうだいのようで、それが当たり前で、当然だった。これからも彼は職人として、彼らは商人として、よきパートナーでいられるだろうと、当人らも、また家族もみなそう思っていた。
ーーー数年前では。
それは突然の出来事だった。
エルツがいつものように貴工職人の試験を受けるために修行をしている部屋に、マリーナがいつものように訪ねて来た。それは日課のようなもので、もう日々の一部だった。
機械に向かうエルツの背中を、マリーナは手近な椅子に座って眺めている。いつもの日々。ただその日は少しだけ違った。
マリーナは椅子の上で膝を抱え、身につけた長いスカートの乱れを直す。
そうしてひとつ、息を吐いて静かに口を開いた。
「…エルツは、“精霊の忘れ形見”ってどう思う?」
「ん? 実際に会ったことはないから分からないけど、神聖で美しい、聖霊の再来なんだろ? 職人としてはその貴石を手にできることは名誉だって言うし…一度は手に入れてみたいな」
作業の傍ら、エルツは応える。
この頃の“忘れ形見“はこの宝石の街に現れておらず、遠くの街で保護されてきたものがほとんどで、教会外の一般人には噂としてしか知られてはいなかった。ましてや見習いのエルツからすれば、手に届かない存在。
マリーナは姿勢を正して、後ろ姿をまっすぐに見据えた。
「そっか。ねえエルツ。私が忘れ形見になったら、その石をエルツに使って欲しいなあ」
「え?」
「エルツは石の声が聞こえるんでしょ? だったらきっと石になった子の声も聞こえる。ずっとそばにいられるじゃない?」
思わずエルツが顔をあげると、にっこりと笑った彼女の顔がいやに目についた。
なにも変わらない、ずっと見てきた顔だったが、そこには寂しさのようなものが滲んでいた。
「突然どうしたんだ? なにかあったのか?」
真っ直ぐ見た彼女の瞳の奥。そこには今までに見たことがない鮮やかな赤紫の煌めきが見えた。きらきらと輝く、朝焼けのような煌めき。目を奪われ、息を呑んで見つめてしまう。
ふっと、その瞳が細められた。はっと、エルツは我に帰る。
…彼女の瞳は、ダークブルーだったはず。
「…もしかして」
「そんな風に見つめてもらえるなら、本望かな」
「なっ」
「約束だよ。…絶対使ってね」
マリーナは一瞬だけ笑みを向け、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
「えっ、マリーナ!?」
幼なじみの意味深な言葉に、咄嗟に追いかけ彼女の家に向かう。しかし硬く閉ざされた重い木の扉にはしっかりと鍵がかかっていた。
「あれ…鍵なんてかかってたことないのに…すみません!」
冷えた鉄のドアノッカーを打ち付けて、呼びかける。しかし扉の向こうはしんと静まり返り、反応が返ってくることはなかった。
静まり返った家を前に、どうしたものかと歩き回っていると、がちゃりと静かに音を立て、扉が開いた。慌てて向き直ると、隙間から見慣れた幼なじみがエルツを静かに見据えていた。
「ディート! マリーナに会いたいんだけど…」
「エルツ……いや、来てくれてありがとう。でも今日は無理だ。詳しいことは話せないが明日の朝、また来てくれないか。…きっとマリーナの晴れ舞台になる」
「一体どういう……」
マリーナとともに、長年親交があった兄の顔は、嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしていた。
なぜ、そんな顔をしているのか、エルツには分からなかった。ずっと過ごして来て、そんな顔を見たことがなかったエルツは、少なからず動揺をした。
「なあ、何があったんだよ。話してくれよ…」
「頼む、また明日来てくれ」
ディートはじっとエルツを見据え、そのまま静かに扉を閉めた。静けさだけがその場を支配する。
不穏な空気に冷や汗が滲む。一体何があったんだ。どうして教えてくれないんだ。
そのまま家に戻る気にもなれず、雑多な裏道を歩き出す。
共用の井戸の前で、近所の女性たちが洗濯をしているのを横目で見る。彼女らは鼻歌を歌い、噂話に花を咲かせていた。
「…ねえ聞いた? マリーナが…」
「そう…噂になってるわよね」
エルツははっと顔を上げて女性たちの輪に飛び込んだ。
「なああんたら!」
「うわ、エルツじゃん。なにさ割り込んできて、手伝ってくれるの?」
アハハと甲高い女性たちの声が響く。対照的にエルツは眉間に皺を寄せ、睨むように口を開いた。
「…マリーナ、なにかあったのか」
「え、あんた聞いてないの? まあ突然だったもんね。やさしーお姉さんが教えてあげましょ」
にんまりと笑ってエルツの頭をなぜる。
「マリーナ、なったんだって。”精霊の忘れ形見“、に」
「え…?」
「そんで明日教会に行くんだって! いいわよね、キレイに着飾って。まるでお城に嫁入りみたい」
「わたし隣町で見たことあるわ! 本当にキレイなのよ、忘れ形見って。キラキラして、肌も髪も透けるように輝くの! この世のものとは思えない。まるで精霊ね」
傍らに立っていた隣の女性があんた隣町から来たもんね、とぼやく。
それを聞いた隣町出身の彼女は、むっと口をとがらす。
「そうっ遠い山を越えてね! でもあんなキレイなドレスは着させてもらえなかったわ!」
どっと女性達は笑った。こんな宝石に囲まれた豊かな街でも、ここに買い物に来る貴族や王族のような暮らしはできていない。
それでもこの小さな町は皆、協力しあって楽しく暮らしている、そういう街だった。
エルツはじっと黙ったままだったが、低い声で唸るようにつぶやいた。
「教会に行ったらどうなるんだ?」
「…え? そんなこと、とても言えないわ。だって…ねえ?」
「えっ!? 私は知らないわよ。どうなるの?」
目を泳がしながら、知っている風だった女性はしぶりながら小さな声で言った。
「全身が石になって砕けてしまうのよ」
◆◆
次の日。
エルツは眠れないまま、朝一番で彼女の家を尋ねると、彼女の両親もまた快く引き合わせてくれた。両親は曖昧な笑顔を浮かべていた。
その顔にエルツは後ろ髪を引かれながら、何も言えず彼女の部屋に向かう。
控えめなノックに、小さな返事が返ってくる。緊張で汗の滲んだ手で、ドアノブをしっかりと握り込んだ。
そんなに広くはない彼女の部屋に、“それ“はいた。
「マリーナ…その体…」
「エルツ…」
まるで花嫁のように美しく着飾ったの体には、美しい朝焼け色の石が宿っていた。髪色も元々は瞳と同じダークブルーだったが、石に合わせて色が薄くなり、窓から差し込む朝日に透かされてキラキラと輝いていた。
…その姿は本当に聖霊のように美しい、エルツは確かにそう感じた。感じてしまった。
「エルツ、私これから教会に保護されるって…もう聞いたよね。堅苦しそうでちょっと嫌だけど…」
幼なじみの姿にホッとしたように自然に笑う彼女に、エルツもまた普段のように笑って見せた。
「意外と贅沢できるかもしれないぞ?」
「そうかな? そうかも」
マリーナは思案するように俯くと、顔を上げてエルツを真っ直ぐ見つめた。
「ねえエルツ…お願いがあるの。…これを持っていて」
「これは…」
マリーナが手を握るように渡したのは、貴石のかけらだった。
鮮やかに煌めく、朝焼け色の、かけら。
「ふふ…それは私の石なんだ。ほら、この頭のツノっぽい先のほう…意外と簡単にかけちゃって」
冗談めかして彼女は笑うと、再びエルツの手を握った。
お願い。そう彼女はつぶやく。
そうして涙でにじみそうな瞳をぐっと閉じ、再びその煌めく瞳をエルツへと向けた。
「…ねえ、私は死なないよ。エルツ」
あなたがこれを持っている限り。私は死なない。
にっこりと力強く、彼女は確かに笑った。目の端に涙を浮かべながら。
「…必ず持ってる。約束する」
その言葉に、マリーナは心から笑った。やはり、その姿は美しかった。
やがて彼女は教会の騎士と神官に連れられて、保護されていった。
――エルツはその後知ったのだ。
忘れ形見はいずれその石に呑まれて消えてしまう…しかしそれだけではない。
魔力を宿らせていたマリーナの貴石は、早くその日が来るということ。
――マリーナは、一年足らずでこの世から意識を消した。
その身を朝焼けに焦がして、終わらない朝をその身に抱えたまま。
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