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アクロ編

第32話 シズカ・ファイアード

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 リビングでミカに勉強を教わっているとお客さんが来た。そろそろかなって思っていた。ナギさんが応対している。家にあげたようだ。
 リビングでの扉が開くとそこには綺麗な服を着た女の子がいた。もう一度言う“女の子”だ!

 当然知ってる顔である。僕の父親は何をしてくれるんだ。頭を抱えたくなる。

 女の子の名前はシズカ・ファイアード。筆頭執事のベルク・ファイアードの娘である。

 年齢は僕と同じ15歳。誕生日は僕より5日間だけ早い。特に目をひくのは真紅の髪と大きな目。その大きな目はいつも好奇心に溢れている。
整った鼻や口。現在は可愛さが残っているが、大人になれば間違いなく美人になる素材だろう。

 僕の髪色が真紅だったなら婚約者になっていた女の子でもある。
 強い魔法は血を選別してきた貴族しか使えない。15年前、分家のファイアード家の娘が真紅の髪色で生まれた。
 本家のファイアール家でも出産が真近だった。
 本家の子供が男の子ならば血を選別するために2人を結婚させるというのが当たり前の考えだった。
 実際男の子は生まれた。水色の髪色で。

 当然ながら婚約の話は流れる。その2年後、本家でまた男の子が生まれた。今度は真紅の髪色で。

 現在、シズカは僕の弟であるガンギ・ファイアールと婚約している。

 僕が頭を抱えた理由はシズカの性格のせいだ。
 シズカは完全な実力主義者。強い人が正義であると思っている。実際そのような発言を良くしていた。
 僕の弟で2歳下の婚約者のガンギにも実力が伴わなければ結婚はしないと明言している。
 魔法が使えなかった僕はシズカから虫を見るような目で見られてきた。当然僕にはシズカに対して苦手意識がある。

 そしてもう一つ面倒な性格が異常なまでに好奇心が強いってことだ。自分が気になったことにはどんな事柄でも首を突っ込む。
 はっきり言えば人の気持ちを考えない少女である。

 父親の失態を娘が挽回すると言えば良い話に聞こえる。しかしこれは違う。シズカ自身の好奇心で動いている。

 2ヵ月ほどでBランク冒険者になった僕。実力が無いと無理な実績だ。
 そして火の魔法の威力を超える蒼炎の魔法の真偽。

 実力主義者で好奇心旺盛なシズカの前に今の僕を近くにおいたら、腹を空かせた猛獣の前の高級肉みたいなもんだ。

 シズカは大きな目をくりくりさせながら僕を見ている。背中に冷や汗が出る。
 シズカが口を開く。

「先日は当家のものがアキ様に失礼な事をしてしまい申し訳ございません。またファイアール公爵家からも陳謝したい旨伝えるように言われてきました。アキ様にはご面倒ではありますが一度ファイアール公爵家まで出向いていただき、改めてこちらの謝罪を受けて欲しいと思います。この度はファイアール公爵家専用の馬車も用意させていただきました」

 僕は苦手意識を心の隅に追いやり歯を食いしばって話し出す。

「ファイアール公爵家は僕を舐めているのかな?こんな子供を使者にして。謝罪する意思は無いんじゃないの?」

「子供と申されても、私はアキ様と同じ年齢です」

「年齢なんかで話をしてないんだよ。僕は一人で生活できるだけのお金と権力を自らの力で得た。君はどうなんだい? 親に養ってもらってるんじゃないか? 自分で頑張って得た力は何かあるのか? 親の金と家の権力がなければ無力な子供だろ?」

「アキ様も冒険者ギルドの権力でファイアール公爵家に圧力をかけているじゃないですか」

「僕は冒険者ギルドに多大な利益をもたらしているんだよ。言ってみれば冒険者ギルドとは持ちつ持たれつの関係だ。君みたいに血筋だけの権力とは違うよ」

「アキ様のお話は良くわかりました。しかしながらファイアール公爵家がアキ様に謝罪したいと言っているのは本当です」

「だから使者の人選を間違っているんだよ。今日、君は僕のことを【アキ様】って言っているけど2ヵ月前は【虫】とか【クズ】とか【欠陥品】って呼んでいたよね。和解を促す使者として適切ではないだろ」

「この度私が使者となったのは直接失礼をしてしまった父の代わりに娘の私が直接出向いて謝罪をしたいと望んだからです」

「そんな嘘話をされても困るんだよね。君が父親なんか歯牙にもかけないのは知っている」

「何を申しても信じてもらえませんか。それでもこちらとしては謝ることしかできません」

 僕は次の言葉が効果的になるように数秒時間を取る。

「蒼炎」

 シズカの身体がビクっとする。

「ほらやっぱりそうだ。君は自分の好奇心を満たすことだけでここまで出向いているよ。君の謝罪は口だけのパフォーマンスだ」

シズカは「ふっー」っと息を一つ吐く。

「でしたらどうします。何かそちらに不都合でもございますか?」

「だいぶ本性が出てきたね。別にファイアール公爵家に顔を出しに行くのはたいしたことじゃない。君を見ていると滑稽でね」

「それはどう言ったことでしょうか?」

「なんで君が使者になる事をファイアール公爵家が認めたと思うんだ」

「それは私が熱心に頼みこんだからです」

「だから君は子供なんだよ。そんなわけないでしょ。ファイアール公爵家としては僕を取り込みたいんだよ。蒼炎の魔法が優れた火の魔法ならば嫡男に復帰でもさせて血を取り込む。その為のキーは君だ。好奇心旺盛で実力主義者の君なら僕に熱烈アプローチする可能性が高い。顔も整っている君が狭い馬車の中で10日間熱心に僕と話をするんだ。君というエサで僕を釣り上げようとしているんだろ」

 シズカは呆然とした顔をした。僕は話を続ける。

「だから僕はファイアール公爵家の思惑には乗らない」

「でしたらボムズまで来てくれないと言うことですか?」

「違うよ。もう面倒だからボムズまでは行っても良いよ。ただし、ファイアール公爵家の馬車には乗らない。僕はこう見えてお金持ちでね。自分で馬車をチャーターするよ。ファイアール公爵家の馬車についていけば良いだろ」

「了解致しました」

「もう一つ条件をつけさせてもらう。君と僕は今後一切関わらない。ボムズについてからもだ。僕の人生に君は顔を出さないでくれ。それでも良いなら今回は君の顔を立ててボムズに行かせてもらうよ」

「……。わかりました。それでお願いいたします」

「出発は明朝にする」

シズカは項垂れて家を出て行った。
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