百合と世界と名探偵

つむぎゆり

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だから空は甘くなる

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このお話は「百合と世界と名探偵」のサイドストーリーです。
この1本の短編だけで完結していますが、本編が気になった方は、よろしければイラストとアイコンありの本編もどうぞ~。
https://yuri.26g.me/(百合と世界と名探偵で検索!)
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 昼休み中、鳥尾とりおシンクは中庭を歩いていた。すぐ近くから、噴水の出る音が聞こえてくる。そちらを見やると、水面は葉っぱのひとつもなく、毎日手入れがされていることが一目瞭然だった。
「相変わらず、きれいよね」すぐ後ろを歩く、伊角いすみユウが言った。
 シンクが振り向くと、ユウは両手を背中につけて噴水を見上げていた。
「まあ、ザ・お嬢様学校だしねぇ」シンクは両手を腰につけて笑った。
「なんでシンクが自慢げなのよ」ユウは目を細めた。
「最近、ユウはおもしろいことあった?」
「唐突」
「私はねぇ、そろそろ魔法、使いたいんだよねぇ」
「出た」ユウは呆れたように肩をすくめた。
 現在、シンクとユウは異界ヴァルフーツから、この世界にやってきている。
 それもこれも、天野川あまのがわノアに謎を解かせるために、さまざまな事件を起こしているのだが…。もちろん、現代世界を混乱させるため、表立って魔法を使うことは禁止されていた。
「ほら、空とか、びゅんびゅんって、このあたり、飛んでみたいじゃない?」シンクはユウに近づきながら話す。
「そう?」ユウは言った。「きっと、排気ガスとかすごいわよ」
「あのさぁー…。ユウはロマンがないわよね、ロマンが」
「でも、すごそうじゃない?」
「それはそれとして、この世界の街並みを、上から眺めていたい」
「それはちょっとわかるけど…」
「ま、それがいまのところの、私の近況ね」シンクはおどけて肩をすくめる。
「ふふっ、まあ、シンクらしいわね」ユウは口元に手を当てほほえんだ。
「ユウは? 近況とか」
「うーん…」ユウは少し言い淀む口ぶりになった。
「ん?」
「いや、あのね…ちょっと呆れるかもだけど…」
「うわー、呆れるわー、ユウったらそんなー」
「呆れるのが早いのよ」ユウはこちらに視線を一瞬だけやったあと、正面に向き直った。「実は、今、ハマってるスイーツがあって」
「へー、珍しい。いや、珍しくないか。ちょくちょくあったわね」
「でしょ? 最近発売された、シュークリームなんだけど」
「あら、いいわね。おいしそう」
「ね。それはいいんだけど…。それがね、卸店直売りで、少し遠くで離れた店舗でしか売ってないのよ」
「あら」
「しかも、人気だからすぐ売り切れるし。悩んでるのよねぇ」


 山女魚やまめベリは、寮の全体ラウンジへと向かっていた。放課後である。
 彼女が通う百合学園は全寮制で、各学年ごとに分かれているのだが、全員が集合できるスペースもあった。
 到着すると、ソファーや椅子はだいたい埋まっていたが、見知った顔があった。赤百合生徒会長のシンクと、副会長のユウの姿だ。
 二人の周りには人が少ない。百合学園の伝統か、生徒会に属する生徒は妙にカリスマ的人気が高くなる傾向があり、当然ユウとシンクも該当していた。
 そしてベリもその赤百合生徒会に属しており、だからか周りからちやほやされることも多い。任務で異世界からきているとはいえ、まったく悪くない気分なので、意外な副産物といえる。
「あれ? ユウさま」ベリは二人に近づいて、ふとしたことに気づいた。
「こんばんは、ベリちゃん」ユウがシュークリーム片手に、優雅にほほえんだ。
 ベリは、ユウたちの隣に座った。その手元に視線をやる。彼女が食べていたシュークリームは、サクサクとしていそうなダークブラウン色の皮で、シュガーパウダーがふんだんにかかっているものだった。
「そのシュークリーム、購買で売ってるものじゃないですよね」ベリは言った。
「そうなのよ」ユウは口元に手を当てながら答えた。「ちょっと遠くで売ってる限定品」
「ユウは食い意地がはってるのよねー」シンクが笑いながら答えた。「ちょうだいって言っても、くれないのよ」
「だめよだめ」ユウは体をひねって、シュークリームを隠すような仕草を見せた。「これ、なかなか買えないんだから」
「はあ」ベリは少し呆れ気味に目を細めた。
 だったらこんなところで食べなくていいのでは、とも思ったがベリは黙っておく。まあ、部屋でもそもそ1人で食べても味気ないのはあるかもしれない。
 副会長のユウは、普段は常識人で、赤百合生徒会のブレーキ役といった役割なのだが、どうにも甘いものに関すると人が変わる傾向にあった。
「えー、でも、おいしそう」ベリは手のひらを広げた。「どこに行ったら買えるんです?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」ユウは嬉しそうに言った。
「なんか聞いてほしそうな顔、してたのでぇ」
「ベリちゃん!?」ユウが声を出す。
「ユウはわかりやすいからねぇ」シンクは脚を組み直した。
「亀井直販店、というお店で」ユウが言った。
「亀井直販店」ベリが繰り返した。
「そう」ユウは頷いた。「でもね、すぐ売り切れるし、ちょっと、百合学園から遠いのよね。そうじゃなかったら、もっと、毎日、買ったりしたいんだけど」
「…ユウさま、亀井直販店が遠くてよかったですね」
「ベリちゃん!?」
「へー、でも、あたしもほしいかも」ベリは顎に人差し指を当てた。「今度、シュリと行ってみようかなぁ」


 シンクはそのとき、中庭を歩いていた。
 豪華な噴水を横目に、周りに人影がいないかきょろきょろと伺いつつ、建物の影に隠れていく。念のため、もう一度、近くに気配が確認してから、彼女は魔法を使った。
 その瞬間、シンクは両足が地面から浮き上がり、空中へと急速に向かっていった。慣れれば重力もそれほど感じない。
 建物でいうところの、15階あたりの高さで止まる。空から見下ろす景色は、想像以上に美しかった。これがこの世界の街並みなのか、と思う。
 昼間の町並みはとてもきれいで、夜や夕方も見てみたいと思うが、今はやめておく。
 シンクは体を傾けてうつ伏せのような態勢になると、そのまま空を飛んで目的地へと向かった。


「は~あ、あたしも食べてみたいなぁ、亀井直販店のシュークリーム」ベリは頭の後ろで両腕を組み、天井を見ながら言った。
 次の日の放課後である。生徒会室に向かう途中、ベリは、同じく赤百合生徒会の鷹森たかもりシュアと並んで歩いていた。
 ベリは、隣にいるシュアの顔を見やる。端正な顔立ちをしており、今どきめずらしい大きめのリボンをつけている。本人はそういったアクセサリーの趣味はないようだが、先輩に勧められて着けているとのことだった。
「ふうん、太りそうだけど」シュアが興味なさげに喋った。
「というかぁ、ほら、美少女とスイーツって組み合わせよくない?」ベリは顎に手を当て、シュアを上目遣いで見つめた。「映えるっていうか、かわいいっていうか」
「べつに」
「シュアも美少女なんだけどなぁ、もうちょっと愛想がほしいよね、愛想が」
「悪かったね、愛想が悪くて」
「ね、いっしょに買いに行かない? シュークリーム」ベリはシュアの肩をぽんぽんと叩いてから、引き寄せて腕を組んだ。
「ユウさま、なかなか買えないって言ってたんでしょ?」シュアは前を見たまま、少し態勢を崩しながら言った。
「言ってた」
「じゃ、だめじゃん」
「えー、でも、チャレンジはしてみたくない?」
「そういうの、無駄足って言わない?」
「ふっふっふ、何事も、やってみないと。ほら、失敗は発明の母って言うじゃん」
「発明家じゃないけどね」
「でも、ユウさま、そういう情報、どこから手に入れるんだろうね」
「そういう情報って?」
「おいしいシュークリームとか。だって、そんな、町の、地元? 小さいお店の新発売の情報とか、どうやって知るの? って感じしない?」
「独自の情報網でもあるんじゃない? スイーツ組織みたいな」
「なんかあまり怖くなさそうな組織!」
「たしか、どこかのケーキ店で、友達が増えたとか言ってなかった?」
「なにそれ」
「最後の1個のケーキを譲り合って、その相手の人が女子大生か何かで、このあたりのスイーツに詳しくなって、よく話すようになったとかどうとか」
「えー、知らなーい」ベリはシュアの腕をぶらぶらと揺らした。
「私に言われてもな」
「つまり、ユウさまは、その人からお得情報を手に入れてる可能性があるっていうことか」
「普通に、百合学園、スイーツ、とかで検索すれば出てきそうな気もするけどね」
「よし、二人でスイーツ買いに出発じゃ」
「あの、私、まだいいって言ってないんだけど…」


 ユウは空を飛んでいた。風が自らに突き刺さり、制服のスカートやロングブレザーがぱさぱさと揺れる。
 良い場所を発見すると、そのまま降りていく。そこは、何もない公園で、ちょうど周りには誰もいなかった。
 きょろきょろと周りを見渡す。すると、見知った顔があったのでユウは姿を隠した。


「うわ、めっちゃ並んでる」ベリは亀井直販店の行列を見て、思わず声を出してしまった。
 10人ぐらいは並んでいるだろうか。夕方5時すぎということもあって、なかなかの盛況ぶりである。
 ベリはシュアと共に、亀井直販店にやってきていた。お店の近くに行って、メニューの衝立に目をやると、特性シュークリームはすでに売り切れの張り紙が貼られていた。
「売り切れだって」シュアがぼそりと言った。「残念だったね」
「シュア、ぜんぜん残念そうじゃな~い」ベリは甘い声で言った。
「まあ、予想できてたし」
「えー、これで、ユウさま、よくあんなに定期的に買ってるよね、ここのシュークリーム」
「今から並ぶ?」
「うーん、まあ、せっかくきたし、シュークリームじゃなくてもいっか」
 ベリとシュアは、行列の最後尾に並んだ。並んでいるのは、全員女性のようだった。ほかの学校の制服を着ている子もいる。
「あ、わかった」ベリは思いついた。「実はさ、シンクさまも、隠れて買うのに協力してるとか」
「なくはないだろうけど」シュアは答えた。「シンクさま、なんだかんだで、ユウさまに甘いし」
「シュークリームだけに?」
「無視するけど」
「やぁん!」
「まあ、それはありそうだよね」
「待ってる間、ゲームでもしようかな」ベリはスマホを取り出す。
「なにする気?」シュアがこちらを覗き込む。
「ブルーウォークって言って、中世の街中を追体験できるゲームなんだ」
 異世界からやってきている自分がやるゲームではないだろう、ともベリは思ったが、これが存外おもしろかった。自分の住んでいた世界では、魔法が発達しているからか、こういった機械文明がこの現代世界ほど進んでいなかったのも大きいかもしれない。
「なにするの?」シュアがあくびしながら言う。
「メニューの話?」
「いや、それもそうだけど、ゲームの内容」
「ああ、なるほど。えっと、相手と追いかけっこしたり隠れたり、あとは普通にモンスター倒してクエストこなしたり。まあ、オープンワールドだから、基本的になんでもできるんだけどね。シュアは、ゲームとかあんまやらないよね」
「勉強もあるし、生徒会の仕事もあるしね。…ベリも、同じ赤百合生徒会よね?」
「聞こえませーん」
「あのねぇ」


 ユウは今日も空を飛んでいた。通行人は誰もこちらを見ていない。
 目的地に到着すると、やはり物陰に隠れてから、また歩き出す。
 これで何日目だろうか。最近は、ずっと空を飛んではこうして歩いて、を繰り返している気がする。
 やめたほうがいいと自分でもわかっているのだが、しかし、こうして欲望は抑えきれずにいたのであった。


 シュアは寮の廊下を歩いていて、ふとしたところで立ち止まった。スペースの手前のほうに、ユウとシンクが座っていたのだが、そのユウがシュークリームを手にして嬉しそうにほおばっていたのである。
 次の日、放課後だった。あれがベリの言っていたシュークリームだろう。亀井直販店の店先のメニューで見たので間違いない。
 二人に話しかけるまえに、シュアは少し考え込んだ。
 自分と、ユウはそれほど生活リズムは変わらないはずだ。どちらも、全寮制の百合学園に通っており、最近は学校を欠席していない。それなのに、ユウは見事、特製シュークリームを買うことができて、ああして食べている。
 だが、夕方に行っても売り切れている可能性がおそらく高い。自分の考えすぎだろうか。ひょっとしたら、たまたま売り切れになっていなかった日があったかもしれない。
「ね? おかしいと思わない?」後ろからベリの声が突然した。
「ちょっと、驚かさないでよ」シュアは手を胸にかざしながら、振り返って小声で言った。
「ごめんごめん」ベリは両手を小さく挙げて笑った。「あれでしょ、シュークリーム」
「そうそう」シュアは頷いてから、再びユウに視線をやった。「きのう、買えなかったもんね」
「チーズケーキはチーズケーキで美味しかったけど。うーん、どうやって手に入れてるんだろうね、ユウさまは」
「まあ、あれでしょ、たまたま、売り切れじゃなかったんじゃない?」
「あれじゃない…。いや、ないとは思うんだけど」ベリが少し声を低くして話した。
「ん?」シュアはベリに振り向く。
「実はさ」ベリは口元に手を当て、小声でささやいた。「空を飛んで、昼休み中に買ってるとか、そういう裏技」
「いやいや、さすがにないでしょ。だって、本来の目的でないところで、魔法を使ってはいけないのは、私たちの規則だし」
「でも、そうは言っても、いままでけっこう使ってきたじゃん? 小さなところでちょくちょくさ」
「それはそうだけど、自分の買い物で、っていう意味では使ってこなかったんじゃない?」
「いやー、ユウさま、スイーツに関する情熱はすごいでしょ? タカが外れちゃったんだって」
「タカが外れたって…」意外と難しい言葉遣いをするな、とシュアは思う。「さすがにないんじゃない?」
「じゃあ、ほかになんだと思う?」
「あら、ベリちゃんと、シュアちゃんじゃない?」ユウの声が聞こえた。
 シュアは振り返る。ユウがシュークリーム片手に笑顔で手を振っていた。一度、ベリと顔を見合わせてから、挨拶をしつつ、ユウとシンクの隣に座る。これで赤百合生徒会4人が揃ったことになる。有名人4人が揃ったからか、周りにいる生徒から黄色い歓声が上がって、ひそひそと噂話のようなものが聞こえてきた。芸能人か、とシュアは思ったが、これがいつもの百合学園のミーハーぶりなので、もう最近は慣れてきてしまった。
「あの、ユウさまの秘密について話してたんですよ」ベリは身を乗り出した。
「え?」ユウは目をぱちくりとした。
「ユウは、秘密ならいくつでもあるわよ」シンクは笑った。
「シンク」ユウが目を細める。
「ずばり、そのシュークリームです」ベリははっきりと指をさした。「どうやって、その亀井直販店のシュークリームを手に入れてるんですか」
「どうやってって…。え、普通に、買ってだけど」
「そういえば言ってなかったかもね」シンクが話す。「たしか、あれよね、友達に買ってもらってるんでしょ?」
「え?」シュアは思わず声を出した。
「友達?」ベリもすかさず言った。
「そうそう」ユウはほほえみながら話す。「ケーキ店で、最後のひとつをお互い譲り合った、っていう縁があった人なんだけど…。たしか、シュアちゃんには話したかもね。その人から、最近は毎日買ってもらってるの。もちろん、私もお返ししてるんだけどね。でも、そろそろ、さすがにいったんやめておこうかな」
「あたしはてっきり、ユウさまやシンクさまが、空を飛んで、昼休み中にでも買ってるのかもって」ベリが言った。
「もーう、そんなこと、するわけないでしょ」ユウが苦笑いする。
「ユウならやりそうよね」シンクが笑う。
「ちょっとー」ユウが楽しそうに言う。
「空を飛ぶっていうと、あれよね、最近、ユウと私は、ブルーウォークの中で空を飛んでるわね」
「あっ、シンクさまとユウさまもやってるんですね、ブルーウォーク!」シンクが嬉しそうに言う。
「そうそう。空き時間があればね。あれいいわよね、好きなところで空を飛べるし。はーあ、こっちの世界でも、好きに飛べればいいんだけど」シンクは最後だけ小声で言った。
 シュアは、ユウの手元を見やる。
 きのう食べたチーズケーキの甘さが、ぼんやりと思い出される。そして、自分もたまにはゲームでもやって、空を自由に飛んでみようかな、と彼女は思ったのであった。
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