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手記
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さあ学校だとアパートのドアを開け、そのまま閉めようかと思った。
「深海さん、おはようございます」
朝早くから元気もいい、メイクもバッチリなレポーターがそこにいた。
「おはようございます」
挨拶は無視してはいけないような気がして崇範はそう返し、ドアの鍵を閉めようと、鍵穴に鍵を突っ込んだ。
「今から学校ですか?」
訊くまでもない事を訊きながら、核心に触れるタイミングをはかる。
「はい。あの」
「今日発売の手記について、御存知ですか」
「手記ですか?」
崇範は、何の手記かと考え込んだ。
「ええっと、何の事でしょうか?」
新見がいたら、
「返事をするから会話になって捕まえられるんだ」
と言うに違いない。
「お父様を殺したかつての少年Eが、事件に至る生い立ちや事件の事、事件の後についてを書いて、出版したんですよ。御存知ありませんでしたか」
崇範は初耳だった。
「……知りませんでした。
あの、どういう――ああ、今日発売なんですね」
崇範は少々迷った。中味は知りたい気もするが、得るものはないだろうという気もする。
「あちらから、出版のお話はなかったんですね」
「はい」
「謝罪はこれまでに受けられましたか」
「いえ。彼らの弁護士の方が1度線香を上げにいらしてくれましたけど、誰も……」
答えながら、謝りもしない人間が書いた手記なのだから、どうせ読むべき内容はないだろうと思う。
「では済みませんが、急ぎますので。失礼します」
崇範は急ぎ足で、そこを離れた。
美雪が家を出る準備をしていると、天気予報を見る為につけていたテレビに崇範が映った。ドアを開けて外に出て来た所で、ギョッとしたように身を引いている。
「深海君!」
美雪はテレビにかじりついた。
聞いていると、どうも少年Eが手記を出すというので、被害者遺族である崇範の所にインタビューに来たらしいというのがわかった。
「まあまあまあ!手記ですって?何の断りもなく?謝罪が先でしょうに」
留美も隣に座り込んで、テレビに見入っている。
「事件に至るまでの生い立ちに事件の事に事件後?どうせ、かわいそうな生い立ちで、反省してて、苦しんだとか書いてあるんだろ」
明彦は詰まらなさそうに言って、ダイニングへ行った。
「何が書いてあるのかしら。深海君が悲しむような事を書いてあるのかしら」
「でも、買って部数を伸ばすのはしゃくだわ」
美雪が心配する横で留美が言う。
それを聞いて、美雪も、
「それもそうね」
と言った。
「さ、学校行って来なさい。早起きしてカツから揚げたんでしょう?カツサンド」
昨日のカツサンドはどうも嫌で、美雪は留美に誘われてカツサンドを朝から作ったのだ。
「うん!行ってきます!」
美雪は走るように家を出て行った。
崇範が学校に行くと、田中がその本をもう入手していた。
「俺はまだ読んでないんだけどな。読むのが早い松原にザッと読んでもらったんだ」
松原は面白くなさそうな顔で本を見て言った。
「読むだけ、時間の無駄だったね。いつものように小説を読んでいれば良かったよ」
「どんな内容だった?」
加藤が食い下がる。
「平たく言えば、かわいそうな自分の自己弁護と見え見えの卑下、自分が悪いのではないという、社会や周囲の人間に対する責任転嫁、なのに厚かましくも夢と希望を語ってた」
周囲のクラスメイトも、それをシーンとして聞いていたが、途端にガヤガヤと騒ぎだした。
「何だそれ。腹が立つなあ」
「反省はないの?」
そんな声を聞く崇範は、怒りよりも、虚しさのようなものを感じていた。
血流が悪くなって冷えた手を、暖かいものが包んだ。
「あの、深海君」
美雪だった。
「手が、冷たいよ?」
滞っていた血流が、戻るようだった。
「東風さん」
「大丈夫だからね」
「うん」
自分には関係がない。そう思っている事にして、崇範は美雪と微笑み合った。
「深海さん、おはようございます」
朝早くから元気もいい、メイクもバッチリなレポーターがそこにいた。
「おはようございます」
挨拶は無視してはいけないような気がして崇範はそう返し、ドアの鍵を閉めようと、鍵穴に鍵を突っ込んだ。
「今から学校ですか?」
訊くまでもない事を訊きながら、核心に触れるタイミングをはかる。
「はい。あの」
「今日発売の手記について、御存知ですか」
「手記ですか?」
崇範は、何の手記かと考え込んだ。
「ええっと、何の事でしょうか?」
新見がいたら、
「返事をするから会話になって捕まえられるんだ」
と言うに違いない。
「お父様を殺したかつての少年Eが、事件に至る生い立ちや事件の事、事件の後についてを書いて、出版したんですよ。御存知ありませんでしたか」
崇範は初耳だった。
「……知りませんでした。
あの、どういう――ああ、今日発売なんですね」
崇範は少々迷った。中味は知りたい気もするが、得るものはないだろうという気もする。
「あちらから、出版のお話はなかったんですね」
「はい」
「謝罪はこれまでに受けられましたか」
「いえ。彼らの弁護士の方が1度線香を上げにいらしてくれましたけど、誰も……」
答えながら、謝りもしない人間が書いた手記なのだから、どうせ読むべき内容はないだろうと思う。
「では済みませんが、急ぎますので。失礼します」
崇範は急ぎ足で、そこを離れた。
美雪が家を出る準備をしていると、天気予報を見る為につけていたテレビに崇範が映った。ドアを開けて外に出て来た所で、ギョッとしたように身を引いている。
「深海君!」
美雪はテレビにかじりついた。
聞いていると、どうも少年Eが手記を出すというので、被害者遺族である崇範の所にインタビューに来たらしいというのがわかった。
「まあまあまあ!手記ですって?何の断りもなく?謝罪が先でしょうに」
留美も隣に座り込んで、テレビに見入っている。
「事件に至るまでの生い立ちに事件の事に事件後?どうせ、かわいそうな生い立ちで、反省してて、苦しんだとか書いてあるんだろ」
明彦は詰まらなさそうに言って、ダイニングへ行った。
「何が書いてあるのかしら。深海君が悲しむような事を書いてあるのかしら」
「でも、買って部数を伸ばすのはしゃくだわ」
美雪が心配する横で留美が言う。
それを聞いて、美雪も、
「それもそうね」
と言った。
「さ、学校行って来なさい。早起きしてカツから揚げたんでしょう?カツサンド」
昨日のカツサンドはどうも嫌で、美雪は留美に誘われてカツサンドを朝から作ったのだ。
「うん!行ってきます!」
美雪は走るように家を出て行った。
崇範が学校に行くと、田中がその本をもう入手していた。
「俺はまだ読んでないんだけどな。読むのが早い松原にザッと読んでもらったんだ」
松原は面白くなさそうな顔で本を見て言った。
「読むだけ、時間の無駄だったね。いつものように小説を読んでいれば良かったよ」
「どんな内容だった?」
加藤が食い下がる。
「平たく言えば、かわいそうな自分の自己弁護と見え見えの卑下、自分が悪いのではないという、社会や周囲の人間に対する責任転嫁、なのに厚かましくも夢と希望を語ってた」
周囲のクラスメイトも、それをシーンとして聞いていたが、途端にガヤガヤと騒ぎだした。
「何だそれ。腹が立つなあ」
「反省はないの?」
そんな声を聞く崇範は、怒りよりも、虚しさのようなものを感じていた。
血流が悪くなって冷えた手を、暖かいものが包んだ。
「あの、深海君」
美雪だった。
「手が、冷たいよ?」
滞っていた血流が、戻るようだった。
「東風さん」
「大丈夫だからね」
「うん」
自分には関係がない。そう思っている事にして、崇範は美雪と微笑み合った。
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