君の名を呼ぶ

JUN

文字の大きさ
上 下
21 / 27

会いたい

しおりを挟む
 美雪の部屋の前で、困り果てたように明彦が立っていた。手には、持ち帰り用のカツサンドを持っている。
「美雪、開けてくれよ」
「い・や」
「頼むから」
「お兄ちゃんとは、もう二度と出かけないし、口もききたくない」
「美雪ぃ」
 それを見ていた留美は、明彦をせせら笑った。
「当然ね」
「母さん……」
「美雪の気持ちをないがしろにして、騙して不意打ちでそんな事をするからよ」
 留美は腰に手を当てて言い、こそこそと後ろを通りかかった勝にも言った。
「あなたもよ。共犯だって言うのはわかってるんですからね。
 いいえ、何て言ったかしら。そう、共同正犯だっけ?」
「それはいいから、美雪の事だ」
 勝が咳払いをして言うのに、留美が眉を吊り上げる。
「そう、美雪よ。あなた達、酷い事をしたと思ってないの?」
「美雪の為にだな――」
「あなたの為でしょ」
「母さん。美雪には可哀そうなことをしたとは思うよ。でも、どう考えても深海君より誠司君の方がいいだろ?」
「勝手に決めるなんて何様のつもりかしら。
 1万歩譲ってそうだとしても、やり方が間違ってるでしょう?ちゃんと、どうして深海君ならだめなのか、論理的に説明しなさい」
「1万歩って、多すぎるよ、母さん」
 明彦が力なく抗議する。
「経済的に――」
「ああら。大学生と高校生。自分で稼いでいるだけ深海君の方が甲斐性があるわね」
「将来が不安定じゃないか」
「医者だってあるわよ。医療ミスやら何やら。深海君だってアカデミー賞を獲るかも」
 明彦はボソッと、
「流石、親子だなあ」
と感心したように呟いた。
「誠司君は、真面目で成績だっていいらしいし、社交的らしいし、明るいらしいし」
「待ちなさい。みんな『らしい』ね。却下よ。
 それに、そういう子なら女癖が悪かったりするのよ」
「偏見だ」
「そう?若い頃、明るくて社交的で真面目だったあなたは、4人と浮気をして離婚寸前までなったのよね。覚えてるかしら」
 勝は苦虫をかみつぶしたような顔で、
「口では女に勝てん」
と悔しそうに呟いた。
「いいこと?反対なら論理的に理由を述べてみなさい」
「そういうお前はどうなんだ。深海の倅でいい論理的理由とやらは」
 勝がようやく反撃してくる。
「ああら。深海君は優しいし、真面目だし、経済観念もしっかりしてるし、礼儀正しいし、新見さんや新見コーチや佐原さんや他の人に訊いても悪い評判は聞かないわ。何より、美雪を大事にしてくれるし、美雪が深海君を大事に思ってるから、美雪は深海君といる方が幸せになれるのよ」
 勝はぐうと唸って、リビングに去った。
 明彦は、
「これが『ぐうの音も出ない』というやつか」
と感心したように言った。

 美雪は廊下の言い合いを聞きながら、心の中で、
(お母さん、ありがとう)
と手を合わせた。
 そして、考える。
 ファンサイトの事は知っており、自分について意見が分かれているのも知っている。それでも、自分を擁護してくれる人達も多いので、これまでは考えないようにしていた。
 しかし、気になってしまう。
(隣にいちゃ、だめなのかな。深海君のお父さんの会社を潰したのはお父さんだし、深海君のお母さんが自殺したきっかけは、深海君は言わないけど、私かも知れない)
 匿名での書き込みで、深海彩菜の入院先の病院関係者という人が、『夫の会社を潰した敵の娘と付き合ってると聞いて錯乱し、その翌朝自殺した』と書いていたのだ。
(それが本当なら、やっぱり私には、深海君とお付き合いする資格はないのかなあ)
 視界がぼやけて来る。
「会いたいなあ」
 ポツンとこぼれた言葉は、震えていた。

 修理が終わったのは、もう暗くなる頃だった。
「やっと終わったと思ったら、もうこんな時間か」
 予習、復習も済み、ストレッチもやり、芝居の稽古もし、ふとスマホが目に付いたので、嫌でもファンサイトの事を思い出した。
 美雪にどういえばいいのか、迷うばかりだ。
(井伏達は恐喝未遂、脅迫、住居侵入、暴行、器物損壊、大麻所持と大麻使用で捕まったし、今回も過去の件でもまるで反省をしていないのは明らかなので、今回はそう軽い罪にはならないだろう。
 でも、また来ないかな。今度こそ、東風さんに何かしようとしないかな。
 僕は、東風さんに迷惑をかけるだけなんじゃないかな)
 一旦そう考えだすと、思考はマイナスの方にしかいかない。
「会いたいなあ」
 知らず出た言葉が自分の耳朶を打って、崇範は自分の呟きに狼狽した。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい
恋愛
『魔法のいらないシンデレラ』シリーズ Vol.1 ーお嬢様でも幸せとは限らないー 決められたレールではなく、 自分の足で人生を切り拓きたい 無能な自分に、いったい何が出来るのか 自分の力で幸せを掴めるのか 悩みながらも歩き続ける これは、そんな一人の女の子の物語

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

無彩色なキミに恋をして。

氷萌
恋愛
『お嬢様  私に何なりと御用命ください』 紺色のスーツを身に纏い 眉目秀麗で優しい笑顔を持ち合わせる彼は 日本有するハイジュエリーブランド “Ripple crown”の代表取締役社長兼CEOであり わたしの父の秘書・執事でもある。 真白 燈冴(28歳) Togo Masiro 実は彼 仕事じゃ誰にでも優しく 澄んだ白い心を持つ王子のようなのに… 『何をご冗談を。  笑わせないでください。  俺が想っているのは緋奈星さま、貴女ただ1人。  なんなら、お望みとあれば  この気持ちをその体に刻んでも?』 漣 緋奈星(21歳) Hinase Sazanami わたしに向ける黒い笑顔は なぜか“男”だ。

とろけるようなデザートは、今宵も貴方の甘い言葉。

篠原愛紀
恋愛
「30歳までに結婚できなかったら、結婚してください」 ついそんな言葉を吐いた私に、彼はあっさりと了承した。 「30歳までなんて面倒くさい。今すぐでいいだろ」 過保護な兄や親のせいで、全く男性と縁のなかった私は、兄の元家庭教師の喬一さんとスピード結婚することになりました。 医療機器メーカーの事務職員  南城 紗矢 26歳 × 外科医  古舘 喬一 32歳 なんで私と結婚したのか疑問だったけど、彼の秘密をしってしまった。 今宵も彼の甘いデザートに、心ごと餌付けされています。

処理中です...