君の名を呼ぶ

JUN

文字の大きさ
上 下
10 / 27

復讐中継

しおりを挟む
 体操で顔が一部に知られていた事で、マスコミは殊更大きく報じた。
 そして今も、そのドラマ性と、美雪が美少女である事もあって、余計に大きく取り上げられている。
 美雪は会社の力で実名も写真も公表を押さえられていたが、学校の人間なら、誰でもわかる。
 美雪は転校する事を親に言われ、嫌だと言いながらも、周囲の好奇の目に疲れを感じていた。
(深海君はもっと酷い思いをしているのね)
 よく我慢できると、感心する。
 その崇範と話す機会はなかなかなく、ただ電話で、
「知らなかったし、それで東風さんが悪いとか思ってないけど、それでも、付き合えない」
と告げられた。
 確認も、謝る事もできない。
 父親に記事に書いてあることは本当かと聞いたが、答えてはもらえなかった。母親も兄もだ。
(せめて、1度だけでも謝りたい。
 いや、違う。ただ、会いたいだけだわ。私って、随分勝手なのね)
 美雪はそう思って少し自分を笑った。

 崇範は佐原の安アパートにいた。
 崇範の所と変わらないくらいに狭くて古い。そこに、崇範、佐原、新見、新見コーチが集まっていた。事務所は記者に見張られているが、ここなら誰も来ていないからだ。
「でも、狭いな」
 新見がポツンと言う。
「せめて万年床は上げろよ」
「押し入れに入らないんですよ」
「そんなに荷物があるのか?」
「押し入れに給湯器があるから、実質、押し入れがないんです。だから家賃が安かったんです」
 新見と佐原の会話に、新見コーチが口を挟んだ。
「兄さん。給料安いの?」
「歩合制なんだよ。決して安くはないぞ」
 新見が社長として断言し、その様子に崇範はくすりと笑いを漏らした。
「僕は大丈夫ですよ。無視していれば、そのうち次の話題が出て来て忘れてくれますから」
 言うと、3人はバッと崇範を見た。
「そう簡単な事か?」
「事故の件を警察も聞き取り調査をすると言ってるし、まだ続くぞ」
「ああ。何と言っても、また犯人は未成年者だ。未成年者に父親を殺された子供が未成年者に殺されかける。それが、将来を嘱望されていながら体操界を去った実力者で、見栄えもして、誰かの陰になるバイトで苦労しながら高校へ通って、長く入院していた母親も無くして、出来た彼女とはロミオとジュリエット状態。
 世間が喜びそうなネタだからなあ」
 新見コーチがそう言う。
「誰かの陰ってところがひっかかるが、まあ、そうだな」
 佐原が唸って腕を組んだ。
「東風さんとは付き合えないって、連絡しましたよ」
「いいのか、それで」
「いいんです。東風さんだって、気を使うでしょうし」
 それで大人3人は唸り、4人揃ってお茶を啜った。
「温いな」
「薄いね」
「文句があるなら飲むなよ、もう」
 崇範は噴き出した。

 男は、やっと訪れた好機に気持ちを引き締めた。
 家に閉じこもっていた東風の娘が、こっそりと家を出て来たのだ。外よりもむしろ家の方を気にしている事から、閉じこもっていたのは本人の意志ではなく、家族によるものだったのだと推測できた。
 車で近付き、話しかける。
「東風美雪さん?深海君から聞いてないかな。同業者なんだけど」
 美雪は最初警戒していたが、同業者と聞いて、話を聞く気になった。
「何か御用でしょうか」
「深海君、すっかり参っちゃってて。本当は君に会いたいのに、迷惑をかけるからとやせ我慢してるし」
 男は眉を顰めて、溜め息をついて見せた。
「え。深海君、どこにいるんですか」
 美雪は素直に信用し、男の車に乗った。

 美雪の父勝と兄明彦は、会社に対する風当たりやマスコミ対応を話し合っていた。
「特許の横取りで会社を倒産に追い込んだって。ビジネスだろう。仕方が無い」
「それでも、クリーンなイメージに傷は付きかねないけど」
「甘い事を言うな!そんな事で会社を継げるのか!?」
「俺がそう言うんじゃなくて、世間の見方だよ」
 言い合う親子を母親の留美は溜め息をついて見、コーヒーを置いてリビングに行った。
「はあ。美雪は美雪で部屋に閉じこもってるし……」
 溜め息をついた時、電話が鳴り出す。
「はい。東風でございます」
 よそ行きの、電話専用頭上突破声である。
『おたくの娘をこれから殺す』
 知らない声だ。どうせ、最近かかって来る嫌がらせだろうとそのまま切ろうとしたのだが、それを察したのか、
『2チャンネルを見て見ろ』
という。
 テレビを変えるが、おかしなところはない。
「2チャンネルが何か?」
『ネットだ。わからなければ息子にでも訊け』
 そう言って、プツリと切れる。
「何かしら」
 まずは美雪の様子を見て来ようと部屋に行き、影も形もないのに驚いて、勝と明彦のいる書斎に飛び込んだ。
「何だ、騒々しい」
「今、電話で、美雪を殺すって」
「いたずらか。警察に――」
 舌打ちをする夫にかまわず、明彦に向き直る。
「2チャンネルを見てみろって。テレビじゃなくてネットだっていうの」
 テレビのリモコンに手を伸ばしかけた勝は、その手を引っ込めた。
「美雪は?」
 パソコンは株価を映している画面だったが、手際よく操作しながら、そう訊く。
「いないのよ、いつの間にか!」
 それでやっと、勝と明彦にも留美の慌てた意味がわかった。
 ノート型パソコンの画面を、3人並んで食い入るように眺める。
「これ、買収した会社の社宅マンションだよな?取り壊す予定の」
 鎖で封鎖されたマンションが映っていた。
 そしてそれが、次の画面に切り替わる。椅子に縛り付けられた美雪だ。そして、険しい表情の中年男性が、その後ろに立っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

恋歌(れんか)~忍れど~

ふるは ゆう
恋愛
大学三年の春、京極定家は親友の有田業平の手伝いで大学の新入生歓迎会を手伝うことになる。そこで知り合った文学部の賀屋忍と北家高子、この二人との出会いが京極にとって、とても大切な一年になっていく。

異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね
恋愛
世界史オタクで旅行好きの羽南(ハナ)は、会社帰りに雨に濡れた子供を保護した。そのご縁で4泊5日の異世界の旅へご招待!紳士的なイケメン青年アレクの案内で、19世紀ヨーロッパ風の世界をオタク心全開で観光するが、予想外のことが起こって…? 題に「ワーホリ(ワーキングホリデー)」とありますがお仕事展開は第2章からです。異文化交流多め。 本オタク×歴史オタクの誠実真面目カプの恋愛展開はゆっくりで全年齢。ヒロインが歴史・旅行への愛を糧に(?)人生切り開いていきます。ヒーローは地道で堅実な職業ですが、実は王子や魔王というオチはありません。家事万能年下男子。魔法やチートはないけどエセ科学はある。女子が仲良し。メインでありませんがざまぁ(因果応報)あり。ハッピーエンド。 ストックが切れるまで毎日AM 6:00更新予定です。一話3千字前後目安ですが、一部大きく異なります。 ∕ヒーロー君の職業出てきました。貸本屋です。私はヨーロッパ風小説でこの職業のキャラを見たことないのですが、当時庶民の文化を支えた大きな産業でした。 ∕第2章21話から不定期更新です。3月中に完結予定です。 ∕本作は小説家になろうにも掲載しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

巨大昆虫観察

ごむらば
大衆娯楽
巨大昆虫観察という番組の着ぐるみの中の人のお話。

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...