君の名を呼ぶ

JUN

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復讐中継

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 体操で顔が一部に知られていた事で、マスコミは殊更大きく報じた。
 そして今も、そのドラマ性と、美雪が美少女である事もあって、余計に大きく取り上げられている。
 美雪は会社の力で実名も写真も公表を押さえられていたが、学校の人間なら、誰でもわかる。
 美雪は転校する事を親に言われ、嫌だと言いながらも、周囲の好奇の目に疲れを感じていた。
(深海君はもっと酷い思いをしているのね)
 よく我慢できると、感心する。
 その崇範と話す機会はなかなかなく、ただ電話で、
「知らなかったし、それで東風さんが悪いとか思ってないけど、それでも、付き合えない」
と告げられた。
 確認も、謝る事もできない。
 父親に記事に書いてあることは本当かと聞いたが、答えてはもらえなかった。母親も兄もだ。
(せめて、1度だけでも謝りたい。
 いや、違う。ただ、会いたいだけだわ。私って、随分勝手なのね)
 美雪はそう思って少し自分を笑った。

 崇範は佐原の安アパートにいた。
 崇範の所と変わらないくらいに狭くて古い。そこに、崇範、佐原、新見、新見コーチが集まっていた。事務所は記者に見張られているが、ここなら誰も来ていないからだ。
「でも、狭いな」
 新見がポツンと言う。
「せめて万年床は上げろよ」
「押し入れに入らないんですよ」
「そんなに荷物があるのか?」
「押し入れに給湯器があるから、実質、押し入れがないんです。だから家賃が安かったんです」
 新見と佐原の会話に、新見コーチが口を挟んだ。
「兄さん。給料安いの?」
「歩合制なんだよ。決して安くはないぞ」
 新見が社長として断言し、その様子に崇範はくすりと笑いを漏らした。
「僕は大丈夫ですよ。無視していれば、そのうち次の話題が出て来て忘れてくれますから」
 言うと、3人はバッと崇範を見た。
「そう簡単な事か?」
「事故の件を警察も聞き取り調査をすると言ってるし、まだ続くぞ」
「ああ。何と言っても、また犯人は未成年者だ。未成年者に父親を殺された子供が未成年者に殺されかける。それが、将来を嘱望されていながら体操界を去った実力者で、見栄えもして、誰かの陰になるバイトで苦労しながら高校へ通って、長く入院していた母親も無くして、出来た彼女とはロミオとジュリエット状態。
 世間が喜びそうなネタだからなあ」
 新見コーチがそう言う。
「誰かの陰ってところがひっかかるが、まあ、そうだな」
 佐原が唸って腕を組んだ。
「東風さんとは付き合えないって、連絡しましたよ」
「いいのか、それで」
「いいんです。東風さんだって、気を使うでしょうし」
 それで大人3人は唸り、4人揃ってお茶を啜った。
「温いな」
「薄いね」
「文句があるなら飲むなよ、もう」
 崇範は噴き出した。

 男は、やっと訪れた好機に気持ちを引き締めた。
 家に閉じこもっていた東風の娘が、こっそりと家を出て来たのだ。外よりもむしろ家の方を気にしている事から、閉じこもっていたのは本人の意志ではなく、家族によるものだったのだと推測できた。
 車で近付き、話しかける。
「東風美雪さん?深海君から聞いてないかな。同業者なんだけど」
 美雪は最初警戒していたが、同業者と聞いて、話を聞く気になった。
「何か御用でしょうか」
「深海君、すっかり参っちゃってて。本当は君に会いたいのに、迷惑をかけるからとやせ我慢してるし」
 男は眉を顰めて、溜め息をついて見せた。
「え。深海君、どこにいるんですか」
 美雪は素直に信用し、男の車に乗った。

 美雪の父勝と兄明彦は、会社に対する風当たりやマスコミ対応を話し合っていた。
「特許の横取りで会社を倒産に追い込んだって。ビジネスだろう。仕方が無い」
「それでも、クリーンなイメージに傷は付きかねないけど」
「甘い事を言うな!そんな事で会社を継げるのか!?」
「俺がそう言うんじゃなくて、世間の見方だよ」
 言い合う親子を母親の留美は溜め息をついて見、コーヒーを置いてリビングに行った。
「はあ。美雪は美雪で部屋に閉じこもってるし……」
 溜め息をついた時、電話が鳴り出す。
「はい。東風でございます」
 よそ行きの、電話専用頭上突破声である。
『おたくの娘をこれから殺す』
 知らない声だ。どうせ、最近かかって来る嫌がらせだろうとそのまま切ろうとしたのだが、それを察したのか、
『2チャンネルを見て見ろ』
という。
 テレビを変えるが、おかしなところはない。
「2チャンネルが何か?」
『ネットだ。わからなければ息子にでも訊け』
 そう言って、プツリと切れる。
「何かしら」
 まずは美雪の様子を見て来ようと部屋に行き、影も形もないのに驚いて、勝と明彦のいる書斎に飛び込んだ。
「何だ、騒々しい」
「今、電話で、美雪を殺すって」
「いたずらか。警察に――」
 舌打ちをする夫にかまわず、明彦に向き直る。
「2チャンネルを見てみろって。テレビじゃなくてネットだっていうの」
 テレビのリモコンに手を伸ばしかけた勝は、その手を引っ込めた。
「美雪は?」
 パソコンは株価を映している画面だったが、手際よく操作しながら、そう訊く。
「いないのよ、いつの間にか!」
 それでやっと、勝と明彦にも留美の慌てた意味がわかった。
 ノート型パソコンの画面を、3人並んで食い入るように眺める。
「これ、買収した会社の社宅マンションだよな?取り壊す予定の」
 鎖で封鎖されたマンションが映っていた。
 そしてそれが、次の画面に切り替わる。椅子に縛り付けられた美雪だ。そして、険しい表情の中年男性が、その後ろに立っていた。



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