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笑顔の仮面
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放課後になると、クラブ活動やバイト、遊びに行くなど、授業が終わった事でホッとしたのもつかの間、慌ただしく動き出す。
今日はバイトの予定がなく、急な話も入って来ていない事を確認した崇範は、学校を出ると病院へ向かった。
入院病棟に行き、ナースセンターで看護師に挨拶をし、その病室に入る。
「母さん」
そう、呼びかける。
パジャマ姿で窓の外を眺めていた女性は、崇範を見て、首を傾げた。
「どなた?プリントを持って来てくれたの?」
苦笑して鞄を下ろすと、洗濯物を棚から出し、家から持って来た洗濯済みのものをしまう。
「洗濯物を持って来たよ」
「春から私も3年生なのに。進路はどうしましょう。困ったわ」
崇範の母彩菜はある事が原因で心を壊し、高校生に戻ってしまったのだ。心だけは、崇範の1つ上だ。
母親の旧姓和泉で呼びかける。
「和泉さん。今日は暖かかったね」
「ええ。だから、庭をお散歩したの」
「そう」
「すずめが可愛かったわ」
「そう。僕も見たかったな」
彩菜はにっこりと笑うと、崇範への興味を失い、また窓の外に目を向けた。
崇範は荷物を持って部屋を出た。
顔なじみの看護師が、笑顔の中にも気の毒そうなものを含ませて崇範を見送る。
崇範は、彩菜がこうなった中学3年生から祖母と一緒に暮らして来た。その祖母も去年亡くなり、家族は彩菜だけになってしまったが、彩菜にとって自分は生まれていないのだから、家族はいないも同然だ。
悲しく、寂しく思うが、考えてもどうしようもない。そう思って、気持ちにふたをする事を覚えて随分になる。
弱った心を見せると、人はそこに食いついて来る。異端であるとわかると排除し、攻撃してくる。だから、当たり障りのない笑顔を浮かべているのが一番効率がいい。崇範は中学2年生でそれを学んだ。
笑顔の仮面。人前でそれを外せるのがスーツに入っている時だけというのは、皮肉な話だ。
美雪は友人達とショッピングモールに行き、ふと見付けた『宇宙刑事アスクルー』のブルーレイを買ってしまった。
怪獣も宇宙刑事も、中に入っている人の名前は1行たりとも出て来ない。
「ううん。違うかなあ。女の人よねえ。でも、胸なんてどうにでもなるし」
唸りながらテレビ画面をじっと見つめては、首を捻る。
これまで、同じクラスで顔と名前は覚えたものの、とりたてて何か印象に残った事は無かった。強いて言えば、これほど目立たない人がいるんだな、というのが印象だ。
それがこれほど気になるとは、自分でも驚きだ。
確信は持てないまま、宇宙刑事には詳しくなってしまった美雪だった。
その男は、簡易宿泊所の薄い布団の上で、写真を見ていた。かつて幸せだった時の、彼と彼の家族。息子の小学校の入学式に撮ったもので、息子はピカピカのランドセルを得意げに背負い、妻は余所行きのスーツを着てちょっと澄ました笑顔を向け、自分はいいスーツを着て目を細めて笑っている。
あんなに幸せだったのに。ずっと続くと思っていたのに。それはあっけなく掌から零れ落ちてしまった。
「待ってろよ」
男は決心を胸に秘め、写真を大事そうに胸ポケットにしまい込んだ。
堂上はペンを放り出すと、ベッドに寝ころんだ。
「くそっ」
昨日まで記憶にも引っかからないような存在だったクラスメイトが、いきなり気になりだした。深海崇範。少々負ける事は、悔しいが構わない。
ただし、東風がその相手に注意を向けていなければ。
「どうして東風さんは、あいつを気にし出した?」
それがわからない。金曜日までに何かあったわけではなさそうだし、休みの間か。
「そう言えば、子供向けのドラマの撮影を見に行ったとか言ってたな。それで絡まれたとか。助けたのは女刑事役の女優らしいけど、そこで、深海にも会ったとか。
バイトか?
そう言えば深海って、どこに住んでるんだろうな。クラブは入ってないのか?運動神経は良さそうなのにな」
そう呟いて、体育の屈辱を思い出してイラッとした。
今日はバイトの予定がなく、急な話も入って来ていない事を確認した崇範は、学校を出ると病院へ向かった。
入院病棟に行き、ナースセンターで看護師に挨拶をし、その病室に入る。
「母さん」
そう、呼びかける。
パジャマ姿で窓の外を眺めていた女性は、崇範を見て、首を傾げた。
「どなた?プリントを持って来てくれたの?」
苦笑して鞄を下ろすと、洗濯物を棚から出し、家から持って来た洗濯済みのものをしまう。
「洗濯物を持って来たよ」
「春から私も3年生なのに。進路はどうしましょう。困ったわ」
崇範の母彩菜はある事が原因で心を壊し、高校生に戻ってしまったのだ。心だけは、崇範の1つ上だ。
母親の旧姓和泉で呼びかける。
「和泉さん。今日は暖かかったね」
「ええ。だから、庭をお散歩したの」
「そう」
「すずめが可愛かったわ」
「そう。僕も見たかったな」
彩菜はにっこりと笑うと、崇範への興味を失い、また窓の外に目を向けた。
崇範は荷物を持って部屋を出た。
顔なじみの看護師が、笑顔の中にも気の毒そうなものを含ませて崇範を見送る。
崇範は、彩菜がこうなった中学3年生から祖母と一緒に暮らして来た。その祖母も去年亡くなり、家族は彩菜だけになってしまったが、彩菜にとって自分は生まれていないのだから、家族はいないも同然だ。
悲しく、寂しく思うが、考えてもどうしようもない。そう思って、気持ちにふたをする事を覚えて随分になる。
弱った心を見せると、人はそこに食いついて来る。異端であるとわかると排除し、攻撃してくる。だから、当たり障りのない笑顔を浮かべているのが一番効率がいい。崇範は中学2年生でそれを学んだ。
笑顔の仮面。人前でそれを外せるのがスーツに入っている時だけというのは、皮肉な話だ。
美雪は友人達とショッピングモールに行き、ふと見付けた『宇宙刑事アスクルー』のブルーレイを買ってしまった。
怪獣も宇宙刑事も、中に入っている人の名前は1行たりとも出て来ない。
「ううん。違うかなあ。女の人よねえ。でも、胸なんてどうにでもなるし」
唸りながらテレビ画面をじっと見つめては、首を捻る。
これまで、同じクラスで顔と名前は覚えたものの、とりたてて何か印象に残った事は無かった。強いて言えば、これほど目立たない人がいるんだな、というのが印象だ。
それがこれほど気になるとは、自分でも驚きだ。
確信は持てないまま、宇宙刑事には詳しくなってしまった美雪だった。
その男は、簡易宿泊所の薄い布団の上で、写真を見ていた。かつて幸せだった時の、彼と彼の家族。息子の小学校の入学式に撮ったもので、息子はピカピカのランドセルを得意げに背負い、妻は余所行きのスーツを着てちょっと澄ました笑顔を向け、自分はいいスーツを着て目を細めて笑っている。
あんなに幸せだったのに。ずっと続くと思っていたのに。それはあっけなく掌から零れ落ちてしまった。
「待ってろよ」
男は決心を胸に秘め、写真を大事そうに胸ポケットにしまい込んだ。
堂上はペンを放り出すと、ベッドに寝ころんだ。
「くそっ」
昨日まで記憶にも引っかからないような存在だったクラスメイトが、いきなり気になりだした。深海崇範。少々負ける事は、悔しいが構わない。
ただし、東風がその相手に注意を向けていなければ。
「どうして東風さんは、あいつを気にし出した?」
それがわからない。金曜日までに何かあったわけではなさそうだし、休みの間か。
「そう言えば、子供向けのドラマの撮影を見に行ったとか言ってたな。それで絡まれたとか。助けたのは女刑事役の女優らしいけど、そこで、深海にも会ったとか。
バイトか?
そう言えば深海って、どこに住んでるんだろうな。クラブは入ってないのか?運動神経は良さそうなのにな」
そう呟いて、体育の屈辱を思い出してイラッとした。
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