体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
1,018 / 1,046

連鎖(2)母子

しおりを挟む
 古くて小さな木造アパートだった。三船親子が住んでいるのは1階の端で、横も裏も細い路地を挟んですぐ隣の家の壁があり、部屋に日は入りそうにない。
 玄関の前には古くて錆びた子供用の補助輪付き自転車が置いてあるが、マジックで書かれた『やすだけいご』という文字を線で消して、『みふねあきと』と書き直してあった。
 まずは、外から窺う。
 今日は勤務の時間の都合で、まだ幸恵は家にいるはずだ。
 卵焼きの匂いがする。
 と、ガチャンと何かが倒れる音がして、そのキンキンとした声が外まで聞こえて来た。
「もう!どうしてちゃんと持てないの!用事を増やさないでよ!お母さんは忙しいんだから!それとも、嫌がらせしてるの!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「落とさないでしっかりコップを持てって言ったわよね!?」
「言った、ごめんなさい。もう落としません。ごめんなさい」
 そして、パチンと叩くような音がする。
 それでもう十分と、僕はドアをノックした。
「三船さん。よろしいですか」
 物音がして、ドアが開けられた。
 出て来たのは、化粧気のない、疲れた顔の女性だった。
「はい?」
「三船幸恵さんですか」
「そうですけど」
 ぶっきらぼうで、およそ、愛想も感情もなさそうな表情と声音だ。
 そして、三船幸恵さんなら24歳の筈なのに、どう見ても30歳過ぎにしか見えなかった。
「警視庁陰陽部の御崎と申します」
「同じく町田と申しますぅ」
 僕達が小声で言いながらバッジを見せると、流石にやや、ギョッとしたような顔をした。
「失礼します」
 狭い玄関に入り、ドアを閉める。
 玄関を入ってすぐは6畳ほどのダイニングキッチンで、奥に6畳間がある。そのダイニングキッチンの床に麦茶が広がり、ガラスのコップの破片が散らばっていた。
 そのそばで体を小さくしているのが明人君だろう。
「ああ。危ないから、ガラスに触らないで。
 先にそっちを片付けて下さっていいですよ」
 言うと、幸恵さんは思い出したようにそちらを見、布巾を手にして、
「明人。そっちに行ってなさい」
と言い、明人君はオドオドと怯えたような顔をして幸恵さんをチラチラと見ながら、奥の部屋へ行った。
 幸恵さんは床の上に散ったガラスの破片を布巾で集めて大きい破片の中に小さい破片を入れると、布巾を絞ってから拭き直し、洗ってから拭き直した。
 そんな幸恵さんの背後から、見下ろすようにして女の霊が幸恵さんのする事を見ていたが、スッと気配を弱めた。
「どうぞ」
 幸恵さんに言われて、僕と直は家に上がった。
 明人君は奥の部屋で膝を抱えて大人しく座っているが、幸恵さんが動くのを時々窺うように見ている。
「ええっと。明人君。お母さんがお話してる間、ボクと遊んでくれるかねえ?」
 打ち合わせ通り、直は明人君を注意をそらして、遊び出した。それを見てから、僕は本題に入る。
「怖い顔をした女の霊が出る。そう相談を受けまして、視に来ました」
 幸恵さんは怪訝そうな顔になった。
「女の霊?ここに?」
「はい。確かにここにいます。さっきまであなたを睨むように見ていたんですが、今は気配を弱めています」
「何で!?今もいるんですか!?」
「はい」
 幸恵さんは落ち着きなく、周囲をキョロキョロと伺った。
「それと、担当の課は別なんですが、明人君に手をあげていますね」
 幸恵さんはギクリとしたように目を見開き、視線を泳がせた。それから、俯いて嘆息する。
「つい、イライラして。忙しいし、お金は無いし。なのに、用事ばっかり増やすし、うるさいし、こっちを見るし」
 声に、涙が混じる。
「どうしていいかわからないんです」
「明人君の父親から、養育費は?」
「最初のうちは何度か。でも、不況だとか、再婚して子供ができたから苦しいとかで、全然」
 それを聞いて、ムッとした。
「もらわないとダメですよ。再婚相手との子供も明人君も、同じく子供なんですから。弁護士を紹介します。同期のやつで、こういう話には強いですから。
 誰か、相談できる人はいなかったんですか」
「いません」
 その時、ドアが乱暴に開けられて、幸恵さんも明人君も、ビクリと体をすくませた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...