体質が変わったので

JUN

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やりなおし(1)開かずの家

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「ちゃんと食べてるの?」
 母親はどこも、ひとり暮らしの子供にはこう言うらしいが、香坂の母親もそうだった。
『心配ないわよ』
 娘の元気そうな声に安心しながらも、おかしなところはないか、無意識のうちに神経を研ぎ澄ます。
「お正月はバイトとか言って帰って来なかったし、卒業式の後も戻って来なかったから、お父さんも寂しがってるよ」
『卒業旅行とか、新入社員研修とかもあって、忙しかったんだもん』
「今度はいつ帰れるの?」
『んん、ゴールデンウィークは帰るわ。報告もあるし』
「え?ゴールデンウィークって……華子――」
『あ、ごめん、電池がなくなる。じゃあまたね、お母さん』
 そう言ってプツンと切れた電話を、呆然として母親は見た。
「お父さん、華子は大丈夫かね」
「どうした。泣き言でも言ってたか」
 父親は、聞き耳を立てていた事を誤魔化すように、新聞をバサリとめくってそう訊く。
 そんな父親の小細工はお見通しの母親は、しかしそれを追求する事無く言った。
「華子、ゴールデンウィークには帰るって」
 父親は顔を上げ、母親としばし、ポカンとした顔を見合わせた。
「来年のゴールデンウィークか?」
「そうかしらねえ。だって、今年のゴールデンウィークは終わったばっかりだもんねえ」
「来年の話をしたら鬼が笑うって華子に言っとけ」
 父親は拗ねたように新聞に目を落とした。
 しかし母親は、様子を見に行った方がいいんじゃないかと迷い始めた。

 会社では、ゴールデンウィークが明けても無断欠勤が続く香坂の事を同僚達が話していた。
「無断欠勤するような子じゃないですよ、香坂さん」
「真面目だし、自分の仕事はキチンと責任を持ってやるし」
「電話も出ないんですよね。電源が切れてるとかで」
「急病かなんかで倒れてるんじゃ?」
「ああ、一人暮らしだもんな」
「見に行ってみた方がいいか」
 係長がそう決めて、早速、同僚が香坂のマンションに行く事になった。
 管理人に訳を話し、実家に連絡を入れ、了承を得てから、管理人と同僚が香坂の部屋へ向かった。
 まずはチャイムを鳴らす。
 続いてドアを叩いてみる。
「出ませんね」
「鍵を開けてみましょう」
 管理人は緊張しながら、万が一の時のためのマスターキーを鍵穴に入れた。
「U字ロックがかかっていたら入れませんけどね」
 言いながらキーを回すと、カチャリと音がした。
 そこでドアノブを掴んで回し、ドアを引く――いや、引こうとした。
「あれ?」
 ドアが開かない。
「おかしいな」
「押すのなら何かが邪魔になってるとかかも知れないけど、引くんですもんね」
 代わる代わるドアを開けようとして見たが、ドアは少しも開く様子はなかった。
「隣のお宅に頼んで、ベランダから覗かせてもらいましょう」
 管理人はそう言って、すぐに隣の家のドアチャイムを鳴らし、訳を話した。
 幸い隣人はすぐに了承し、管理人と同僚は隣室に入って奥のベランダへ通してもらった。
 仕切り板を外し、隣へ行こうとするのだが。
「え、何で!?向こうに行けない!?」
 1歩たりとも、隣のベランダへ入る事ができなかったのだ。
「消防?警察?」
 何かが起こっている事は、彼らにもはっきとわかった。

 地域課の課長はそう言って、そこで溜め息をついた。
「何をしても入れない。電話も頓珍漢。
 それで、彼女の恋人に連絡を入れたんですが、こちらはつながらないし、無断欠勤が続いてるそうでして。
 無理心中でもしてるんじゃないかと思ってるんですが、部屋へ入れないし、どうしようもなく」
「部屋に入れないというのも、おかしなものですよねえ」
 徳川さんはそう言って頷いた。
 徳川一行とくがわかずゆき。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「わかりました。うちで調査しましょう」


 
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