948 / 1,046
春を待つ空(5)春の空
しおりを挟む
思わず呟いた時、奇蹟が起こった。
お父さん!お母さん!だめ!
宏子ちゃんと美琴ちゃんが、小野篁に連れられてそこにいた。
宏子!?
それを見て、悪鬼になりかけていた生霊が平静さを取り戻す。
それと同時に、神威を浴びせかけて生霊を体に押し戻し、直が封印のための札を貼る。
玉木夫婦はぼんやりとしたような顔付きをしていたが、宏子ちゃんの姿を見付け、走り寄って縋り付いた。
「宏子!!」
「ああ、宏子ぉ!」
泣く玉木夫婦を、美琴ちゃんと小野篁が見下ろす。
「美琴ちゃんのご両親も、あなた達と同じ悲しみを味わいました」
それで、玉木夫婦はピクッと肩を揺らす。
「あ……ごめんなさい。宏子が寂しがると思って」
「美琴ちゃん、済まなかった!」
玉木夫婦は泣きながら、今度は土下座する。
「あなた方のした事は、許される事ではない。まずは現世で、しっかりと償うがいい」
小野篁が言い、夫婦は泣きながら謝り続け、失神した。
それで、宏子ちゃんと美琴ちゃんは僕と直を見た。
「優維ちゃんのお父さんでしょ。父親参観の時に見た」
「聞いた事がある。怜君って人でしょ」
「ねえねえ。おじちゃんと怜君、神様?」
「さっきの光って、そうだよね?」
宏子ちゃんと美琴ちゃんは、興味津々らしい。
「えっと……内緒だよう?」
「神様見習いの新人なんだ」
それに子供達はへえと目を輝かせ、小野篁は薄く笑った。
「そうだな。まだトレーニングのしようがあるようだな」
「げっ」
「これまでで一番の鬼コーチの予感がするねえ」
僕と直の背中に冷や汗が伝う。
「神様のところって、どんなところだろうね、宏子ちゃん」
「楽しみになって来たね」
にこにことして言う2人に、小野篁が優しく――僕と直に向けた表情からすると、サギだ――言う。
「じゃあ、一緒に行こうか。案内しよう」
「うん!」
「おじちゃん、怜君、バイバイ!」
宏子ちゃんと美琴ちゃんは手を振りながら、小野篁に手をつながれて消えて行った。
「直。えらい事になったぞ」
「うん、そうだねえ。研修かぁ」
溜め息をついて空を見上げる。夕焼けを過ぎたばかりの空に、宵の明星が光って見えた。
玉木夫婦は大人しく聴取にも応じ、素直に自供をした。凶器はやはり、通園バッグのベルトだった。
美琴ちゃんの遺族は悲しみ、怒っていたが、カウンセリングも受け、立ち直るのを待つしかない。
僕と直は、あれから毎晩、小野篁や色んな神様から訓練を受けている。小野篁も鬼っぷりは、なかなかだ。笑顔でやるから余計に怖い。
これが本物のドSというやつだ。
そして、優維ちゃんの卒園式は、良く晴れた温かい日になった。
「これで見納めかあ」
直は写真をバシバシと撮っている。
私立のミッション系幼稚園らしい、シックで上品さが感じられる制服だ。確かにかわいい。
もし幼稚園児の美里がこれを着ていたらと想像すると、どこのお嬢様かというくらいに似合っただろうと余計な事を考えてしまった。
凜も累もいつもとは違う手の込んだ編みこみの髪形にした優維ちゃんと写真を撮り、優維ちゃんは敬にかわいいと褒められて上機嫌だ。
「凜も早く幼稚園に行きたいなあ」
凜は頷いて即答した。
「うん!」
「ボクも!」
累も言って、凜と仲良く手をつないでにっこりとする。
「さ、そろそろ時間よ」
千穂さんが、余所行きのスーツで現れる。
「はあい。
じゃあ、行ってきます!」
直、千穂さん、優維ちゃん、累は、並んで幼稚園の卒園式に向かう。
「うー」
凜が僕にくっついて、久しぶりに甘えて抱っこをせがむ。寂しいらしい。
「すぐに帰って来るよ」
言うが、凜はグリグリと頭をこすりつけている。
「凜。帰って来たらパーティーだよ。飾り付けしようか」
敬が言うと、凜はピョコンと頭を上げた。
「ん!やる!」
それで敬と凜は、折り紙で飾りを作り始めた。
「敬もいいお兄ちゃんになったなあ」
しみじみと言うと、兄も目を細める。
「ああ。だんだんと、下の子を見る自覚が出て来るもんだな」
「このまま育ってくれればいいけど」
冴子姉も言って、
「そう言えば、男子の制服もかわいいのよね。あれで下が半ズボンでしょ」
皆で凜を見て、想像する。
「かわいいな」
「似合うわね」
美里も言う。
「凜。優維ちゃんと同じ幼稚園がいいか?」
「や!敬兄ちゃんのとこ!」
即答だ。
敬もにこにことする。
「お父さんも怜君も直君もたんぽぽ幼稚園なんだよね」
「そうだぞ」
「園長先生が言ってたよ。記憶に今でも残る兄弟だったって!」
全ての視線が、僕と兄に集まった。
「なぜだ?怜がかわいかったからか」
「いや。兄ちゃんがかっこよすぎたせいだろ」
それに、冴子姉と美里の呆れたような声が続く。
「そういうところでしょ」
「自覚ないのね。わかってたけど」
「敬兄ちゃんは優しい!」
凜が断言し、敬は
「凜もかっこいいよ!」
と凜を抱きしめ、大人達は笑った。
新しい年度が始まる。新しい出会いもあるだろう。
それでも変わりなく、笑って大きくなってもらいたい。そう祈って見上げた空は、ふんわりとした、春の空だった。
お父さん!お母さん!だめ!
宏子ちゃんと美琴ちゃんが、小野篁に連れられてそこにいた。
宏子!?
それを見て、悪鬼になりかけていた生霊が平静さを取り戻す。
それと同時に、神威を浴びせかけて生霊を体に押し戻し、直が封印のための札を貼る。
玉木夫婦はぼんやりとしたような顔付きをしていたが、宏子ちゃんの姿を見付け、走り寄って縋り付いた。
「宏子!!」
「ああ、宏子ぉ!」
泣く玉木夫婦を、美琴ちゃんと小野篁が見下ろす。
「美琴ちゃんのご両親も、あなた達と同じ悲しみを味わいました」
それで、玉木夫婦はピクッと肩を揺らす。
「あ……ごめんなさい。宏子が寂しがると思って」
「美琴ちゃん、済まなかった!」
玉木夫婦は泣きながら、今度は土下座する。
「あなた方のした事は、許される事ではない。まずは現世で、しっかりと償うがいい」
小野篁が言い、夫婦は泣きながら謝り続け、失神した。
それで、宏子ちゃんと美琴ちゃんは僕と直を見た。
「優維ちゃんのお父さんでしょ。父親参観の時に見た」
「聞いた事がある。怜君って人でしょ」
「ねえねえ。おじちゃんと怜君、神様?」
「さっきの光って、そうだよね?」
宏子ちゃんと美琴ちゃんは、興味津々らしい。
「えっと……内緒だよう?」
「神様見習いの新人なんだ」
それに子供達はへえと目を輝かせ、小野篁は薄く笑った。
「そうだな。まだトレーニングのしようがあるようだな」
「げっ」
「これまでで一番の鬼コーチの予感がするねえ」
僕と直の背中に冷や汗が伝う。
「神様のところって、どんなところだろうね、宏子ちゃん」
「楽しみになって来たね」
にこにことして言う2人に、小野篁が優しく――僕と直に向けた表情からすると、サギだ――言う。
「じゃあ、一緒に行こうか。案内しよう」
「うん!」
「おじちゃん、怜君、バイバイ!」
宏子ちゃんと美琴ちゃんは手を振りながら、小野篁に手をつながれて消えて行った。
「直。えらい事になったぞ」
「うん、そうだねえ。研修かぁ」
溜め息をついて空を見上げる。夕焼けを過ぎたばかりの空に、宵の明星が光って見えた。
玉木夫婦は大人しく聴取にも応じ、素直に自供をした。凶器はやはり、通園バッグのベルトだった。
美琴ちゃんの遺族は悲しみ、怒っていたが、カウンセリングも受け、立ち直るのを待つしかない。
僕と直は、あれから毎晩、小野篁や色んな神様から訓練を受けている。小野篁も鬼っぷりは、なかなかだ。笑顔でやるから余計に怖い。
これが本物のドSというやつだ。
そして、優維ちゃんの卒園式は、良く晴れた温かい日になった。
「これで見納めかあ」
直は写真をバシバシと撮っている。
私立のミッション系幼稚園らしい、シックで上品さが感じられる制服だ。確かにかわいい。
もし幼稚園児の美里がこれを着ていたらと想像すると、どこのお嬢様かというくらいに似合っただろうと余計な事を考えてしまった。
凜も累もいつもとは違う手の込んだ編みこみの髪形にした優維ちゃんと写真を撮り、優維ちゃんは敬にかわいいと褒められて上機嫌だ。
「凜も早く幼稚園に行きたいなあ」
凜は頷いて即答した。
「うん!」
「ボクも!」
累も言って、凜と仲良く手をつないでにっこりとする。
「さ、そろそろ時間よ」
千穂さんが、余所行きのスーツで現れる。
「はあい。
じゃあ、行ってきます!」
直、千穂さん、優維ちゃん、累は、並んで幼稚園の卒園式に向かう。
「うー」
凜が僕にくっついて、久しぶりに甘えて抱っこをせがむ。寂しいらしい。
「すぐに帰って来るよ」
言うが、凜はグリグリと頭をこすりつけている。
「凜。帰って来たらパーティーだよ。飾り付けしようか」
敬が言うと、凜はピョコンと頭を上げた。
「ん!やる!」
それで敬と凜は、折り紙で飾りを作り始めた。
「敬もいいお兄ちゃんになったなあ」
しみじみと言うと、兄も目を細める。
「ああ。だんだんと、下の子を見る自覚が出て来るもんだな」
「このまま育ってくれればいいけど」
冴子姉も言って、
「そう言えば、男子の制服もかわいいのよね。あれで下が半ズボンでしょ」
皆で凜を見て、想像する。
「かわいいな」
「似合うわね」
美里も言う。
「凜。優維ちゃんと同じ幼稚園がいいか?」
「や!敬兄ちゃんのとこ!」
即答だ。
敬もにこにことする。
「お父さんも怜君も直君もたんぽぽ幼稚園なんだよね」
「そうだぞ」
「園長先生が言ってたよ。記憶に今でも残る兄弟だったって!」
全ての視線が、僕と兄に集まった。
「なぜだ?怜がかわいかったからか」
「いや。兄ちゃんがかっこよすぎたせいだろ」
それに、冴子姉と美里の呆れたような声が続く。
「そういうところでしょ」
「自覚ないのね。わかってたけど」
「敬兄ちゃんは優しい!」
凜が断言し、敬は
「凜もかっこいいよ!」
と凜を抱きしめ、大人達は笑った。
新しい年度が始まる。新しい出会いもあるだろう。
それでも変わりなく、笑って大きくなってもらいたい。そう祈って見上げた空は、ふんわりとした、春の空だった。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる