体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
946 / 1,046

春を待つ空(3)友達の死

しおりを挟む
 亡くなっていたのは、戸次美琴ちゃん。幼稚園から帰って遊びに出た後、いつの間にか公園からいなくなっていたそうだ。それから探し回って、やっと深夜になって、この階段の下で死んでいるのが発見された。
 皆、場所がこの階段で、ここで宏子ちゃんが亡くなった時も遊んでいた子なので、宏子ちゃんの祟りだとか思ったらしいが、決定的に違う点があった。
 それは、美琴ちゃんの死因が絞殺だったという事だ。
「地面はコンクリートだし、遺留物はない。凶器は幅2センチ程度の帯状のものだな」
 鑑識課員が確実にわかっている事だけを言う。
「保護者は宏子ちゃんが呼んでるとか言ってるらしいねえ」
 言いながら僕と直は宏子ちゃんを見た。
 宏子ちゃんは皆がいなくなってからは幼稚園にいるらしく、知らないと首を振っていた。そして今は、メソメソと泣く霊の美琴ちゃんを慰めるようにして、そばについていた。
「違うし、やったのは人間だな。生きている」
 そして野次馬に視線を転じて、彼らが目に入った。
 好奇心、恐れ、痛ましさを目に浮かべた人達の中で、安堵とでも言うのだろうか。違和感を与える表情を浮かべている夫婦がいた。
「あれは?」
「ああ。宏子ちゃんのご両親だねえ。でも……」
 直もおかしいと感じているようだ。
 調べてみる事にしよう。

 確かにこれまでは、玉木夫妻はノイローゼ的に落ち込んでいたらしい。父親は会社も休んだままで、母親は泣くか、何も無い空間に向かって子供に話しかけるように喋りかけていたのを、近所の人が目撃していた。
 母親は我が子に話しかけているつもりだったのだろうが、宏子ちゃん本人は、階段と幼稚園にとどまっていたのだが。
「立ち直っただけなら問題ないが、気になるな」
 直も頷く。
「そうじゃないと、いいんだけどねえ」
 言いながら、2人共、優維ちゃんのバッグを思い出していた。園児が通園に使う揃いのバッグの肩ベルトの幅が、約2センチだった。

 玉木家はひっそりとしており、その奥の子供部屋には、新品の学習机やランドセルが置かれ、入学式に着る予定をしていたらしい紺色のワンピースが壁にかかっていた。
「宏子は入学式を楽しみにしていたんですよ。勿論私達もです」
 母親は微笑んでそう言い、そこで、涙に声を詰まらせ、表情を崩した。
 その背中をさすり、父親が絞り出すような声を出す。
「隣にあんな危険な場所があるなら、職員はよく監督していなければいけないでしょう?幼稚園が悪いんだ」
「宏子は、友達と一緒に学校へ行くのを、どんなに楽しみにしていたか」
「宏子ぉ。かわいそうに」
 2人は寄り添うようにして、泣き出した。

 戸次家は通夜の弔問客が一旦落ち着いたところで、両親も祖父母も、怒り、放心、悲しみなど、心の整理が追い付いていないという感じだった。
「美琴は宏子ちゃんの幽霊に殺されたんですか。幽霊は逮捕できますか」
 祖父が唇を引き結んで訊く。
「霊は逮捕できません。
 しかし今回の犯人は、生きた人間だと考えています。何かお心当たりはありますか」
 それに、彼らがハッと顔を上げた。
「人間?」
「誰が……」
「変質者?」
 口々に言う。その中で、母親は縋るような目を僕達に向けて来た。
「それより、美琴は苦しんでいないんでしょうか。さ迷ったりしないんでしょうか」
 それに、父親は横っ面をはたかれたような顔をした。
「大丈夫です。突然の事に驚いたでしょうが、ちゃんとその時が来たら、成仏できるでしょう。苦しんでもいませんよ」
 それに、母親と祖母は泣き崩れ、父親も男泣きに泣いて、
「犯人を、捕まえて下さい!必ず!」
と、頭を下げた。
「はい。だからご家族は、美琴ちゃんの楽しかった思い出を、思い出してあげてくださいねえ」
 そう言って、僕と直は戸口家を辞した。
 歩きながら、考える。
「まだ行くかな」
「仲良しグループを狙うなら、あと2人だよう」
「阻止するぞ」
「はいよ」
 空には雲がかかり、星は見えなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...