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義務(3)役割と誇り
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慌ただしく駆けつけて来たのは、真一さんと、幸恵ちゃんを抱いた由香さんだった。
「お母さん!」
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「大丈夫です。たまたまいらしたこちらの刑事さん達が捕まえて下さったし、何ともないわ」
それで真一さんと由香さんは、僕と直、千穂さんに気付いた。
「あ、この前の婦警さん」
千穂さんは、にっこりと笑った。
たまたま警視庁に用があって来た千穂さんだが、事件に遭遇したので同席してもらったのだ。が、やはり良かったらしい。由香さんがほっとしたような、柔らかい表情になった。
「まったく、嘆かわしい。良い若い人が仕事もしないで、挙句にひったくりだなんて。若いのに働かないでブラブラしてる人なんて、全員犯罪者予備軍だわ」
嘆息する美登利さんに、真一さんが苦笑した。
「不況で、働きたくても働けない人もいるからね。一概には」
「何を言うの。私の若い頃だって不景気だったわ。それでも働いて、あなたを育てたのよ。あれこれと仕事を選びすぎなんじゃないの」
美登利さんの言い分に、真一さんは苦笑を浮かべるのみだった。
たぶんいつも、こうして何を言っても美登利さんの意見が通るのだろう。
しかし、特に美登利さんが文句を言う時、憑いている老女が顔を歪めて笑っているのだ。これは、関係がないとは思えない。
ここからは、陰陽課の出番らしい。
「瀬名さんが結婚なさった時は、お姑さんも厳しくいらしたんですか」
「勿論よ。今の若い人だと、泣いて実家に逃げ帰るでしょうね。私も何度こっそり泣いたか」
憑いている老婆が、楽しそうに嗤う。
「掃除も洗濯も今みたいに楽じゃないし、レトルトや冷凍食品なんてとんでもない。舅、姑、夫から何を言われても、はい、はいとしか返事はできないし。育児も家事も、妻がして当然。男はふんぞり返っているものだったわ」
いつの時代の話かと呆れながらも、それより、憑いている老女の方が気になる。
「息抜きとか」
直が言い終わらない内に、美登利さんは鼻で笑った。
「とんでもない。自分の為に時間を使えるようになったのは、舅と姑が亡くなって、子供が就職してからの事。今の若い人みたいに、旅行だとかランチだとか考えられないわ」
周囲の警察官達は、何とも言えない顔をしていた。
「大変でしたねえ。キツイお姑さんだったんですねえ。ちょっとくらい、息抜きも必要ですよねえ」
「そりゃあ、そうですよ。いくら妻の仕事でも、母親に休みは無くても、疲れますよ。
でも、仕方ないの。そういう、ものなの」
美登利さんは、しんみりしそうになって、急に目を吊り上げた。
「そのお姑さんは、もしかして、白髪を後ろで1つにくくって、和服の、痩せ型で小柄な猫背の方ですか」
それに、美登利さんがギョッとしたように僕の顔を見直した。
「そう、ですけど」
「驚かないで下さいね」
「は?」
合図で直が、老女を見えるようにした。
「え。きゃあああ!?お、お義母様!?」
美登利さんも、その他の全員が狼狽え、老女は意地悪そうに口を歪めた。
嫁はそういうもの 不満を言うな!
「はい」
「そうやって、代々お嫁さんに憑りついて、新しいお嫁さんに厳しくさせてきたんですね」
それに、老女が笑い声を上げた。
こっちも我慢してきたんだから
皆 我慢すればいい
「時代も変わるんですよ。それに何より、自分がされて嫌な事は人にしない。僕の子供にも、そう言い聞かせていますが」
老婆が、鬼のような形相になった。それに、美登利さんが委縮し、そんな美登利さんに老女が怒鳴りつける。
お前がしっかり嫁に言い聞かせんか!
「も、申し訳ありません」
「お、お義母様……!」
「そういうの、ここで終わりにしましょう。あなたはもう、死んでいるんです。あなたの苦労を押し付けたって、誰も幸せになれませんよ。あなたもね」
「瀬名さん。もうお姑さんはいませんよう。あなたは、あなたの為に人生を使っていいんですからねえ」
美登利さんが呆然とし、それから泣くのを堪えるのに、さっと由香さんが寄り添った。
おのれ おのれ!
私はあんなに苦労したのに!
オマエモ クロウシロォ!
僕は溜め息を禁じえなかった。
「祓います。
ご苦労様でした。もう、ごゆっくりなさってください」
まだ何か言いかかった老女に刀を浴びせかけると、老女は形を崩し、さらさらと消えて行った。
瀬名さん一家はそれを見届け、美登利さんは大きく息を吐いた。
「ああ。何だか本当に軽くなったわ。
今まで、何かしようとしても、言おうとしても、死んだ姑の命令する声が聞こえていたの。何も聞こえないわ。私、やっと自由になれたのかしら」
「お袋ぉ」
「ごめんなさいね、由香さん」
「いいえ。いいえ、お義母様」
僕達もほっとする思いで、瀬名一家を見た。
「お母さん!」
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「大丈夫です。たまたまいらしたこちらの刑事さん達が捕まえて下さったし、何ともないわ」
それで真一さんと由香さんは、僕と直、千穂さんに気付いた。
「あ、この前の婦警さん」
千穂さんは、にっこりと笑った。
たまたま警視庁に用があって来た千穂さんだが、事件に遭遇したので同席してもらったのだ。が、やはり良かったらしい。由香さんがほっとしたような、柔らかい表情になった。
「まったく、嘆かわしい。良い若い人が仕事もしないで、挙句にひったくりだなんて。若いのに働かないでブラブラしてる人なんて、全員犯罪者予備軍だわ」
嘆息する美登利さんに、真一さんが苦笑した。
「不況で、働きたくても働けない人もいるからね。一概には」
「何を言うの。私の若い頃だって不景気だったわ。それでも働いて、あなたを育てたのよ。あれこれと仕事を選びすぎなんじゃないの」
美登利さんの言い分に、真一さんは苦笑を浮かべるのみだった。
たぶんいつも、こうして何を言っても美登利さんの意見が通るのだろう。
しかし、特に美登利さんが文句を言う時、憑いている老女が顔を歪めて笑っているのだ。これは、関係がないとは思えない。
ここからは、陰陽課の出番らしい。
「瀬名さんが結婚なさった時は、お姑さんも厳しくいらしたんですか」
「勿論よ。今の若い人だと、泣いて実家に逃げ帰るでしょうね。私も何度こっそり泣いたか」
憑いている老婆が、楽しそうに嗤う。
「掃除も洗濯も今みたいに楽じゃないし、レトルトや冷凍食品なんてとんでもない。舅、姑、夫から何を言われても、はい、はいとしか返事はできないし。育児も家事も、妻がして当然。男はふんぞり返っているものだったわ」
いつの時代の話かと呆れながらも、それより、憑いている老女の方が気になる。
「息抜きとか」
直が言い終わらない内に、美登利さんは鼻で笑った。
「とんでもない。自分の為に時間を使えるようになったのは、舅と姑が亡くなって、子供が就職してからの事。今の若い人みたいに、旅行だとかランチだとか考えられないわ」
周囲の警察官達は、何とも言えない顔をしていた。
「大変でしたねえ。キツイお姑さんだったんですねえ。ちょっとくらい、息抜きも必要ですよねえ」
「そりゃあ、そうですよ。いくら妻の仕事でも、母親に休みは無くても、疲れますよ。
でも、仕方ないの。そういう、ものなの」
美登利さんは、しんみりしそうになって、急に目を吊り上げた。
「そのお姑さんは、もしかして、白髪を後ろで1つにくくって、和服の、痩せ型で小柄な猫背の方ですか」
それに、美登利さんがギョッとしたように僕の顔を見直した。
「そう、ですけど」
「驚かないで下さいね」
「は?」
合図で直が、老女を見えるようにした。
「え。きゃあああ!?お、お義母様!?」
美登利さんも、その他の全員が狼狽え、老女は意地悪そうに口を歪めた。
嫁はそういうもの 不満を言うな!
「はい」
「そうやって、代々お嫁さんに憑りついて、新しいお嫁さんに厳しくさせてきたんですね」
それに、老女が笑い声を上げた。
こっちも我慢してきたんだから
皆 我慢すればいい
「時代も変わるんですよ。それに何より、自分がされて嫌な事は人にしない。僕の子供にも、そう言い聞かせていますが」
老婆が、鬼のような形相になった。それに、美登利さんが委縮し、そんな美登利さんに老女が怒鳴りつける。
お前がしっかり嫁に言い聞かせんか!
「も、申し訳ありません」
「お、お義母様……!」
「そういうの、ここで終わりにしましょう。あなたはもう、死んでいるんです。あなたの苦労を押し付けたって、誰も幸せになれませんよ。あなたもね」
「瀬名さん。もうお姑さんはいませんよう。あなたは、あなたの為に人生を使っていいんですからねえ」
美登利さんが呆然とし、それから泣くのを堪えるのに、さっと由香さんが寄り添った。
おのれ おのれ!
私はあんなに苦労したのに!
オマエモ クロウシロォ!
僕は溜め息を禁じえなかった。
「祓います。
ご苦労様でした。もう、ごゆっくりなさってください」
まだ何か言いかかった老女に刀を浴びせかけると、老女は形を崩し、さらさらと消えて行った。
瀬名さん一家はそれを見届け、美登利さんは大きく息を吐いた。
「ああ。何だか本当に軽くなったわ。
今まで、何かしようとしても、言おうとしても、死んだ姑の命令する声が聞こえていたの。何も聞こえないわ。私、やっと自由になれたのかしら」
「お袋ぉ」
「ごめんなさいね、由香さん」
「いいえ。いいえ、お義母様」
僕達もほっとする思いで、瀬名一家を見た。
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