888 / 1,046
嘘の理由(3)葛藤
しおりを挟む
夕食が終わり、僕は凜と一緒に入浴してから寝かしつけ、兄の所に行った。
「どうした?」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「うん。まあ、ちょっと」
兄はコーヒーとクッキーを持って僕とリビングに座り、仕事関係の話と察した冴子姉は部屋へ行った。敬は部屋で宿題中だそうだ。
「どうした」
何か相談事がありそうなのに言い出せないという時、兄は、いつも買ってあるちょっと高いクッキーと、子供の頃はジュースを用意して、こういう風に話を聞いてくれた。
僕が兄に頭が上がらないというのは、こういう事も含んでいる。
「例えばなんだけど」
サクサクのバターたっぷりのクッキーを齧って、切り出した。
「事故に見える事件があったとして。犯人と被害者が両方『これは事故だ』って言い張ってて、それを殺人だと立証する証拠は何も無い時。殺人だと言い立てるのは、誰かのためになるのかな」
兄はゆっくりとコーヒーを啜り、やがて言った。
「怜。法云々は置いておこう。そんなものは、怜だって理解していて、だからこそ悩んでいるんだろうからな。
逮捕するのは、被害者や遺族の為でもあるが、犯人のためでもある」
「犯人の為」
「ああ。罪の意識を持たないやつも中にはいるが、それでも大抵は、死ぬまでずっと、あるいは後から、死ぬ瞬間にでも、後悔も悔いもする。
反省し、刑に服す事で、その罪が無かった事にはならない。でも、刑に服す事で真摯に罪に向き合う時間ができる。それは、犯人の為でもあると思う」
それで僕は、黙ってその言葉を心の中で咀嚼した。
「そうか。そうだな。うん。長い人生で、反省する機会を奪うわけにもいかないな。
ありがとう、兄ちゃん」
兄はちょっと笑った。
僕と直は、重吾郎さんと向き合っていた。
「何でだよ!?俺が事故だって言ってるじゃないか!」
「事実は事実として、受け入れなければいけないと思います」
「生きてるやつが大事だろう!?こいつには未来があるんだ!」
「だからですよ。だから、己のした事から目をそらしてはいけない。この先きっと、後悔する。きっちり向き合って反省できなかったことを悔やむ。そうなってからでは、遅いんです」
重吾郎さんは、あああああ、と頭を抱えて叫ぶ。
「お母さんの肺癌はお父さんのせいだって思ってるのかねえ?そうかも知れないし、違うかも知れない。だって、タバコを吸わない人も、家族が誰も吸わない人だって、肺癌になるしねえ。
でも、そういう事じゃないんだよねえ」
重太郎君は、死んだ父親の霊を見て、顔を上げられないでいた。
「だって、いつも仕事って言って、病院にも来なかったし、俺もどうでもいいんだ」
「どうでもいいなら、庇うか?」
「だって!」
「顔を上げて、父親を見ろ。見られないだろ。後ろめたいだろ。
今母親をここへ呼んだら、君は、母親の顔を正面から見る事ができるか?」
「!」
重太郎君は弾かれた様に顔を上げ、目を見開き、狼狽えた。
「お互いに会話が足りなかったんだろうねえ」
重吾郎さんは土下座して、
「頼む!事故なんだ、事故にしてくれ!頼む!」
と泣いている。
「親父……」
僕と直は、ベッドサイドから立ち上がった。
「重太郎君。証拠はない。黙っていたいならそうしろ。決めるのは、自分だ。死ぬ時に後悔しないようにな」
重吾郎さんを強制的に連れて病室を出ると、背後から泣き声が聞こえて来た。
「どうした?」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「うん。まあ、ちょっと」
兄はコーヒーとクッキーを持って僕とリビングに座り、仕事関係の話と察した冴子姉は部屋へ行った。敬は部屋で宿題中だそうだ。
「どうした」
何か相談事がありそうなのに言い出せないという時、兄は、いつも買ってあるちょっと高いクッキーと、子供の頃はジュースを用意して、こういう風に話を聞いてくれた。
僕が兄に頭が上がらないというのは、こういう事も含んでいる。
「例えばなんだけど」
サクサクのバターたっぷりのクッキーを齧って、切り出した。
「事故に見える事件があったとして。犯人と被害者が両方『これは事故だ』って言い張ってて、それを殺人だと立証する証拠は何も無い時。殺人だと言い立てるのは、誰かのためになるのかな」
兄はゆっくりとコーヒーを啜り、やがて言った。
「怜。法云々は置いておこう。そんなものは、怜だって理解していて、だからこそ悩んでいるんだろうからな。
逮捕するのは、被害者や遺族の為でもあるが、犯人のためでもある」
「犯人の為」
「ああ。罪の意識を持たないやつも中にはいるが、それでも大抵は、死ぬまでずっと、あるいは後から、死ぬ瞬間にでも、後悔も悔いもする。
反省し、刑に服す事で、その罪が無かった事にはならない。でも、刑に服す事で真摯に罪に向き合う時間ができる。それは、犯人の為でもあると思う」
それで僕は、黙ってその言葉を心の中で咀嚼した。
「そうか。そうだな。うん。長い人生で、反省する機会を奪うわけにもいかないな。
ありがとう、兄ちゃん」
兄はちょっと笑った。
僕と直は、重吾郎さんと向き合っていた。
「何でだよ!?俺が事故だって言ってるじゃないか!」
「事実は事実として、受け入れなければいけないと思います」
「生きてるやつが大事だろう!?こいつには未来があるんだ!」
「だからですよ。だから、己のした事から目をそらしてはいけない。この先きっと、後悔する。きっちり向き合って反省できなかったことを悔やむ。そうなってからでは、遅いんです」
重吾郎さんは、あああああ、と頭を抱えて叫ぶ。
「お母さんの肺癌はお父さんのせいだって思ってるのかねえ?そうかも知れないし、違うかも知れない。だって、タバコを吸わない人も、家族が誰も吸わない人だって、肺癌になるしねえ。
でも、そういう事じゃないんだよねえ」
重太郎君は、死んだ父親の霊を見て、顔を上げられないでいた。
「だって、いつも仕事って言って、病院にも来なかったし、俺もどうでもいいんだ」
「どうでもいいなら、庇うか?」
「だって!」
「顔を上げて、父親を見ろ。見られないだろ。後ろめたいだろ。
今母親をここへ呼んだら、君は、母親の顔を正面から見る事ができるか?」
「!」
重太郎君は弾かれた様に顔を上げ、目を見開き、狼狽えた。
「お互いに会話が足りなかったんだろうねえ」
重吾郎さんは土下座して、
「頼む!事故なんだ、事故にしてくれ!頼む!」
と泣いている。
「親父……」
僕と直は、ベッドサイドから立ち上がった。
「重太郎君。証拠はない。黙っていたいならそうしろ。決めるのは、自分だ。死ぬ時に後悔しないようにな」
重吾郎さんを強制的に連れて病室を出ると、背後から泣き声が聞こえて来た。
10
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる