体質が変わったので

JUN

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嘘の理由(3)葛藤

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 夕食が終わり、僕は凜と一緒に入浴してから寝かしつけ、兄の所に行った。
「どうした?」
 御崎 司みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「うん。まあ、ちょっと」
 兄はコーヒーとクッキーを持って僕とリビングに座り、仕事関係の話と察した冴子姉は部屋へ行った。敬は部屋で宿題中だそうだ。
「どうした」
 何か相談事がありそうなのに言い出せないという時、兄は、いつも買ってあるちょっと高いクッキーと、子供の頃はジュースを用意して、こういう風に話を聞いてくれた。
 僕が兄に頭が上がらないというのは、こういう事も含んでいる。
「例えばなんだけど」
 サクサクのバターたっぷりのクッキーを齧って、切り出した。
「事故に見える事件があったとして。犯人と被害者が両方『これは事故だ』って言い張ってて、それを殺人だと立証する証拠は何も無い時。殺人だと言い立てるのは、誰かのためになるのかな」
 兄はゆっくりとコーヒーを啜り、やがて言った。
「怜。法云々は置いておこう。そんなものは、怜だって理解していて、だからこそ悩んでいるんだろうからな。
 逮捕するのは、被害者や遺族の為でもあるが、犯人のためでもある」
「犯人の為」
「ああ。罪の意識を持たないやつも中にはいるが、それでも大抵は、死ぬまでずっと、あるいは後から、死ぬ瞬間にでも、後悔も悔いもする。
 反省し、刑に服す事で、その罪が無かった事にはならない。でも、刑に服す事で真摯に罪に向き合う時間ができる。それは、犯人の為でもあると思う」
 それで僕は、黙ってその言葉を心の中で咀嚼した。
「そうか。そうだな。うん。長い人生で、反省する機会を奪うわけにもいかないな。
 ありがとう、兄ちゃん」
 兄はちょっと笑った。

 僕と直は、重吾郎さんと向き合っていた。
「何でだよ!?俺が事故だって言ってるじゃないか!」
「事実は事実として、受け入れなければいけないと思います」
「生きてるやつが大事だろう!?こいつには未来があるんだ!」
「だからですよ。だから、己のした事から目をそらしてはいけない。この先きっと、後悔する。きっちり向き合って反省できなかったことを悔やむ。そうなってからでは、遅いんです」
 重吾郎さんは、あああああ、と頭を抱えて叫ぶ。
「お母さんの肺癌はお父さんのせいだって思ってるのかねえ?そうかも知れないし、違うかも知れない。だって、タバコを吸わない人も、家族が誰も吸わない人だって、肺癌になるしねえ。
 でも、そういう事じゃないんだよねえ」
 重太郎君は、死んだ父親の霊を見て、顔を上げられないでいた。
「だって、いつも仕事って言って、病院にも来なかったし、俺もどうでもいいんだ」
「どうでもいいなら、庇うか?」
「だって!」
「顔を上げて、父親を見ろ。見られないだろ。後ろめたいだろ。
 今母親をここへ呼んだら、君は、母親の顔を正面から見る事ができるか?」
「!」
 重太郎君は弾かれた様に顔を上げ、目を見開き、狼狽えた。
「お互いに会話が足りなかったんだろうねえ」
 重吾郎さんは土下座して、
「頼む!事故なんだ、事故にしてくれ!頼む!」
と泣いている。
「親父……」
 僕と直は、ベッドサイドから立ち上がった。
「重太郎君。証拠はない。黙っていたいならそうしろ。決めるのは、自分だ。死ぬ時に後悔しないようにな」
 重吾郎さんを強制的に連れて病室を出ると、背後から泣き声が聞こえて来た。




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