体質が変わったので

消える部屋（３）人形

　それらしい気配は、２階からしていた。話と齟齬は無い。
　階段を上がりながら話す。
「火の玉に、追いかけて来る乳母車ねえ」
「火の玉は、肝試しする人の懐中電灯だろうねえ」
「乳母車は、庭にあったのを見て『動きだしたら怖いだろうな』とか誰かが言ったのが、伝わるうちに変化したんだろうな」
「ありがちだねえ」
　１つ目、２つ目、３つ目。そして、何もない壁。
「ああ。呼ばれた人か能力者だけ見えるやつだな」
　その壁に、ドアがある。
「行くぞ」
　ドアノブを掴み、回すと、軽やかに開いた。
　部屋の中は暗いが、窓にカーテンがかかり、その下に座り込んでいるフランス人形が見えた。部屋の真ん中には、高校生らしき少年が突っ立っている。
「成川さん。成川裕人さんですかねえ」
　直が肩を揺すってみるが、反応はない。
　代わりに、人形が立ち上がった。

　　　　　新しいお人形ね　今回は随分と早いのね
　　　　　でもいいわ
　　　　　一緒に遊びましょう
　　　　　あなた達は　お話できるのね

　この部屋に招き入れられた人は、人形になるらしい。人形の人形か。
「ここに人を呼び込んで、何をしている？」

　　　　　お人形遊びだわ
　　　　　マリコちゃんがしていたように
　　　　　私が　お人形で遊ぶの

「そういうわけにはいかないから、彼は返してもらう」

　　　　　新しいお人形が２つもあるからいいわよ

「僕達も帰るし、お人形遊びはこれでおしまいだ」

　　　　　そんな事許さないわ
　　　　　マリコちゃんの代わりに
　　　　　一緒にお人形遊びをするのよ

　マリコちゃんが何者かはしらないが、まあ、前の持ち主だろう。
　直は、ゆらゆらとする成川さんを背後に庇い、結界で囲い込んだ。
「肝試しと言って勝手に入り込んだ方も悪いが、それを勝手に引きずり込むのも悪い」
　僕は刀を出した。
　人形は目を吊り上げ、歯を剥き、爪を伸ばして、唸り声を上げた。

　　　　　返さない　返さない
　　　　　自分達は遊ぶだけ遊んで
　　　　　いらなくなったら　おいてけぼり
　　　　　コンドハ　ワタシガ　アソブバンダワ

「マリコちゃんへの不満を他人にぶつけられてもな」
　言っていると、人形が飛び掛かって来る。
　その体を、２つに斬る。
　人形はボトリと床に落ち、しばらくもぞもぞと動いていたが、黒く色を変え、散って行った。
　そこで、はっと成川さんが気付く。
「あれ？え？わ！お化け！？」
「生きてるよう」
　元気そうだ。
　下に降りると、パトカーの中で応野さんが元に戻ったらしく、
「寒っ！え、何でダウン？ヘックショイ！」
「わああ！毛布毛布！」
とバタバタしていた。

　肝試し中に消えたという人はこれで発見でき、連絡を受けて集まった家族や友人達は喜んだが、
「不法侵入になるので建造物へ侵入しないように。それと肝試しは、ガセならいくらでも行けばいいが、本物は危険なので、基本、行かないように」
と厳重注意を与えておいた。
　応野さんは、８月からこっちの記憶が全く無いらしいが、体に異常はない。まあ、２学期を丸ごと欠席したので、留年はあるかも知れない。本人はその事で青くなっていた。
「あの部屋は、時間がストップしていたのかねえ」
「そうだろうな。だから、４ヶ月経っていても衰弱もしていないし、髪が伸びてもいない。記憶も、無くしたんじゃなく、無いんだろう」
　それに対抗できるだけの力のある霊能師など以外は、まさに人形になっていたのだろう。
「人形遊びをされていた人形が、自我を得て人形遊びをしたがるなんてな」
「怖いねえ。
　でも、肝試しが危ないってのは言ってるのに、減らないねえ」
「真冬までするなんてなあ。まあ、欧米では冬がシーズンだそうだが。
　まあ、いつにせよ、面倒臭い」
「帰ってあったまろうよう」
「だな。
　でも、一番怖い思いをしてるのは、応野さんだろうな。本人的には、部屋に入って、気付いたらパトカーに乗ってて、しかももうすぐクリスマスで、留年するかもしれないんだからな」
「怖いよう。嫌だよう」
「ああ。ぞっとするな」
　僕と直は、想像して身震いした。