体質が変わったので

JUN

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密室(3)打ち上げのウナギ

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 その女性に話しかけてみた。
「陰陽課の御崎と申します」
「同じく町田と申しますう。あの、どちら様でしょうかねえ?」
 女は悲し気に意識の戻らない被疑者を見下ろしていたが、

     矢倉奈々恵やくらななえです
     秋津君と同じ研究室の助教です

 それだけ言い、消えて行った。
「直」
「怜。ボクもそう思うよ」
 僕達は、矢倉と名乗った女性を調べる事にした。

 矢倉奈々恵。本人の言う通り、あの研究室の助教で、秋津大地の同級生だった。家族は無く、天涯孤独。秋津とは、付き合っているのかいないのかわからないが、仲は良かったというのが、周囲の認識だった。
 そこそこ美人だが、大人しくて無口。
 渡辺さんの死亡が発覚し、秋津が出頭して逮捕されたとわかった日の深夜、橋から飛び降りて自殺した。
 周囲は秋津の逮捕にショックを受けたと噂しているし、秋津の家族と弁護士は、警察が殺したも同然と言っている。
「矢倉奈々恵に話を聞きたいな」
「次は、逃がさないように札で拘束しようかねえ」
 僕と直はそう言って、秋津の所に張り込んでいる。
 と、翌日になって、彼女が現れた。
「矢倉さん、お話をお伺いしたいのですが」
 矢倉さんは秋津を見下ろし、また消えようとする。それを、直が札で留めた。
「申し訳ありませんねえ」
「でも、事件の全てを知るために、ご協力をお願いします」
 矢倉さんは困ったように僕と直、秋津を見て、頷いた。それで、直は札を解く。
「矢倉さんは秋津さんと、特別な関係にあったのですか」
 矢倉さんは首を横に振った。
「では、矢倉さんが亡くなったのは、事件と、もしくは秋津さんと関係がありますか」
 矢倉さんはこれに激しく動揺するかのように視線を泳がせ、泣き出した。
 その時、身じろぎして、秋津が目を覚ました。
「あ……」
「気が付きましたか?声が出難いかと思いますが、苦しいとか痛みとかはありますか?」
 秋津は首を小さく横に振り、そして、矢倉さんに気付いた。
「え?矢倉?」

     見えるの?
     私のせいで ごめんなさい

 秋津は生死の境をさ迷った事で、一時的に見えるようになったのかもしれない。
 秋津は続けて何かを言いかけ、僕と直の存在を思い出したかのように口をつぐんだ。
「陰陽課の御崎です」
「同じく町田です」
「僕達も見えていますので。今、矢倉さんからお話をお伺いしていた所です」
 そう言うと、秋津はギョッとしたように目を剥き、僕達と矢倉さんを忙しく見た。
「違う!彼女は何もしていない!関係ない!」
「落ち着いてくださいねえ」
「ぼくがやったんだ、ぼくが先生を殺したんだ!」

     私のせいね 私があんなことをしたから

「違う!だからって、先生のした事は間違ってる!あ……」
 秋津は僕達を思い出して、狼狽えた。
「動機に関わる部分ですね」
「言いたくない」

     私が先生に関係を強要されていると知ったからね

「矢倉!」

     私、希少動物を売ったんです
     研究室で増えたり
     フィールドワークで捕獲した
     取引禁止の動物です
     それを先生に気付かれて
     黙っている代わりに、と

 矢倉さんは、俯いた。秋津は、拳を握り締めていた。
「酷い話だねえ。でも、矢倉さんのした事も、悪い事ですよねえ」
「秋津さんは、矢倉さんの犯罪を表に出したくなかったんですか。それで、動機を話せなかったんですか」
 秋津は項垂れたまま、言った。
「矢倉は、根気強くて、いい研究者になれるやつなんです。渡辺先生は、最低だ。人としても、研究者としても。俺も矢倉も、論文を何度パクられたか。研究室が存続できるのは、矢倉に論文を書かせてそれを自分の名前にしているからですよ。もうずっと、まともに論文なんか書いてないのに」
 だからと言って、殺すのは間違ってる。

     秋津君 いいから
     本当の事を言って
     先生の酷さをわかってもらって

 情状酌量の余地もでてきそうだ。
 しかし秋津は、首を振る。
「ダメだ!そんな事をしたら!」

     私は 死んでいるのよ?
     だから ね
     秋津君は 生きて
     言いたくないのに 黙っているのも
     警察の人に悪い気がして
     それで自殺してしまおうとするなんて……
     本当の事を 全部言って

 秋津は、声を上げて泣き出した。それを矢倉は見ていたが、僕達に

     秋津君を お願いします

と言い、消えて行った。

 秋津は全てを語り、家族も弁護士も黙った。そして、渡辺さんを悪者として叫び、秋津の情状酌量を願った。
 マスコミは警察に対して振り上げた手を下ろす方法として、それに乗る事にしたようだ。
「いやあ、無事に収まって良かったよ」
 徳川さんが朗らかに笑った。
「でも、被害者がグチしか言わないし、困ったよな」
「そうだよねえ。毒殺だと、犯人を殺された本人もわからない事もあるしねえ」
 僕達が言うと、兄は笑って、
「色々、ありがとうな」
と言った。
「それにしても、被害者、嫌な奴だったね」
「いいのは、ウナギの完全養殖を目指していたという1点のみだな」
 徳川さんに答えた時、注文の品が届いた。
「ウナギかば焼き定食4つ、お待ちどうさま」
 グルメな下井さんおすすめのうなぎ屋に僕達は来ていた。
「美味しそうだねえ」
「いい香りだあ」
「今日は昼から贅沢だ」
「お祝いだから」
 僕達はいただきますをして、箸をとった。
 ウナギが渡辺さんに見えて来た。食えない男だったが、噛み締めたウナギは、香ばしくて、美味しかった。
「最高」


 
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