体質が変わったので

JUN

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贄の家(5)友

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 檻の中で辛うじて社に留まっていたそれが、弾けるように飛び出した。
 深くて重くて冷たい何かは、既に実体を持っている。
「な、何だあれは!?」
 誰かが言う。
「あそこに閉じ込めていたモノですよ。あなた方の、神ですかねえ?」
 その周りで飯里や数人が、オロオロと、或いは無気力に、また或いは村人の方を見てせせら笑いながら、取り巻いてフラフラしていた。

     もう押さえられないんだ
     頼む 御崎 町田
     助けてくれ

 飯里が言うと、和幸君が前に出て来て
「兄貴!」
と言うが、智史が止めたようだ。
 黒いモノの方は、ウネウネと体をくねらせ、檻を突き破って村人達へ掴みかかろうとしている。

     ヒキョウモノメ!
     ハナシアイデ カイケツシヨウトキメタノニ
     ドクヲモッテ コロシヤガッタ!
     ヒトリノコラズ コロシテヤル!
     オレタチドウヨウ ネダヤシニシテヤル! 

 これに、村人達の数人は、腰を抜かした。
「これが神の正体か」
 村長が硬い声で答える。
「そうだ。昔の話だ。こんな話、どこにでもあっただろう?」
「では、祭りとは?この怨霊を鎮めるための儀式というのが当然でしょうが、そこで飯里達が担った役割とは?」
 答えない村人達に代わって、冷めた目で村人達を見ていた1体が答える。

     生贄だよ
     八つ裂きにしていい生贄を
     不満の爆発する前に
     与えていたのさ

「その生贄は、どうやって?」

     贄の家が決まってるんだ
     当時、一番力が無かったか
     貧乏だったか
     とにかく、生贄を出す代わりに
     生活の面倒を見てもらったり
     税を免除してもらったりさ

 飯里は苦しそうな顔で、継いだ。

     代々、うちが贄の家らしい
     それで俺は 進学できたしな
     そうして抑え込んで来たんだが
     限界らしい
     祭りの間隔がどんどん短くなって来てるし
     祭り直後でも どうにも抑え込めない
     頼む 助けてくれ
     弟や 弟の子供に 引き継がせたくない

「兄貴!」
「バカが。何で、早くに言わなかった。お前が差し出される前に祓ってやったのに」
「そうだよう。友達だろ?」
「せやで。アホやなあ」

     へへへ すまん
     もっと後だと どこか他人事に思ってたのかもな

「任せろ。この案件、引き受けた」
 言うと、飯里は笑った。
 それで僕は、深里一族の怨霊を見た。怒り狂っており、知性や理性はなく、飯里一族を滅ぼすという衝動しかないようだ。
 近付いても、気付かないのか反応しない。
 ザックリと斬りつけると、やっと慌てたような様子を見せたが、そこから広がって侵食して行く浄力に、なすすべもなく崩れ、消えて行った。
 村長が、
「こんなにあっけなく……?」
と言って、膝をついた。
 そんなものかも知れない。固定観念による視野狭窄。
「もっと早くに相談していれば、兄貴も、伯父さんも、曽祖父さんだって……!」
 悔しそうに和幸君が唇を噛む。

     和幸、もう心配ないから
     何も怯えなくていい
     御崎 町田 ありがとう
     郷田 後を頼んでいいか
     全くの無罪ってわけにはいかないだろうけど
     力になってやってくれないか
     俺の 村なんだ

 智史は笑い、
「しゃあないなあ。うん、この敏腕弁護士に任しとき!お前は心配せんでええから」
と請け負う。

     ありがとう

 それで飯里はフワッと立ち昇るようにして消え、他の贄になっていた人達の霊も消えて行った。

 ようやく落ち着いて、3人で集まっていた。
 村の主だった人は書類送検、医師は医師免許剥奪。病院は、息子が継ぐらしい。
「昔からの風習だからとかいうだけの理由で続く悪い因習は、断ち切れるものなら断ち切りたいな」
「そうだねえ。うん。飯里みたいなのは、悲しいよ」
「病院も無くならんで良かったな。あそこ、あの辺りで唯一の病院やったし」
 僕達はアイスコーヒーで、飯里に乾杯をした。
 と、僕達のいるオープンカフェの席のそばに、彼が立った。
「シエル!?」
「やあ、久しぶり」
 シエル・ヨハンセン。少なくとも僕達にはそう名乗っていた。神を一つに束ね、人類を導いていくべきという考えの秘密結社、ヨルムンガンドの幹部だ。見た目は穏やかで人当たりのいいハンサムでしかない。
 そのシエルだったが、本当にかなりやつれた感じで、逮捕とか事情聴取とか言わなければならないのに、まず心配になった。
「どうしたんだ?どこか悪いのか?ちょっと座れ、ほら」
 空いた椅子に座らせる。そこで、後ろに小さい子供がいるのに気付いた。
「わ!ミニシエル!?」
「そっくり!子供か?」
「君もここにおいで。名前何いうん?あ、暑いやろ。何か飲むか?」
 子供はシエルを小さくしたという感じで、にこにこと天使のような笑顔を浮かべて空いた席に着いた。
「この子は、次のシエル」
「ん?」
 皆、シエルの説明を頭の中で反復し、首を傾けた。
「僕はもうそろそろ、終わりなんだよ。だから、君達にはもう1度だけ会いたくてね」
 シエルは、青白く透き通ったような顔をほころばせた。
「待て待て待て。説明になってない。
 シエル、病気か?」
 シエルは小さく笑って、小さいシエルの絹糸のような髪をすいた。
「ヨルムンガンドのシンボルは、シエル。これはいいよね?」
 僕達は頷いた。
「そのシエルというのは世襲制なんだよ」
「へ?」
「初代のシエルのクローンをね、シエルとして立ててるんだ」
 僕達の動きが揃って止まった。
「クローンの限界だね。大体20年くらいで調子が悪くなってきて、25年から30年でダメになるんだ。ぼくはそろそろだね。
 だから、クローンが20年くらい経つと、次のシエルを目覚めさせて教育し始めるんだ。
 次のシエルっていうのは、そういう意味さ」
「ちょ、ちょっと待て。そんなお前、落ち着いて」
「ははは。智史、落ち着きなよ。わかってた事なんだから、ぼくは平気さ」
「平気って、そんなわけあらへんやろ、アホ!」
「そうだねえ。シエル、何とかできないのかねえ?」
「クローン云々も物凄く問題だが、個人的に、お前の事がもっと重大事項だ。
 なあ、シエル。何とかする方法はないのか?ちゃんと病院でも大学の研究室でも調べろよ。な?」
 シエルは困ったような面映ゆいような顔で笑うと、順に僕達の顔を見た。
「ありがとう。そう言ってくれる人がいて、ぼくはそれだけで幸せだよ。
 この体がもたないのは、避けられないんだ。だから、最期のお別れの挨拶さ。
 シエル。この人達はぼくの数少ない友人なんだよ」
 それで子供のシエルは、僕達を順に見た。
「よろしくお願いします」
「ああ。よろしく……でええんかいな」
 智史の言葉が、僕達の混乱の程度を表していた。
「今までありがとう。それだけ言いたくてね」
「シエル――」
「おっと。そこまでだよ。
 ぼくは友達にお別れに来たけど、ヨルムンガンドのシエルである事には変わりないんだからね。
 それとも、こっちに来てくれる?」
 首を振ると、シエルは苦笑した。
「やっぱりね。
 仲間が見てるよ。追いかけようとしたりどこかに知らせようとしたら、霊を放って、爆弾も爆発させるからね」
「お前なあ」
「お別れは、ぼくの我がままだったんだ。
 じゃあ、皆は元気でね」
「シエル。桜を見にドライブへ行った時のレンタカー代、お釣りがあるぞ。いつ、どこで渡せばいいんだ」
「ははは。いつかあの世で。
 じゃあ、またね」
 笑いながらシエルは10歳くらいのシエルを立たせ、ゆっくりと離れて行った。
 僕達はそれをただバカのように見送って、付近の気配がすっかり消え去ってから、深い溜め息をついた。
「何とかならんのか!?」
 首を振るしかない。
「クソッ!飯里といいシエルといい、アホばっかりやな!」
 水滴がついてびしょ濡れになったグラスのコーヒーを啜れば、嫌に苦い味がした。



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