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深夜のタクシー(1)幽霊ドライバー
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酔っ払いの平衡感覚とは、奇妙なものだ。傍から見ていると、もうぶつかる、ああ転ぶと思うのに、ギリギリで回避して上手く歩いて行く事がある。
まあ尤も、そう上手く行かなくて転んだりした場合は、いつもよりも酷いけがになり易いのだが。
今夜も、最終電車が発車した後、危なっかしい足取りで酔っ払いが駅の階段を降りて来た。
サラリーマン6年生の彼は、奇蹟的に自宅最寄り駅で降りられたのはいいが、自宅付近までのバスがもう無い事に気付いて、
「ああー」
と声を上げながら、バスの時刻表に寄りかかった。
自宅まで徒歩だと30分かかる。酔っている今ならもっとかかるのは間違いないと、酔った彼でも流石に理解していた。
この駅は小さいからか、タクシーがいつも駅前で客待ちをしてはいない。そこにあるタクシー専用電話で、タクシーを呼ばなくてはならないのだ。
しかし仕方が無いと、軽い財布の中身を一瞬正気に返った頭で思い出し、呼び出し電話に近付いた。
と、奇蹟的に1台のタクシーがそこに停車しているのを見つけた。
「すみましぇん。いいですか」
よろよろとタクシーに近付くと、後部座席のドアがスッと開く。
「どうぞ」
「良かった。あの、家まれ」
「はい、わかりました」
ドアが閉まり、彼は、蒸し暑い空気から逃れられた事にもホッとしながら、シートにもたれこむ。
心地よい振動と適度に涼しい車内。熟睡するのに、2分とかからなかった。
夢に落ちる寸前、自宅の場所って言ったかな、という思いが微かに頭をかすめた。
どのくらい経った頃か、彼はふと目を覚ました。まだタクシーの中だ。それで何の気なしに車外を見ると、どこかの山の中を走っている。
「え!?」
一気に酔いが醒めた。
「ここはどこですか!?」
血の気の引きかけた頭に浮かんだのは、タクシー代が高額になっていないかという事だ。
しかし運転手は落ち着いて、
「もうすぐ着きますよ」
と言う。
「もうすぐって、え、どこに?俺の家、中央通りの西病院の裏なんだけど。ここってどこ……あ、ポンポン山だ」
近所の皆が、正式名称は知らないが、ポンポン山と呼んでいる低い山らしいと男は気付いた。
「あの、西病院まで行って下さい」
「それはできません」
運転手の言葉に、耳を疑う。
「え、何で?」
「もう着きますから。ほら」
運転手が落ち着いて言った時、タクシーがある門の前に停まった。
大きくて古い頑丈そうな門だ。
「ここってどこです?」
彼はそう言いながら、ふとルームミラーに映った運転手の顔を見た。灰色の肌は所々肉が剥げ落ちてデコボコとし、目は濁っていて見えているとは思えない。
いや、そうじゃない。生きているとは思えない。
車内の温度が急に下がったかのように、背中がゾクッとした。
と、それに気付いたかのように、運転手の目が、鏡越しに彼を見た。
「ヒッ!?」
彼は慌てて車外に転がり出た。
「た、助けて――!」
しかし、そのままタクシーに乗っていてもダメだっただろうが、降りるのも悪手だった。ギギギ、と音を立てて門がゆっくりと開き、中から長い手が勢いよく伸びると、彼を掴む。
「はあっ!?何!?おい!」
もがくが、その手の力は尋常ではない。ズルズルと、彼を中へと引きずり込んでいく。
「離せ、やめろ、おい!誰か!誰か助けてくれぇ!!」
敷地内に引きずり込まれた彼が、門が閉まって行く前に隙間から見た最後の風景は、ここまで乗って来たタクシーが、とても動くとは思えないような廃車に変わっていくところだった。
行方不明の届け出が多い。それは大きな都市なら以前からではあったが、不思議な事に、小さな駅周辺で頻発していた。
「何かあるのかな」
僕はすぐさま色々と事件の原因になりそうな事象を幾つか思い浮かべた。人為的なものから心霊絡みまで。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「それもどうやら、夜中に起こってるみたいだねえ」
直もううむと唸る。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「残業帰りが危ないな。
この駅は使わないとは言え、いつこの近くの駅で起こるかわからないしな。
兄ちゃん、残業なしで毎日帰れないの?目はつけてあるけど、ケガとかしてからじゃ遅いし。迎えに行くべきかな」
僕が言うと、兄が真顔で言った。
「その途中に何かあったらどうするんだ。
兄ちゃんは心配ないから、怜こそ気をつけなさい。怜の方が、夜に出なければいけない事もあるんだからな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「はい」
大人しく返事をするのに兄が満足そうに頷くのを見て、直が苦笑する。
「直君もだぞ」
言われて、慌てて神妙な顔をし、
「はい」
と頷いた。
僕達は昼休み、食堂で一緒になって、一緒に昼食を食べた所だった。その時、近くにいた警察官がその話をし始めたのを聞いたのだ。
「しかし、何だろうな。交通事故の隠蔽にしては多すぎるし」
「殺人鬼がいるとかかねえ」
「嫌な予測だが、それかなあ」
「とにかく、お互いに気を付けよう。警察官と言えど、プライベートは丸腰だしな」
僕達はそう言い合って、午後の仕事に戻った。
が、まさかこの事件の調査依頼が来ているとは、想像してはいなかったのである。
まあ尤も、そう上手く行かなくて転んだりした場合は、いつもよりも酷いけがになり易いのだが。
今夜も、最終電車が発車した後、危なっかしい足取りで酔っ払いが駅の階段を降りて来た。
サラリーマン6年生の彼は、奇蹟的に自宅最寄り駅で降りられたのはいいが、自宅付近までのバスがもう無い事に気付いて、
「ああー」
と声を上げながら、バスの時刻表に寄りかかった。
自宅まで徒歩だと30分かかる。酔っている今ならもっとかかるのは間違いないと、酔った彼でも流石に理解していた。
この駅は小さいからか、タクシーがいつも駅前で客待ちをしてはいない。そこにあるタクシー専用電話で、タクシーを呼ばなくてはならないのだ。
しかし仕方が無いと、軽い財布の中身を一瞬正気に返った頭で思い出し、呼び出し電話に近付いた。
と、奇蹟的に1台のタクシーがそこに停車しているのを見つけた。
「すみましぇん。いいですか」
よろよろとタクシーに近付くと、後部座席のドアがスッと開く。
「どうぞ」
「良かった。あの、家まれ」
「はい、わかりました」
ドアが閉まり、彼は、蒸し暑い空気から逃れられた事にもホッとしながら、シートにもたれこむ。
心地よい振動と適度に涼しい車内。熟睡するのに、2分とかからなかった。
夢に落ちる寸前、自宅の場所って言ったかな、という思いが微かに頭をかすめた。
どのくらい経った頃か、彼はふと目を覚ました。まだタクシーの中だ。それで何の気なしに車外を見ると、どこかの山の中を走っている。
「え!?」
一気に酔いが醒めた。
「ここはどこですか!?」
血の気の引きかけた頭に浮かんだのは、タクシー代が高額になっていないかという事だ。
しかし運転手は落ち着いて、
「もうすぐ着きますよ」
と言う。
「もうすぐって、え、どこに?俺の家、中央通りの西病院の裏なんだけど。ここってどこ……あ、ポンポン山だ」
近所の皆が、正式名称は知らないが、ポンポン山と呼んでいる低い山らしいと男は気付いた。
「あの、西病院まで行って下さい」
「それはできません」
運転手の言葉に、耳を疑う。
「え、何で?」
「もう着きますから。ほら」
運転手が落ち着いて言った時、タクシーがある門の前に停まった。
大きくて古い頑丈そうな門だ。
「ここってどこです?」
彼はそう言いながら、ふとルームミラーに映った運転手の顔を見た。灰色の肌は所々肉が剥げ落ちてデコボコとし、目は濁っていて見えているとは思えない。
いや、そうじゃない。生きているとは思えない。
車内の温度が急に下がったかのように、背中がゾクッとした。
と、それに気付いたかのように、運転手の目が、鏡越しに彼を見た。
「ヒッ!?」
彼は慌てて車外に転がり出た。
「た、助けて――!」
しかし、そのままタクシーに乗っていてもダメだっただろうが、降りるのも悪手だった。ギギギ、と音を立てて門がゆっくりと開き、中から長い手が勢いよく伸びると、彼を掴む。
「はあっ!?何!?おい!」
もがくが、その手の力は尋常ではない。ズルズルと、彼を中へと引きずり込んでいく。
「離せ、やめろ、おい!誰か!誰か助けてくれぇ!!」
敷地内に引きずり込まれた彼が、門が閉まって行く前に隙間から見た最後の風景は、ここまで乗って来たタクシーが、とても動くとは思えないような廃車に変わっていくところだった。
行方不明の届け出が多い。それは大きな都市なら以前からではあったが、不思議な事に、小さな駅周辺で頻発していた。
「何かあるのかな」
僕はすぐさま色々と事件の原因になりそうな事象を幾つか思い浮かべた。人為的なものから心霊絡みまで。
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「それもどうやら、夜中に起こってるみたいだねえ」
直もううむと唸る。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「残業帰りが危ないな。
この駅は使わないとは言え、いつこの近くの駅で起こるかわからないしな。
兄ちゃん、残業なしで毎日帰れないの?目はつけてあるけど、ケガとかしてからじゃ遅いし。迎えに行くべきかな」
僕が言うと、兄が真顔で言った。
「その途中に何かあったらどうするんだ。
兄ちゃんは心配ないから、怜こそ気をつけなさい。怜の方が、夜に出なければいけない事もあるんだからな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「はい」
大人しく返事をするのに兄が満足そうに頷くのを見て、直が苦笑する。
「直君もだぞ」
言われて、慌てて神妙な顔をし、
「はい」
と頷いた。
僕達は昼休み、食堂で一緒になって、一緒に昼食を食べた所だった。その時、近くにいた警察官がその話をし始めたのを聞いたのだ。
「しかし、何だろうな。交通事故の隠蔽にしては多すぎるし」
「殺人鬼がいるとかかねえ」
「嫌な予測だが、それかなあ」
「とにかく、お互いに気を付けよう。警察官と言えど、プライベートは丸腰だしな」
僕達はそう言い合って、午後の仕事に戻った。
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