体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
794 / 1,046

深夜のタクシー(1)幽霊ドライバー

しおりを挟む
 酔っ払いの平衡感覚とは、奇妙なものだ。傍から見ていると、もうぶつかる、ああ転ぶと思うのに、ギリギリで回避して上手く歩いて行く事がある。
 まあ尤も、そう上手く行かなくて転んだりした場合は、いつもよりも酷いけがになり易いのだが。
 今夜も、最終電車が発車した後、危なっかしい足取りで酔っ払いが駅の階段を降りて来た。
 サラリーマン6年生の彼は、奇蹟的に自宅最寄り駅で降りられたのはいいが、自宅付近までのバスがもう無い事に気付いて、
「ああー」
と声を上げながら、バスの時刻表に寄りかかった。
 自宅まで徒歩だと30分かかる。酔っている今ならもっとかかるのは間違いないと、酔った彼でも流石に理解していた。
 この駅は小さいからか、タクシーがいつも駅前で客待ちをしてはいない。そこにあるタクシー専用電話で、タクシーを呼ばなくてはならないのだ。
 しかし仕方が無いと、軽い財布の中身を一瞬正気に返った頭で思い出し、呼び出し電話に近付いた。
 と、奇蹟的に1台のタクシーがそこに停車しているのを見つけた。
「すみましぇん。いいですか」
 よろよろとタクシーに近付くと、後部座席のドアがスッと開く。
「どうぞ」
「良かった。あの、家まれ」
「はい、わかりました」
 ドアが閉まり、彼は、蒸し暑い空気から逃れられた事にもホッとしながら、シートにもたれこむ。
 心地よい振動と適度に涼しい車内。熟睡するのに、2分とかからなかった。
 夢に落ちる寸前、自宅の場所って言ったかな、という思いが微かに頭をかすめた。
 どのくらい経った頃か、彼はふと目を覚ました。まだタクシーの中だ。それで何の気なしに車外を見ると、どこかの山の中を走っている。
「え!?」
 一気に酔いが醒めた。
「ここはどこですか!?」
 血の気の引きかけた頭に浮かんだのは、タクシー代が高額になっていないかという事だ。
 しかし運転手は落ち着いて、
「もうすぐ着きますよ」
と言う。
「もうすぐって、え、どこに?俺の家、中央通りの西病院の裏なんだけど。ここってどこ……あ、ポンポン山だ」
 近所の皆が、正式名称は知らないが、ポンポン山と呼んでいる低い山らしいと男は気付いた。
「あの、西病院まで行って下さい」
「それはできません」
 運転手の言葉に、耳を疑う。
「え、何で?」
「もう着きますから。ほら」
 運転手が落ち着いて言った時、タクシーがある門の前に停まった。
 大きくて古い頑丈そうな門だ。
「ここってどこです?」
 彼はそう言いながら、ふとルームミラーに映った運転手の顔を見た。灰色の肌は所々肉が剥げ落ちてデコボコとし、目は濁っていて見えているとは思えない。
 いや、そうじゃない。生きているとは思えない。
 車内の温度が急に下がったかのように、背中がゾクッとした。
 と、それに気付いたかのように、運転手の目が、鏡越しに彼を見た。
「ヒッ!?」
 彼は慌てて車外に転がり出た。
「た、助けて――!」
 しかし、そのままタクシーに乗っていてもダメだっただろうが、降りるのも悪手だった。ギギギ、と音を立てて門がゆっくりと開き、中から長い手が勢いよく伸びると、彼を掴む。
「はあっ!?何!?おい!」
 もがくが、その手の力は尋常ではない。ズルズルと、彼を中へと引きずり込んでいく。
「離せ、やめろ、おい!誰か!誰か助けてくれぇ!!」
 敷地内に引きずり込まれた彼が、門が閉まって行く前に隙間から見た最後の風景は、ここまで乗って来たタクシーが、とても動くとは思えないような廃車に変わっていくところだった。

 行方不明の届け出が多い。それは大きな都市なら以前からではあったが、不思議な事に、小さな駅周辺で頻発していた。
「何かあるのかな」
 僕はすぐさま色々と事件の原因になりそうな事象を幾つか思い浮かべた。人為的なものから心霊絡みまで。
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「それもどうやら、夜中に起こってるみたいだねえ」
 直もううむと唸る。
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「残業帰りが危ないな。
 この駅は使わないとは言え、いつこの近くの駅で起こるかわからないしな。
 兄ちゃん、残業なしで毎日帰れないの?目はつけてあるけど、ケガとかしてからじゃ遅いし。迎えに行くべきかな」
 僕が言うと、兄が真顔で言った。
「その途中に何かあったらどうするんだ。
 兄ちゃんは心配ないから、怜こそ気をつけなさい。怜の方が、夜に出なければいけない事もあるんだからな」
 御崎 司みさき つかさ。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「はい」
 大人しく返事をするのに兄が満足そうに頷くのを見て、直が苦笑する。
「直君もだぞ」
 言われて、慌てて神妙な顔をし、
「はい」
と頷いた。
 僕達は昼休み、食堂で一緒になって、一緒に昼食を食べた所だった。その時、近くにいた警察官がその話をし始めたのを聞いたのだ。
「しかし、何だろうな。交通事故の隠蔽にしては多すぎるし」
「殺人鬼がいるとかかねえ」
「嫌な予測だが、それかなあ」
「とにかく、お互いに気を付けよう。警察官と言えど、プライベートは丸腰だしな」
 僕達はそう言い合って、午後の仕事に戻った。
 が、まさかこの事件の調査依頼が来ているとは、想像してはいなかったのである。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...