体質が変わったので

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吸血鬼の村(5)罠

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 翌朝早く、電話があった。こちらのプランに全て任せると言い、僕達の指揮下に入るように通達を出したと言う事だった。
 そこで僕と直は、作戦をスタートさせるために、まずは邦人達に説明する事から始めた。

 トラックも使って、まず日本人学校に集まった人員を出入り口にした所まで送り、バリケードの向こうに出す。
 次は、新たなトラックと連なって町の中に戻り、順に住民をトラックに収容して行く。それと同時に、住民に宿主がいないかを視る。
 それを何往復もして、何とかクリーンな一般人の退避は終了した。
 残る警官を退避させるためにバリケードに向かうと、警官が訊いて来た。
「待ってくれ。これまで退避した中に、憑りつかれた人間はいなかったんだろ?」
「はい」
「じゃあ、憑りつかれたやつは、町の中に潜んでいるのか?」
「そうなりますねえ」
 警官達は顔を見合わせた。
「いや、この後どうするんだ?ヤツが餓死でもするのを待つのか?それまでこのまま封鎖するのか?
 そもそも、間違いなく皆クリーンだったのか?」
 まあ、疑いたくなるのはよくわかる。もしも見逃していたら、宿主はこの後どこへ行くのか、どこで次の被害が出てしまうのか、わからない。
「それは間違いないねえ」
「聞いたところ、バリケードで封鎖した後も中で犠牲者が出たというから、間違いなく中に宿主はいますよ」
 彼らはそれでも不安そうにしながら、車を降り、バリケードの方へ歩いて行った。
 そして、振り返る。
「ん?あなた達は?」
 僕と直は、彼らに宣言する。
「ここからが、仕上げです」
「というわけで、バリケードはきちんと封鎖しておいてくださいねえ」
「さあて、直。逝こうか」
「はいよ」
 僕達は、散歩するかのような足取りで町の中へ歩き出し、背後でバリケードが封鎖される音を聞いた。

 ランド夫人は、飢えていた。

     足りない まだまだ足りない
     若い命を啜らないと
     よどみのない赤い水を

 フラフラと、彼女は歩かされていた。昨日、助けを求める声がしたので外に出てみたら、怯えたような子供がいた。教師としては放って置くわけにもいかず、ドアを開けて入るように言ったところ、噛まれたのだ。
 噛まれたと思った次の瞬間には、体が思うように動かなくなり、何も考えられなくなっていって、だるくて重い体を引きずるようにして、次の獲物を求めて歩き出したのだ。
 事件が起き、封鎖されてからは人を見かけなくなっていったが、今日は、家の中にも、気配すらない。
 放送で、迎えが行くから順次トラックに乗って街を出ると言っており、鉢合わせるとまずい何者かがいるようなのでそれから距離を置いていたが、すっかり、無人になってしまったようだ。
「助けて……もう、歩けない……」

     どこだ エサはどこだ
     ん?そこか!

 もう歩けないと思っているのに、意志に判して足が出る。そして、彼女はフラフラと、頭の中の何者かの命令に従って、歩いて行った。
 中央広場に、誰かがいた。女の子だ。確か、去年我が校を卒業した子だ。
「だめ。逃げて。だめ――!」
 抗おうとしても、足が進んで行く。
 舌を噛み切ってやろうとしても、できない。
 涙が流れて止まらない。
「ああ……!」
 とうとう、彼女はケイトの背後に辿り着いてしまい、絶望した。
 と、いきなり体が硬直したように動かなくなった。

     何だ!?

 焦ったような声が頭の中に響き、彼女はホッとした。

 直が札で宿主の足を止め、僕は彼女に近寄った。
「もう大丈夫ですよ」
 言いながら、浄力を当てて霊を出すと、グニャリと彼女が倒れかかり、それを直が受け止めて、すぐに札を貼り付ける。
「あの子は……あの、女の子……」
「大丈夫ですからねえ。あれは、ケイトに協力してもらって作った囮の人形ですからねえ」
 直が言うと、彼女はホッとしたように笑い、意識を失った。
 そして霊は、怒り狂った。

     人形だと?囮だと?
     おのれぇ また謀るか!
     水がいるからと 我を呼び
     祀ると約定をかわしておきながら!
     ヒト風情がァ!

 そして、実体化する。
 時代がかった衣装の女でありながら、体の中身は澱んで固まりかけた水のようだ。
「ランド夫人の怨念に、井戸の神が変性したものが合わさったか」

     オマエヲ クラッテヤル!
     ソシテ ヒトヲスベテ
     クイホロボシテヤルワ!

「水の神。人が井戸を清めず、約定を守らずに放置し、ただ閉じて水を澱ませた事に関しては申し訳ない。
 しかし、それをした者はもういない。今の人は、何も知らない。送るから、怒りを鎮めてもらえないだろうか。
 ランド夫人。あなたの罪は重い。再び甦って繰り返す事を、許すことはできない」

     ヒトゴトキガ!

「そうか。では、斬って祓うしかないな」
 言って、刀を出す。
「怜、どうかねえ」
「斬れそうだ」

     ニンゲンガァ!!

 怒りに我を忘れたように、躍りかかって来る。
「悪霊風情が」
 踏み込んで、胴を斬る。それで、そこからぼろぼろと崩れ始めた。

     ナニガ オコッタ!?
     ワラワハ きれいに 若返って

 そして、消え去った。

 僕と直は、お土産を買いこんで日本に戻った。モザイクキャンドル、お菓子、スカーフ、カッパドキア・ワイン、ナザール・ボンジュウ、オヤという縁飾りのついたテーブルクロス、サルチャというトマトペースト――。
 それと別に、貰ったものがある。マリナとニコがカニの刺繍をしたハンカチだ。
 それは帰ったその足で外務省に届け、官邸に届き、そこに誇らしげに飾られている。



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