体質が変わったので

JUN

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家出(1)家出という名のお泊り会

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 ガクガクと体を震わせ、目玉が落ちそうなほどに目を見開き、涎を口の端から垂らし、
「あ……あ、あ……」
と、言葉にならない声を発する。そして、エビぞりになった背を限界までそらせながら、
「あああ……!!」
と一際大きい声を上げたと思うと、その表情のまま、動かなくなった。
 その体を足の先で突き、反応が無いと見るや、女はフンと鼻を鳴らした。
「失敗だわ。何がダメだったのかしら。若くて体力のある体を用意したのに」
 それに、もう1人の男が溜め息をついて言う。
「仕方が無い。またもう1回だ。
 まあ、体力を重視して男の体にしてみたのがやっぱり合わないのかもしれないな。この前のはもたなかったとは言え、今回は、降ろした途端に拒絶反応だ」
「やっぱり、女は女がいいのかしらね」
 2人は男子中学生の遺体を前にして、ああだこうだと議論していた。

 家出。密かに家を飛び出し、帰らない事。出奔とも言う。
「家出?」
 僕は、腕を組んで頬を膨らませる康介に確認した。
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「ふうん。まあとにかくココアでも飲む?」
 美里は言いながら、ココアのカップを差し出した。
 御崎美里みさきみさと、旧姓及び芸名、霜月美里しもつきみさと。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれており、トップ女優の一人に挙げられている。そして、僕の妻である。
「ありがとう。
 お父さんとお母さんに言わないでね。ぼく、絶対に帰らないんだからね」
 康介はそう言って、歩いて来た凜を受け止め、自分の膝に乗せて相手をし始めた。
 双龍院康介そうりゅういんこうすけ。僕と直の師匠である京香さんの息子で、小学4年生だ。
 美里はチラッと僕を見、僕は目を合わせ、軽く頷いた。
 そして、直につないでいるパスで、連絡を取る。
<直。ちょっといいか。今、康介がうちに家出して来たんだが>
<怜の家に?えらく近い家出だねえ>
 笑いを含んだ直の声がする。
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
<流石に兄ちゃんの所は、隣なんで近いと思ったらしいぞ>
<五十歩百歩だよねえ。ククク。
 まあいいや。京香さんに探りを入れてみるのかねえ?>
<頼む。京香さんに言うなって言ってるんで、目の前で連絡を取ったら、ここを飛び出して行きかねない>
<目の届くところでコントロールしてる方がいいねえ。
 わかった。後で電話するから、仕事のフリでもして受けてくれるかねえ>
 直は答え、僕は何気なさを装いながら、
「まあ、明日は日曜日だし、いいか。宿題はしろよ。あと、学校は休むな」
と宣言しておく。
「うん!
 ねえ、今日の晩御飯は何!?」
「チキングラタンとサラダとサケのパスタだ。嫌いじゃないよな?」
「好き!!」
「よし。じゃあ、できるまでそっちで遊んでていいぞ」
 言いながら、康介と凜をリビングへやり、テレビに注意を向けさせる。
 生ハムでクリームチーズを包んだものと生ハムで青じそと大根の千切りを巻いたものをグレープフルーツのソーダ割りに合わせようと思っていたが、今日はやめておこう。
「親子喧嘩かしら?」
 美里がテレビを並んで見る康介と凜を見ながら小声で言う。
「直に訊いてもらってて、電話がかかってくるから。仕事のフリはするが、一応、注意を逸らせておいて」
「わかったわ」
 美里は言って、子供達の方へ行った。
「家出なんてするような年になったのかあ」
 感慨深いものを感じながら、僕は夕飯の支度にかかった。
 鶏肉と玉ねぎを炒め、皿に出しておく。そして、小鍋に牛乳を入れて小さい火にかけ、60度くらいで止めておく。フライパンにはバターを入れて完全に溶かし、同量の小麦粉をそこに入れてよく混ぜると火を止める。そこに温めた牛乳を少量ずつ入れては完全に混ぜ、全てを混ぜると、火にかけてとろみが出るまで混ぜる。とろみが出たら、皿に出しておいた具材を戻し、塩、胡椒で味付けをし、グラタン皿に分けて入れる。後は、チーズを乗せて焼くだけだ。
 サラダは、ちぎったレタスにごま油を垂らして和え、ちぎった焼きのりとポン酢をかけるだけなので、レタスをちぎってボウルで水を切っておくだけでいい。
 パスタは、ゆでたパスタにほぐしたサケを絡め、皿に盛って千切りの青じそを上に乗せればいいので、パスタをゆでながらでいい。
 そこまでし終えた時にスマホが着信を知らせ、康介がサッとこちらに顔を向けた。
 僕は電話に出て、
「はい、御崎です。ああ、課長」
と言いながら、澄まして仕事のフリをする。
『京香さんとちょっとしたケンカだってさあ』
「そうですか。詳しい事は?」
『スキーの板を買うかレンタルするかでケンカらしいよう』
「成程。では、どうします。待機ですか」
『頭が冷えるように、1晩預かってくれってさあ』
「わかりました。では、そう伝えてください」
 電話を切ると、こちらを警戒しながら見ていた康介が、安心したようにテレビの方へ目を戻す。
 康介もまだまだだな。フッ。

 




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