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分裂(2)トラブル
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僕と直と兄は、一緒に電車に乗っていた。
「という話をしてたんだよ」
僕が言うと、直は頷いた。
「適当に顔を出しておいた方がいいのはわかるねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「直君のところも、そろそろ復帰か?」
「はい。来月からですよう。今月からにしようかと思ってたんですけどねえ、うちの母がぎっくり腰で、面倒を見るのは来月からにしてって」
「それは大変だな。
幸いうちも怜も近いんだし、手伝えることがあれば遠慮なく言えよ」
「はい。ありがとうございますう」
そこで兄が気付いた。
「そう言えば、俺達は3人共、育休を取ってないな」
言われてみればそうだ。思わず軽く目が泳いだ。
庁舎のところで兄と別れ、僕と直は警視庁に入った。そこで、その騒ぎに気付いた。
「知らないって言ってるでしょう!?」
そう言うのは若い女性で、服、髪形、化粧、何となく高そうな人だ。
「現にこうして悪い内容を書いてるじゃないですか!宣伝費も払ったのに!」
いきり立つのは若い男だ。
「まあまあ。ここでは何ですし、向こうで落ち着いて話を聞きますから」
そう言ってお互いを宥めるのは警察官で、それらを面白そうに眺めてカメラを回しているのは――。
「あれ?甲田さん?」
「ん?ああ!御崎君と町田君!」
「わあ。お久しぶりですねえ」
心霊特番でさんざん一緒にやってきたプロデューサーだった。
「聞いてよ、2人共」
甲田さんはいい所であったと言わんばかりにむんずと僕と直の腕を掴んだ。
しまった。
「そうしたいのは山々なんですが、僕達も仕事場に――」
「今僕はドキュメンタリーをてがけてるんだけどね」
無視だ。
「人気ブロガー、江川貴恵さんの取材をしてるんだよ」
向こうで、若い女性がぺこりと頭を下げた。
と、直がさり気なく解説してくれる。
「店の紹介とかしたら客の数がどっと増えたり、見た映画を良かったとコメントすれば来場数が増えたりとか、影響力の大きいブロガーですよねえ」
へえ。声に出さずに感心した。
「それが、どうかしたんですかねえ」
「取材中、トラブルが発生してね。
あちらはカフェを経営してらっしゃる小杉さん。いきなり怒鳴り込んでいらしてさ。『宣伝費を払ったのに、店の悪口を書くとはどういう事だ。おかげで客が来なくなった』とね」
怒っていた男の方が、フンッと鼻から息を吐く。
「宣伝費?」
僕が訊くと、
「20万」
と小杉は答え、江川は、
「何の事か知らないわ!」
と言った。
「それに、会社の同僚も『社内の人間の事を勝手に書き込むのはどうだろう』って言ってね。江川さんはそんな書き込みは覚えがないって言うんだけど」
「はあ」
「これ、まさか、アレじゃないの?」
嬉しそうに甲田が言う。
「アレ?」
「アレだよ。心霊事案」
僕と直と警察官は、黙って見つめ合った。
「いやあ、流石にそれだけでは……なあ、直」
「そうだよねえ」
「そういう依頼が来たら陰陽課が動きますけど」
僕と直が逃げ腰になるのを察して、甲田さんはますますがっしりと腕を組んで来た。
「そう言わずに」
「きっと何かあるんだわ!」
そこに江川さんも加わって、手を取られる。
「都合の悪い事は霊のせいって、許せませんよ。はっきりさせて下さい」
小杉さんまでもが加わる。
僕は警察官に目で助けを求めたが、警察官は困ったような顔で見返すだけだった。
「知らないって言ってるでしょう!?」
「でも現に、こうして書いてあるじゃないか!」
小杉さんがスマホを出して操作し、江川さんのブログの表紙を出す。
「その日は友達の家に遊びに行ってたんです。その事を書いただけです」
「でも書いてあるでしょう!?」
「まあまあまあ」
背後から声がした。
「あ、徳川課長。おはようございます」
「おはようございますう」
「はい、おはよう」
にこにこと徳川さんが返事をした。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「興味深いねえ。うちで話を聞こうか。それでうちの案件じゃないとわかったら、そっちに回すよ。それでどうかな」
警察官はどこかホッとしたように、
「宜しくお願い致します。では」
と上半身を30度傾ける礼をして、そそくさと去って行った。
「じゃあ、部屋に行こうかねえ」
直が穏やかに言って、僕達はエレベーターに向かった。
「という話をしてたんだよ」
僕が言うと、直は頷いた。
「適当に顔を出しておいた方がいいのはわかるねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「直君のところも、そろそろ復帰か?」
「はい。来月からですよう。今月からにしようかと思ってたんですけどねえ、うちの母がぎっくり腰で、面倒を見るのは来月からにしてって」
「それは大変だな。
幸いうちも怜も近いんだし、手伝えることがあれば遠慮なく言えよ」
「はい。ありがとうございますう」
そこで兄が気付いた。
「そう言えば、俺達は3人共、育休を取ってないな」
言われてみればそうだ。思わず軽く目が泳いだ。
庁舎のところで兄と別れ、僕と直は警視庁に入った。そこで、その騒ぎに気付いた。
「知らないって言ってるでしょう!?」
そう言うのは若い女性で、服、髪形、化粧、何となく高そうな人だ。
「現にこうして悪い内容を書いてるじゃないですか!宣伝費も払ったのに!」
いきり立つのは若い男だ。
「まあまあ。ここでは何ですし、向こうで落ち着いて話を聞きますから」
そう言ってお互いを宥めるのは警察官で、それらを面白そうに眺めてカメラを回しているのは――。
「あれ?甲田さん?」
「ん?ああ!御崎君と町田君!」
「わあ。お久しぶりですねえ」
心霊特番でさんざん一緒にやってきたプロデューサーだった。
「聞いてよ、2人共」
甲田さんはいい所であったと言わんばかりにむんずと僕と直の腕を掴んだ。
しまった。
「そうしたいのは山々なんですが、僕達も仕事場に――」
「今僕はドキュメンタリーをてがけてるんだけどね」
無視だ。
「人気ブロガー、江川貴恵さんの取材をしてるんだよ」
向こうで、若い女性がぺこりと頭を下げた。
と、直がさり気なく解説してくれる。
「店の紹介とかしたら客の数がどっと増えたり、見た映画を良かったとコメントすれば来場数が増えたりとか、影響力の大きいブロガーですよねえ」
へえ。声に出さずに感心した。
「それが、どうかしたんですかねえ」
「取材中、トラブルが発生してね。
あちらはカフェを経営してらっしゃる小杉さん。いきなり怒鳴り込んでいらしてさ。『宣伝費を払ったのに、店の悪口を書くとはどういう事だ。おかげで客が来なくなった』とね」
怒っていた男の方が、フンッと鼻から息を吐く。
「宣伝費?」
僕が訊くと、
「20万」
と小杉は答え、江川は、
「何の事か知らないわ!」
と言った。
「それに、会社の同僚も『社内の人間の事を勝手に書き込むのはどうだろう』って言ってね。江川さんはそんな書き込みは覚えがないって言うんだけど」
「はあ」
「これ、まさか、アレじゃないの?」
嬉しそうに甲田が言う。
「アレ?」
「アレだよ。心霊事案」
僕と直と警察官は、黙って見つめ合った。
「いやあ、流石にそれだけでは……なあ、直」
「そうだよねえ」
「そういう依頼が来たら陰陽課が動きますけど」
僕と直が逃げ腰になるのを察して、甲田さんはますますがっしりと腕を組んで来た。
「そう言わずに」
「きっと何かあるんだわ!」
そこに江川さんも加わって、手を取られる。
「都合の悪い事は霊のせいって、許せませんよ。はっきりさせて下さい」
小杉さんまでもが加わる。
僕は警察官に目で助けを求めたが、警察官は困ったような顔で見返すだけだった。
「知らないって言ってるでしょう!?」
「でも現に、こうして書いてあるじゃないか!」
小杉さんがスマホを出して操作し、江川さんのブログの表紙を出す。
「その日は友達の家に遊びに行ってたんです。その事を書いただけです」
「でも書いてあるでしょう!?」
「まあまあまあ」
背後から声がした。
「あ、徳川課長。おはようございます」
「おはようございますう」
「はい、おはよう」
にこにこと徳川さんが返事をした。
徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリアで警視長。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたのだが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。
「興味深いねえ。うちで話を聞こうか。それでうちの案件じゃないとわかったら、そっちに回すよ。それでどうかな」
警察官はどこかホッとしたように、
「宜しくお願い致します。では」
と上半身を30度傾ける礼をして、そそくさと去って行った。
「じゃあ、部屋に行こうかねえ」
直が穏やかに言って、僕達はエレベーターに向かった。
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