749 / 1,046
食欲(3)餓鬼
しおりを挟む
披露宴。由紀子は同僚と一緒にテーブルを囲みながら、みじめな気持ちでいっぱいだった。
欠席したいのは山々だったが、職場の皆が出る以上、由紀子も出席しないといけないような感じだったので出席したのだが、苦行以外の何でもない。
裏切った恋人と後輩の幸せを見せつけられ、祝儀まで出し、見るからにカロリーも高そうな食事が目の前に並んでいる。
気分が悪い。
誰も、寺尾と由紀子が付き合っていたとは知らない。寺尾が秘密にしておこうと言ったのでそうしてきたせいで、まさか、由紀子が遊んで捨てられたと知っていれば、欠席しても何も言われなかっただろう。
まあその代わりに、捨てられたと面白可笑しく噂される事にはなるだろうが。
「寺尾君はすらっと背も高いし、朝川さんは華奢な美人だし、お似合いね」
何も知らない同僚達がそう言い合う。
由紀子は気分が悪くなってきた。
空腹のせいだと思ったので、そっと、札を入れたお守りをポケットから出して足元に落とす。
するとすぐに変化があった。
澄ましかえっていた新郎新婦が、料理に手を伸ばした。ぱく、ぱく。バクバク。がつがつ。
それに気付いた出席者達が、ザワザワとし出し、それにつれて、由紀子は落ち着いていく。
「どうしたの、あれ?」
「琴美、糖質とか脂とかあんなに気にしてたのに」
「というか、あの食べ方、何?」
「寺尾君もよ。どうなってるの?」
まるで、飢えていた人が久しぶりに食べ物を前にしたような食べ方と量だった。
「気持ち悪い!」
慌てて親族が止めようとするが、2人の口は止まらない。
「何、これ!?足りない!」
「何だよ、これ!やめられない!?」
困惑の声をあげながら、新郎新婦はテーブルマナーも何もなく、いつまでもただ食べ続けていた。
僕と直は、披露宴会場に向かっていた。
寺尾 健という花田さんの同僚が、同期にポロッと言ったらしいのだ。花田さんと浮気していたが、あんなポッチャリはタイプじゃないし、結婚資金もたまったから節約しなくていいので捨てたと。
あまりの言い草にその同期は聞いていられなくなったらしい。
僕達はダイエットのきっかけがわかって、納得がいったと同時に、心配になった。
「恋人と思っていたのに、よりにもよって後輩とか」
「酷い言い草だねえ、全く」
「男の風上にも置けないやつだな」
「今日が披露宴かあ。それも、出席するんだよねえ?」
「……大丈夫かな」
「……この近くだし、ちょっと様子を見に行ってみるかねえ?」
そう言って行ってみたら、会場は大変な事になっていた。
扉の向こうはザワザワとしており、談笑しているというのでは無さそうだ。そして、困惑したような顔のスタッフが出て来て、上司と思しき人と相談していた。
「どういう事なんだ?」
「わかりません。急にガツガツと食べだしたんです。
それを皆あっけにとられたように見てたんですが、釣られたのか他の人もそんな風に食べだす人が出だして」
「何かの伝染病か?」
「そんなの聞いた事がありませんよ!」
僕と直は、顔を見合わせた。
「これは、やっぱり」
「そう、だよねえ」
意を決して、扉を開ける。
「うわあ……」
新郎新婦と仲人、それに招待客のほとんどが、ガツガツムシャムシャと、餓鬼のように一心不乱に料理を貪り食っていた。手づかみも珍しくない。
取り残された人は、ある者は嫌悪感いっぱいに会場を見廻し、ある者は動画を撮り、ある者は面白そうに眺めていた。
花田さんは、満足そうな顔で新郎新婦を見、自分の料理を隣の席の者に与えていた。
「これは何かねえ?あれって、餓鬼かねえ?」
おかしくなっている人からは何か精神体のようなものが伸び、新郎新婦の前に座っている餓鬼のようなものにつながっていた。
「食欲が、餓鬼によって増幅されているのか?」
餓鬼が、ニタリと嗤った。
「どうして餓鬼がここに呼びこまれたのかは後だ。直、まずは祓おう」
「そうだねえ」
苦しそうにしながらもまだ食べ続ける人もいるし、このままでは、食べ物を喉に詰まらせる人も出そうだ。
僕と直は、つかつかと餓鬼に近付いた。
「その辺でいいだろう。もうおしまいだ」
クイタリナイ ハラガヘッタ
つながった先から何かが餓鬼に送られ、餓鬼はニタリ、ニタリと嗤っている。
甘い物もフライ物も糖質も
体脂肪率を下げなきゃ
中性脂肪が
血糖値なんて知るか
ダイエットなんてしたくない
「これ、抑制されてた食欲の暴走か?」
「食欲が集まって餓鬼になったのかねえ?」
「実体化が始まったぞ。さっさと斬るか」
僕は刀を出し、餓鬼を斬った。そして続けて、浄力を部屋中に広げる。
急に皆、手と口を止め、ある人はグッタリと、ある人はトイレにでも駆け込むのか廊下へ飛び出して行き、ある人は泣き出す。
僕と直とスタッフは手早く、問題がありそうな人がいないか、チェックして回った。
奇妙な披露宴がお開きになり、日常が戻った。
それでも出席者達は、食欲が刺激されて餓鬼を生み出すきっかけになったのは何かと噂し合う。その中で、寺尾さんの女性にだらしなくて仕事にいい加減な所や、琴美さんの見かけの良さを鼻にかけた傲慢な所や、高校時代はそれでさんざんいじめをして退学騒ぎも起こしたとか、色々な噂が流れた。
それで、どうやらこれまでの報いだろうという意見になったらしいと、花田さんはカウンセリングで言った。
実際は、花田さんが押さえこんでいた食欲が新郎新婦に入り込んで無理矢理食べさせ、満足感を花田さんに返した。
そこまではいつもの流れだ。
今回はそれを目撃していた人が多く、彼らの中の食欲がそれに感化され、お互いにつながり合い、餓鬼を生み出したらしい。
原因は花田さんだとは言え、各々を支配していたのは自分の食欲で、花田さんを追い込んだのは新郎新婦だ。
「幸か不幸か、花田さんは痩せたところから少し体重を戻してちょうどいい感じになったらしいな」
「寺尾さんはあれ以来食欲を抑えられなくて激太りしている最中らしいし、琴美さんは神経質な程に食べ物とか体重とかにピリピリしてて、体型も骸骨並みになってるそうだよう。で、離婚寸前だってねえ」
「大変だなあ」
僕と直は、カツどんを食べながら事件のその後の事を話していた。
ふと、カツどんを見る。
糖質いっぱいにカロリー高め。
「糖と油って、美味しいよな」
「だよねえ。食事制限は悲しいよねえ」
「ダイエットは、したくないな。なるべく、動こう」
「そうしようかねえ」
僕と直は改めてそう言い合った。
欠席したいのは山々だったが、職場の皆が出る以上、由紀子も出席しないといけないような感じだったので出席したのだが、苦行以外の何でもない。
裏切った恋人と後輩の幸せを見せつけられ、祝儀まで出し、見るからにカロリーも高そうな食事が目の前に並んでいる。
気分が悪い。
誰も、寺尾と由紀子が付き合っていたとは知らない。寺尾が秘密にしておこうと言ったのでそうしてきたせいで、まさか、由紀子が遊んで捨てられたと知っていれば、欠席しても何も言われなかっただろう。
まあその代わりに、捨てられたと面白可笑しく噂される事にはなるだろうが。
「寺尾君はすらっと背も高いし、朝川さんは華奢な美人だし、お似合いね」
何も知らない同僚達がそう言い合う。
由紀子は気分が悪くなってきた。
空腹のせいだと思ったので、そっと、札を入れたお守りをポケットから出して足元に落とす。
するとすぐに変化があった。
澄ましかえっていた新郎新婦が、料理に手を伸ばした。ぱく、ぱく。バクバク。がつがつ。
それに気付いた出席者達が、ザワザワとし出し、それにつれて、由紀子は落ち着いていく。
「どうしたの、あれ?」
「琴美、糖質とか脂とかあんなに気にしてたのに」
「というか、あの食べ方、何?」
「寺尾君もよ。どうなってるの?」
まるで、飢えていた人が久しぶりに食べ物を前にしたような食べ方と量だった。
「気持ち悪い!」
慌てて親族が止めようとするが、2人の口は止まらない。
「何、これ!?足りない!」
「何だよ、これ!やめられない!?」
困惑の声をあげながら、新郎新婦はテーブルマナーも何もなく、いつまでもただ食べ続けていた。
僕と直は、披露宴会場に向かっていた。
寺尾 健という花田さんの同僚が、同期にポロッと言ったらしいのだ。花田さんと浮気していたが、あんなポッチャリはタイプじゃないし、結婚資金もたまったから節約しなくていいので捨てたと。
あまりの言い草にその同期は聞いていられなくなったらしい。
僕達はダイエットのきっかけがわかって、納得がいったと同時に、心配になった。
「恋人と思っていたのに、よりにもよって後輩とか」
「酷い言い草だねえ、全く」
「男の風上にも置けないやつだな」
「今日が披露宴かあ。それも、出席するんだよねえ?」
「……大丈夫かな」
「……この近くだし、ちょっと様子を見に行ってみるかねえ?」
そう言って行ってみたら、会場は大変な事になっていた。
扉の向こうはザワザワとしており、談笑しているというのでは無さそうだ。そして、困惑したような顔のスタッフが出て来て、上司と思しき人と相談していた。
「どういう事なんだ?」
「わかりません。急にガツガツと食べだしたんです。
それを皆あっけにとられたように見てたんですが、釣られたのか他の人もそんな風に食べだす人が出だして」
「何かの伝染病か?」
「そんなの聞いた事がありませんよ!」
僕と直は、顔を見合わせた。
「これは、やっぱり」
「そう、だよねえ」
意を決して、扉を開ける。
「うわあ……」
新郎新婦と仲人、それに招待客のほとんどが、ガツガツムシャムシャと、餓鬼のように一心不乱に料理を貪り食っていた。手づかみも珍しくない。
取り残された人は、ある者は嫌悪感いっぱいに会場を見廻し、ある者は動画を撮り、ある者は面白そうに眺めていた。
花田さんは、満足そうな顔で新郎新婦を見、自分の料理を隣の席の者に与えていた。
「これは何かねえ?あれって、餓鬼かねえ?」
おかしくなっている人からは何か精神体のようなものが伸び、新郎新婦の前に座っている餓鬼のようなものにつながっていた。
「食欲が、餓鬼によって増幅されているのか?」
餓鬼が、ニタリと嗤った。
「どうして餓鬼がここに呼びこまれたのかは後だ。直、まずは祓おう」
「そうだねえ」
苦しそうにしながらもまだ食べ続ける人もいるし、このままでは、食べ物を喉に詰まらせる人も出そうだ。
僕と直は、つかつかと餓鬼に近付いた。
「その辺でいいだろう。もうおしまいだ」
クイタリナイ ハラガヘッタ
つながった先から何かが餓鬼に送られ、餓鬼はニタリ、ニタリと嗤っている。
甘い物もフライ物も糖質も
体脂肪率を下げなきゃ
中性脂肪が
血糖値なんて知るか
ダイエットなんてしたくない
「これ、抑制されてた食欲の暴走か?」
「食欲が集まって餓鬼になったのかねえ?」
「実体化が始まったぞ。さっさと斬るか」
僕は刀を出し、餓鬼を斬った。そして続けて、浄力を部屋中に広げる。
急に皆、手と口を止め、ある人はグッタリと、ある人はトイレにでも駆け込むのか廊下へ飛び出して行き、ある人は泣き出す。
僕と直とスタッフは手早く、問題がありそうな人がいないか、チェックして回った。
奇妙な披露宴がお開きになり、日常が戻った。
それでも出席者達は、食欲が刺激されて餓鬼を生み出すきっかけになったのは何かと噂し合う。その中で、寺尾さんの女性にだらしなくて仕事にいい加減な所や、琴美さんの見かけの良さを鼻にかけた傲慢な所や、高校時代はそれでさんざんいじめをして退学騒ぎも起こしたとか、色々な噂が流れた。
それで、どうやらこれまでの報いだろうという意見になったらしいと、花田さんはカウンセリングで言った。
実際は、花田さんが押さえこんでいた食欲が新郎新婦に入り込んで無理矢理食べさせ、満足感を花田さんに返した。
そこまではいつもの流れだ。
今回はそれを目撃していた人が多く、彼らの中の食欲がそれに感化され、お互いにつながり合い、餓鬼を生み出したらしい。
原因は花田さんだとは言え、各々を支配していたのは自分の食欲で、花田さんを追い込んだのは新郎新婦だ。
「幸か不幸か、花田さんは痩せたところから少し体重を戻してちょうどいい感じになったらしいな」
「寺尾さんはあれ以来食欲を抑えられなくて激太りしている最中らしいし、琴美さんは神経質な程に食べ物とか体重とかにピリピリしてて、体型も骸骨並みになってるそうだよう。で、離婚寸前だってねえ」
「大変だなあ」
僕と直は、カツどんを食べながら事件のその後の事を話していた。
ふと、カツどんを見る。
糖質いっぱいにカロリー高め。
「糖と油って、美味しいよな」
「だよねえ。食事制限は悲しいよねえ」
「ダイエットは、したくないな。なるべく、動こう」
「そうしようかねえ」
僕と直は改めてそう言い合った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
200
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる