体質が変わったので

JUN

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ひとだま(4)終了

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 転がって来るひとだまに、浄力を浴びせかける。

     オオオオオォォ

 それで、すうーっと周りの絡み付いて囚われていた人達が、さらさらと崩れて立ち昇って行く。残ったのは、幼稚園前くらいの女の子だった。しゃがみ込んで泣いている。
「この子が、ホンボシなんか?」
 ボソリと新田原さんが驚いたように言った。
「名前は?」
 泣いて、首を振る。
 しかたがない。僕は、パスをつないでみた。

 幼稚園から帰る子の楽しそうな声が外からする。私と同じ年なのに、私はどうして行けないんだろう。
 それよりもお腹が空いた。帰って来るまでのご飯として置いて行ってくれたパンは、少しずつ食べたのにもう昨日でなくなった。
 水を飲みたいけど、水道代がかかるから、勝手に飲んじゃダメって言われてる。
 ああ。寒い。あの子達みたいに、一緒に遊びたい。
 学校に行けば給食があるらしい。ご飯だ。毎日ご飯が食べられる。
 早く学校に行きたい。
 お母さんとお父さんが帰って来た!静かにしなくちゃ。お腹を鳴らしちゃダメ。目を合わせちゃダメ。
「芹香ぁ」
「は、はい!」
「旅行に行くぞ」
「え?」
「来い」
 そのまま荷物も持たず、車に乗った。
 どのくらい走ったのか。寝て、起きたら、山の中にある別荘とかいう所だった。
「凄い!お金持ちみたい」
「ふん。じきにそうなるのよ」
「え?」
「ハイキングだ。来い」
 お母さんとお父さんに言われて、山道を歩く。
「どこに行くの?もう暗くなるよ?凄く歩いたよ?」
「この辺でいいんじゃない?」
「そうだな」
 お母さんとお父さんはそう言うと、いきなり私をそばの川へ突き飛ばした。
 驚きと、水の冷たさと、その時にくじいた足の痛みに、声も出ない。
「芹香。朝までそこから動いちゃだめよ」
「は、はいぃ」
 私は冷たい川の水に浸かって歯をガチガチと鳴らしながら、別荘に帰って行くお母さんとお父さんの背中を見送った。
 ああ。早く迎えに来て。寂しいよう。
 
 僕は、芹香ちゃんというその女の子を見下ろした。幼稚園児とは思えない小ささだ。
「そうか」
 両親に殺されたのか。恐らくは保険金。
 そう言えば、幼稚園児が家族旅行中に行方不明になって、川で遺体で見つかった事件が最初にあったな。溺死でもなく不自然だと思ったが、そういう事か。
「芹香ちゃん。上の名前は?」
「たかやなぎ」
「そう。芹香ちゃん。ここは寒いし寂しいだろう。別の所に行かないか」
「別の所?お兄さんが、別荘に来た人をくっつければ寂しくないって教えてくれたよ?」
 キョトンとする芹香ちゃんの背後で、若い男の霊が嗤っていた。
 縊死だろう。首にロープがぶら下がっている。
「それは、してはいけない事だ。芹香ちゃんはそこで休んで、新しいお母さんとお父さんの所に行こう」
 芹香ちゃんは少し考え、こっくりと頷いた。
「じゃあ、逝こうか」
 浄力を当てる。と、キラキラ、サラサラと崩れ、立ち上って行く。
 すっかり消えてしまうと、僕は、面白くなさそうにしている男の霊を見据えた。
「唆したのはお前だな。
 能見!誠人!遠慮はいらん。やれ」
 ぎょっとして逃げ腰になるその霊に、式が追い付き、囲い込む。
「逃がさない」
 誠人が睨みつける。
「助けてやる事もできたのに、死ぬのをじっと見て、こんな事をさせるなんて」
 能見君が言い、札を飛ばす。
 それが貼りつくと、男は

     ギャアアアア!!

と叫び声を上げながら砂のようになって崩れ去った。
「よし。いいだろう。直は?」
「OKだと思うねえ」
「じゃあ、終了」
「いよっし」
「あ。レポートを今週中に提出な。A4で2枚以内」
「ええー」
 騒がしく文句を言いながらも、皆、ホッとした顔をしていた。

 ご飯はこれが済んでからと能見君と誠人が言ったので、皆、おやつをつまんだ程度で、これから夕食だ。
 チキンソテーわさびソースとプチトマトとしめじソテー、水菜と人参のハム大根巻き、エビピラフ、コンソメスープ、信州サーモンのスモーク、しめじと玉ねぎのパスタにイクラと水菜を飾ったもの。
「高そうな」
「自分で作ると安いぞ」
「技術がないと無理です」
「ははは。入間は係長に教わったらええんやないか。嫁にいかれへんぞ」
「新田原さん、それ、セクハラですよう」
「というか、もう行って、別れました」
「え」
「いただきましょう。ホッとしたらお腹が空きました」
 乾杯をして、見えた事を教え、帰ったら両親を洗い直すように進言すると言って、後はただ、食事になる。
 そして片付け、部屋に各々戻って行く時、残った誠人がそっと言った。
「ご飯も満足にもらえないのは、悲しいし辛い。あの子は俺だ。俺は、良かった」
「蜂谷は、面倒見がいいよねえ」
 誠人は頷いた。
「おせっかいと最初は思ったけど、感謝してるし、嬉しい。でも、正直、ご飯は怜怜の方が美味しい」
「蜂谷に言うなよ。地味にへこむから」
「うん」
 小牧さんが向こうを向いて笑いをこらえていた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 誠人は恥ずかしそうに笑って、部屋へ向かった。
「まあ、こんなものかな」
「コンビの息も合ってるようだしねえ」
「3係の新人達も、やる気になったようだね。新田原さんも」
「刺された奥さんの為に、か」
「そう聞くと、奥さんが死んだみたいだよねえ」
「だよな。まさか、刺された状態でプロレス技をかけて絞め落としたとは思わないよな」
「いやあ、すごいよね」
 僕と直と小牧さんはそう言い合って、どんな人だろうかと想像を巡らせた。
「女子プロの選手みたいな人かねえ」
「新田原さんを女性にしたような人?」
「それじゃあゴリラのつがいになっちゃうよ」
 想像がつかない。
「それと、三沢さんと入間さん。大丈夫かな」
「大丈夫だろ。軽いようで、三沢さんは気遣いのできる人みたいだし。
 行きのバスで、トイレに行きたかったのは本当は入間さんで、恥ずかしいだろうと三沢さんが手を上げたみたいだし」
「ただのチャラ男じゃないんだねえ。見直したねえ」
「あ、そのチャラ男からリクエスト。手作りパンが食ってみたいだって」
「小麦粉はあるが、イーストはないし……面倒臭いな」
 僕はあるものでどうやってかパンを焼いてやろうと、材料のチェックを始めた。



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